第37話 交換市も終わり
季節は秋から冬に移りかけていて山々の落葉樹が紅葉し赤や黄色に色付いている。
美浦から近場の紅葉の名所となると、恵森の縁で板屋楓の一種の猿猴楓を群生させている一角だろう。
メープルシロップの採取を主目的に奈緒美と美野里が初年度からせっせと植林していたお陰でこの季節には中々の景色になる。
まだメープルシロップを採取するには若いが、メープルシロップは竹糖、蜂蜜と並ぶ美浦の三大甘味料の一つなので大事にしていきたい。
今年度の滝野交換市も終わり、残る秋のビッグイベントと言えば、収穫を祝う瑞穂祭。
黒岩家は今年は一家での参加で、茂くん二歳は初の美浦になる。
初めての場所で緊張しているのか人見知りなのか、美浦の住人を見ると両親やオリノコの人達の陰に隠れてしまう。
彼にとっては日常的に顔を合わせているオリノコの人達の方が安心できるのだろう。
そのオリノコからの贈答品は天蚕糸であった。
去年採卵した天蚕を育てて今夏に取った繭から製糸して生糸と紬糸にしていたのを瑞穂祭に合わせて持ってきた。
生糸はエメラルドグリーンの光沢があって、流石は『繊維の女王』とも呼ばれるのも納得の一品であった。
量もそれなりに取れたらしく成果としては上々だったのだが、来年は規模を縮小するらしい。
と言うのも、来年も今年度と同じ規模で飼育すると森林の衰退が懸念されるかららしい。
天蚕の卵を木につける“山つけ”をするというのはその木を天蚕の幼虫に食害させるという事でもある。
そして、中には天蚕の生存率が高かったのか丸裸にされてしまった木が何本も出てしまったとか何とか。
オリノコは山火事のせいで元々森林面積が少ないので、これ以上樹木の数を減らすのは拙いという判断から森林再生まで規模を縮小するとの事。
要は山火事の跡地が如何にかならない限り如何にもならないらしい。
代わりと言っては何だが、天蚕が好むクヌギなどが多いホムハルに卵と飼育法を転移する腹積もりと聞いている。
天蚕の糸や綿は保温性が高いので積雪地帯に技術転移するというのも手だとは思う。
それにしても一回で他所に譲るのはどうかと思ったのだが、完全に止めるわけでもないし、次の手も考えているそうなので特に文句はない。
その次の手にからんで、如何にかしないといけないオリノコの山火事の跡地に山桑の実生と挿し木の植林を本格的に始めた。
山桑の英名はマルベリーといい、山桑の果実は食べられる。
世界的に主に栽培されているマルベリーは山桑と同属のマグワ(桑)だが英語では桑も山桑も両方ともマルベリーと呼ばれ用途用法もほぼ同じ。
用途用法は同じだが中国原産の桑の方が使い勝手が良いので日本でも栽培は桑が選択され、日本原産の山桑は非常用の予備扱いで山林に植えられた事もあるという程度。
オリノコで予備の方の山桑を植えているのは、桑の原産地が中国なのでここらには桑が無い可能性が非常に高いからと、山桑は食用としてオリノコのテリトリー内に自生している場所が分かっていて探すまでもなかったから。
マルベリーの果実は初めは白色だが熟していくと赤色を経て赤黒いというか黒に近い紫色になり、そうなると完熟したと言って良い。
その完熟した果実の色は英語ではマルベリーパープルと言い、日本語だと土留色と言う。
“どどめ”というのは、北関東などで桑の実を指す言葉で、桃の果実の色を桃色と言うのと同じく桑の実の色なのでどどめ色ということらしい。
語感が語感なのでアレだが、マルベリーパープルと言えば印象は違う筈。
西洋だと桑は果実を主目的に栽培されているので果樹にあたると思うが、東アジアで桑と言うと家蚕の餌になるのではないだろうか。
その通りで、オリノコでの山桑の植林の本格化の主目的はクワコ(カイコの野生種と目されている蛾)の餌。
元々は食用と将来的にクワコを捕獲できた時のためにぼちぼちと植えてきたのだが、クワコの採卵に成功した事で本格化した。
当面は既存の山桑から葉を集めて飼育して代を繋ぎ、植林した山桑が育ったら規模の拡大を目指す事になるのかな?
このオリノコの例をはじめ、先住者集落の状況は概ね良好で、これは投資効果が高い先住者への投資を優先して行ってきたことの結実ともいえる。
そのせいで輸送力の増強が待ったなしになってきているので、自分で自分の首を絞めている感が否めないが……
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「あれ、何? お城? 何と戦うの?」
上の口からの来賓の長岡氏が留山の造成地に建つ建築物を指差して聞いてきた。
「完成後は普段は学校や休憩所として使う予定ですが本質は避難所です。なので戦う相手となると災害ですかね?」
「この斜面に竪掘があれば立派な中世城郭だと思うけど」
「分からなくもないですが、城郭ではありません」
フィンランド語で城郭を表す“リンナ”と名付けられているし、俺も完成予想図をみての第一印象は中世城郭の曲輪だから、あれを見てお城と思うのは否定しないが、あれは学校(兼 避難所)であって断じて城郭ではない。
しかし、一般に“お城”と認識されるのって安土桃山時代以降の近世城郭の石垣や天守だと思うが、中世城郭を“お城”と認識するって……長岡さんって城マニア? 戦国マニア?
