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文明の濫觴  作者: 烏木
第9章 幕間
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幕間 第22話 長岡成幸と収穫評価

実りの秋を迎えて今年の稲作の反省会が行われた。

最終的には美浦の有識者たちに相談という形になるだろうが、一旦は上の口としてのまとめをしておかないといけない。


先ずは作柄だが、キャンプ場のものよりも貧相だった。

さらに三番目の水田は三分の一ぐらいがバタバタと枯れてしまった。

おそらく何らかの病害虫によるものだと思うので枯れたものや枯れかけた株は刈り取って焼却処分にしたけど結構広がってしまった。


秋川の小父さんから『病害虫は早期発見・早期対処ができないと全滅もあるから』と言われていたからみんなで注意して見回っていたから発見できたけど、発見が遅れていたら……いや、もっと早く発見できていれば被害は少なくて済んだかな?

まあ、他の田んぼに伝染しなかっただけマシだと思う事にしている。


しかし、こんな惨状にも関わらず収穫量は想定より多かった。

坪刈法といって、平均的な場所の一坪の株を刈り取って収穫量を測って三〇〇倍すると一反あたりの収穫量になるという方法があるのだが、その計算だと締め固めた水田の方が成績は良くて一番と二番の水田が玄米で約一三五キログラムあった。

泥をぶちまける方法の方は四番は約一一〇キログラム、三分の一近くがやられた三番が八〇キログラムぐらいで、合計するとおおよそ四六〇キログラムとなった。


これだと一人あたり十八升ぐらいになるから単純計算で出した十二升の一.五倍近い値になる。


キャンプ場より貧相だったにも関わらず増えるってどういう事?

一反あたり七五キログラムってあれだけの惨状の三番より低いってことだよね。

誰かが半分ぐらいガメていたとかでないと説明できない。

というかガメていたんだろうな。

備蓄していたのなら宣伝する筈だもの。


それはともかく、十八升だと一八〇食になるから二箇月分になる。

これの六倍……二十四反で一年分。


水田を増やしていくにしても、泥をぶちまけて造った水田の成績が良くなかったから追加する水田は叩き締めて造るかどうか。

ここらは美浦の有識者と相談したいところ。


雑草の防除については大丈夫だった。

三六センチメートル間隔で植えるのを推奨とあったからそうしたけど、それだけ間隔が空いていると雑草の根切りが捗った。

これまで見たことがある田んぼのように密に植わっていたら大変だったと思う。


雑草の防除作業のついでだけど、水田に入るのに長靴がすごく大事だという事が分かった。

試作品だからと言って無料でくれた長靴が二足あるんだけど、長靴を履いていると石を踏んで怪我をすることもなければ虫に刺されて難儀する事もないのは大きい。


誰とは言わないが横着して虫に刺されて大変な目にあった奴がいるんだ。


虫博士によるとタガメに刺されたらしい。

タガメは水面を泳いでいる毒蛇のマムシを捕食できるぐらい獰猛な昆虫で、動くものに飛びついて鎌で捕らえ、注射針みたいな口を刺して神経毒と消化液を送り込み、消化液で溶かされた肉を吸って食べるそうだ。


捕らえられたマムシは暴れ回るけど三分ぐらいで毒が回って死に、体外消化というらしいのだが注入された消化液で溶かされて貪られ、骨や皮や鱗などの消化されにくい部位だけにされるとか。


体外消化だと自分より大きな獲物でも捕食できるのは分かる。

そしてゲンゴロウの幼虫も体外消化をするそうで、ゲンゴロウの幼虫もタガメも自分より大きな獲物でも貪欲に捕食する獰猛な昆虫らしい。


確かに骨と皮だけになった蛙や魚の死体は見掛けたけど、それらはゲンゴロウの幼虫かタガメに捕食されてしまった成れの果てなのだろう。

実は田んぼにいるゲンゴロウの幼虫やタガメなどの肉食の水棲昆虫は田んぼの害虫も食べてくれるから益虫でもある。


余談だけどゲンゴロウって成虫は割と愛らしい姿なんだけど幼虫は割と閲覧注意な姿だよね。長靴に張り付いていた時は悲鳴を上げてしまった。


タガメもゲンゴロウの幼虫も動くものには何でも飛びかかるから人間にも飛びかかってくるし、毒液と消化液をぶち込まれるわけだから刺されたら滅茶苦茶痛いらしい。

“らしい”じゃなくて激痛だって?


それに毒や消化液が広範囲に広がるから半端なく腫れる。

パンパンに腫れあがった(くるぶし)はとても痛々しかった。

痛々しいじゃなくて痛いだって? それと腫れと激痛で歩くのにも難儀するだって?


はいはい、横着した自分を反省しなさい。


――――――


後から聞いたんだけど、注入された毒液や消化液の量によっては刺されたところが壊死して欠損する後遺障害が生じる事もあるから、場合によっては毒蛇に咬まれたのと同じぐらいの対処が要るとの事。

……弄ってごめんなさい。


――――――


田んぼが増えるなら二足じゃ足りないからもっと長靴がいるんじゃないかな?

それに田んぼじゃ無くても川に入るときもあった方が良いと思うんで何なら人数分の購入も検討したい。


しかし、本当にどこから来たのか分からないけど虫の類はもちろんのこと、蛙にオタマジャクシに小魚に巻貝など本当に色々な生き物が棲み付いてきた。

キャンプ場ではこんな事は無かったけど、上の口は川や森が近いからかな?


