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文明の濫觴  作者: 烏木
第10章 百折不撓
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第17話 スノーダンプ

再就役したモグちゃん号の慣らしのために除灰したグラウンドで小さい子たちが走り回っている。

一箇月以上リンナや瑞穂学園校舎で缶詰だったから持て余していたエネルギーをここぞとばかりに発散している。

俺は火山灰を捨てる土捨て場の造成があって力になれないが、子守り担当たる保育園要員は頑張ってくれ。


穴を掘って火山灰を埋め立てるのは基本的な火山灰の処分方法の一つではあるが、規模が規模なので再就役させた多目的動力装置を使っている。

それも単に穴を掘って埋めるだけじゃなく、掘り出した土で土塁を造って、その土塁で囲んだ中にも火山灰を埋め立てることで処分できる量を稼ぐ。


幅四メートル、長さ一〇メートル、深さ一.二メートルの溝を掘って、掘った土は後で土塁にするのに使うから積み上げておく。

溝を掘り終わったら次に掘る場所や土塁を築く場所の火山灰を排土板で押して掘った溝に落とし込む。

単純計算だと溝の面積の六倍の面積に積もった火山灰を埋め立てられるが、実際は転圧すると締まるので七倍の面積は処理できる。


そうやって埋め立てたら、さっき掘った溝から一メートルほど離れたところに平行に同様の溝を掘って……というのを繰り返す。


「うらがする事ないんやけど、ええんか?」

「保険ですからゆっくりしていてください」


作業は俺がモグちゃん号を操作して一人でやっている。

うん十年運転や操作をしていなかったから不安もあったが、身体が覚えていたようで問題なく操作できている。


これまでは、こういう土木作業の時のバディは文昭か匠のどちらかという事が多かったのだが、二人は蜘蛛の糸号の再就役に取られている。

なので、実作業は俺が一人でやって、見張りや万が一のときの連絡要員として親父殿に同道いただいている。


「ノリさーん、父さーん」


そうこうしているうちにお昼近くになり、美結が金属製の箱を括りつけたスノーダンプを引きながらやってきた。


スノーダンプというのはその名の通り除雪道具で、(そり)のような大型の箱形ショベルに柄がついていて、ショベルごと滑らせながら一度に大量の雪を運べてダンプカーのようにドサッと捨てられるにも関わらず大きな力を必要としないので、雪国だと一家に一台はあるんじゃないかという代物。


このスノーダンプは雪国の人には『ママさんダンプ』と呼んだ方が通りがいいかもしれない。

『ママさんダンプ』は登録商標なので、商標を持っているメーカーがそう名付けている製品だけが『ママさんダンプ』なのだが、“箱型ショベルが金属製の物をスノーダンプ、プラスチック製で軽量化した物をママさんダンプと呼ぶ”と説明している人もいるぐらい『ママさんダンプ』という呼び名は一般名詞化している感がある。

それぐらい雪国ではスノーダンプ自体が普及しているし『ママさんダンプ』という呼び方も浸透していて『ママさんダンプ』より一回り大きい物を俗に『パパさんダンプ』(こちらも実は商標登録はされている)と呼ばれる事もある。


美浦では除雪が必要なほどの積雪はないので本来ならスノーダンプは要らない物ではあるが、雪国出身の親父殿が除雪以外にも田畑や山野など不整地や軟弱地盤での運搬用の簡易の(そり)として使えるという提起があって、一輪車より資源を使わないというか製作する上では浅型の一輪車の車輪などを撤去したものと大して変わらない代物なので物は試しと採用されて美浦でも色々便利使いされているし、積雪がある北方の集落には除雪が捗ると本来の使い方で喜ばれてもいる。


「おお、美結。飯か?」

「うん。お弁当持ってきた。それとモグちゃん号のご飯も」

「ほったら、飯にしょうぜ、ノリちゃん」

「了解っす」


括り付けられていた金属製の箱はモグちゃん号のご飯こと佐智恵謹製のバイオ()ディーゼル()燃料()が入っているジェリカン。


「スノーダンプ、量産した方がいいのでは? 旭丘の除灰では大活躍ですし、たぶん、ここでも掬って運ぶのに役立つと思いますけど」

「そうだな。美結(みゆち)から義智(トモ)に言ってくれるか」

「えー、面倒い」

「じゃあ、トモには俺から言うから義弘(ヒロ)に打診しといて」

「はいはい。それぐらいなら」


この状況になったからではあるが、除雪に有効な器具というのは除灰にも流用できる事が可能な場合があり、スノーダンプは(ボルカニック)アッシュダンプとして使うことができた。

