第32話 子沢山
田植えが終わり“この雨は梅雨かな?”ってころに、美浦では二組の双子が誕生した。
一組目はうちで美結が男女の双子を産んだ。
ちなみに、今回も出産には立ち会えなかった。
立ち会いたくないんじゃないのよ。寧ろ立ち会いたいぐらいなんだけど、滝野交換市ががが……
義智のときと同じく“仕事をサボるな”“お前が役に立つのは産後だ”と。
“これで誕生日仲間外れから解放された”とは美結の言。
別にそれがどうこうという話ではないが、俺、佐智恵、有栖ちゃん、義智の誕生日は七月十二日なので、家族内で一人だけ誕生日が異なっていた。
兄にあたる男の子は、父親(義教)と祖父(悠輝)名前の前をとって『義悠』、妹にあたる女の子は母親(美結)と祖母(朱音)の名前の後ろをとって『結音』と美結が名付けた。
ええ、俺のネーミングセンスは誰からも信用されていないようで……
有栖ちゃんは義智に続く弟妹を“ヒーちゃ”“ユーちゃ”と呼んでお姉ちゃんしている。
それと義智はまだ弟妹が分かんない……こともなく、義悠や結音の授乳のころにハイハイして美結や(双子ということもあり義悠や結音に授乳することもある)佐智恵を呼びに来るし、佐智恵のおっぱいは弟妹のご飯とでもいうのか授乳を嫌がり十箇月に満たないのに自分で卒乳してしまった……お前おかし過ぎるだろ!
それはそうと、美結も男女の双子だから二代続けて男女の双子ということで、朱音さんは自分の出産時を思い出したのか感極まっていた。
その後は暇さえあればというか無理やり暇を作ってうちに来て孫を構っている。
双子というのもあって育児の手は多い方がありがたいのでうちは構わないというか大歓迎なんですが、春馬くんのところも臨月ですので上手くバランス取ってくださいね。
◇
そしてもう一組は将司と雪月花のところ。
こっちは一卵性双生児の男の子で、兄は理久、弟は嘉偉と名付けられている。
命名の由来は雪月花の親族からで、母方の伯父のリク・マッティ・ユーティライネン氏と叔父のカイ・ピエティ・ユーティライネン氏から拝借したとの事。
日本でもそのまま通用しそうなフィンランド人の名前は“アリサ”“リナ”“ナナ”“メイ”“マイ”“マリ”“リサ”などそれなりにあるそうだ。
ただ、フィンランドでも日本でも男性名で通じるというのはあまりなく、“アミ”“ミカ”“ミサ”“ミキ”などフィンランドでは男性名に使われるが日本だと女性名に使われやすいものならそれなりにあるらしい。
その中で“リク”と“カイ”は日芬ともに男性名で通じるので、これも縁だという事で二人で決めたとの事。
それを聞いた面々の反応だが、一番多かったのは“『クウ』は居るの?”だった。
陸・海ときたら空となるのは致し方なし。俺もそう思った。
それと伊達くんと奈菜さんのものだが“『モロッコの恐怖』と『無傷の撃墜王』に関係があるの?”というもの。
魔女が魔力で駆動する航空機械で異形と戦うメディアミックス作品の登場人物のモチーフと目されている兄弟なので知っている人は知っているだろうけど、第二次大戦中のソ連との戦争である冬戦争や継続戦争で活躍して英雄と称された兄弟がいた。
兄はフランス外人部隊時代の活躍で『モロッコの恐怖』とあだ名されたのをはじめ数々の武勇伝があり、冬戦争や継続戦争ではソ連軍の侵攻を度々頓挫させた陸軍の前線指揮官であるアールネ・エドヴァルド・ユーティライネン氏。(冬戦争で彼が指揮した部隊には伝説の狙撃手シモ・ヘイヘ氏もいた)
弟はフィンランド空軍のトップエースで、四百回以上出撃して百機近く撃墜しているのだが、その間に乗機が被弾したのはたった一発だけ、それも塗装がちょっと剥がれただけという掠り傷未満だったため『無傷の撃墜王』と称されたエイノ・イルマリ・ユーティライネン氏。
その英雄兄弟と同姓のユーティライネン姓なので血縁関係があるのかという事。
