第22話 秋の出来事
夏が過ぎ実りの秋を迎え多少のトラブルはありつつも米の収穫も終わり、今年最後の滝野交換市と第三回の米俵運びも無事終えた。
米俵運びは昨年想定した“一人二俵を運んでもらい、完歩したら二俵を、駄目だったら一俵をお持ち帰りいただく”というルールにした。
だって半俵や四半俵を作るのが面倒なんだもん。
第三回となる今回は初参加の川合からの参加者も含めて時間内に完歩できなかったのは二人いたが、あと少しで完歩という実に惜しいものだったのでおまけで全員合格とした。
初参加の川合が完歩できたのは、ハロくんがいうには滝野に置いておいた川合用の米俵を担いで滝野の周りを歩いて練習していて、その中で成績の良かった者を選抜したからとか。
二年前の第一回の完歩率は一俵半で二割五分、一俵で五割だったのを思えば飛躍的な進歩を遂げている。
いやぁ……訓練すれば百二十キログラム背負って一時間で四キロメートル歩けるようになるんだね。
去年も思ったけど、こんなの絶対おかしいよ!
しかし、いくら心情的には理解できなくても現実がそうなのだから受け入れるしかない。
“理論と現実が合わないときは理論が誤っている”のと同じで“心情と現実が合わないときは心情が誤っている”のだから逃げずに現実と向き合おう。
それと、恒例と化した文昭の四俵はあれだけど伊達くんは今年は三俵を背負って十五周(平均時速六キロメートル以上)と伊達くんの人外化が順調に進んでいるのにも慄いている。
かなり古い写真に五俵(三〇〇キログラム)背負った小母ちゃんが複数写っていたり、剛力とか歩荷などと呼ばれる運搬人の中には百キログラム超えの荷物を背負って山小屋に荷を運ぶ人もいるから絶対無理とは言わないけど、こんなの絶対おかしいよ。
ええっと……先住者の皆様に言いたい。
同じ巨人族()だからって俺らを同類に見ないでほしい。
少なくとも俺は一俵ならともかく二俵背負って歩くなんて御免被る。
三俵や四俵なんて論外。
◇
話は変わるが、今年配布したサツマイモは概ね順調だったようで、どの集落の代表もほくほく顔だった。
収穫したサツマイモは何個かは保存させて来春に芽出しのやり方を教えることになっている。
そうやって一回りすれば自分たちで増やせるようになるので食糧事情は多少は改善する筈だ。
それとミツモコで褐炭バイオブリケットの生産が始まり、美浦も大量に仕入れ……とはいかなかった。
取り敢えず作れるだけ作ってもらって余ったら全部美浦が買い取るとしていたのだが、交換会で相当量がはけてしまって美浦が買える量が目論見に遠く及ばなかった。
定型なので収納しやすく柴薪より熱量があって火持ちもよいと、積雪地帯の集落がブリケットに向ける目は熱かった。
九月の例会で試供品的に配布したのは美浦の燃料確保という点では失敗だったかもしれない。
他にもコクダイで明礬石が見つかったかもしれない。
持参してきた実物を見る限り俺には明礬石の可能性が高いと思うが、持ち帰って佐智恵その他に確認してもらう。
明礬石からミョウバンを得られれば少なくとも鞣しが格段に楽になる。
産業としてはともかく、俺らのような個人が鞣すときはミョウバンを使う事が多い。
これは鞣す時間が格段に短いし技術的にも他の鞣し方に比べてとても楽だし、何より安全で安価で入手性もよい。
願わくは明礬石であることとそれなりの埋蔵量があって欲しいという事か。
◇
それ以外で先住者関連で特筆すべきものとしては、オリノコで山繭蛾を捕獲して、美野里指導のもとで産卵篭を作り大量の卵の取得に成功したというのが挙げられる。
ヤママユガは天蚕とも呼ばれ、日本在来の野生の糸が採れる虫の代表格で、繭から天蚕糸がとれる。
