表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
文明の濫觴  作者: 烏木
第9章 濡れぬ先の傘
189/293

第24話 五回目の瑞穂祭

そして迎える瑞穂祭。

今回は来賓としてオリノコから黒岩さんの引率で三家族が来ている。

これまで黒岩夫婦は毎年招いていていたが、今年は春に産まれたお子さんがまだ小さいので黒岩さんだけ。


オリノコから招くというのは交流の一環でもあるし、美浦から持って帰るお土産でオリノコでも収穫祭チックな物をしてもらえればという感じ。

それに伴い、黒岩家は来賓という扱いになった。

これは黒岩家の要望なので思うところはあるが受け入れた。


それと、キャンプ場からは来ていないが上の口からは美浦とのフロントである村井さんをはじめ合計六人が来ている。


こちらは将司が“こういう日程で瑞穂祭をしますので、来れるようならどうぞ”と伝えていた。

以前に納涼祭かなにかの翌日に来て双方とも気まずい思いをした事があったので、そういったイベントについてはこれまでも伝えていたが、実際に来たのは今回がお初だったりする。


村井さん以外のメンバーとしては、まずは長岡さん。

赤貝や牡蠣など貝類が食べ放題とあっては辞退する筈もないというか万難を排してでも来たと思う。


それと長岡さんの双子の息子。

息子といっても多少は幼さが残るが立派な青年である。

確か拉致当時中学生の双子のお兄ちゃんが他の子供達の面倒を見ていたと聞いた事があるから彼らがそのお兄ちゃんなのだろう。

当時中学生なら十八歳にはなっているだろうから美浦基準では大人認定でも構わない気がする。


それと、高岡家と村岡家の奥さん。

三十代だと思うが女性に歳を聞くなんて恐ろしいことはしない。


この六人は上の口の四家の代表と子供世代代表といったところか。



瑞穂祭は、瑞穂会館の広間に祭装束を纏った美浦の有志が集って壺の中に赤米の神丹穂(かんにほ)の種籾を移し、それをこうせい社に納める『籾遺(もみい)の儀』と神丹穂の強飯(こわめし)(蒸した米)と一夜酒の方の甘酒を頂く『直会』から始まる。

最初の瑞穂祭で慇懃講のようにやったのでそれを引き継いで慇懃講のままになっている。


同品種の種籾を毎年残すというのは悪ふざけではあるが、長年継続していくと意味を持つことがある。

それを理由に悪乗りが加速して式次第や口上に色々凝りだしていて、『籾遺の儀』などと大仰な名前を付けたり、直会の頂き物が炊いたご飯から蒸した強飯に変わったのもその一つ。

思わせ振りな様態の儀式にすれば俺らの死後も続けてもらえる可能性が高まると悪乗り大王()が言っていた。


でもそうなるとね、子供たちとか興味のない人には退屈極まりないし、直会の頂き物も然して美味しいわけではないので、いつからかはあれだが欠席しても良いという事になっている。

一応は、収穫に感謝して五穀豊穣を願う儀式なので美結さんを含めて秋川家は全員参加していて、親父殿は“鰯の頭も信心からやないけど意味分からん伝統は山ほどあった。やけど自然相手にしとるとそれに縋りたい思たことは何遍もある”と言っていた。

来賓を迎えるのは今回がお初なのだが、慇懃講は面倒だろうから離れに用意してある御馳走で間を持たしている。


俺は出席しているのかって?

俺は例年のように裏方で直会の強飯や甘酒を準備したり、その後の無礼講というか宴会というかの準備に奔走してます。

例年と異なるところというと、今回は宣幸くん(ノブ兄ちゃん)に料理の差配をお願いしているところ。


本来ならまだ子供のノブ兄ちゃんはお祭りを楽しんでもらう側なのだが、サマーキャンプで食事を仕切ったのが楽しかったようで瑞穂祭でもやりたいと言うので思い切ってやってもらう事にした。

もちろん俺をはじめとして支援要員は用意している。


■■■


瑞穂祭の無礼講は瑞穂会館の前庭ではなく旭広場で行われる。

理由は幾つかあるが、旭広場には石窯があるというのも理由の一つで“石窯で次々焼きあがるできたての料理を楽しみながら”というのは捨てがたい。


その石窯で焼くピザなどの納品が終わったら次亜塩素酸ナトリウム(ジア)で消毒した玉葱の輪切りに取り掛かる。

隣ではノブ兄ちゃんが同じくジアで消毒した大根の桂むきをしている。

桂むきした大根を千切りにすれば刺身のつまになるが、今回は繊維を断ち切る方向に三つに切って細長いテープ状の大根にする。


野菜を消毒というのは奇異に感じるかもしれないが、実は食品工場や給食センターなどでは食材を中性洗剤を使って洗浄したりジアなどの殺菌料を使って消毒していることもある。

