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文明の濫觴  作者: 烏木
第9章 濡れぬ先の傘
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第35話 エクリプス

今回のムィウェカパのオープニングを飾るのは前回と同じく雪月花が歌うサッキヤルヴェン・ポルッカだが、今回の鉄琴の伴奏者は俺ではなく有栖ちゃん。

滝野滞在中に鉄琴を弾きたいというので弾かせたのだが、これが思いの外上手くて雪月花も美浦のデモンストレーションに使えると本番でも弾いてくれるか有栖ちゃんに打診し、有栖ちゃんも認められたのが嬉しいのかノリノリで……


それと有栖ちゃんは伴奏だけでなくサビでは歌も歌っている。

ただ、歌詞は俺が教えたのだが、ネイティブスピーカーからすると発音やイントネーションに若干の難があるらしく雪月花から修正が入った。


日本語が母語の俺にはどうやっても正確に発声できない音とか区別が付かない音とかがあるんですよ。

だからなんちゃってフィンランド語なのは仕方がないじゃありませんか。


その点では有栖ちゃんは乳幼児時代の雪月花の子守歌の成果かフィンランド語の発音もバッチリと雪月花が太鼓判を押している。


俺のフィンランド語も十分通じるレベルだからあまり気にしないようにと言われたけど、まああれだ、俺のは多少違和感はあるけどネイティブじゃない人と思えば上手ってレベルで、有栖ちゃんは“ネイティブじゃないの? 本当に?”って感じかな?


それはいいのだが、有栖ちゃんに目を付けるのは止めろ!

多少おしゃまなところはあるが、有栖ちゃんは四歳になったばかりの幼子だぞ! 十年早いんだよ! いや、十五年早いんだよ! ガルルルル


■■■


今回は全員の相方が見つかり無事に五組の夫婦が誕生した。

氏族問題もあるので下手な組み方になるとあぶれる者もでるので、数学的に割り出した“こういう組はあぶれる者がでる”というのはホムハルのエクさんには伝えたが、どうするかは彼らにお任せして以後はノータッチ。


祠へお札を納める儀式も終わり、美浦からの振る舞い飯と振る舞い酒を飲食しているが、滝野には滝野交換市の面々もいるので、さながら結婚披露宴か婿殿の歓迎会といった様相を呈している。


それと、ムィウェカパの開催時期が九月になったので、実はムィウェカパの日は中秋の名月とほぼ一致するのでお月見までを美浦の振る舞いの範疇に組み込んでいる。


ただ、今回はちょっとイベントがあるのでお月見を長めにとっている。

そのイベントというのは天体ショー。

満月の時に起きる天体ショーと言えば月食。

将司と由希さんの計算によればこれから皆既月食が起きるとの事。


半月前に将司が予言をしたのはこの月食。

なぜ将司が予言したかというと、知らずに皆既月食に遭遇したらパニックになるかもしれないからで、日食や月食でパニックになる可能性があるという意見は納得できる。


古代中国では日食は悪政に対する罰という考えがあったようで、日食中に国家行事を行うと国が亡びるとも言われていた。

その影響もあると思うが、日本でも日食や月食のときは宮中行事は全く行われないなど日食や月食を忌避していたし、日本神話の天岩戸のお話も皆既日食がモチーフだとも言われている。

これらの根底にあるのは日食や月食は天変地異という見方なのだろうから、月食でパニックになったとしても不思議ではない。


その日食や月食なのだが、実は多くの人が気付くのは皆既日食ぐらいしかなかったりする。


皆既日食は人間の活動時間である昼間に起きるし、周りもかなり暗くなるのでたいていの人は気付くのだが、皆既日食以外の日食はどうかというと、金環日食だと()()()には普通の昼間と大して変わらない明るさなので、太陽を見れば気付くだろうが無関心なら気付かなくても不思議ではない。


金環日食でこれなんだから部分日食、特に食分の小さい部分日食だとちゃんと観測しないと分からないだろう。


日食は地球上のどこかという事なら年に二回以上発生しているが、その発生した日食を観測できる地域は限られているので、任意の地点で日食を観測できるとなると何十年とかに一回といったレアな天体イベントになる。

