第20話 被災状況
先住者集落間の連絡を担当している復旧支援担当副主任の榊原謙次郎くんから各集落の被災状況と復旧作業の進捗が報告された。
ちなみに復旧支援担当主任は息子の義秀が指名されている。
最初に被災状況だが、一番深刻なのは川俣で、次いで美浦であった。
積灰量は似たようなものだが、復旧に割ける労力と復旧道具、それと海洋投棄できるかどうかといったあたりで、美浦の方がマシというだけの話。
美浦や川俣では二〇センチメートル以上の積灰があったのだが、先住者集落では急激に降灰量が落ちており、これまで得ている情報だと各地の積灰量は以下のとおり。
オリノコ・川合・ミツモコが約一二センチメートル
ホムハル・滝野が約一〇センチメートル
コロワケ・サキハル・ヒノサキ・フマサキが約八センチメートル
ワバル・コクダイ・ハクバルが約六センチメートル
ホムハル先住者集落群の北端のミヌエでは約五センチメートル
このように美浦の半分から四分の一程度の積灰量になっている。
いや、まあ、ミヌエの五センチメートルでも十分に激甚災害ではあるのだが。
火口からの噴出量、スフリエール式火砕流(噴煙柱崩壊型火砕流)の向きや量、風向、風力の関係で美浦辺りまでしか飛来できなかった火山灰の量と、美浦辺りは越えられるがその先でそれ以上は飛びつづけられなくなった火山灰の量の差という感じで、美浦辺りを境に急激に降灰量が下がったとみるのがよいだろう。
そういえば、福井県の三方五湖の水月湖の湖底に堆積した鬼界アカホヤ火山灰は三センチメートルぐらいだったと記憶しているので、ミヌエで五センチメートルというのは納得できる量ではある。
復旧作業の進捗だが、オリノコと川合は追加投入された省資源型スノーダンプの試作型や制式採用したスノーダンプ乙二型改が功を奏して仮復旧し、オリノコがミツモコを、川合がホムハルの復旧作業に取り掛かっている。
美浦からの救援隊は残りの八集落に分散配置して土捨て場の選定と土塁構築に取り掛かっているとの事。
「匠棟梁、これ義秀と鶴郎から預かってきたお土産」
「ん? これは?」
「各集落の火山灰」
「おっ、おう……ありがと」
マニアックな感じで美浦の各所から火山灰を採取していたから火山灰マニアに思われたかな?
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謙次郎くんにスプラウト栽培の小屋を建てる建材・部材と施工図、栽培キットと組立図、当面の栽培用の種子と種子別の栽培マニュアルを託す。
「ノリちゃん先生、基礎の方は造ってあるから、そこに組み立てればいいんだね」
「そゆこと。搬入の順番は聞いてる?」
「第一便はオリノコ、川合、ミツモコ、コロワケの順、第二便がサキハル群。以降はホムハルに二棟分と北方四集落を二度に分けて、最後が滝野の順だと理久兄から聞いてます」
この作業順は、美浦からの直行便が設定できる集落を先にして、闘竜灘があって直行便が設定できないホムハル以遠の五集落(ホムハル、ワバル、コクダイ、ハクバル、ミヌエ)はホムハルに運航委託している河川艇を滝野まで回航してもらって滝野で積み替えて運ぶことになるので申し訳ないが後回しという事。
まあ、被災状況が酷いところからという風にも見えなくもない。
「了解。基本的には組み立ては現地の者に任せればいいけど、悪いけど謙次郎くんには立ち合いか手伝いはして欲しい」
「……というのは? 僕だと邪魔になりそうだし、他への搬入が遅れそうな気がするけど」
「トラブルの有無の確認と、作業のコツみたいなのを共有したいから。それとムードメーカーとしても期待している」
「……了解っす。そんでもって、これ、ヒデちゃんから」
義秀からの手紙には火山灰を捨てる土捨て場の沈下対策と継続的な維持方法を考えて欲しいと書かれていた。
盛土のような土の構造物は自重などで沈下していくので、沈下する量を見極めて沈みきったときに所定の高さになるように事前に沈む分を余計に盛っておく『余盛』をしたり、予想沈下量を上回る量を積んでおいて沈下を促進してから所定の高さより上を削るサーチャージ工法(余盛り工法とも)という方法を採ったりする。
建機が使える現代日本でも盛土の沈下を完全に防ぐことは不可能なのだから、人力で叩き締めるぐらいしか無い現状だと盛土は確実に沈下する。
盛土の高さにもよるが美浦平の堤だと最終的には三〇センチメートルぐらい沈下する可能性があるし、先住者集落に築いている土捨て場だともっと沈む可能性がある。
この沈下への対策だが、美浦平の堤なら三〇センチメートルの余盛をするのと盛土の外周を石垣にして横に膨らんでこないよう重しにすることで何とかなると思う。
石垣は色々コストがかかるけど、例え全部を石垣にするのが難しくても最低でも腹巻(下部だけ石垣にする事:ちなみに上部だけを石垣にするのを鉢巻という)はしておきたい。
ただ、この程度は義秀も分かっているから『継続的な維持方法』が大事なんだろうな。
「そういえばいつ出発するんだっけ?」
「今日中に積み込んで明日の朝です」
「分かった。それまでにヒデへの返事を認めておくから届けてくれ」
「ちょい時間かかりますよ?」
「スプラウト栽培小屋が優先で構わない」
「ならOKです」
行間を読むと義秀も腹案がないわけではないようなので、義秀自身が自案を検討する時間があった方が良いと思う。
だから多少遅れる方が好都合かもしれない。
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継続的な沈下対策と維持について一応は腹案はある。
