第12話 岩戸開き
宴会を大噴火から三日目に設定したのは、三日も経てば暗闇も止む頃合いだろうというのもあるが、宴会の準備で気を紛らわすというのも狙っている。
宴会を催すと聞かされた面々の反応だが、第一世代は天岩戸を連想したのかニヤニヤしていたり呆れていたりといった感じで多くは明確な反応があったけど、第二世代は現状と宴会が結びつかなくて困惑しているように見える。
義智は第一世代の反応をみて納得していたが、親を非常識扱いするのはどうかと思うぞ。
そして明後日の宴会に向けていそいそと酒肴や出し物の準備に取り掛かる面々。
若い頃からそうだったけど個人的にはこの手のもので一番楽しいのは準備だと思っていて、本番では自分が楽しむというよりも参加者が笑ったり喜んだりする姿を眺めるのが好き。
美浦では立場的にも裏方を務めるのが常だったので加速された面もあるだろうけど、裏方が好きというのは生来の気質だと思う。
なのだが、今回は裏方になれなかった。
準備の中心になる息子や娘から“孫の御守をしておいて”と言われてしまったのだ。
第二世代最年長の史朗くんが三十代に入ったばかりという事から分かると思うが、第二世代は出産適齢期に入っていて(遅めの子はまだだけど)子供の二人や三人は普通にいる。
「ノーちゃんは源三郎をよろしく」
「分かった」
これから色々と準備をするという有栖から息子(俺からすると孫)を預けられた。
漆原一族は子沢山で源次郎さん、静江さんは曾孫の、剛史さんと恵さんは孫の面倒を見ているが、手が足りなくて俺にもお鉢が回ってきたという事。
源三郎は漆原家にとっても初孫であるし長男の長男、つまりは嫡孫にあたるのだが、それが俺に回ってくるというのは無尽蔵のエネルギーを発揮する四歳児の相手は体力的に厳しいからだろう。
源三郎がもう少し聞き分けができるようになればあれだろうけど……
「ところでさぁ、静ばあちゃんが言ってたけどアマノイワト? て何?」
「ああ、天岩戸というのは……」
三人衆にした話を更に省略して話す。
「成る程ねぇ……出し物にいいかもしれない。ノーちゃん、もうちょっと詳しく教えて。帳面取ってくる」
有栖が詳細を教えて欲しいというのは、宴会の出し物のネタというのもあるのだろうけど、物換星移の歌詞の参考にするためというのもあると思う。
俺をジャングルジムにして遊ぶ源三郎の安全を確保しながらの日本神話の講義は中々骨が折れた。
自分が納得できるまで聞いてくるという『なぜなぜ期』の気質を二児の母になっても維持している有栖は、天岩戸だけじゃなく前後の神話まで聞いてくる始末。
まあ、次話にあたる八俣遠呂智の件は三種の神器のからみもあるけど……
“取りあえずはこれでいい”と有栖が去っていくと源三郎が本格的にじゃれついてくる。
「ノーちゃん、グルングルンやって」
背中に乗せて柔道式腕立て伏せって有栖も好きだったけど……というか、子供全般は好きなんだよね。
もっとも、これができる大人は限られているけど。
やってもいいけど、そうすると源三郎が満足しても他の孫が乗ってくるとか源三郎と一緒に他の孫が乗ってくるとかで厳しい状態になる未来が見える……
もう若くはないのだが、孫の期待には応えられる限りは応えてあげたい。
■■■
二日かけて準備した大宴会が始まる。
火山灰はまだ降り続いていて累積降灰量は一八センチメートルに達している。
推測だが吹き溜まりとかだと三〇センチメートルを超えている場所もあるのではないかと思う。
それでも降灰の勢いは急速に衰えてきている。
今朝の段階で極々少量だが日光が届いているのではないかという気がしていて、月の無い闇夜のような感じなのは変わらないが、一昨日や昨日のように明かり無しでは自分の手ですら全く見えない漆黒の闇ではなく、注意深く凝視すれば手があるっぽい程度ではあっても識別できそうな感じになっている。
火山灰の雲(?)は緯度から考えても基本的には偏西風によって東に流れていく。
つまりは西からクリアになっていく筈なので、ひょっとしたら今日の夕方に太陽もしくは夕焼けっぽいものが拝めるかもしれない。
それはともかく宴会だが、美浦の宴会は酒と演芸が中心になる事が多い。
酒は宴会用に確保されているので大盤振る舞いになるし、熟成させていた希少な酒が出されることがあるが、料理に関して言えば収穫祭でもある瑞穂祭のように事前に準備していた場合を除いて、多少は子供向けにお菓子の種類が増えるとか、酒の肴に合う珍味類が少量多品種供される程度で特に珍しい料理が並ぶわけではない。
だから銘々が代わる代わる芸を見せて、それを肴に酒を酌み交わす形が定着してしまっている。