ましてや皆既日食なら一生に一度も遭遇しなくても不思議は無い。

だからか、ハリュス川の戦いのタレスの日食など皆既日食は歴史に残っていたりする。


一方で、月食は平均すると年に約一.四回ほど、その内、皆既月食は約〇.九回程度しか起きないが、一回の月食で地球上の半分の地域(夜の部分)で観測できるので、任意の地点で月食は二年に一回ぐらい、皆既月食でも二年から三年に一回ぐらいは観測できる。


もっとも、日食は多くの人の活動時間帯である昼間に起きるので観測もしやすいが、月食は夜なので無関心だと寝ていることも多く、関心をもって観測するとしても観測しやすい時間帯ならともかく、観測しにくい時間帯に発生することもあるし、冬場だと防寒しないと厳しい事も。


そして、日食も月食も観測できるかは天候にも左右される。


だからクリアな状態で皆既月食の最初から最後までを観測できるというのは一生に何度もないと言える。

まあ、皆既日食はわざわざ出かけていかないと下手すると一生観測できないぐらいレアなのに比べればあれだけど。


今回の皆既月食は、もう十分暗くなった午後八時ぐらいから食が始まり、九時過ぎに皆既になり三十分ほど継続し、十一時前に食が終わるという、現代人からするととても観測に適した時間帯に起こるらしい。


これだけ条件が良ければ月の運行を知っていれば見れば月食に気付く筈との事。

だから半月前に予言したらしい。


将司に言いたい。

半月前ではなく一箇月前に言ってくれ。

前回の滝野交換市の時に言ってくれれば楽に各集落に周知できたというのに、半月前だったから予言を聞いたホムハルのエクさんは慌ててホムハルから各集落に使者を出したんだぞ。


■■■


そろそろ月が欠けるという将司の言葉を翻訳して告げると皆が月を見上げる。

左下から欠けるそうなのでそれも伝えると、暫くして食の開始が分かったのか何人かが小さな歓声を上げた。

目が良いねぇ……そして月食が起きたことにホッとした。


予言した上でここまでやったのに、計算間違いで月食が起きなかったら信用失墜は間違いない。今晩は晴れていてまん丸お月さんがよく見えるから皆既じゃなくても分かるぐらいの食分がある部分月食でもいいから起きて欲しいと思っていた。


その後はゆっくり飲食しながら時々月を見上げて欠けていく月を見ている面々。


「ノーちゃ、何でああなるの?」

「それはね……」


これあるを予想して準備していた地球に見立てた球と月に見立てたマレット(鉄琴の(ばち))を取り出し、焚火を太陽に見立てて月の満ち欠けと月食、ついでに日食を有栖ちゃんに説明する。

何人かがこの月食講義を見ていたけど、説明が日本語だし語彙の量が違うからチンプンカンプンだと思う。


日食は説明する予定ではなかったのだが、新月の位置のところで地球に見立てた球に落ちた影を指して“ここは太陽が見えない?”とか言い出す天才児には日食も説明するしかないでしょ?


他にも“なぜ普段の満月で月食が普段の新月で日食が起きないのか”などの質問には地球の公転面にたいして月の公転面が傾斜しているとかその月軌道自体が地球視点だと見掛け上は回転しているなど、とても四歳児相手には、というか義務教育でもやらないぐらいの高度な科学知識と思えるものまで持ち出さないといけなかったけど、そこまで説明しないと有栖ちゃんが納得しないんだから仕方が無い。