雪月花の回答は“単なる同姓で血縁関係は無い”だった。
何百年も前の英雄ならならいざ知らず、存命の関係者がいる現代のものだから間違いようもないそうだ。
それはさておき、理久くんと嘉偉くんの髪の毛の色は亜麻色で瞳の色は青と絵に描いたような金髪碧眼。
それも含めて雪月花の要素はあちらこちらに見受けられるが、今のところ将司の要素は性別ぐらい。
“俺の遺伝子が敗北した”と宣う将司に雪月花は“父ちゃんと同じこと言ってる”と笑っていた。
雪月花は日本人の父親とフィン人の母親との間に生まれたユーラシアンなのだが、少なくとも外見上はモンゴロイドの要素がとても薄くてコーカソイドと言われても誰も不思議に思わないぐらいご母堂の要素てんこ盛り。
孫までそうとは……ユーティライネンの血はマジ強。
金髪碧眼というのは金髪の人は青色の瞳の人が多いからだが、金髪になる遺伝子と碧眼になる遺伝子は同じ染色体にのっているので、基本的には金髪と碧眼はセットで発現するとも言われている。
もっとも、金髪も碧眼もメラニン色素が少ないことに起因しているからメラニン生成を抑制する遺伝子が働くと金髪碧眼になるとも考えられる。
髪色や瞳の色にどれぐらいの数の遺伝子が絡んでいるかは分かり切ってはいない(一説によると百種類以上絡んでいる)が、一般には金髪や碧眼は劣性遺伝になりやすいのだが、それにも関わらず子や孫に発現させるというのは雪月花や雪月花のご母堂はもしかすると優性遺伝のメラニン生成抑制因子を持っているのかもしれない。
もっとも、産まれたてはメラニンの生成量が少なくて金髪碧眼であっても成長に伴ってメラニン生成量が増えて黒髪や茶色の瞳に近づく人も多いから諦めるな将司。
それに子供の顔つきは結構変わるものだし、鼻筋なんかは将司に似ているという目で見れば似ているように思えなくもないじゃないか。
そうそう、一卵性双生児だから二人は瓜二つだが、実は簡単に識別できる方法があって、理久くんには左の目尻に泣きぼくろがある。
楠本夫婦は“りっちゃんには泣きぼくろというのは覚えやすい”と一般人でも名前ぐらいは聞いた事があるだろうアニメの登場人物をだしてきた。
陸自関係者のお二人からすれば理久くんは“りっくん”(朝霞市にある陸上自衛隊広報センターのマスコットキャラクターが“りっくん”で、センターの愛称が“りっくんランド”)じゃないのかと思うが“理久くんを『りっくん』にしたら嘉偉くんは『かっくん』になってしまって語感が悪い。『りっちゃん』『かっちゃん』の方がいい。『たっちゃん』はいないけど”との事。
大筋は分かったけど、最後が蛇足。それだと『かっちゃん』は早死にしそうだからやめて。
■■■
美浦で生まれた子たちは、四年前は有栖ちゃん、三年前は本田家の勇太くんと夢津美ちゃん、一昨年は漆原利勝くんと楠本千晶ちゃん、それとオリノコの黒岩茂くん、昨年はうちの義智と文昭と奈緒美の息子の勇雄くんとおおよそ年間二人程度だった。
今年生まれたのは、先の双子二組に本田家の学くんと希ちゃん、榊原くんと志賀さんのところの謙太郎くん、匠と美野里のところの鶴郎くんの合計八人。
これにそろそろ生まれてくるだろう春馬くんと柳原さんのところと伊達くんと大林さんのところがあるから無事に生まれたら十人になる。
ベビーラッシュと呼んでもいいだろう。
そして、これだけ乳幼児が増えると保育を母親たちの持ち回りとかではきつくなってきたので専業的に対応する担当を決めることになった。
そして、誰が専業的に関与するかというと静江さんと雪月花……
ええっと……大変行儀の良い子達に育ちそうです。はい。
人生三度目疑惑のある義智なら逆らってはいけない人物かどうかは分かる筈だ。頑張れ。
◇
保育所は人手もそうだが場所も手狭になるので、和広くんと美恵ちゃんと有栖ちゃんの三人はこの秋から基礎学校に入学させることにした。
