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文明の濫觴  作者: 烏木
第9章 幕間
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幕間 第21話 長岡成幸と水田造成

用水路を造ってもらって水はあるのだから水田を造って稲作をしたらどうかという話がでてきた。


そして父さんが一ヘクタール(一〇〇メートル四方)の田んぼで十人が食べていける米が穫れる筈だから二ヘクタールあれば食べていけると言っている。


加賀百万石とかの『石』というのは、一人が一年で食べる米の量が一石というのがもとで、一石の米が穫れる田んぼの面積が一反。

一反は三〇〇坪で、三〇〇坪はだいたい一〇アールなので、一〇〇メートル四方=一ヘクタール=一〇〇アール≒一〇反なので十人食べていける。

上の口には十七人いるから、二ヘクタールの田んぼがあれば食べていけると。


ただ、この説明には疑問が残る。


『一反の水田があれば一石の米が穫れる』というのは正しいのか?


当然ながらその土地の気候風土や土質などで変わってくる筈なので、どんな土地でも面積が同じなら同じ収穫量なわけがない。


それもあるが、最大の問題は誰が栽培しても同じ収穫量が見込めるなんてありえないという事。

素人の僕らが栽培して一反の水田で一石の米の収穫があるとは到底思えない。


一石の米の量がどれぐらいなのかは……

一石=一〇斗=一〇〇升=一,〇〇〇合ですか。

一食一合を一日三食として三三三日分。

成る程、成る程。


キャンプ場には四反の田んぼがあって一人あたり四升だから一反あたり一升が一人の割り当てになる。

キャンプ場には五十人いたから五〇を掛けて一反の収穫量はだいたい五〇升ぐらい。

ほら、半分しかないじゃないか。


ジャガイモだって美浦の三分の一ぐらいの収穫量しか無かった。

土寄せだっけ? それをちゃんとやっていたとしても半分から三分の二ぐらいでしかない。


水田を造って米を栽培するという事には僕も反対はしないけど、それで食べていけるとは到底思えないという事と、国語教師がそれを説いても説得力が無いという事。


えっ? 東雲さんが書いた開拓指南書にもそう載っている?


それ、早く言ってよ……


ちょっと指南書(それ)見せて


――――――


この辺りの気候風土だと順境なら一反(約一,〇〇〇平方メートル)の水田から上手くいけば二〇〇キログラム以上、悪くても一〇〇キログラム程度の玄米の収穫が見込めるので、水田を造って米を栽培するのが食糧生産の軸になる。

しかし、水田や灌漑設備を整えるのは容易ではないので、可能なら通いなどで水田を造ってから移住するのが望ましい。


それが難しい場合は開拓当初は畑を開墾してある程度の食糧を確保しつつ水田を造るという方法が考えられる。

最初期の食糧は栽培期間が短くて栽培難度が低くて鳥獣被害が比較的少ない芋類がお勧め。

中でもジャガイモは可食部以外には毒があるため食害に遭いにくいので最有力候補。

実際には米だけでは生きていけず野菜類の畑も必要になるから田畑の手順前後は問題ない。


これらを考慮すると開拓地の候補となる条件は以下の通り。


――――――


出だしだけ読んだけど、一反で悪くて一〇〇キログラム、上手くいって二〇〇キログラムと書いてある。

間とって一五〇キログラムとして……一五〇キログラムって何石? 一石ですか。

成る程、成る程。確かに一反で一石の収穫が見込めそうな事が書いてある。


それと容易ではないと書いてある水田と灌漑設備だけど灌漑設備の結構な部分は造ってくれている。


ん? キャンプ場は一反あたり五〇升だから……七五キログラム?

合ってるよな?


一.五(キログラム/升) × 五〇(升/反) = 七五(キログラム/反)


うん、合ってる。


…………悪くて一〇〇キログラムと言っても最初はもっと少ないって事?


■■■


分からないなら分かる人に聞けという事で、美浦で晩秋に開かれる収穫祭で突っ込んだ話を聞く事になった。


収穫祭に手ぶらで参加という訳にはいかないから村井の小父さんの指示に従って拾い集めた石を持って行くのだがこれがとても重たい。

村井の小父さんが言うには、金色でピカピカの石は俗称で『愚者の黄金』と呼ばれる黄鉄鉱という鉱物で硫黄と鉄の化合物だそうだ。

そして、金属光沢が無い黄土色の石は黄鉄鉱が酸化したものだそうだ。

美浦ではこれらを精錬して鉄を取り出したり顔料にしたりしているとの事で、交換する価値のあるものとして取り扱ってくれている。


それとは別に蒲の花粉とか綿毛とかも持ってきている。

蒲は下水処理の最終工程の湿地で栽培(?)していたもので、今年と来年は下水処理の対価として渡すのが約束になっている。

蒲の綿毛は燻せば虫よけになるとの事なので来年の夏は多少はすごし易くなるかもしれない。


情報収集は父さん達に任せて僕は僕でやらなければならない事がある。

去年勝ち逃げしたから東雲さんの娘さんに勝負を挑まれているのだ。


……結果は三勝二敗で何とか勝ち越したけど、共に先手番が勝ちだったから互角と言っていいかな?

