第31話 非金属資源
滝野交換市の今春のトピックスはロウ石と珪石。
昨秋のコクダイの明礬石に感化されたのか、コロワケがロウ石を、ミヌエとハクバルが珪石を見つけてきた。
コロワケには昭和三十年代に露頭が発見された日本最大級のロウ石の鉱脈の場所を示唆していたので不思議はないが、ミヌエとハクバルの珪石は想定外だった。
珪石というのは珪酸(二酸化ケイ素・シリカ)がほとんどを占める岩石の産業的な呼び方で、ガラスや乾燥剤や耐火物(炉材)や陶磁器の原料や副材料になる。
建築建設関連の俺や匠からすると珪石と言われると、珪石とアルミニウムの粉末を混ぜたコンクリートを高温高圧の蒸気で養生して作る“オートクレーブ養生した軽量気泡コンクリート”の原料になる。
ALCのパネルは中に細かい気泡が大量にあるのでコンクリートのくせに水に浮くぐらい密度が低く防音性や断熱性に優れ、材料の全てが不燃材なので(建築での)耐火物としても取り扱われる。
ALCの製法とALCパネルを使った建築法を独国のヘーベル社が確立して以降は色々な建物でヘーベル工法や近縁の工法が用いられている。
まあ、美浦ではALCを作れるぐらい大きな耐圧装置は無いし、アルミニウム粉末もないが、そもそも肝心のコンクリートが無いのだからALCの出番はない。
珪石というのが産業的な呼び方というなら、そうでない呼び方は何だと言われると、二酸化ケイ素はその形状で色々な呼ばれ方をするが、非晶質だとオパール(オパールというと宝石の名前と思うのが一般的かもしれないが、実はオパールの中に極々稀にある綺麗で大きな物が宝石扱いされているだけで、オパール=宝石ではない)、結晶は石英と呼ばれることが多い。
石英の中で肉眼で見えるぐらい大きな六角柱状の結晶になると水晶と呼ばれることもある。
ホムハル系集落群より東側は(その筋には)有名な珪石の産地で、一時期は日本で産出する珪石の六割ほどを占めていて丹波珪石と呼ばれていたとか。
ミヌエやハクバルはそれら珪石鉱山群の西端に近く品質も丹波珪石の中では劣るそうで、佐智恵も期待していなかったからか言及していなかった。
しかし、どういう巡り合わせなのかミヌエとハクバルはそれぞれ珪石の鉱脈を見つけた。
当初は両者とも明礬石を探していて白色の岩石層を見つけたそうで、コクダイが見つけた明礬石とは明らかに異なるが何かあるかもと駄目元で滝野に持ってきたとの事。
そして、両者とも相手が凄く似ている石を持ってきていたので、珍しいかと思ったけどよくある物だったかと、ただでさえ小さかった期待が吹っ飛んだとか。
俺自身もそれが何かは分からなかったが、佐智恵の鉱物コレクションに似た感じの物があったような気がしたので美浦に持ち帰った。
そして、佐智恵と漆原剛史さんが鑑定して珪石だと断言した。
二人によれば、両集落が持ってきた物は青白珪石と呼ばれる珪石の中では品質的には低い物だが、耐火煉瓦は作れるので炉材珪石と呼ばれる珪石の一つだそうだ。
炉材珪石を原料にした珪石煉瓦は温度変化に伴う体積変化が少なく強度も落ちにくくコークス炉やガラス炉などによく使われてきた耐火煉瓦だそうだ。
◇
剛史さんは珪石も喜んだが、コロワケのロウ石を殊の外喜んでいた。
コロワケのロウ石はカオリナイトと石英から成る“カオリン質陶石”だそうだ。
微量成分までは調べられないので焼成してみてとかになるのだろうが、仮に現代の物と同質の物だとすると、焼成時に着色の原因になる硫化鉄や、熔化を引き起こすアルカリ金属の含有率が低く、そもそもの白色度もとても高いかなり上質の陶石(磁器原料)になるだろうとの事。
熔化というのは焼成中に変形してしまう事なのだが、珪酸(石英)はナトリウムやカリウムといったアルカリ金属(第一族元素)があると融点やガラス転移点が下がるので焼成中に融けてしまっておきる。
陶磁器だと困った現象になるのだが、融点やガラス転移点がとても高い珪酸(石英)にナトリウムやカリウムを混ぜれば融点やガラス転移点が下がるのを利用しているのがガラス製造になる。
ナトリウムを混ぜるとソーダガラス、カリウムを混ぜるとクリスタルガラス(酸化鉛の方が一般的だがカリウムの物もクリスタルガラス)になる。