ヤママユガの天蚕糸は伸縮性のある緑から黄緑色の糸で、糸の中に空洞がある構造なのでこの糸で織った布は保温性に優れている。
テグスというと釣り糸を思い浮かべるかもしれないが、元々天蚕糸は文字通り“天然の蚕の糸”という意味で、色んな野蚕から天蚕糸は採れていて、天蚕糸は釣り糸をテグスと呼ぶ前から存在していた言葉。
しかし、天蚕糸蚕という蛾の幼虫から採れる透明の天蚕糸が釣り糸に良いと使われだし、これが大流行してテグスが釣り糸を指すようなり、釣り糸に天蚕糸ではなくナイロンなどが使われるようになっても釣り糸はテグスと呼ばれている。
ヤママユガをはじめとする野蚕は野生と言いつつも人為的に繁殖させて飼育する、要は養殖することも可能であり、野生回帰能力を完全に失っている家蚕とも呼ばれるカイコとの対比で野生の蚕と呼ばれているにすぎない。
日本の野蚕の代表格であるヤママユガの養殖はかつては産業として成立していて現代でも天蚕を養殖している地域も残っているし、皇后陛下が皇居内で御飼育遊ばされてもいる。
来年には天蚕糸や天蚕糸を織った布もオリノコの名産品になるかもしれない。
以前は麻糸や麻布の里だったのだが、葛布と合わせて糸や布の名産地になるのかな?
ただ、オリノコは山火事からの再生途上だから森林資源に不安がある。
養殖するということは蛾の幼虫、つまりは青虫を人為的に大量発生させるので、樹木からすると大量に食害されるという事。
森林資源量と養殖できる天蚕の数は比例するので、オリノコで養殖する数を抑制するか他集落に卵や養殖手法を融通するかも含めて相談だな。
できれば川合には卵を分けてあげて欲しい。
それと天蚕だけじゃなくクワコも欲しいな。
クワコというのは家蚕のカイコの野生種と思われる蛾の事で、日本在来のクワコも居た筈なのでここらに居てもおかしくはない。
ただ、日本在来のクワコはカイコの直接の原種ではないと思われる。
カイコの原産である中国のクワコとカイコの染色体の数は同じ二十八対だが、日本在来のクワコは一対少なくて二十七対しかない。
染色体の数が異なるのに日本在来のクワコもカイコと交雑可能というのも不思議っちゃ不思議。
中国のクワコと日本のクワコの差異は、カイコと中国のクワコとの差異より大きいので、日本のクワコと中国のクワコが分岐した後に中国のクワコからカイコが生み出されたと思われる。
クワコはカイコとは生態がかなり異なり飼育もしづらいし、繭はとても小さくて糸も細くて糸にするのも一苦労なのに量が少ないので、クワコを飼育して蚕糸を得るぐらいなら天蚕などの別種の飼育をした方が蚕糸が採れる。
だから態々クワコを飼育して、ましてや蚕糸を採取するとなると研究者とか愛好家に限られるとは思う。
しかし、カイコがいるなら産業的に成立しないが、カイコがいない現状ではクワコの養殖もやむなしとも思っている。
実は天蚕をはじめとした野蚕の糸は総じて染料で染まりにくいがカイコの糸である絹は基本的には染めて使うことから分かるように染料でよく染まる。
そしてクワコはカイコと同科だけあってクワコの蚕糸は染料でよく染まるそうだ。
綿や麻を染めてはいるが絹とは異なるので少々不満気味の女帝を満足させるためにも染めやすい絹糸は欲しい。
クワコを養殖するなら、クワコだけでなくクワコが餌にする桑も必要だが、桑は養蚕と一緒に移入されたと思われる外来種なのでそこらに自生している可能性はとても低い。
しかし桑の近縁でクワコやカイコの餌にできるヤマグワなら自生している可能性はある。
というか、クワコがいるならヤマグワもしくは餌にできる何らかの樹種がある筈。
そうでなければ日本在来のクワコは何を食べているのかという事になるので、クワコとセットでゲットしたい。