これは二〇センチメートルというとてつもない量が積もっているからであってミリメートル単位の積灰だと何の役にも立たなかっただろう。


そして除灰を進めているのは美浦だけでないので、量産できるなら量産して全集落に配るというのは有効な手段だろう。

出自からするとアッシュダンプとして使うのは正道の範囲で、(そり)として使うのは邪道なのだろうな。


それと、美結に打診を頼んだ義弘は、佐智恵が産んだ三番目の息子で、佐智恵の化学の分野を引き継ぐのは二番目の息子の義佐だが、鍛冶の分野を引き継ぐ予定なのが義弘。


義弘の命名だが、義智、義佐ときたら法則で言えば三人目は義恵となるが、やはり語呂が悪くて断念し、佐智恵が出した候補が義弘であった。


義弘と聞くと戦国時代好きには島津義弘になるのではないかと思うが、刀剣マニアの佐智恵にとっては(ごう)義弘(江義弘(ごう・よしひろ もしくは ごう・の・よしひろ)とも)になる。


郷義弘は、正宗十哲の一人に挙げられる南北朝時代の高名な刀工で、彼の作と鑑定された刀の中には国宝や重要文化財に指定されている物が幾つもある。

有名人が使った例を挙げれば、今川義元で、彼の佩刀としては『義元左文字(さもんじ)』が有名だが、郷義弘が作刀した『松倉(ごう)』という刀も愛用していて、桶狭間の戦いで織田信長は義元左文字とともに松倉江も分捕ったという話もある。


佐智恵の願い通りかは分からないが、義弘は鍛冶に興味を持ち、佐智恵と匠に師事している。


■■■


スノーダンプの量産型というか劣化版というか廉価版というか資源節約型というか言葉に困るが、骨格や(そり)の接地面や切っ先などの強度や耐摩耗性が必要な部分のみを鋼鉄製にして残りの大部分を木製にした火山(ボルカニック)(アッシュ)ダンプが急造された。


全鉄製のスノーダンプは既に型があったのに態々新たな型を作ってまでこの形態にしたのは鉄資源の都合だそうだ。


美浦の鉄資源の多くは黒浜に大量にある真砂砂鉄から得ていた。

これまでは在庫が減ったら黒浜から砂鉄を採ってきて選鉱して洗浄して一定量の在庫量を確保してきたし、大量に必要なときは臨時で採取して製鉄という流れであった。


黒浜の砂鉄資源は手付かずだったからかなり広範囲に分厚く堆積しており、その推定資源量は百トンを軽く超えていて一生かかっても使い切れないだろう量があったし、加古川を挟んだ向かいの砂浜にも砂鉄が堆積しているのは確認できているので、仮に黒浜の砂鉄を採り尽くしたとしてもまだまだ砂鉄はある。

それに、製鉄のボトルネックは砂鉄よりも木炭の方だったので数世代後ぐらいまでのスパンでは鉄資源の枯渇は考えていなかった。


しかし、黒浜にも大量の火山灰が降灰していて暫くは砂鉄を採取するのは難しいとの事。


火山灰は火山ガラス質が多くを占めるが、鬼界アカホヤ火山灰は鉄の含有率が高いのも特徴の一つである。


鉄があるなら良いじゃないかと思うかもしれないが、溶岩が固まってできたガラス質の中に点在する磁鉄鉱を資源として使うには、ガラス質を砕いたり溶かしたりして磁鉄鉱以外を除去するという手順が必要で、とてもじゃないが採算が取れないというか資源の無駄遣いというか……という代物。


面倒なことに鉄分が多いので磁石での選鉱も難しいという事もあり、新規の砂鉄採取は火山灰を何とかしてからという事になった。


だから砂鉄はこれまで採取していたストックを使うのだが、今後どのような鉄の需要が出るか分からないので、スノーダンプは全鉄製の方が性能が良くて製造面でも簡単に素早く量産できるけど、鉄でなくても良い部分は鉄以外の資源を使って鉄の消費を抑えたいという事でこうなった。


美浦平の除灰作業などでの試験と改良を経て制式採用された『スノーダンプ乙二型改』は各地の除灰作業で大活躍するのであった。


匠、佐智恵、義弘、お疲れさん。


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