最初に、盛土の崩壊防止策はそれほど厳重でなくても構わないと思っている。
盛土が崩れる原因の多くが雨水によるもの。
盛土は人造物なのでどうしても地山(天然の地盤)に比べて緊密さが足りず透水性が高くなる。
普通の範囲の雨であれば盛土部分を浸透してきた水も地山に浸透できる範囲に納まって大事にならない事が多いのだが、長雨とか豪雨とかになると水抜き穴からの排水や地山への浸透が間に合わず、盛土を抑えている擁壁に水の荷重も加わって擁壁の強度次第では崩壊するということがあり得る。
更に、擁壁が崩壊しなくとも地山と盛土の境目に水が滞留し、そこが滑り面になって盛土全体が地滑りのように崩れたり土石流になったりという事も十分起き得る事態といえる。
旭丘の東斜面は地山を階段状に削ってから盛土しているのだが、態々手間暇かけて地山を階段状に削ったのは盛土と地山の境界が滑り面になるのを少しでも防ぐため。
だから、谷を埋め立てたり傾斜地に水平な地面を造るために盛土した場合は地山が傾斜しているので地滑り的な大規模な崩壊が起きやすくなる。
そして、溜池は谷を堰き止めて築いているので傾斜地だし、水が漏れたら困るので堰堤は遮水性を高く造っているので水の逃げ場がないなど、盛土崩壊が起きやすい要素がてんこ盛りなので、もし溜池を埋め立てるのだとしたら厳重に崩壊防止策を施さないといけなかった。
しかし、降灰量が美浦ほど酷くはなかった事もあり、平地に土塁を築いて土捨て場にする方法でかなり広い範囲の火山灰を処分できるので、現地を見た義秀の判断で溜池を埋め立てる案は使わなかった。
平地に築いた盛土は安息角(積み上げた土石などの粉粒体が崩れずに安定を保てる最大の角度)の範囲なら表土の流出さえ何とかすれば、かなり長期間安定して存在する事も可能になる。その長期間というのがどれぐらいかと問われたら千年以上と答える。
丘陵地帯の麓に尾根だと思われていた突出部があって、そこを横断するトンネルを通すために掘ったらゴロゴロと埴輪が出てきたので調査したところ、平野部に突出していたところの大部分が人造の築山だったという例もある。
地元では自然の丘だと思われていて、調べられる範囲では墳丘として保守された記録が全く見当たらないにも関わらず、複数回の震度六以上の地震にも耐えて千年以上の時を残り続けたわけで、このように平地に築いた盛土は長期間に渡って安定して存在することはあり得る。
古墳といえば、土木工事で地面などを掘ると遺跡とかが出てくる事は偶にあるのだが、そういう物が出土すると学術調査で下手すると年単位で工事が止まるんだよね。
俺の知っている事例だと、新たに造る幹線道路の路盤を造るために掘ったら遺跡が出てきて工事が三年停止し、工事を再開したら五〇〇メートル先で年代が異なる別の遺跡を掘り当ててしまい……遺跡が豊富な(?)地域だったようで何度も学術調査で工事が止まって、結局その道路が開通したのは当初計画の十五年後だった。(その工事で発見された遺跡の出土品は近くに新設された埋蔵文化財センターに納められたらしい)
そんな感じで何かが出土すると工事が止まるので、不心得な業者は、見なかった気付かなかった事にして、そのまま工事を進めて貴重な遺跡が……なんて事もあったりなかったり……
東雲組はそんな事はしていませんよ! あくまで人から聞いた話ですよ?
閑話休題
表土流出さえしなければ何とかなるとしても、どうやって表土流出を防ぐかが問題で、芝生など植物で覆うグランドカバーを行うのは今回はかなり厳しい。
鬼界アカホヤ火山灰は、肥料の三要素の一つで植物にとって不可欠なリン酸を吸収して植物が利用できない状態にするリン酸吸収係数が異様に高くて植物にとっては貧栄養状態になるし、物理的にも化学的にも根の侵入を阻害するため植物の生長を期待できない。
だから、グランドカバーの植物がちゃんと育つというのは楽観に過ぎると思う。
グランドカバーが駄目だとなると、現代日本だったらコンクリートなどで固めるという方法もあるが、現状で可能なものとなると構築コストが高い石垣や石畳が有力候補となる。
滝野の土塁は芝生でグランドカバーしているが、これは石垣の構築コストが当時の美浦にとって、とても高かったため不採用になったという背景がある。
今回の土捨て場の土塁は滝野の土塁と同等の規模なので、これに石垣を施すというのは例え腹巻だけでも結構な負担になる。
まあ、あれか。
石垣構築を公共事業と位置付けて、先住者達に工事をしてもらって食糧援助などの理由にする。
もっとも、これは三人衆に言っておけばいいか……いや、そこらも含めて義秀にやらせよう。
崩壊防止策についてはこれでいいとしても、沈下は防げないからこちらは何とかしないといけない。
盛土中も人力での転圧はするだろうが自ずと限界はあるので、継続的に転圧し続けて凹んだところには新たに土を盛っていくなどの沈下対策は必要だろう。
継続的にとは言っても沈下量が大きい造成当初はともかく、その後は毎日やるようは話ではないから半年毎とか毎年とかのレベルで良いとは思う。
だから、半年毎とか一年毎といったスパンで多人数で歩いたり飛んだり跳ねたりする催しを執り行えばいいのではないかと。
そうすると一種の祭だな。
春は豊穣を祈念して秋は収穫を祝うといった感じの祭典を設定して、祭では皆で舞台上をちょっと活発めに踊り歩くとかどうだろうか。
……こっちも義秀にやらせた方が良いな。
問題はその辺りの段取りを手紙に書くか書かないか、書くとしたら明示するか仄めかす程度にしておくか……第二世代の成長の為を思えば書かない方が良いな。