第10話 世界は闇に包まれた
超巨大噴火を確認した翌朝には降灰が始まっていた。
そして、とっくに日が昇っている筈の時刻だが月の無い闇夜のような真っ暗闇の世界になっていた。
目を開けていても瞑っていても視界が変わらない状況なので確認はできないが、噴煙が全天を覆っていて日光を完全に遮断してしまっていると思われる。
そんな暗闇の中でバラバラバラバラと火山灰が降りしきる音が響いている。
世界が闇に閉ざされていたとしても、リンナの中まで闇の中というわけでもなく、甚だ頼りない光量ではあるがオイルランプという明かりがある。
美浦のオイルランプは二種類ある。
一つは省エネタイプというか常夜灯型の物で、燈心が一本でナツメ球(豆球・豆電球)程度の光量を発するが、二十四時間点けっぱなしでも燃料油(菜種油や食用油の廃油など)を一二〇ミリリットル程度しか消費しない。
この常夜灯型はリンナや瑞穂学園校舎の各所に配置している。
普段は飾りになっているが、降灰以降は点けっぱなしにしていて、適時油を継ぎ足して明かりを確保している。
超巨大噴火が起きると空振で窓がやられる可能性があったので窓には耐衝撃防護をしていて建物内の光量が不足しているので二十四時間点灯させ続けている。
幾ら省エネタイプと言えどそれなりの数があるので、一日に三リットル近くの油を消費してしまうが、有ると無いでは大違いなので必要経費と割り切っている。
もう一つのタイプは燈心が三本ある標準型オイルランプで、これは元々全家庭に配っていた。
普段でも夜に明かりが無いという訳にはいかない。
オムツ交換とか色々あるじゃん。
この標準型オイルランプは常夜灯型の三倍以上の光量があるが、当然油も三倍消費するので、降灰以降も常時点灯させるわけにはいかず、人数が集まる時と場所に限定して点灯としていた。
これまでもオイルランプを使っていたのだが、幾ら光量不足とはいっても昼間は明かりが無ければ何も見えない真っ暗闇ではなかったから油の消費量は一日で三リットルぐらいだったのだが、今は自分の手すら見えない真っ暗闇なので何をするにもランプを灯さないと駄目だろうからかなり油を消費する筈。
これまでの倍の一日で六リットルぐらい使っても不思議じゃないと思う。
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火山灰が降る音が煩いというのもあるだろうが、六時過ぎには食堂に全員集合と相成った。
明かりは各自が持ち寄ったオイルランプもそのまま灯しているので、何とかなっているが、集まった面々には多かれ少なかれ不安の色が見える。
俺自身も、このような事態はある程度予想して覚悟をしていたし、この暗黒も長くて三日ぐらいで納まる筈とは思っているが不安が無いわけじゃない。
宣幸シェフが“全員集合しているから必要ないだろうけどお約束だから”と笑いながら言って食堂の壁掛け鉄琴で『おもちゃの兵隊の観兵式』を奏でる。
“何はともあれ先ずは朝御飯! いつものようによろしくね”という明るい声にセルフサービスの配膳場所に移動する面々。
「……いつもどおりの献立だ」
「非常時にこそ、いつもどおりのご飯を」
普段と全く変わらない一汁一菜の朝食が用意されている御膳を見た誰かに答える宣幸シェフ。
災害時などにいつもどおりにできるというのは心の平安にとっても大事。
朝食は一汁一菜というのは朝食の用意が輪番制だった頃からの名残で、宣幸シェフが厨房を取り仕切るようになっても継続されていて美浦では二十年以上続いている習慣になる。
だから美浦生まれの子にとってはご飯と汁物と惣菜一品という朝定食は生まれた時からずっと変わらない風景と言える。
こうなっているのは、未だに大厨房で全員分を調理する給食形態が継続していて、各家庭で調理して家族単位や個人単位で食べるという形態に移行できていないからというのも要因としてある。
各住居には台所を設けているし、何度か変更を提起はしたのだが、悉く却下されている。
食材の保管にしても集中管理しておいた方が良いし、そこから自宅に持って帰って調理って面倒だし非効率。
それに現代日本と違ってその日に使える食材には限りがあるから結局は各戸で調理しても各戸で同じ料理を作る事になるのだから、それなら料理が上手い人が纏めて調理した方が美味しいし資源も節約できるし手間も省ける。
こういう事らしい。
人口が増えてリンナの食堂や厨房が手狭になってきたのを機に出したときも食堂と厨房の拡張及び調理体制の強化が通っている。
リンナは防災拠点なのだからリンナの食堂と厨房は美浦の全員が利用できるキャパを維持する必要があるという主張だが、避難時には交代制にでもすれば済むのだから個人的にはもっともらしい屁理屈だと思っている。
それはさておき、食事をすれば多少は落ち着く。
また、宣幸シェフが平然とした態度で明るく振る舞った事も皆を安心させた。ありがとう。