■■■


「あっ、これ、これにそっくりです」


三番水田が大打撃を受けた原因が分かるかもしれないと秋川さんに尋ねたら早乙女さんにパスされ、症状を聞かれたあとで携帯端末で病変した稲の画像を色々見せられた。

その中の一枚に三番水田の枯れかけた稲を写したのかってぐらい似た画像があった。


「諸々考えて……おそらくは“ごま葉枯病”だね。栄養状態が悪いと起きやすい」

「栄養失調で抵抗力が落ちて病気になったって感じですか?」

「まあ、物凄く大雑把なイメージとしてはそれでいい」

「栄養失調って事は肥料が足りなかったって事ですか?」

「うーん……それもあるかもしれないけど、似た条件の他の田んぼでは発生しなかったんだよね? だったらその水田の問題から疑った方がいいかな? 例えば漏水が多くて栄養が逃げちゃったとか、逆に水捌けが悪すぎて土の中が腐敗しちゃって栄養が吸収できなかったとか」


三番水田と他の水田の違いか……言われてみれば水の持ちが良かったけど、実はそれは水捌けが悪いって事? そうだとすれば粘土質の泥の層が厚過ぎたとかはあるかもしれない。

それを言ったら“可能性はある”と。


どれぐらいの厚みが良いのかの判断が難しかったから厚めの三番と薄めの四番にして試したんだけど四番の厚みの方が良いって事だよな?


「ごま葉枯病は放置してると毎年発生するから対処法をまとめとくね」

「よろしくお願いします」


ごま葉枯病は健康な稲には中々感染しないのだが、他の病害虫にやられたとか栄養不足などで弱った稲には牙を剥くって感じの病気らしい。

もしも原因が田んぼの栄養不足ならそれを改善しないと毎年のように発生してしまうというのは分かる。


ついでというとあれだけど、作柄についても評価してもらった。


一反あたりの収穫量(反収というらしい)の平均が約一一五キログラム(三番水田がやられなかったとして約一二五キログラム)というのは、上の口の状況からすると悪くはないとの事。

参考までに美浦の水田の反収を聞いたら上の口の倍以上の二六〇キログラムぐらいだそうだ。


半分以下なのに悪くないと言われても納得しがたいものがあるけど“素人が開拓したばっかりの水田で手引書片手に栽培したにしては上出来”と言われると返す言葉がない。

栽培し続ければ人も土もこなれてきて収量も上がるから何年か後には反収二〇〇キログラムぐらいは目指せるらしいから頑張ろう。


そうそう、キャンプ場の水田より貧相だったのに収穫量が思った以上にあって吃驚した件だけど、天候不順とか病害虫にやられるとかの災害がなければキャンプ場の反収は一五〇キログラム以上はある筈だから反収一一五キログラムだと貧相に見えて当然と言われた。

キャンプ場も栽培初年度は“素人が開拓したばっかりの水田で手引書片手に栽培”なんだけど……という疑問には“セミプロが開拓してプロが調整した作土を施した水田にプロが育てた苗を植えたんだから条件が全然違う”との回答があった。


それと、キャンプ場では五年も六年も栽培しているけど収穫量は大して増えたようには見えない事も聞いたけど“見ていないから分からない”という言われれば当たり前の回答だった。


■■■


早乙女さんに書いてもらった『ごま葉枯病対策』だけど、早乙女さんから“必ず東雲さんのレクチャーを受けるように”と言われた。

この手のものに限らないが、何かを習うには最低限達していなければならないレベルがある。

例えば、中学校の授業内容は小学校で習った事が分かっている事が前提になっているように、『何も言わなくても分かっている』をクリアできていないと、何を言っているのかすら分からないという状態になる。

この対策書も誰かに手解きしてもらわないとおそらくは僕たちには理解できないらしい。


うん。分かる。

教科書を読めば全て理解できるなら誰も苦労はしないし学校の授業は要らない。

読んで理解したつもりでも間違った理解だったとかもあるから授業がある。

だから対策書を誰かに解説しながら教えてもらわないと駄目って事も分かるし、解説の適任者が東雲さんというのも何となく分かる。


問題は、父さんが東雲さんを捕まえて離さないという事。

父さんの古典談義についていける数少ないというかこの世では唯一の人だと思うから仕方が無いのかもしれないが、僕は僕で用事がある。


どうしたものかと思いながら探したら父さんは目をキラキラさせながら授業をしていた。


美浦の大き目の子の二人を前に黒板に書いているのは……一つは論語でその隣は……韓非子?

古典教師の息子だから古典は父さんの恥にならない程度の成績は修めたけどよく分からん。


商君書ですか。

あっ、東雲さんありがとうございます。

徳治主義の儒家(じゅか)と法治主義の法家(ほうか)の対比は分かります。


えっと……なぜ父さんが授業を?

子供たちが、漢文は漢字が並んでいてデザインとして格好良いけど、どういう意味なのかって興味を持ったので父さんに振ったと。

成る程、成る程。


あっ、あれは絶対に理解した顔だ。

そして父さんが益々ノリノリになってる。

このままだと諸子百家勢ぞろいするぞ。


ところで東雲さん。このごま葉枯病対策の手引書なんですが……


今回の幕間はこれで終わりで次話から新章になります


皆様良いお年をお迎えください

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[一言] 一家に一人東雲義教……じゃ、足りないらしい。
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