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文明の濫觴  作者: 烏木
第9章 濡れぬ先の傘
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第16話 タオル

鍋で布がグツグツと煮られている。

別に布を食べるわけではなく糊を落としている。


綿の繊維の一本々々は短いので複数の繊維が撚られて起きる繊維同士の摩擦力や水素結合で糸になっているが、そのままでは織りかたによっては強度が不足することがあり、そういう場合は糸に糊付けして強度を持たすのだそうだ。

そして糸の強度を必要とする織物が織り上がったら糊を落として完成品にする。


その織るときに糸の強度を必要とする織物の一つがタオル。

普通の平織りなどでは二次元の平面に織るが、タオルの生地はパイル地とも言われ、糸が生地から飛び出しているパイルと呼ばれる部分があって三次元の立体的な織り方になる。


そういうパイル地をどうやって織るかと言うと、たいていはテリーモーションというパイルを作るための動作を行うことで織ることができる。

具体的には織機に強く張った生地用の経糸(たていと)と緩めに張ったパイル糸をセットして、織り終わったところから少し離したところに緯糸(よこいと)を三本打ち込んで(おさ)で寄せると緯糸(よこいと)の組は強く張った経糸(たていと)をスライドしていくが、緩く張ったパイル糸は緯糸(よこいと)の組と一緒に詰められるので織り終わった場所との間にあったパイル糸はループ状のパイルを形成することになる。

もちろん、緯糸(よこいと)の一部をパイルにする織り方もあるが、経糸(たていと)でパイルを作るほうがやりやすいのでタオル地や絨毯などの多くは経糸(たていと)でパイルを作ることが多い。


十九世紀初頭にフランスで発明されたテリーモーションはタオルの歴史を紐解くと必ずといっていいぐらいでてくるのは、工業的にパイル地を織れるテリーモーションの発明と産業革命が合わさってパイル地が量産可能になった事や、現在でもタオル地をはじめとした多くのパイル地はテリーモーションを使ってパイルを作っているからである。

もちろん、テリーモーションの発明以前にもパイル地は織られていたが、そのパイル地は物凄い手間隙のかかった高価な工芸品だった。


しかしテリーモーションを使うと生地用の経糸(たていと)緯糸(よこいと)三本組を引っこ抜く形になるので生地用の経糸(たていと)緯糸(よこいと)は普通の平織りに比べて強度や耐摩耗性が要求されるようになる。

なのでパイル地を織るときは糸に糊付けして強度や耐摩耗性を持たす事が多い。


そうやって織り上げたパイル地だが、糊がついたままだと硬いし吸水性に難が有るというか下手すると撥水性まででてしまうので糊を落としてから使用する。

通常は織った後に糊を落とすのだが、市販のタオルの中には糊を落としていないままで売られている事もある。まあ、衛生面を考えれば糊落としされていようがいまいが一度洗ってから使用する事をお勧めする。


このような用途で使われる糊はたいていは水溶性の糊が使われるし、美浦ではデンプン糊を使っているので水に漬けておけば取れるのだが、お湯の方が早くて確実に糊を落とせるので鍋で煮ているというわけ。

