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文明の濫觴  作者: 烏木
第9章 濡れぬ先の傘
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第10話  織姫豊彦

竪琴橋の渡り初めは無事終えて供用が開始となった。

例の設計図の碑文については必要性がないわけではないのと他の仕事に支障をきたしていないので基本的には不問とされた。

その件を報告した時は雪月花のこめかみに血管が浮き出たけど、架け替えの時に今回架けた人間が生きている保障は無いので設計図を石に刻んで残す価値はあると弁護した甲斐があったというものだ。

ちったぁ感謝してくれてもいいのよたっくん。


それはともかくとして、七夕伝説をどうするのか。

滝野の橋を七夕伝説にちなんで『織姫橋』『烏鵲橋(うじゃくきょう)』『彦橋』と命名してしまったので現状に合う七夕伝説を捏造しなくてはならない。


七夕伝説や牛郎織女というのは、天帝により離れ離れにされた織姫と彦星の夫婦は七月七日にだけ再会を許されたという物語。


天帝の娘で河東に住む機織り(織女)の織姫は、河西に住む働き者の牛飼い(牛郎)の牽牛(彦星・夏彦)と結婚した。

結婚すると二人は()んでばかりで仕事をしなくなった。

怒った天帝が二人を別れさせ天の川を挟んで逢えなくした。

織姫は別れさせられ嘆き悲しんで仕事に手がつかなかったので、天帝は仕事を頑張る事を条件に七夕(七月七日)の日に限って逢う事を許した。

七夕になると天帝の命を受けたカササギが翼を繋げて天の川に橋を架け、二人は年に一度だけ再会できるようになった。


中国の漢の時代にそれらしき文献がある起源の古い物語だし、漢字文化圏に広く伝播したので色々とバリエーションは豊富だが、日本に伝わっている七夕伝説の大筋はこんな感じだろう。


漢字文化圏に伝播していった物の中には、下界に降りてきた織姫を見初めた牽牛が飼っている老牛のアドバイスで織姫の天衣を奪って結婚し、天に帰った織姫を追って天に昇るという日本では別の物語のエピソードとして伝わっているものもある。


各地で現地版があるので日本にも日本独自のものがあり、七夕の日に笹に願い事を書いた短冊を飾るのは日本独自なのだそうだ。


子供のころに、なぜ願い事を書いた短冊を飾るのかが分からなくて佐智恵の叔父さんに聞いたところ「天帝が二人に永遠に逢わないよう命じたから、そのままだと再会させるという約束を守れなくて困った天帝が、二人を再会させる口実として“七夕の日は仕事を頑張った全ての者の願いをかなえる”としたんだ。織姫は仕事を頑張り彦星に逢いたいと願い、彦星も仕事を頑張り織姫と逢いたいと願ったから二人は再会できた。天帝が頑張った全ての者の願いをかなえるから七夕に願い事を書いた短冊を飾るんだよ」って言っていた。


そういう起源説が本当にあるのか、はたまた叔父さんの口から出任せかは知らないが、筋は通っているので成る程と思った記憶がある。


もっとも、江戸時代に夏越の大祓において茅の輪くぐりの脇に飾られる笹にちなんで七夕に笹飾りがされるようになったというのが定説なので叔父さんが言っていたのは明らかに定説とは異なる。


旧暦の七月七日はデネブ(はくちょう座)・アルタイル(わし座)・ベガ(こと座)の夏の大三角と天の川がよく見える時季なので、バリエーション豊富な七夕伝説でもアルタイルを彦星に、ベガを織姫に見立てる事は多く、デネブをカササギの橋(烏鵲橋)に見立てる事もある。


夏の大三角と天の川は絶好のモチーフなので実は七夕伝説と似たような話は漢字文化圏以外の世界各地にあるそうだ。

雪月花はフィンランドにはリンヌンタラ(直訳すると『鳥の道』だが『天の川』の事)という天の川の起源について似た物語があると言っていた。


ズラミスとサラミという仲睦まじい夫婦は死後に天に昇り星になった。

離れ離れだったが、星になっても傍にいたいと願った二人は星屑の淡い光を集めて千年かけて光の橋を完成させた。

光の橋を渡ってシリウスの傍で再会した二人は仲睦まじく暮らした。

この光の橋が天の川である。


こんな感じの物語らしい。

十九世紀が初出という説もある比較的成立時期が新しい物らしいので、もしかするとギリシア神話のこと座のエピソードや七夕伝説を下敷きにしているかもしれない。


閑話休題。

ムィウェカパは縁結びの集いなので、それなりにロマンチックな伝説をでっち上げないといけないのは間違いない。

これに気付いたのが橋の命名後という醜態を晒した訳だが、手をこまねいていたわけではなく、それらしい説話の創作を募集していた。


俺も考えてはみたが、難関が二つあった。

一つはカササギはこの辺りには棲息していないという事。

現代では日本にも佐賀平野近辺などに野生のカササギが棲息しているが、これは江戸時代に柳川藩に人為移入されたのが起源との説が有力で、それ以前にも少数が持ち込まれた事はあったかもしれないが、日本で自然環境下で繁殖していたカササギがいた可能性は低いらしい。

つまりは室町時代以前の日本にはカササギという名の鳥がいる事は七夕伝説の中にでてくるので伝わっていたが、実際にカササギを見た者は極少数に限られていたと思われる。


傍証になるのかはアレだが、七夕伝説の烏鵲橋をモチーフにした八坂神社の祇園祭で奉納される鷺舞(さぎまい)は笠を被った白鷺(笠と鷺でカササギ?)になっていることからも当時の日本――少なくとも京都市近辺――にはカササギがいなかった事が伺える。

