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文明の濫觴  作者: 烏木
第9章 幕間
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幕間 第19話 長岡成幸と工事

しばらく上の口のサイドストーリーをお送りします。

新章は年明けに開始の予定です。

朝霧の中を久しぶりに聞くエンジン音とともにトラックがやってきた。

父さんたちが美浦から水洗便所と浄化槽を購入したのでその設置に来てくれたのだ。


トラックには三人が乗っていたが、僕はちょっと前に行った美浦の収穫祭で三人を見たことがある。


一人は収穫祭の晩の宴会で僕と双子の弟の(まもる)に色々美味しいお酒と肴を勧めてくれた人。

二人して二日酔いになるまで飲んでしまって各方面から叱られたけど。

タクミと呼ばれていたから技術系の人なのだろう。


もう一人は、収穫祭の晩に父さんと長く話していた人で、父さんの評では“美浦で一番話が分かる人”だった。

確か、東雲さん。美浦の人はノリさんって呼んでいたように思う。


最後の一人は、以前、キャンプ場に田んぼを造るのに来ていてくれた人だけど身長が二メートルぐらいある大男で“世紀末覇者”とか“ラスボス”という言葉が頭をよぎる厳つい人。

フミとか呼ばれているけど名前と容姿の違和感が半端ない。


その三人が村井の小父さんと父さんと話している。

村井の小父さんがあっちこっち指差しながら話をしているので、どこに設置するかの確認をしているのだろう。



穴を掘って浄化槽を埋めるだけだから直ぐに終わると思っていたのだけど十日ぐらいかかるそうだ。


そして、彼らが最初に取り掛かったのは測量だった。

物珍しさから小さい子ら――もう小学校高学年から中学生ぐらいなので客観的には“小さい”とは言い難いが、ずっと面倒を見てきたから――が、纏わりついているけど上手くあしらいながら作業を進めている。

設置予定地の周辺だけかと思ったら上の口集落から外れて付近を流れる川の上流方向にずんずん進んでいった。

どこから取水できるかの調査と聞かされて目的は納得したが“なぜに取水”という疑問は残った。


で、僕は鎮と共に河原で石拾いをしている。

工事で必要になるからと、一輪車(ネコ車)に石を載せて斜面を登って指定された場所まで運んでいる。

ラスボスがチェーンソーで木を伐り倒し、死神が持っているような大鎌で藪を払い、場所によっては伐り倒した木を加工して道を造ってくれたので素人の僕らでも何とか運べる。何度かネコ車を倒して時間をロスしたけど。


石拾い&石運びはラスボスもやっているけど、ネコ車は一台しか持ってきていないそうで、ラスボスは石を入れた土嚢袋を片手で二袋、合計四袋持って運んでいる。

しかも運んでいるといっても持って走っているので、僕ら二人が一往復する間に何往復もしていて運んだ量は僕ら二人掛かりの三倍ぐらいはいく。

つまり、僕らはラスボスの六分の一程度の働きしかできていない。


土嚢袋をひょいっといった感じで持っているので持たせてもらったけど、一袋が満タンの灯油のポリタンクより重くて両手で持つか途中で持つ手を変えないと厳しかった。

でもラスボスがいうには、一度に四袋なのは重さの問題ではなく片手に三袋は持ちにくいからで、四袋で六十数キロだからこれぐらいは慣れれば誰でもできると笑われた。


陸上自衛隊では入隊から半年で六十キログラムぐらいあるフル装備で何十キロメートルもの距離を歩けるように鍛えられるらしく、この程度は三箇月も錬成すれば鼻歌まじりでできるようになるとか。


まあ、訓練すればできるようになる人もいるだろうけど、全員ができるようになるというのは、その訓練に耐えられる人しか残っていないからだと思う。

それに自衛隊は志願制だから徴兵制と違って、元々そういう素養がある人が入隊するのだから、自衛隊の例を挙げられても当てにならないと思う。


ただ、気になるのは少なくとも美浦の成人男性は六十キログラムの米俵を運べるのは最低ラインとの言葉。

これは美浦では六十キログラムの米俵を運べるようになるまで(しご)かれるという事?

『美浦は軍隊のように厳しい』という唐沢さんの言葉は本当のようだ。


そんな生活できるかって?

うん、それ無理。


■■■


夕方になって工事予定図を見せられてびっくりした。

まず目を引いたのは大きな水槽で、ここに川から引いてきた水を貯めておいて色々な事に使うと説明された。


炊事洗濯はもちろんの事、何なら畑の水撒きに使っても大丈夫なぐらいの容量の水槽だと思う。

炊事洗濯に使えるというのは僕の想像でも何でもなく、図面には水槽から既存の炊事場と新設すると思われる洗濯場に繋がっている水路(?)があり、そこの下水も浄化槽に流れるようになっているのだから、炊事洗濯に使うのは織り込まれている筈。


僕たちが発注したのって水洗便所と浄化槽でしたよね?


便所を使う度に十数リットルの水を汲んでくるって現実的じゃないから水を引いてくるのも当然セット?

成る程、成る程。ありがたい話です。


多少取水量が増えても取水設備や用水路を造る手間は大して変わらないから、どうせ水を引くなら最大限取水しておいて、余った水は元の川に返せばいい。水はあったらあったで使うのだから。

そういうものなのですか。いや、あったらあったで使うはその通りかと。


水がすぐ傍に来ているなら炊事洗濯といった生活用水や畑に水遣りする農業用水として使いたいというのは当然の発想。

そうですね。


そのための分水装置を兼ねた水槽を用意するし、各種装置も可能な範囲で整える。

本当にありがたいです。


給湯器の関係もあるから今回は風呂までは難しいが、簡易シャワーの設置と排水管は引いておくので夏場の水シャワーぐらいなら何とかなる。

風呂とか贅沢はいいません。

お湯を沸かして簡易シャワーに給湯したら温水シャワーもいけます?