特にサラダなどの火を通さずに生で食べるものは、手抜きしているところ以外では消毒しているもしくは消毒済みの物を清潔な状態で使っていると思ってよい。


そういう施設で調理した食品は調理から喫食までの時間が長くなりがちだし、基本的には多人数に提供する物なので万一があると被害が大きくなりやすいので、普通は何らかの対策をしている。


中でも給食は、高齢者(養老施設)や若齢者(学校)や傷病者(病院)といった抵抗力が弱く食中毒が命にかかわる事態に直結しかねない人達に提供するのだから、厚労省は『大量調理施設衛生管理マニュアル』などで生食用の食材は消毒するよう指導している。


美浦では普段は水洗いで済ますことが多いのだが、一部にレベルの高い消毒をする必要がでてきたので、産後の肥立ちが終わったばかりの佐智恵に無理を言って食品用のジアの製造をしてもらっている。


その必要というのが“食中毒を起こすと大変拙い妊婦が野菜を生食するから”というもの。


妊婦なんだからきっちり火を通したものを食べるべきだろうとは思うが、つわりで雪月花は味付けなしの生の玉葱、美野里は味付けなしの生の大根しか食べられなくなっているので仕方が無い。

あれだけの悪食を誇った美野里が大根しか食べられなくなったというのは驚愕だったが、一時的としても大根しか食べられないというのは美野里本人も辛かろうと思う。


大根をテープ状にするのは美野里が食べやすい形状を模索した結果だが、輪切り玉葱の雪月花はともかく美野里がテープ大根をモグモグしている姿はなかなかシュール。

せめて丼にでも入れてくれれば遠目にはきしめんか幅広のうどんのように見えなくもないが、くるくると巻いたテーブ大根を手に持っているので色々と台無しである。

まあ、本人がそれが食べやすいのなら尊重するけど。


そうそう、前に有栖ちゃんが二人の真似したけどどちらも一回で懲りたようだ。

特に生玉葱は一口齧った瞬間に涙目になってプルプル震えだした。

大人振りたいのか吐き出すよう言っても首を振り震えながら咀嚼して飲み込んだのは見事だが、それ以降は玉葱がでてきたときは火が通っているか必ず聞くようになった。


生玉葱自体を薬味にしていたり、ドレッシングなどで味を付けた物を少量とかならともかく、大量の生玉葱を食べるというのは特異な例を除けば中々の苦行だと思う。

高校のころにクラスの親睦会でカレーを作ったときに調理し忘れて余った玉葱を生のまま丸齧りした奴がいたのだが、そいつは畏怖や諸々を込めて暫くの間“恐怖の玉葱少年”と呼ばれていた。

そいつと同中の奴は同じく余ったカレールーをそのままチョコレートを食うが如く食いやがって“恐怖のカレー粉少年”と。


今までもつわりで食べられる物が限られたことはあったし、特定の味付けの物を異様に欲したりはあったが、ここまで極端な偏食は無かったので二人が食べられる物を探り出すのは骨が折れた。

調理も味付けもなしというのは盲点で、見つけ出せたのは偶然の産物といってもいい。


玉葱も大根も汎用野菜だから収穫量は十分にある物なので良かった。

玉葱は春から初夏にかけての収穫だが昨春に収穫した物で来春の収穫まで十分に持つ。

幾ら雪月花が食べたところで一人が食べられる量など高が知れているのでその程度の量は玉葱を使った料理を一回飛ばせば十二分に賄える。

大根にいたってはこれから収穫期なのでバッチこい。

これが収穫量が乏しい物だったり得られる季節が限られた物だったら大変だった筈。


もっともそこまで偏食がきついと栄養状態とかも心配だが、今のところは“食べられる物を食べられる時に食べられる量”で様子見。

奈菜さんにも健康管理をお願いしていているが、今のところは大丈夫との事。

しかし、現代日本と違って食べられないから点滴で栄養補給とかできないので、そうなった際の対策は考えておかないといけない。


■■■


「ノリちゃん、焼きあがったからお皿に移して」

「はいよ」


蒸し焼きにしていた料理に金串を刺して芯温を確認したノブ兄ちゃんがOKを出したので大皿に移して寸胴鍋を被せる。


「それじゃあ行くか」

「うん」


ノブ兄ちゃんの先導で、寸胴鍋をクロッシュ代わりにした大皿を持って旭広場の宴会場に向かう。

クロッシュというのはフランス料理などで料理にかぶせてあるドーム状の奴のことで、金属製のクロッシュだと料理を隠せるのでテレビなどではそれ目的で使っていることもあるが、本来の目的は保温なので透明なガラス素材のクロッシュも存在する。