皆が人心地ついたところで三人衆が前に立つ。
「この闇は五日間も続かないが、ランプオイルも食糧も一箇月分を運び込んでいるし、備蓄倉庫には十年以上持つ量がある。建物もタクちゃん棟梁とノリちゃん先生が火山灰に負けないように建てているから何も心配は要らない」
「そうは言っても、牛、山羊、鶏の世話は必要だから、そっちは司(匠と美野里の息子)、朱美、勇雄(文昭と奈緒美の息子)に頼む。手が足りないなら言ってくれ」
「えっと……私は?」
「美野里小母さんは自分の息子を信じてください。ミノ小母さんと美結小母さんは三人が困ったら助言・助力をお願いします」
俺は後進を育ててとっとと実権を移譲して現役世代が困ったときには相談にのる相談役タイプのご隠居様になりたいが、美野里も美結も自分でやった方が手っ取り早いという後進の育成が苦手でなかなか実権を手放そうとしない代表取締役会長タイプのご隠居様なんだよな。
だから美野里と美結の二人に求めるのは現役世代が困ったときの助言であって、対応は現役の畜産班主力が行うようにとの嘉偉くんの指示。
美野里と美結は不満と不安が混じった表情をしているが、俺は三人衆の判断を支持するぞ。
「それと、外の状況を確認しておかないと皆も不安だろうから、状況確認と降灰等の観測は義佐鶴郎の二人にお願いする」
おっ、義佐が将司に向かって頷いているし、鶴郎くんは匠に向かって頷いている。
これは将司と匠を参加させるという事か?
あの二人は参加させておかないと納まりが悪いか?
……何で義佐が俺じゃなくて将司を見るんだというのは気付かなかったことにしよう。
「暫くは外に出れない生活になるが辛抱して欲しい。昼間は大教室と保育室に明かりを用意するので適時そこで過ごして欲しい」
昼は明るく夜は暗くでないと体内時計が狂うし、そもそも真っ暗な中で過ごすのは物凄くストレスが掛かる。
例えオイルランプを集めても辛口判定だと暗いので、三人衆は電灯という伝家の宝刀を抜いたという事か。
電灯はLEDはまだ使用できるし、竹ひごを炭化させたフィラメントを使った電球もあるが、電源や稼働する二次電池が希少なので普段は電灯の使用は控えている。
控えているという事は使える二次電池と充電手段があるという事なのだが、二十年以上経っていて使えるバッテリーがあるのかというとある。
持っていた二次電池はEVの物を含めて全て使用不能になっているが、鉛蓄電池は作れるので鉛蓄電池を作って使用している。
どこから鉛を得たかというと弾丸からで、流石に製造からこれだけ長期間を過ぎると怖くて使えないから弾丸をばらして銅と鉛を回収した。
そうまでして電池が必要なのは、電気分解をして得ている物質があるからで、直流電源がないと塩素が得られなくて消毒剤やら何やらが作れなくなるし、それ以外にも電気分解で得られる物質が無いととても非効率になってしまう産品も山ほどあるから、電池は何が何でも維持する必要があった。
鉛蓄電池も寿命はあるが、寿命を迎えた鉛蓄電池を原料に新しい鉛蓄電池を作れるので何とかなっている。だからビデオ撮影もできている。
三人衆は明かり以外でも文昭にモスボール保管していたモグちゃん号と蜘蛛の糸号の再稼働作業を依頼していたから、使える物は何でも使ってこの難局を乗り越えるという強い意志を感じる。
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火山灰除けのポンチョを着込んでLED懐中電灯を片手に持った三人が畜舎に向かうのを見送る。
オイルランプでは如何にもならない暗さなので虎の子のLED懐中電灯を持たせるという事らしい。
このLED懐中電灯だが、LEDはまだ使えても電池が無いので将司が他の使えなくなったり用途が無い電気機器やら何やらの部品などと組み合わせるという共食い整備っぽい魔改造をして(春馬くんの指導の下で義佐が作った)外部電池パックと接続して不格好ながら何とか携帯できるようにした物で、暗所の点検などの為に細々と使っていたものが幾つかある。
次は斥候のスケさんカクさんの二人か。
「ノーちゃん、何か点検しといた方がいい事ある?」
「特にない。様子見で十分」
「ほら、スケさん。言った通りだろ」
「でもよぉ……カクさんはノーちゃんに確認しないの?」
「する。ノリちゃん先生のお墨付きは欲しい」
「おいおい、そういうのは理久くん、嘉偉くん、義智の三人にしておけ」
「いやぁ……確認に行ったら“良きに計らえ”だったんすよ。と、言う事で『今回の主目的は皆を安心させる事。だから火山灰がどれぐらい積もっているかとか、危ない兆候がないかを見る程度で十分』って感じでいるけど、ノリちゃん先生、如何?」
「百点満点」
「うっし、じゃあ行って来ます」
「マスク、マスク」
「あっ」
スケさんカクさんの二人だけど、うっかり八兵衛要素もあるんだよな。