もっとも現代でも京都市に野生のカササギはいないと思うけど。


そして、もう一つは星の見え方が違う事。

現代でこそデネブ・アルタイル・ベガは夏の大三角だから七夕――特に旧暦の七夕――の季節に合うモチーフなのだが、ここでは()の大三角なので夏から秋にかけてのムィウェカパの時季にはモチーフ的にどうよという訳。


これらを勘案していかないといけない。


大陸にカササギは棲息しているだろうからカササギは西に飛び去ったことにすればここらにいなくても何とかなるだろうけど難題は星空。

もちろん星空を無視する選択肢もあるけど、男は彦星にしないと締まらないと思った。


俺には彦橋だから男の名前は『彦』でいいじゃないかという風には考えられない。

現代では『彦』は地名や人名といった固有名詞以外にはほとんど使われない漢字なのでアレだが、実は『彦』は男の美称なので『彦という男がいた』は変な言葉である。

男の美称である『彦』の対になるのは女の美称である『姫』で、男を表す『()』に美称を表す接頭語の『ひ』をつけて『ひ‐こ』で『彦』となり、女を表す『()』に接頭語の『ひ』をつけて『ひ‐め』で『姫』になる。

『子』が女性の名前に使われるようになったので『子』が男を表すというのを奇異に思うかもしれないが、王様の男の子供は『王子』で王様の女の子供は『王女』と言うでしょ?

つまり『彦という男がいた』の対になる語は『姫という女がいた』になるのだが後者なら違和感を感じてもらえるだろうか。


夏彦改め秋彦でもいいのかもしれないがそれなら秋彦橋じゃないと筋が通らない。

なので、俺としては彦星という選択肢を採ることにした。

これは結果論でいえば無駄な努力だった。


そして星空の整合性を考えて思いついたのが『夏の大三角が使えないなら冬の大三角を使えばいいじゃない』だった。


現代ではシリウス(おおいぬ座)・プロキオン(こいぬ座)・ベテルギウス(オリオン座)は冬の大三角とも呼ばれるが、ここでは秋の大三角なので季節的には問題はないので、このアステリズムをモチーフに据える事とした。


夏の大三角ほど明確に見えないのでマイナーかもしれないが、実はプロキオンとシリウスの間、プロキオンとベテルギウスの間には天の川が存在している。

冬の大六角形(ダイヤモンド)――ここでは秋の大六角形――であるシリウス・プロキオン・ポルックス(ふたご座)・カペラ(ぎょしゃ座)・アルデバラン(おうし座)・リゲル(オリオン座)のカペラ近辺からシリウスとプロキオンの中間を結ぶラインに天の川はある。

そして天の川があるなら烏鵲橋もだせる。


それと冬の大三角(ここでは秋の大三角)をモチーフにするならあの辺りの星空で目立つ『オリオンのベルト(オリオン座の三ツ星)』もあるので、それも加えた方がいいなと思って膨らませていって、俺が捏造した七夕伝説の大筋は以下のようになった。


――――


働き者の彦星が川で芋を洗おうとしたら対岸で織姫が友禅流しをしていた。

彦星は芋の泥が布に付くのを嫌い下流に移動したが、織姫も芋に染料や糊が付くと思って彦星より下流に移動した。

互いを気遣いあった二人はお互いに声を掛けあった。(古典的表現)

彦星は織姫に贈る五穀を持って川辺にやってきたが、その日の川は乳のように真っ白な水が溢れんばかりに増水していて渡る事ができなかった。

仕方が無いので投げ渡すことにして豆を投げたところ、カササギの群れが現れて豆を全て食べてしまった。

カササギはお詫びに水面近くに羽根を並べて橋を架け、彦星はその橋を渡って織姫のもとにたどり着き、二人は夫婦になり仲睦まじく暮らした。


カササギのお腹や羽根の先が白いのは彦星が乗ったときに沈んで川の水に浸かったためで、肩の羽根が白いのは飛沫が掛かったから。

白黒の柄になったカササギは西に飛んでいった。


神様は互いに気遣い合い愛し合う織姫と彦星の姿と自らの誤りを償ったカササギの姿を星にして二人とカササギを星空に残した。


天空に一際輝く星が織姫

織姫から天の川を挟んで輝く星が彦星

織姫の上に三つ連なる星が彦星の投げた豆

それを挟んで輝く二つの星がカササギ


――――


この案をたたき台として皆でブラッシュアップして生まれたのが『織姫豊彦』という物語のプロット。


彦星が豊彦に改名されているが、これはブラッシュアップの過程で『織姫』が『()物の()』であるのに、それと対になるのが『彦星』では釣り合いがとれないので、何らかの意味を込めて『何たら彦』にしようとなったのが発端。


原案が芋を洗っていて五穀を贈り物にしている農耕者設定なのだから『織物の姫』と『農耕の彦』とすれば人間が生きていくのに不可欠な衣食を表す事になっていいじゃないかと話が進んで、農彦とか耕彦とか土彦とか色々候補が挙がったが豊穣をもたらすとして豊彦となった。

そして架橋の暁には彦橋と命名される予定だった橋は豊彦橋と命名される予定に変更された。


他にも変更があって、食べ物を投げるのとカササギが贈り物をインターセプトする(くだり)は駄目出しがでて『橋を架けた対価』に変更された。

後はこのプロットに沿って物語を創っていくのだが、創作担当は俺ではなく辻本さんになった。

どんな仕上がりになるか楽しみにしている。


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