今回クロッシュ代わりを使ったのは第三厨房と旭広場は少し離れているので保温の目的もないではないが、主目的は目の前で披露してインパクトを与えたいというもの。


ノブ兄ちゃんの“今回の目玉料理でーす”の声に合わせて寸胴鍋を取り除くとマグロの兜があらわれ歓声が上がる。

そう、今回の瑞穂祭の目玉料理はマグロの兜焼き。

目玉も食べられるけど、そういう洒落ではない。


一平ちゃんが鰹拠点の由良の点検からの帰りに何か掛かったらラッキー程度でトローリング擬きをしていたら掛かったクロマグロで、瑞穂祭も近かったから腑抜きして冷凍保存していた。

獲れたクロマグロは体長一二〇センチメートル重さ三十数キログラムといった感じの物で、若齢魚であるメジマグロではなく本マグロと呼ばれる大きさ。

現代では日本近海で獲れるクロマグロは資源枯渇もあってか小型化が進んでしまっていて、本来であれば体長三メートル、体重四〇〇キログラムぐらいまでは育つ巨大魚なのだが、近年では二メートル超えでさえそうそう水揚げされないそうだ。

大間では体重三十キログラム以上あれば『大間まぐろ』としているから、今回獲れたのを本マグロと称しても問題はない。


瀬戸内海でマグロが獲れるのかというと実は獲れることもあるらしい。

そんなに数が上がるわけではないそうだが、太平洋と接する豊後水道や紀伊水道から、場合によっては響灘から関門海峡を通って瀬戸内海に入り込むクロマグロは存在していて、現代日本では瀬戸内海の一部海域ではクロマグロやクロマグロの若齢魚であるメジマグロを禁漁としているところもあるそうだ。

禁漁にするという事は、裏を返せば生息しているという事でもある。

それに古くは万葉集にも瀬戸内海で(しび)を釣る描写がある歌もあるとかなんとか。


今回漁獲できたものはクロマグロとしては小振りではあるが、それでもメートル超えの魚体だけあって兜焼きは十分に見栄えがする。

というか、調理難度や調理の所要時間とかを考えると兜焼きならこれぐらいの方がいいんじゃないかと思う。


「取り分けるね。先ずは頬肉。ほんの少ししかないから一人半口ぐらいで我慢して」


マグロの兜焼きは、頬肉、頭肉、目玉の三つが楽しめる。

魚の頬肉は口や(えら)のためよく動いている筋肉でとても美味しい部位。

ただ、立派な鯛でも箸先にちょろっと摘まめるぐらいの量しかなく、知っている人はそれなりにいるとは思うが、一般には存在自体を知らなくても何ら恥ではないと思う。

頬肉が美味しいのはマグロも同じなのだが、如何せん量が取れない部位なのも同じで一〇〇キログラムのマグロから最大でも一五〇グラムの頬肉が二つしか取れないという超希少な部位。

今回のマグロだと左右合わせて一〇〇グラムあれば上等って感じかな?


頭の上の肉にあたる頭肉は背トロの延長線上にある肉で、生で良し火を通して良しの良肉。

マグロの頭肉は魚肉のくせに火を通すと牛肉に近い感じの歯応えと味になる。

頭肉は頬肉よりは取れるがそれでも赤身やトロに比べれば全然量が取れないし、肉の大きさが魚体に左右されることから市場に乗りにくく、地場で安価に投げ売りされる事もあるので焼津や三崎などマグロの水揚げが多いところに行った際にはお勧めの部位だったりする。


最後の目玉は目玉自体もそうだが、目の周りの肉はコラーゲンが多くてじっくり火を通すととても美味しい。


人数が人数なので一人あたりの量を調整しないといけないが、そのあたりは取り分けしているノブ兄ちゃんの腕にかかっている。

だけど美恵姉ちゃんの分の目玉をこっそり確保しているあたりは微笑ましい。

魚の目玉は美恵姉ちゃんの好物で、今はあまりやらなくなったが昔はしょっちゅう焼き魚や煮魚の目玉をつまみ食いして怒られていた。


おっ、ノブ兄ちゃんが美恵姉ちゃんに目玉のスライスを渡しているけどその取り皿は美恵姉ちゃん作のやつじゃないか?

漆原家の上二人の近頃の放課後の過ごし方だが、史朗くん(シロ兄ちゃん)は祖父の源次郎さんに漆器を習い、美恵姉ちゃんがお父さんに陶磁器を習っている。

自作の皿に好物をのせて渡すとは中々芸が細かいじゃないか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