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文明の濫觴  作者: 烏木
第2章 開拓を始めましょう
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第6話 食糧事情

俺らの食糧事情は少なくとも来年の秋までは劇的には改善されない。

ぼちぼち野菜が採れたりしているし、基本的には種取用だから少ししか食べられないけど、一~二ヶ月もすれば蕎麦やジャガイモが収穫できると思う。

でも基本的には備蓄の取り崩しと狩猟採取の成果物で成り立たせている。


俺らの持っている備蓄の大半は、奈緒美の祖父の山林整備の時に大量に持たされたお土産である。特に大量にあるのは米で、玄米が約二十俵ある。

林道やら何やらは一人の持ち物じゃないし、期間限定の何でも屋をしていたから行った先々で「良いから持って行け。俺らじゃ食い切らん」とか言われてあっちで1俵こっちで3俵とか貰っていて気付けば二十俵ぐらいになっていた。

気持ちだからありがたく頂戴したが、当然俺らだけでは食いきれないから帰ったら苦学生してる後輩とかに配るつもりでいた。


しかしその程度の備蓄では全然足りていない。

一トン以上ある米も全員で普通に食べたら四ヶ月ほどで無くなってしまう。

十八ヶ月持たすには一人あたり月に二十合程度、つまり三日にお茶碗二杯しか食べられない。そこで米は夕食のみとした上で若い衆は週に一回空曜日以外は米を食べない事にした。これでも結構ギリギリといったペースで消費されていくのだ。

二十人程度でこの頻度なんだからキャンプ場で配った日には一ヶ月も持たずに潰えてしまう。

なので放出しなかった。玄米は日持ちするから「日持ちしない食料」じゃないし。

故意犯でも確信犯でも詐欺師でも何とでも言えば良いさ。

ただ、米の備蓄を知っていたのはSCCのメンバーだけで楠本さんや漆原さんや高校生達は知らなかった。だから彼らは責めないでやって欲しい。


その他のお土産として、芋や野菜がある。常温でもある程度日持ちする物は置きっぱなしにしていたけど、日持ちしない野菜はキャンプ場に来る前に下拵えや加工して冷凍にしていた。帰るまでに腐ったら勿体無いからね。

こっちはある程度供出したけど全量を供出するなんて善良を通り越してお人好しの馬鹿なのでそんな事はしていない。供出物は肉の方がインパクトあるしね。

それらを少しづつ使ってはいるが、そもそもそんな大量には無いのですぐ無くなってしまうので基本的には若い衆の口には入れない。先輩や後輩に譲るべきでしょう。


じゃぁ若い衆は何を食べているかと言うとメインは「肉と脂」です。

脂と言っても脂を舐めたり食べたりている訳じゃなくて、揚げ物にしてカロリーアップしています。

野草の素揚げとか……野菜じゃなくて野草という所が泣けてくるけど……

最近は夕食には何らかの魚が一尾か半尾付く事が多くなった。

塩焼きや煮付けでいただいている。安藤くんありがとう。


その肉なのだが、猪と鹿は塩蔵や燻製を真面目に検討するぐらいある。

週に二~三頭のペースで獲れていて、専用の解体場所を必要とする程のペースだ。

解体には結構水を使うので新たに水路を掘削して解体小屋(命名「滋養屋」)を建てて対応した。他にも革を(なめ)す場所(命名「革工房」)と肥料小屋(命名「謎工房」)も建てた。もっとも、革については鞣剤が無いから現状では塩蔵しているだけなのだが……


獲物が取れるのはありがたい事はありがたいのだが、裏を返せばそれだけ害獣が多いって事だから農耕が軌道に乗ったらどうしようという心配がある。

猪は巻狩りして囲い込んで何十世代か重ねたら豚に成らないかなぁ?

でも鹿は……美野里よぉ鹿って家畜化できたっけ?


養鹿(ようろく)は可能だけど家畜化は面倒だと思う。パニックに陥り易いし自分勝手で序列のある群れも作らないし……第一利用価値が乏しいんだよね」

「家畜にするのは第一に人間の利益になるかって事が大事なんよ。餌に掛かるコストを上回る利益が無いと家畜化する意味がないっしょ?鹿はここら辺が微妙なんだよねぇ……そうそう牛は食べるだけならかなり効率が悪いって知ってた?元々牛は牛車とか農耕とかの動力としての畜力目当てで飼われてて牛乳とか牛肉は実は副産物だったんだよ」