一局目の振り駒で先手番を引けたから勝ち越しただけで、これが後手番だったら負け越しだったと思う。

緩手を指すと間髪を入れずに咎めてくるので一手も気が抜けないヒリヒリした対局だっただけに楽しかった。


それはともかくとして、父さんが集めてきた情報の共有。


東雲さんが言うには、水田の面積が二ヘクタールというのは概ね妥当な範囲との事。

但し、これは二ヘクタールあれば十分という意味ではなく、現状の農作業の許容限界との兼ね合いからの数字だそうだ。


二ヘクタールだと順境なら食べていくには何とかなる公算が高いが、備蓄を考えると厳しくて倍の四ヘクタール(一家で一ヘクタール)ぐらいは欲しいそうだ。

江戸時代の農村だと一家で二ヘクタール近くは栽培していたそうなので、一家で一ヘクタールは十分可能な範囲だけどいきなりは無理だろうとの事。


全て人力での農作業だし、全員が米作りの素人だからと言われると納得できる。

それと備蓄……他所から買ってくるというのが色々な意味で難しいから備蓄が無いと台風一発で詰むと言われたらぐうの音もでない。


秋川さんからは小さい田んぼで経験を積んでから少しずつ広げるという提案を受けたそうだ。

病害虫対策は早期発見・早期対処が重要で、蔓延してしまうとそこら一帯が全滅してしまっても不思議じゃないから、最初は確実に目が行き届く範囲にして収穫を確保するのも大事と。


それと新田開拓は大変な作業だからいきなり二ヘクタールなんて機械でも使わないと無理だから、毎年一反(二〇メートル×五〇メートル)の水田を一枚か二枚ずつぐらい造っていく方が現実的だと。


早乙女さんからは水田用の農具が無いと色々面倒だとか、収穫後の脱穀、保管、籾摺り、精米の手立てをちゃんと用意しておかないと困るとの助言があった。

それと、上の口の用水は水車が使えるように造っている筈だから籾摺りや精米は水車動力を使った杵搗きがいいんじゃないかとも。


全部お説ご尤もとしか言えないんだけど、まるで想定問答集でもあったかの如く全て即答だったらしい。


そしてノータイムで出てくる資料群。

水田や水路の配置図、水田や水路の造成マニュアル、水稲栽培マニュアル、必要になる農具の一覧(中古品や試作品でよければ譲渡可能リスト付き)などなど……


絶対に準備していたよね。


やっぱり美浦の人達は怖い。

全て彼らの掌の上だったようだ。


■■■


水田造りは思った以上に大変だった。

特に地面を均して粘土質の土を撒いて丸太を叩きつけて締め固めるのが大変だった。

粘土質の土を掘って運んでくるのも一苦労だけど、それを水が溜まるぐらい締めるのってそれに増して凄く大変。


キャンプ場の時に一度経験していたけど、あれは体験コース的な物でしかなかった。

面倒な事や大変な作業は全部指導に来てくれていたラスボスがやってくれていたのを実感した。

そしてキャンプ場は見本として造ってもらった水田を維持するだけで、新たに造ろうとしたけど放ったらかしになった理由も分かった。


一反の水田を造るのにも四苦八苦しているんだからいきなり二ヘクタールは無謀だった。

一年で一反か二反ずつ増やすというアドバイスがなければ絶対に諦めていた。

仮に一年で二反の水田を造るとして二ヘクタール造るのに十年……最終目標の四ヘクタールまで二十年……うん。無理。


だから完成まで場合によっては年単位の時間はかかるけど比較的労力をかけずに造れる方法も併用する。

簡単に言えば、粘土質の土を水に溶かして作った泥をぶちまけて乾かすのを繰り返して、締め固める作業と同様の効果を得るというもの。


注意書きで『確実に水田ができるとは限らないからリスクはある』とあるけど、美浦も大半はこっちの方法で造ったと聞いているので試す価値はある。

親切なことに粘土質の土が採れる可能性が高い地形も書かれているし、水田や用水路がプロットされた地形図にも粘土質の土が採れる場所が書かれているのだから、初手は確実に造って二手目からはこの方法で広げるというのを見越している筈。


駄目だったら諦めて掘り返して締め固めればいい。

掘り返して締め固めて埋め戻すという二度手間三度手間にはなるが、締め固める作業は泥をぶちまける作業の何十倍以上も辛いので多少なりとも成功すれば大勝利!


今年は叩き締めて造った水田が二反と泥をぶちまけて造った水田が二反の合計四反の田んぼに作付けしたい。


四反あればキャンプ場にある田んぼと同じ面積。

消費人口は三分の一ぐらいだから単純計算だと同じ収穫量なら三倍の米が割り当てられる。

四升掛ける事の三倍で十二升だから……四十日分の食糧になる。

まあ、しばらくはそんなに収量はないだろうし、百升(一年分)には程遠いが千里の道も一歩より。


水稲マニュアルの苗の作り方を復習しておこう。

幾つか方法が載っているが、これまでキャンプ場でやっていた方法も載っている。

このマット苗と書かれている方法は技術難度が比較的低いと書かれているし、今回はこの方法でマニュアル通りにするのが良いと思うんだが、(まもる)はどう思う?


田植え器を使うならポット苗の方がいいからポット苗を推す?

やっぱりそうか。

作業は大変だけど田植えとの交換だから……ポット苗の方が駒得か。


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― 新着の感想 ―
[一言] マンパワーの限界……。 牛の貸し出しまでは流石にしませんか。
[一言] オール手作業の水田造りなんて地獄だわ汗
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