いけるけど、シャワーは体温を奪うから冬場の使用はお勧めはしないと。

成る程、成る程。


最大取水量だと川からの水路の幅が一.二メートルぐらいになり橋が無いと渡りにくくなるが、その辺りが大丈夫か確認したいと。

板を渡せばそれで済む話で僕は何も問題は無いと思います。


土橋といって丸太を隙間なく並べて渡して土を被せて踏み固めたら平な橋ができ、江戸時代までの日本の橋の大半がこの形状だったと。

成る程、成る程。


ところで、水槽にくっついているこれは何ですか?

濾過装置ですか。

石や砂利や砂を入れておいて川の水を濾過してから水槽に貯めると。

確かに、川の水には泥とかゴミとか生き物とか色々混じっていますからね。


………………ええっと、水洗便所と浄化槽がここまでになるのですか。


確かに言われれば「お説ご尤も」としか言えないことだらけだけど、どこまで先を見据えているんですか?


美浦の人達は、何かをするときに必要になる物やその必要になる物があると生じる需要などを全部考慮した上で事を起こしているんじゃないかと思う。


そして、対比するのもおこがましいというか失礼かもしれないが、僕らやWCは本当に行き当たりばったりで何も知らないし何も考えてないんじゃないかと思った。


将棋に例えると、美浦の人は十手先二十手先を読んで指している高段者で、僕らは目の前の一手だけで読んだとしても精々三手先程度の初心者。


■■■


石拾いは翌日以降も続いたが途中からは拾って運ぶだけでなく、水路の床に敷き詰めたり壁に積み上げたりといった作業も加わった。

やり方は東雲さんが分かり易く教えてくれたので何とかこなした。


機能的には何とかなるから及第との言葉ももらったが、東山さん――匠というのはあだ名ではなく本名だったんですね――の積んだところと比べると作業速度はもちろんだが出来栄えが全然違う。

子供の落書きと有名絵画ぐらいの差がある。


この石積みは手伝いというのもあるが、自分達でメンテナンスや新造するときに役に立つので教えてくれたって感じが強い。

大雨とかで崩れた時に自分達で修復できないというのは確かに情けないし、段々畑とか家の基礎とかを造るのにも使えるテクニックだそうだ。


ただ、そうすると僕と鎮の二人が建設要員になってしまうのですが……

えっ? 父さんの許可は得ていると……成る程、成る程。

…………ちょっと家族会議の必要が…………いや、適任者は僕と鎮の二人しかいないから不本意ではあるが已むを得ない。


ところで、東雲さん。

造っている最中に気になったのですが、どうして水槽と濾過装置の真ん中に仕切りがあるんですか?


メンテナンスのため?

濾過装置のフィルター(石や砂)や水槽は定期的に洗浄しないといけないと。

一個しかなかったらその間は水が止まるから便所も使えなくなる。

洗浄は下手すると一日二日じゃ終わらない事もありえるから片側を止めて洗浄している間も水を止めないよう二つ造ってあると。


頻繁に洗浄しないといけないんですか?

川の水がどの程度汚れているかによるけど、濾過装置の方は表面の砂を入れ替える軽メンテを半年から一年に一回ぐらいしていれば、中の石まで取り出して洗浄する重メンテは数年に一回ぐらいで済む可能性が高いと。

水槽はできれば三箇月に一回ぐらい水を抜いて洗った方が安心できると。

成る程、成る程。


ついでにもう一ついいですか?

余剰水を捨てる……川に戻すこの水路ですが、こっちも二つありますよね?

一つは川に注ぐのでいいんですが、もう一つは横に伸ばしていますけど行き止まりになっていますよね?

何の意味があるんですか?


あの辺りは水車小屋を建てるのに向いているから将来の布石と。

それと、この直の排水路の壁にある切り込みは簡易水車擬きを設置するための場所と。隙間がある樽から板が歯車のようにでている簡易水車擬きの中に芋を入れてここに設置したら水流でガラガラと回って芋が洗えると。


そうですか。ありがとうございます。

ところで、水車って……それは別料金と。

そうですよね。

何なら造り方は教えても良いと。



父さんに聞いたら「自分達は大井の民で彼らは宇治の里人」と。


ええっと、父さんがこういう事を言うときはだいたい日本や中国の古典からの引用。

大井とか宇治とか言っているから漢文の線は薄い。

宇治と言えば宇治拾遺物語……違うと……なら今昔物語? 枕草子? 方丈記? 


正解は徒然草ですか。徒然草の中に“水車を造ろうとして駄目だった大井の民は宇治から水車職人を呼んで造ってもらった”という段があると。


成る程、成る程。

水車は自分達で作ろうとせずに技術のある美浦に造ってもらう方がいいという意味ですね。


ふぅ……我が父親ながら面倒臭いおっさんだ事。

こんなの古典から引用などせずに「餅は餅屋」でいいじゃないか。

何々? 東雲さんは一瞬で原典を当ててその原典を使った返しをしたと。


うん、父さんの“一番話が分かる”という評は“一番(父さんが話す古典の)話が分かる”で、父さん()古典をつかった楽しい会話ができるという意味じゃなかろうか。


自衛隊では訓練に耐えられる人だけが残るのではなく、全員が耐えられるよう加減して鍛えるそうです。

まあ、そうはいってもね。

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