「それから人為選抜できるよう飼育下で繁殖できて、成長速度も速いってのも条件かな。これができない場合は野生を捕まえて馴致したりするの……象なんかがそうだね」

「気性が穏やかでパニックを起さないってのも。人に懐かず牙を剥く奴とか何かあるとショックで死んじゃうとかって飼い難いっしょ?ペットならまぁアレだけど」

「猪?あれはマシな部類なんだよ。近縁種は気性の荒さで断念されてるから」

「狼?序列ある群れを作るから人間がアルファの位置に就ければ制御可能だから」

「鹿はこれら条件から微妙に外れてて完全な意味での家畜化は成功していないよ」

以上、江戸川美野里先生の家畜化講座でした。


もちろん食生活に不満が無いわけではない。

俺は大丈夫だけど代わり映えしないメニューなので飽きてる人もいるし、栄養バランス的にどうなのよとも言いたい。

しかし声を大にして言いたいのは「出汁が恋しい」という事だ。

飢えていないだけマシなのは分かっているが、同じ食べるにしても美味しくいただきたいものだろう?人は食わねば生きていけぬのだ。美味しくいただく努力をすべきで、向上心を無くしたら駄目だ。あきらめたらそこで試合終了ですよ?


昆布だしや鰹だしは和食の基本中の基本と言いながら産地は結構離れている。

昆布は北海道や東北などの寒冷な海に分布しているし、鰹は暖流の外洋性の魚なので鹿児島とか高知とか伊豆とかが有名。

どちらも直ぐに入手するのには無理がある。

昆布は緯度的に考えればここらには生えてないし、鰹は沿岸から釣れるなんて事はまず有り得ない。第一ここが日本列島のどの辺りなのか皆目見当がついていないのだから船を漕ぎ出しても昆布も鰹もとれるかどうか全く分からない。

釣れている魚から温暖系だと思うから時期を選んで漕ぎ出せば鰹はとれる可能性は高いけど、外洋に出られる船を作る余裕はない。


昆布と鰹は後回しだとしても、船と動力と魚網を何とかしてせめて煮干あたりは何とかしたいものだ。

それと干し椎茸。こっちは美野里と奈緒美に任せた。椎茸は二十世紀に人工栽培が成功するまでは高級食材だったし菌床や種菌から採れるまで一年以上かかるのが普通だから気長に地道にやるしかない。

先ずは椎茸を見つけるところからスタートだね。


調味料も現状は備蓄と塩だけなので何れどうにかしないといけない。

大豆と麦が採れれば醤油と味噌が作れるし、米が採れれば酒、酢、味醂は作れる。竹糖が上手くいけば砂糖だって何とかなるので時間は掛かるが目処は立っている。

生姜、山椒、和カラシ、ワサビなど香辛料と言うより薬味と言った方がしっくりくるものは条件次第では視野に入るけど、カレー粉や胡椒などの香辛料の目処は全く立っていない。大航海時代とかに珍重された熱帯性の香辛料は特に難しい。

温室と暖めるエネルギーも問題だし、栽培が難しい作物も多い。

珈琲とかカカオとかも同じく難しい。


嗜好品は現状では柿茶などの代用茶か豆茶とか蒲公英(たんぽぽ)珈琲とかの代用珈琲なら新規入手の可能性は高い。だけど俺はあんまり欲しいとは思えないんだよね。

珈琲は難しいだろうけど茶が自生していてくれれば……


そう言えば茶って移入種だっけ?

奈緒美に聞いたら在来種、史前帰化、逸出帰化と諸説あってよく分からないが、性質から考えると在来種の可能性は低いそうだ。

在来種で自生してたら茶が飲めるかもと話を振ったらチャノキも蒔いていると。

実生だから品質は不明だけど上手くいけば三~四年で茶葉が採れるそうな。

そういう事は言ってよね。


総合すれば、満足とは絶対に言えないが飢えてはいない。

改善の兆しはあるがまだまだやらなければならない事がたくさんあるって感じだ。


文明の香りが残る備蓄品も使わずに腐らせても勿体無いので賞味期限とかを見ながら使っていて精神的な飢餓状態にもなっていない。

精神的飢餓で危ないものとなると「酒」だね。

これは飲兵衛が解決してくれとしか言い様がない。


料理は基本的には恵さん奈菜さんのお母さんコンビがしてくれているが、見慣れない食材(例えば野草とか虫とか)については美野里が手がける事が多い。

美野里の料理は色々と問題がある場合が多い為、味見役(毒見、実験台、人柱)が必要となる。これはSCCのメンバーが責任を持って引き受けているが「創作」でなければ美味しいのでその場合は皆の食卓にも登るし、レシピは記録して調理法を共有している。


■■■

いくら美野里料理の毒見を担っているといっても毎回全員が揃っているとは限らないので誰かが所用で居ない時はいるメンバーだけで試食している。

そしてその日の犠牲者は文昭と俺の二人だった。


口に含んだ瞬間、言語化するのが不可能な味覚の暴力を喰らいのた打ち回った。

吐き出しても粘り付いてくる物体Xの猛威に抵抗しながら「駄目……これは駄目……」と判りきった事を呟く……


「やっぱり駄目でしたか」

伊達くん?何か知っているの?

