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文明の濫觴  作者: 烏木
第10章 百折不撓
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第19話 避難者

川俣からの避難者を乗せた小鷹が帰ってきた。


美浦の都合で言えば避難してきてくれた方がありがたい。

支援なしだと川俣は高確率で全滅するので、美浦は川俣を支援せざるを得ないのだが、現地に残留されると物資輸送の手間が余計にかかる。


「すみません。お世話になります」

(まもる)にいに、困ったときはお互い様です。寄宿舎に空きがありますから取り敢えずはそちらへ」

「ありがとう」


第一弾の避難者の取り纏めは長岡氏の双子の弟の方の鎮さんだった。

首長は兄の成幸さんだが、彼は最終便で避難してくるそうだ。


拉致当時に小学生から中学生だった彼らが現在の川俣の主力なのだが、拉致当時に成人だった(という事にした当時高校生を含む)第一世代と拉致当時に未就学児だったり拉致後に生まれた第二世代の間に位置する一.五世代といったところ。

川俣の一.五世代は美浦への留学経験があって、美浦の第二世代の年長者からすると親世代と自分達の間の大きなお兄ちゃんお姉ちゃんといった感じで“にいに”“ねえね”と呼んでいたし、あれから何年も経っているのにずっとその呼び方をしている。

まあ、幼い頃の呼び方が成人してもずっと続く事があるのは仕方が無い。俺も未だに“ノリちゃん”と呼ばれているからな。


美浦に留学していたという事からお分かりかもしれないが、美浦には留学生が生活できるよう寄宿舎(いわば学寮)があり、川俣からの避難者は一旦は寄宿舎で生活してもらう。

今後については、状況次第という面が多分にあるが『寄宿舎で生活して川俣へ帰還する』『美浦に仮設住宅を建ててその後川俣に帰還』『美浦に恒久住宅を建てて移住』という選択肢がある。


小鷹は燃料補給と引っ越し用の追加物資を積み終わったらとんぼ返りで川俣に向かう事になっている。

今回の避難者が第一弾という事は、当然のことながら第二弾や第三弾があるという事。


第一弾は避難優先順位が高い『高齢者』『子供』『女性』を速やかに避難させるために身の回り品だけ持って避難してきている。

この後は、美浦に持ってくることができる衣服や道具などの家財道具や各個人の思い入れの品などを運ぶことになる。



基本的に大人の男性は最後まで残ることになるが彼らは彼らで役目がある。

それは肥育していた牛の屠畜(とちく)


この状況で放牧しても放牧地は火山灰に覆われていて牛の食べ物がないし、再び牧草が育つようになるまでどれだけの時間を要するかも不透明なので事実上牛の飼育をすることができない。

このままだと牛たちは何れ餓死してしまう事になるので、今の段階で潰してしまうという事。

本来はちゃんとした肥育計画があってもっと肥育してから屠畜する牛がほとんどなので、今の段階で潰しても歩留まりも品質も量も劣るがゼロよりはまし。


屠殺(とさつ)や屠畜は家畜家禽などの動物(通常は魚介類は含まない)を食肉や皮革(ひかく)などにして利用するために殺すことを指し、利用目的以外の理由(例えば防疫のためなど)で動物を殺すことは殺処分という。

今回は建前上は屠畜なので、一応は食肉や皮革などのために殺すという事だが、実態としては安楽死(殺処分)ともいえる。


“牛も美浦に避難させれば”というのは分からなくもない。

美浦なら飼料が無い訳ではないから、肥育を続けるのは必ずしも不可能ではない。


しかし、美浦に避難させる事自体が非常に難しい。

美浦に移送しようにも陸路が使えないから船便しかないのだが、仔牛ならまだしも、ある程度肥育した牛を船に乗せるのは大変だし、航行中に大人しくしている保証もないし、移送できたとしても一回につき一頭か二頭で効率も悪い。


川俣では親父殿と美野里が指導した蹄耕法(ていこうほう)で放牧地を増やし続けていて、かなりの数の牛が肥育されているから全頭を避難させる事は事実上できない。

だから、種牛と選りすぐりの母牛は避難させるが、残りは残念ながら避難させることができないから潰してお肉などの形で移送する。


これまでも川俣で肥育した牛は川俣の屠畜場で屠畜して解体した成果物の枝肉や皮革を美浦(及び美浦経由で先住者集落)に輸出していた。


牛肉は輸出するだけではなく川俣で消費もされていて、その消費量は“川俣の主食は牛肉です”というのが、冗談ではなく若干の誇張はありつつも概ね事実という“アルゼンチンかよと”と言いたくなる量に及んでいる。