なぜなぜ期の真っ只中にある有栖ちゃんに彼女が納得するまで応えていたら、この様にかなり深いところまで追求する娘になってしまった。

この辺りが有栖ちゃんが和広くんや江理ちゃんと同世代の箱に入れられる要因なんだろうな。


■■■


「わっ! わっ! わっ! ノーちゃ、ノーちゃ!」

「凄いね」

「凄い、凄い、凄い」


皆既月食になり月が赤色に染まったのを見て有栖ちゃんが歓声を上げる。

皆既月食の開始に歓声を上げているのは有栖ちゃんだけではなく、先住者たちも月食の開始のときより大きな歓声を上げている。


直接の太陽光を反射している部分の方が圧倒的に明るいから部分月食の段階では地球の大気で屈曲した光が当たっている食の部分は見えないのだが、皆既月食になると明るい部分が無くなるので見えるようになる。


純粋な光量で言えば部分食の方が光量が多いのだが、体感的には皆既月食中の月は面で迫ってくるので部分食とは異なり圧倒的な存在感を放つ。

俺はこの弧線状の光が消失して月全体が浮かび上がってくる瞬間が皆既月食の一番のハイライトだと思っている。


今回は結構明るめだからダンジョンの尺度(ダンジョン・スケール)だと三かな?

皆既月食中の月の明るさや色味は主に地球の大気の状態に左右されるので、ほとんど見えないぐらい暗いときもあれば、満月と見紛うぐらい明るくて本当に皆既月食なのかと感じるときもある。


その皆既月食中の明るさを簡便に表すものにダンジョン・スケールというものがある。

ダンジョン・スケールは、とても暗いものを(ゼロ)、とても明るいものを四とする五段階の尺度で、天文学者のアンドレ・ダンジョン氏にちなんでダンジョン・スケールという。

だからダンジョンといっても地下牢や迷宮とは関係ない。

もっともアンドレ・ダンジョン氏のダンジョン姓の由縁には関係しているかもしれないが……


アンドレ・ダンジョン氏は皆既月食中の明るさは太陽の黒点活動で変わると考えていたようだが、実際は地球の大気、特に成層圏にエアロゾルや塵などの光を散乱させる要素がどれだけあるかで左右される。


散乱させる要素が多いと太陽光が散乱してしまい、屈曲して月食中の月に届く光が少なくなるので暗くなる。(ダンジョン・スケール〇)

散乱させる要素が少なければレイリー散乱の影響を受けにくい波長の長い光が月に多く届くようになり、可視光線の中で一番波長の長い赤色の光が届きだして赤色を帯びるようになる。(ダンジョン・スケール一から三)

そして大気が澄んでいると赤色の光の次に波長の長い橙色の光も届くようになるので更に明るくなりオレンジ色っぽくなる。(ダンジョン・スケール四)


散乱させる要素であるエアロゾルなのだが、なぜ成層圏でのエアロゾルの濃度が変化するかというと、主因としては大規模な火山活動によって硫黄分が成層圏に運ばれて硫酸塩などのエアロゾルが増え、時間と共にエアロゾルが分解されたり対流圏に落ちたりして減るというサイクルがあるからで、大量のエアロゾルが供給される大噴火があったあとの皆既月食では暗くなりやすい。


現代ならいつどこで大規模な火山噴火があったのかは分かっているからダンジョン・スケールの予想もある程度できるが、現状ではいつどこでどの程度の噴火があったとかは分からないからどれぐらいのダンジョン・スケールになるかは蓋を開けるまで分からない。


いやぁ……それにしてもちゃんと皆既月食になって良かった良かった。


「ノーちゃ、トモちゃやヒーちゃやユーちゃも見てるかな?」

「うーん。もう寝んねの時間だから」

「そっか……」

「有栖ちゃんはよく見ておいて、智ちゃん、(ひさ)ちゃん、(ゆい)ちゃんが大きくなった時にどうだったか話してあげて」

「うん。そうする!」


皆既月食が終わって左側(今回は左上らしい)に弧線状の光が現れた瞬間に本影部分が掻き消えて見えなくなるのも中々エキサイティングだから是非そっちも見て欲しい。


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[一言] 200話到達お疲れ様&おめでとうございます。 相変わらず古代日本?に、歌詞の内容にある土地の位置的に全く関係の無い歌を残そうとしてるな。 せめてこの土地絡みの内容と日本語に替えて伝えてあげ…
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