「滝野まで伸延してる道路をコロワケまで伸ばせんか? 欲を言えばミヌエやハクバルまで」
「えっと……」
「道路無いと大量には運べんやろ?」
「いやいや、そもそも採掘に割ける人数が限られている上に手掘りなんですから、採掘量は限られますって」
「義教、採掘道具や運搬器具を押し付けて増産させよう」
「人数が人数なんだし、劇的に増えるわけじゃないからな」
一集落が出せる男手は精々五人ぐらいだし、男女の別なく駆り出しても十人いけば良い方。
加えて、美浦の流儀を受け入れざるを得なかったオリノコと、そのオリノコの系譜の川合は一日の労働時間は六時間程度はあるが、他の集落だと二時間から精々三時間が限度。
五人掛けることの二時間だと十人時、三時間でも十五人時だから現代日本基準だと一集落の労働力は二人しかいない事になる。
「そうか……せやけど早いとこ現状に合った磁器の製法を確立させたいから陶石はできるだけ集めて欲しい」
一口に磁器といっても製法は一つではないし、胎土や釉薬の配合だって様々だから色々試さないといけない事は理解できる。
製法を確立して技術転移できればサキハル群の興業やサキハル群に原料を卸すことでコロワケの安定も計れるかもしれない。
「コロワケのロウ石? 陶石? については何とか手を考えます」
「頼んだよ。こっちも石膏型とか準備しといた方がいいかな?」
石膏型は型が抜ける形状である必要はあるが、砂型などと異なり微細で複雑な形状でも作れるし、表面も平滑にできるので佐智恵も必要に応じて鉄製品の鋳造で使っているが、陶磁器でも成形に石膏型を使う例が多いとか。
陶磁器のばあいは石膏型に泥漿(泥状にした胎土)を入れて、石膏が泥漿の水分を吸収することで胎土を固める成形法があり、“鋳込み”というそうで、陶磁器の成形で使う“鋳込み”には主に二つの方法があるそうだ。
一つは『圧力鋳込み』といって、石膏型の中に圧力を掛けながら泥漿を注入して固まるまで圧力を掛け続けるという方法。
これは量産性が高く主要な鋳込み方法なのだそうだ。
しかし、泥漿中の空気を抜いたり高圧を掛けながら型の中に挿入する装置が必要だし、型から素地を取り外すのにエアコンプレッサーを使うなど現状では難しい。
もう一つは『ガバ鋳込み』や『排泥鋳込』と呼ばれる方法で、型に泥漿を入れて型と接触している部分がある程度固まったら泥漿をガバっと流し出して取り除くというもの。
この方法は石膏型は外側だけで内側には型はないので、袋物と呼ばれる徳利や急須や土瓶などのように口の方が中より狭い(=型が抜けない)形状でも作れるという利点がある。
ただ、泥漿の配合や水分量、石膏型の含水率、排泥するタイミングで素地の肉厚が変わってしまうので機械化が難しく、ほぼ手作業でしかできないという難点もある。
「粉砕機を作る方が先」
「おお、確かにサッちゃんの言う通りミルはいる」
陶石は文字通り石なので、これを粉砕して粉にしないといけない。
最初期のロウ石を人海戦術で砕いていた時の悪夢は繰り返したくはないし、できれば陶石を砕くのに鉄製品は使いたくない。
何故なら鉄分が混じると焼成したときに鉄分が黒い点として出てきて美しくないから。
これは珪石の粉砕でも同じで、鉄分が混じっているとガラスが緑色に着色する。
「誰に頼めばいい? ノリちゃん? 匠? 文昭?」
「現状、手が空けられるのは文昭ですね」
申し訳ないが、俺は滝野関連や学校、匠はリンナに続く建物の関係などで手が離せない。
「じゃあ、ちょっと相談してみる。やけど、考えてみたら磁器は全体を把握してないし、もしかしたら他にもある可能性が高いなぁ……一遍全工程の洗い出しからやった方がええかもしれん」
陶磁器製造は分業化されている事が多いそうだ。
土石を加工して陶磁器の胎土を作る「陶土屋」
各種材料を調合して釉薬を作る「釉薬屋」
鋳込みや型打ちなど成形をするための型を作る「型屋」
轆轤や型などを使って生地(素地)を成形する「生地屋」
釉薬の下に絵柄などを施す「下絵屋」
釉薬の上に絵柄などを施す「上絵屋」
焼成して製品に仕上げる「窯元」
主なものでもこれぐらいあり、更にそれぞれの中でも工程が細分化されていたり得意分野による棲み分けがあったりなどが色々あるそうだ。