和広くんと美恵ちゃんは学齢なので問題はないが、有栖ちゃんは二つ下なので年中さんだから常識的に考えると早すぎるのだが、どうも俺らの中では有栖ちゃんは和広くんらと同世代という認識がある。
有栖ちゃんの一つ下には本田家の二人がいるので年齢的にはそっちと組んだ方が座りがいいように思えるかもしれないが、有栖ちゃんと本田家の二人の差異が大きくて逆に和広くん美恵ちゃんと有栖ちゃんの差異の方が小さい。
なので、有栖ちゃんは上世代で本田家の二人は下世代という認識になっている。
さて、入学させるのは小学校ではなく基礎学校。
基礎学校というのは初等教育と前期中等教育を行う学校の事で、初等教育は日本の小学校、前期中等教育は中学校に相当する。
人数が人数なので小学校と中学校を分ける意味がないので小中一貫校になったのだが、雪月花の生国のフィンランドでは九年間の義務教育をおこなう学校を基礎学校と呼んでいるところから基礎学校という事になった。
美浦の教育体系は基礎学校(義務教育)までは行う事は確定で、それに加えて後期中等教育(日本の高等学校)までは行う腹積もりはある。
腹積もりはあるし準備はしているのだが、普通科にするのか商業科や工業科といった実業系にするのかは定まっていない。それと、中等教育以上の第三期の教育(大学など)については実施が可能なのかを含めて今後の検討になる。
あと、先住者向けは一旦は初等教育を努力目標とする事になった。
その基礎学校なのだが、今は出端屋敷の近くの校舎(というのも烏滸がましい小屋)を使っているが、可及的速やかに留山のリンナ近辺に校舎を建ててそちらに移動する事を予定している。
造成は一期工事までしか実施していないが、校舎を建てるというのは建物はA案のものに準拠するという事。
教室の広さは四間(約七.三メートル)四方だがど真ん中に柱が立つ形態で妥協する事になった。
梁を飛ばす方策は匠と色々検討したが、結局は“余計な事はしない”という事で、二間四方の構造を四つくっつけて一部屋にする事にした。
新校舎の落成時期は……匠には無理はしないでいいが十一月の新学期に間に合うとありがたいと言っている。
実は学年の開始を十一月にすることにした。
四月から始めると学年の初っ端から農繁期やら滝野交換市やらで直ぐに歯抜けになるというのが主な理由。
他のメンバーも教員免許を持っているんだから、俺が居ないときは授業をしてくれても罰は当たらないと思うんだけど、口を揃えて“持っているのは中学・高校の免許だから七年生になったら考える”と言いやがる。
それに保護者からも“ノリちゃん先生が良い”と言われると……
お陰で学校の日程がほぼ俺の都合で決まってしまっているが、これは良くない事だと思う。
◇
留山の建設建築に絡んでだが、残念なお知らせがある。
実施時期はともかくとして、造成の二期工事は実施される事となった。
建物はA案準拠なのだからこれ以上の造成は必要ない筈なのだが、D案に準じた造成をしてそこに住居を建てるという事。つまり留山を避難所にするのではなく留山を生活の拠点とし、現在の生活施設の中心的存在の瑞穂会館を休憩所にするというもの。
形としては出端屋敷の後継の建物はA案に近いものになったので、その点では土木部と建築部の勝利と言えるが、住居ごと移転するというのは考えていなかった。
住居ごと移転するに至った要因として子供が増えて住居が手狭になるというのも絡んでいる。
当然ながら新たな住居が必要になるのだが、それなら多少苦労しようが留山に住居を建てれば万一の場合でも安全性は高まるし、避難の手間も少なくて済むと考えて腹を括った奴がいたという訳。
住居用の建物をどういう形態にするかや日照の関係などでD案以上の造成の要否も検討しないといけないし、建築部材の確保やらスケジューリングやら……土木部と建築部の苦悩は続く。