なお、工業的に糊を落とすときは糊を分解する酵素を使ったりもする。


「東雲さん、お洗濯ですか?」

「うん。辻本さんも暑い中お疲れ様です」

「今回は三案あるんで、またモニタお願いしますね」


テリーモーションのスライドさせる距離でパイルの長さを制御できるのだが、ロングパイルやショートパイル、他にも途中でパイルの長さを変えるなど色々試している。

他にも糸の撚り具合やどの番手(太さ)の糸が良いのかなどを試すために実際に使ってみて使い心地や耐久性を確かめている。


「前の前の奴はかなり良かったけど」

「ああ、あれね。使い心地はいいんだけど、あれ織るの面倒」

「じゃあ、あれは貴重な高級品というわけだ」

「タオル自体が貴重な高級品。何で安いのは百円ぐらいだったのかイミフ」


確かにタオルは安い物なら一本あたり百円を切るというか、東雲家(うち)は一本あたり五十円もしないタオルを使っていた。

一本五十円しないタオルでも粗悪品というわけではなく、今治タオルとかトップブランドの物に比べるとあれかもしれないけど、実用上は何も問題はない。

タオルは工事の挨拶回りとかでよく使うから業務用の問屋直販みたいなところで千本単位で仕入れていたからその単価だと思う。


挨拶用に一本ずつ畳んで熨斗(のし)紙巻いてビニール袋に入れるのは小学生の頃にうんざりするぐらいやった。

もちろん、熨斗つけて袋詰めした状態までした物も買えるけど一本あたり数十円から下手したら百円近くかかるから子供のお手伝いで節約していた。

節約だけならいいんだけど、他所の熨斗もあったから……止めておこう。

もっと儲かる手伝いができるようになったからだと思うが、俺が中学生になると熨斗付けと袋詰めは業者に依頼するようになった。


「大量生産、大量消費が安価の前提かな」

「大量生産、大量消費って悪い事みたいな印象だけど」


一人が一日に一個しか作れないなら製造に掛かる人件費は一日の労賃に等しくなる。

これが百個作れるなら製造原価の人件費部分は百分の一になるし一万個作れるなら一万分の一になり、それは当然販売価格に影響する。


しかし、一日に一万個作れても一日に一個しか売れないなら一日に一個しか作れないときの価格で売らないと成り立たない。いや、売れ残りの九,九九九個の原料費と保管費が加わるからそれ以上の価格で売らないと駄目だな。


大量に作る事で販売価格が下がり、それに伴い需要も増大するという状況でなければ大量生産・大量消費は実現しない。


「どんな物でも負の側面はあるって。メリットとデメリットを秤にかけて判断しなきゃ駄目だし、できるだけデメリットを抑えるようにするのも大事」


環境問題だなんだで槍玉に挙げられることがある大量生産・大量消費だが、大量生産・大量消費があるから庶民でも昔の王侯貴族が羨むような暮らしができているという事実がある。

自動織機が普及して安価な布が大量生産されるまでは衣服は代々伝わる品を手直ししながら使ったり中古が基本だった。

昔は衣類はいわば財産だったので、生長に伴い皮を捨てる筍のように衣類を売り払って生活費にあてるという事もあり、そういうジリ貧の暮らしを『筍生活』といっていた。

衣類を売れば暫らく暮らせるという事からも、古着は捨て値で売ったり廃棄するものではなく結構な金額で取り引きされる財物であったことと古着市場が十分な需要と供給を持っていたことが分かる。

新品の衣類を買うというのは生涯に何度もない贅沢だったわけだ。

衣類の他にも似た例は幾らでもあって、科学技術の進歩と大量生産・大量消費が生活水準の底上げを実現しているのは疑いようがない。


「なるほどねぇ……あっ、今回のは三番が作り易いんでよろしく」

「はーい」


さて、洗濯しよ。


佐智恵は元々洗濯ができない。

なぜできないのかなどと考えてはいけない。駄目なものは駄目。全自動洗濯機に洗濯物と洗剤を入れてスイッチオンってだけでも駄目なのだから仕方がない。

だから洗濯は俺の仕事だし、俺が居ないときは以前は雪月花が、今は美結さんが洗濯してくれている。


その洗濯も当初に比べるとだいぶ楽になっている。

川で揉み洗いや洗濯板からスタートしたが、手回しドラム式洗濯機を経て今では水車動力のドラム式洗濯機に進化している。

洗剤は事前に石鹸を溶かした石鹸水を準備しておく必要があるとか、洗いや(すす)ぎの時間は自分で計って動力のオン・オフを手動操作しないといけないとか、注水や排水は手動で複数のバルブを操作しないといけないとか、脱水は別にある脱水機に移す必要があるなど、現代の全自動洗濯機や全自動洗濯乾燥機に比べれば大変不便な物ではあるが、川で洗濯とは雲泥の差がある。


「脱水機、先に使っていいですか?」

「どうぞどうぞ。何なら回そうか?」

「良いんですか?」

「どうせ暇してるし」


洗濯機の動力を入れて動き出しているので十五分ぐらいは待ち時間なので暇してるといえば暇してる。


洗濯機が水車動力なのに脱水機が別で脱水機が手回しなのは理由がある。

根本的には水車動力だと脱水機に必要な回転速度を得るのが面倒なのと、回転速度の制御が上手くできないという問題があるため。


洗濯はそんなに大きな回転速度は必要ないというかあったら困るんだけど、脱水ではゆっくり過ぎると脱水できないので洗濯より大きい回転速度が必要になる。

しかし、回転速度がはや過ぎると衣類に大きな遠心力がかかり(しわ)の原因になる。

持っていた物を除いてアイロン不要の形状記憶シャツなんてないし、只でさえ皺が寄りやすい美浦製の衣類が脱水で皺くちゃになると目も当てられない。

ゆっくり過ぎずはや過ぎずという適切な回転速度を自然頼みの動力から直接得るのは難しいのだ。


洗濯機は実用レンジが広いので水車動力への切り替えが実施されたが、脱水機は難度が高かったので後回しになり今でも手回し脱水機を使っている。

一応、皺くちゃ前提というのと洗濯機と同時使用は不可という制約はあるが水車動力の脱水機はある。

しかし、これ以上の調整については匠と文昭が白旗を揚げたので実現していない。


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