「もっちゃん(伊達くん)が直ぐに食べられる食料の期限が切れそうって言うから工夫してみたんだけど」

えっと……それって……

「なぁ美野里よぉ……それって表面に『Meal,Ready-to-Eat,Individual』って書いてなかったか?」

「うん。あったよ。個人用の直ぐに食べられる食料で合ってんじゃん」

「「MREでMRE作ってんじゃねぇ!」」

物体Xは紛れも無くMaterials Resembling Ediblesであった。

好奇心を刺激されたのか伊達くんが恐る恐る口にして悶絶していた。


「調理前の奴は残ってるのか?」

「あるよ。食べてみる?」


伊達くん、文昭、美野里、俺、そして何故か政信さん、奈菜さんの六人で食べる。

「まぁ食えん事もないな。素材より不味くなるって料理の意義を否定してるな」

どこかの天麩羅屋のご主人が海老の天麩羅が海老の刺身より美味くなかったら天麩羅という調理法の意味が無いというような事を言っていたのを思い出す。


「交換会で食べたのと変わらないな」

「口直しにカンメシどうですか?」

「沢庵はある?」

「もちろん」

物体Xはこれまでの失敗作と同じく謎工房送りになり、レーション試食会が緊急開催されました。


カンメシってのは基本的には缶詰である自衛隊の戦闘糧食一型の通称だそうで、二型は基本はレトルトなので通称パックメシとの事。文昭が直近の予備自衛官の訓練時に支給された物で、一般では通常入手できないモノホンの戦闘糧食だそうだ。

「演習を思い出すねぇ」

「あれ?奈菜さん?演習?」

「言ってなかったっけ?元看護陸曹よ。自衛官としての訓練も必要だし」

「え?ナースでも行軍とか射撃の訓練とかするんですか?」

「当り前じゃない。何より自衛官である事が前提で、その上で資格として看護資格を持っているってだけなんだから。施設科の隊員が重機の免許を持っていたとして重機オペレーターでも行軍とか射撃の訓練とかするの?って聞くのは変でしょ?それと同じよ」

「こいつ射撃徽章準特級持ってて自分より上手いんだよ」

大人の半数が射撃経験有りとかこの集団って何なのよ……


■■■

相変わらず猪と鹿は順調に獲れている。

田畑に近づけさせないように周囲を柵と木製だけどキャトルガードで囲ったので脇に設置した罠エリアへの進入率が高いようだ。偶にキャトルガードに嵌って動けなくなった奴も見かける。もはや乱獲に近いぐらい獲れてしまって消費が追いつかなくなってくる。


保存食として燻製や干し肉も開始した。

しかし、塩の供給量の兼ね合いがあるので大量に作ることはできない。そこで香辛料とか香味野菜は無いのでなんちゃってだけどコンフィとリエットを作ってみた。


コンフィは一説によると最古の保存食とも言われるもので、肉を脂で低温調理して脂で密封する事で冷暗所なら数ヶ月単位で保存できる。

個人的には保存食としては乾物や塩漬けや薫製の方が古いと思うけどね。


果物を砂糖漬けとか砂糖水で煮るなどした物もコンフィ(コンフィチュール)と言うけど、これはジャムと言った方が通りが良いかな?単に仏語か英語かの違いなんだけど。


リエットは脂で低温調理した肉を砕いて容器に詰めて上から脂をかけて密封した物をいう。日本の缶詰のコンビーフを想像してもらえば見た目は近いものがある。コンビーフは塩漬け牛肉の事なので(缶詰牛肉ではない)リエットとは原料も製法も味も異なるけど。


どちらも低温調理なので摂氏六十~六十五度を長時間維持するのが手間なのだ。現代ではサーモスタットで温度管理ができるので普通はそういう器具を使って調理する。

ではサーモスタットが無かった頃はどうしてたのかというと付きっ切りで温度管理をするか適温になる場所に置くなどしていたようだ。

なので、付きっ切り……なんて事はしない。

脂の処理も兼ねて夜間に炊飯器を使わせてもらった。


炊飯器の保温温度は摂氏七十度前後と若干高めなのが普通なのだが、中には保温温度を設定できる機種もあって俺らが持っていた一升炊きの奴は設定できる機種だったので、寝る前に仕込んでおけば朝起きたら煮えているのだ。


経木(きょうぎ)(薄い木板で、以前は使い捨ての皿代わりや駅弁の箱などにも使われていた)で作った折箱に肉と脂を入れて放置したら冷えて固まり、コンフィができあがる。

肉塊を(ほぐ)して空き瓶に詰めて脂で封をしたらリエットの出来上がり。


どちらも虫が来ないようまとめて密閉して冷暗所に置いておけば数ヶ月は持つ。

味もそこそこの物ができたと思っている。


手間暇を考えたらベーコンの方が楽かな?って感じなので塩の供給量を増やす事を考えたい。夏までに塩田を本格化する事も検討しないといけないかな?

味噌や醤油の醸造にも塩は大量に要るし……


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