そして枝肉や皮革は輸出もされるが、実は基本的には輸出されず川俣で消費される牛肉(?)もある。

それは牛の内臓肉(牛モツ)の事で、枝肉は屠畜して直ぐに消費するのではなく(熟成牛肉(エイジング・ビーフ)でなくても)一定期間熟成させてから出荷される事が多いので多少の時期のズレは如何様にもなるが、内臓肉は屠畜したら早めに消費しないといけないから、屠畜日と小鷹の出航日のタイミングがピンポイントで合わない限り内臓肉の輸出は厳しい。


枝肉(精肉)と内臓肉の違いというか分類は、熟成期間の有無という要素もゼロではないだろうが、それよりも衛生面での取り扱い方が全く異なる(食物残滓や排泄物が詰まっている胃腸と、牛や馬なら原則として水や空気など外界と接していない内部は無菌の筋肉が同じ衛生基準というわけにはいかないだろう?)ところからきていると思う。


内臓肉は『ホルモン』とも呼ばれることがあるが、これは元々は内臓肉は廃棄物として取り扱われていて関西弁の『捨てる(ほうる)(もん)』からきているという話もある。


そのあたりは、生物学的には筋肉なので本来なら精肉に分類されると思われる横隔膜サガリやハラミが内臓肉に分類されているのは、横隔膜が肺と胃腸などの消化器を隔てていて内臓に囲まれた筋肉なので、解体して腑抜きする際に枝肉に残すのが面倒とか内臓と直に接しているから衛生面では内臓肉と同等にしておいた方が安全というのが理由だと思っている。


現代日本でも精肉と内臓肉は流通形態からして異なり、原則として保存が利かない内臓肉はそれを取り扱う飲食店や食品加工工場などの安定した需要家を多く抱える限られた業者を中心にして動いている。

何しろ在庫をストックするという事がほぼできないし、買う方の需要家も適切な取り扱いができている業者から仕入れないと色々と怖いから、新規参入や規模拡大のハードルが高く、自ずと寡占的な状態になるのは仕方が無い。


そういう事だから、川俣では輸出を当てにせずに自分達で消費できる範囲の生産(屠畜)計画が立てられていて、運よくタイミングがあった時にしか美浦に輸出されない。

内臓肉のほとんどが川俣で消費されているので消費量も消費方法の開発も進んでいて、実は牛モツ料理に関しては川俣が世界最先端だったりする。


川俣から輸入できなくても美浦も少しは牛を肥育しているし廃用牛(引退させる乳牛)もあるから牛モツ自体は手に入るのだが、川俣に比べれば無いに等しい量と機会なので宣幸シェフは“試作できないから完全に負けている”とこぼしていた。

美浦では、そもそも牛モツを料理できる機会が少ないので、これまでに実績がある料理とか川俣から教わった料理にせざるを得ないのが不満らしい。

スジは精肉のカテゴリなので“牛スジ料理では負けていない”とも言っていたけど。


■■■


避難者といっても働ける者は働いてもらう。

別に『働かざる者食うべからず』という訳ではないが、家賃代わりに働いてもらう方が双方とも精神的な負担が少ないのでそうしてもらっている。


色々な働き口はあるが、人気なのは当たり前過ぎるけど牛の世話。

川俣では牛が身近な存在なので小さい子も牛がいると落ち着くようで、牛の世話をするお母さんの背中でニコニコしている。


美浦と川俣では牛と鶏を飼育しているが、川俣は牛が主体で美浦は鶏が主体。

産業の棲み分けというか川俣の産業創生として意図的に美浦では食用牛の飼育を抑制しているのが主な理由だが、川俣が鶏でないのはカルシウムというか貝殻の入手難度から。

美浦は海があって貝が多く採れるので粉体貝殻(ボレー粉)を得るのも容易く鶏卵主体の飼育が可能だが、川俣はそこまでいかないので美浦から輸入したボレー粉を含む配合飼料で自家消費分ぐらいの鶏卵を得ている程度。