下は幼児のお遊戯から上は曾祖母になった静江さんの舞踏まで幅広く芸が披露されるが、第一世代は一番下でも知命近くなっているので定番の芸を三つぐらい使い回している。
定番の芸で一番受けるのは雪月花の分解結合だったりする。
銃を分解して点検や必要な整備をして組み立て直す分解結合は銃の使用者にはほぼ必須で求められる技能なので、実はやり方さえ覚えれば然程苦労する類の物ではないし、やり方を覚えるのも小一時間もあればたいていは何とかなるレベルの難度でしかない。
戦車や戦闘機といった装備品は数が限られているし、だいたいにおいて高度な技術が必要になるので整備はそれ専門の要員が担うが、銃は個人携帯武器なので基本的に整備は自分でやらないといけないから一般に大多数の人間が保持しているであろう技能レベルで整備できない銃は設計ミスと言ってもいい。
だから分解結合自体はある意味では誰でもできる技ではあるが、タイムアタック的に素早くやったり、難度を爆上げさせる目隠しでやったりといった事は見世物として成立はする。
目隠しで分解結合ができるかというと、できる人はできるというかできるように訓練させられる人はいる。
特殊部隊などでは任務遂行にあたり暗闇で銃を分解したり組み立てたりすることもあり得るからできるようになるまで訓練させられると経験者が言っていた。
◇
「作麼生」
「説破」
徐々に盛り上がってきた舞台では榊原家の兄弟の謙太郎くんと謙次郎くんの漫才コンビ『太郎次郎』による問答漫才が披露されている。
お題に対してボケた回答をして出題者がツッコミを入れるのが基本だが、大喜利のように単なるボケだけでなく悪魔の辞典っぽいブラックユーモアとか妙に哲学的な回答とか、はたまた学術的に正確な回答とかも色々と混ぜて演じている。
この独特のテンポで進行される太郎次郎の問答漫才は定番になっている演芸ではあるが、お笑いは同じネタをそう何度も出せないので常に新たなネタを考え続けなければならなくて苦労しているようではあるが、これも運命と諦めてくれ。
「人類には早すぎるから教えられん」
「いや言ってみ」
「……ええんが思いつかんかったんや」
「何やねん」
「よっと……うわぁ」
ツッコミの謙太郎くんがボケの謙次郎くんの胸あたりを軽く叩く動きに対してマトリックスポーズというかリンボーダンスのように上体を反らして空振りさせるお約束の動作があるのだが、今日に限って失敗してしまい、後ろに倒れて尻餅をついてしまった。
その様は色々な意味で笑いを誘い、太郎次郎には不本意かもしれないが宴会場は大爆笑に包まれる。
その刹那に、バンッ! という音が響いたと思ったらガタガタという音が近づいてきて揺れ出した。
おそらくは昨秋の南海トラフ巨大地震の余震だろうが、今回は割と強めの揺れで震度四から五弱といったあたりか。
奈緒美が倒れそうな酒瓶をパパッと取って保全するあたりは手慣れたものだしある意味では感心する。
結構な頻度で余震と思われる有感地震があるので子供たちも割と地震に慣れた感があるが、このレベルの揺れは本震直後ぐらいまで遡らないとないからか笑いがおさまり不安気な表情も見える。
そんな揺れが続いているにも関わらず匠が豪快に笑いだした。
「地球も面白くて笑ってらぁ。太郎次郎最高! それにこれだけ揺れりゃぁ樹木の灰落としの手間も省けるってもんよ」
「おーい! 地球さーん! 尻餅ぐらいでそんなに笑わなくてもいいですよぉー!」
匠に呼応するように床に向かって叫ぶ謙次郎くん。
地面に向かってブラジルの人に呼び掛ける芸を思い出したが、今この場だと場を和ます咄嗟の行動としては正に芸人の鑑。芸人じゃないけど。
「地球も笑ってくれたけど、テストでああ答えたら零点やから注意やで」
「やってられんわ、ほなさいなら」
ちゃんと締めまで続けるあたり、見事な芸人根性だ。芸人じゃないけど。
そして地震慣れしているからか、何事も無かったかの如く続けられる宴会。
◇
「みんな! みんな! 夕焼けになってるよ!」
席を外していた謙太郎くんが宴席に駆け込んできて叫んだ。
「な、なんだってー!」
「言われてみれば、外、少し明るくなってない?」
「誰か、いや、義智と嘉偉で物見部屋に行って確認してきて。他は少し待って」
ひょっとしたらと思っていたけど、本当に夕焼けが拝めるとは。
火山灰の供給が途絶えて西の上空の火山灰がかなり少なくなっているということだからもう少しの辛抱で降灰は落ち着く。
本業の方で出張やら会議やらが立て込んでいまして、次々週にあげられるか自信がありません。