「中世城郭じゃないとしても高地性集落?」
「どうしてそう軍事色が濃いものにしたがるんですか……第一、高地性というには麓過ぎですよ?」
高地性集落というのは、瀬戸内海沿岸などに多く分布する弥生時代の集落形態の一つで、平地から数十メートル以上の標高差があって周囲を見渡すことができる山頂や尾根上とか台地の上などに設けられた集落のこと。
稲作が行われていた弥生時代に稲作には不向きな立地に集落を構えた目的は諸説あるが、総じて軍事的な性格が強い集落だと考えられている。
美浦の留山造成地は尾根の中腹以下で東側にしか視界が開けていないし、平地との標高差が一〇メートル程度しかないから高地性集落というのは無理がある。
「いやね、来るときチラッと見えたんだけど、大砲みたいなのが設置されてたから」
「…………ああ、あれですか。あれは打ち上げ花火の発射筒です」
「へー、花火」
「打ち上げる数は少ないですが、楽しみにしていてください」
佐智恵からは三号玉を十発打ち上げる予定と聞いている。
今年はムィウェカパがあったのと、去年は義智の関係で作れなかったから鬱憤晴らしなのか多数の花火玉を作っていたので、残った花火玉を全て打ち上げるとの事。
花火玉の号数は発射筒の内径の寸数なので一号玉の発射筒の内径は一寸(三十三分の一メートル:約三.〇三センチメートル)で、三号玉だと約九.一センチメートルになる。(尺玉は一尺=十寸なので十号玉という事になる)
内径一杯の花火玉だと筒に詰まるので実際の花火玉の直径は発射筒の内径の九割から九割五分程度になるので、三号玉は直径約八.五センチメートル、重さ約二三〇グラム(打ち上げ用の発射薬含む)といった感じ。
大きい打ち上げ花火として尺玉(十号玉)とか四尺玉(四十号玉)とかが有名ではあるが、有名な隅田川花火大会では五号玉が最大というように、実は多くの花火大会では三号から五号ぐらいのものがよく使われている。
だから三号玉といっても上空一二〇メートルぐらいまで打ち上がって直径六〇メートルぐらいの花を咲かせる結構見応えがある打ち上げ花火である。
打ち上げ花火を打ち上げるには、花火玉を上空に打ち上げる発射薬と打ち上げられる花火玉を発射筒にセットして発射薬に点火すればよい。
花火玉には発射薬から火が移る(火が移るようにセットする)ので、発射薬に点火さえすればよいから、“落とし火”などと言うらしいが花火をセットした発射筒に火を投げ込めば発射薬に引火して花火は打ちあがる。
ただ、そういった直接点火する手法は危険があるので、発射薬に導火線をつないで筒場(打ち上げ場所)から離れた安全な所から導火線に点火するという方法もある。
まあ、導火線方式は点火から発射までのタイムラグが(落とし火と比較すれば)大きいから筒場で導火線に点火して発射までの時間に退避するという使い方もされる。
現代日本だと筒場から離れた安全な場所から電気点火装置を使って発射薬に点火する方法もあり、電気点火装置ならコンピュータ制御で千分の一秒以下の精度で曲に合わせてタイミングよく打ち上げていくといった要望にも応えられる。
ただ、これらのプレセット型の打ち上げ方法だと一回打ち上げた発射筒に直ぐ再装填するのは中々面倒だったりするので、通常は打ち上げる花火玉の数の発射筒を用意する必要がある。
“そこで”というか“昔ながらの”というかはアレだが、実は一本の発射筒から何発もの花火を連続して打ち上げる方法もある。
それが“早打ち”と呼ばれる打ち上げ方法で、発射筒の底部に焼いて赤熱した鉄板や鉄鎖を入れておき、下部に発射薬を付けた花火玉を落とすと鉄板の熱で発射薬が爆発して花火が打ち上げられる。
その早打ち方式の発射筒に早打ち用に発射薬を付けた花火玉を次々投げ入れれば(筒の強度や底部の温度低下の具合いにもよるが)二十発ぐらいは連続して打ち上げられる。
こちらもメジャーな打ち上げ方式ではあるが、遠隔地から電気点火するのとは比較にならない危険度なので事故も起きやすく、この技の継承者は年々減っているとかなんとか。
で、美浦の打ち上げ方法なのだが、早打ち方式なら導火線を作らずに済むし発射筒の数も予備を含めても二、三本で済むという事から早打ち方式が採用されている。
そして早打ち方式で打ち上げる様は(人力による落発式)迫撃砲の発射の様相と似ているから、造成地に迫撃砲を設置しているように見えたとしても……
「花火は楽しみにさせてもらう。ところで……」