美浦から輸入する配合飼料で養鶏して自家消費分の鶏卵を得ているのは先住者集落も一緒だったりする。

鶏卵は栄養満点な命の缶詰だから積極推奨したんだわ。


美浦では自家消費する鶏卵の他にも繁殖用の親鳥の飼育とか雛鳥(ひよこ)の育成とか色々ある。

先住者集落含めて全ての鶏を産出しているのが美浦なのでその規模は他とは隔絶している。

だからなのか、美浦の鶏舎の鶏を初めて見た子はその数に吃驚して震えていた。


そうそう、学齢の子は再開した瑞穂学園で学んでもらいます。子供は学ぶことがお仕事です。

校長先生は除灰作業で不在ですが、教師の義智がしっかりしているから大丈夫です。



「これから旭丘の上の斜面の除灰をします」


川俣から第二弾、第三弾で避難してきた一.五世代の働き盛りの男衆には除灰作業を手伝ってもらう。


旭丘の上の斜面の除灰を進めるのは、大雨が降ったときに土石流となった火山灰が旭丘を襲わないため。

旭丘は上が崩れてこない場所を選定したのだが、流石に二〇センチメートル以上の降灰があると何かの拍子で火山灰が雪崩を打って流下してくる危険があるから予防処置として火山灰をどかす。

全部を除灰するのは土台無理な話だが、不均衡に積もっている火山灰の凸部をある程度除灰できればと思っている。


「木の根元には火山灰が無くて穴が開いていることがありますから注意してください」


森林の積灰状態だが、樹木の根元にはあまり積もっておらず、中には火山灰ではない土壌が見えていた例もあった。

樹木の枝葉に遮られて根元の積灰が少なかったのだと思っていたが、親父殿の見解は違っていて風の影響との事。


雪国では(地方によって呼び方は異なるそうだが)ツリーホールといって、積雪時に樹木の根元に雪が少なくて穴が開いたような状態になる事が普通にみられ、バックカントリースキーでの重大事故の原因になる事もあるそうだ。

俺にはちょっと想像がつかないのだが、実は雪深いところのツリーホールは身長超えという深さになる事もあって、そこに落ちるとまず自力では脱出できないそうだ。

だから単独行だとそのまま凍死や餓死してしまい、春の雪解け後に遺体が見つかればまだマシとか何とか。


このツリーホールの成因は“枝葉に遮られて積雪が少ない”とか“樹木の熱で雪が融ける”など色々な説があるそうだが、それらの条件から外れる“道路標識の鉄パイプ”や“そこらの石や岩”など屋外で地面から飛び出ている物であれば普通に発生する現象だから決定的な成因とは言い難いとか。


諸説ある中で親父殿の一押しの説は“地面から出ている障害物に当たった風が障害物の周りで乱流になり雪が吹き飛ばされるから”という物で、吹き飛ばされた雪も、吹雪でもなければそう遠くに飛ばないので障害物の周りに落ちるから穴の外は少し盛り上がっている事にも説明もつくとか。“川の中にある橋脚も橋脚の傍は抉れてるやろ? それと同じ理屈や”と言われると腑に落ちる。

数百キロメートルも風に運ばれて飛んできた火山灰だから風の影響は受けやすいと思えば“成る程”としか言えない。


落差は数十センチメートルしかないからそうそう大事にはならないだろうが、山林で怪我をするというのは下手したら命に関わる事態にもなりかねないから注意するに越したことはない。


「やり方は……」


俺がモグちゃん号と蜘蛛の糸号での美浦平の除灰作業ではなく川俣組の引率をしているのには理由がある。

三人衆をはじめとする第二世代からすると、川俣組の一.五世代は“にいに”“ねえね”なのでどうしても気後れがあるのと、第二世代の男手の多くが先住者集落の支援に向かっているので、川俣組の一.五世代の全員が俺の教え子ということもあり引率に指名された。


なお、モグちゃん号は匠が、蜘蛛の糸号は文昭が動かしているので美浦平の除灰作業に遅れはない。

田畑の除灰を優先してやっていて、稲作をはじめとした春蒔き夏蒔きは無理だが、冬蒔きは何とかなりそうで、上手くいけば秋蒔きはいけるかもしれないという進捗状況になっている。


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