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文明の濫觴  作者: 烏木
第9章 濡れぬ先の傘
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第7話 殖産興業案(2)

ミヌエとコクダイとハクバルの三集落は正直思い付かない。

正しくは成功確率が高い独自の産業案がない。


鉱物資源でいえば三集落とも明礬石が採れる可能性があり、佐智恵の鉱物コレクションの中の明礬石は丹波市山南町岡本で採取された物だったそうで、地形などから見るにコクダイの位置に非常に似ているからコクダイで明礬石が採掘できる確率はそれなりにあるとは思っている。

しかし、見つからない事も想定してセカンドプランも立てておかなくてはならないのだが、良いセカンドプランが思い付かない。


一応、ミヌエは氷上回廊の北方の集落群との窓口として流通業というのはありかもしれない。

「美浦(加古川河口)‐滝野‐ミヌエ‐(福知山)‐由良川下流域(宮津・舞鶴)」という氷上回廊の幹線化ができれば交易や宿泊の場としての地位を占めることもできるかもしれない。

しかし、氷上回廊が日本海側と瀬戸内海側を結ぶ幹線ルートに向くのかと言われると疑問が残る。

敦賀や小浜といった若狭湾から山越えして琵琶湖経由でとか小浜と京を結ぶ鯖街道の方が接続は良い。

それに交易規模が小さいと流通業は産業として成立しない。

流通業は人類の大きな武器ではあるが、流通業が成立する社会基盤を作る方が優先されるのは致し方ない。


他にもしっくりこないがセカンドプラン案はある。

三集落とも冬期に積雪があるので雪晒しが可能ではないかと考えている。


雪晒しというのは冬の晴れた日に雪の上に布などを晒して脱色するというもの。

スキー場で日焼け(雪焼け)するから分かると思うが、雪は反射率が高いので直射日光と雪面の反射光が合わさって紫外線の量が多くなる。

その紫外線によって色素が破壊されて結果として漂白されるのではないかと思われる。

雪から立ち上る水蒸気が紫外線で酸素と水素に分離して酸素がオゾンになって云々という話を聞いた事があるが正直なところ眉唾だと思う。


雪晒しをするものとして越後上布が有名だが、他にも竹細工などを晒すこともあるし和紙の原料の(こうぞ)を雪晒しして脱色してから紙漉きしているところもある。

積雪さえあればできるわけでは無いし、雪晒しする物も必要だからあれだけどできる可能性は高い。

そうなると和紙の原料の(こうぞ)とか麻布の原料の苧麻(ちょま・からむし)の栽培も必要になるだろうけど……


それ以外となると石工や木工の類や農業生産に邁進するといった「どこでもできる」ものになる。

こういう汎用的な産業もありっちゃありだが、石工は良い石材が採れるあたりの方が、木工は良質の材木が採れる地域の方が良い。

それとコクダイは平野部が狭いとか氾濫確率が高いといったマイナス要素があるので主要産業に据えるのは怖い。

どうも“これ!”という決め手が無いんだよね。


ただ、石工というか石臼はどこかに担ってもらいたいとは思っている。

石臼は主に小麦、蕎麦、米、大豆、茶葉といったものを粉にする道具で、特に小麦については粉にしないと食べ物にならないから製粉技術と小麦の食用には関係がある。

なぜ粉にしないと食べられないかというと小麦の外皮は硬いので主な可食部である胚乳を調理するのが難しいし食べても上手く消化・吸収ができないからで、他の穀物は外皮部の方が胚乳部より柔らかいので摩擦や衝撃で外皮が剥がれ落ちるのだが、小麦は逆に胚乳の方が柔らかいので外皮を取り除こうとすると胚乳が粉砕されてしまう。

つまり原形をとどめた小麦というのはその状態だと食べられない小麦(押し麦などの原形がある麦は大麦)で、食べられるようにしようとすると結果として粉になる。


石臼というそれまでに比べて効率的に製粉できる道具の普及と食用としての小麦の普及は一致している。

日本では米などの製粉しなくても食べられる作物が主流だったので石臼が庶民にまで普及したのはかなり遅くて江戸時代だといわれている。

だから小麦製品は贅沢品で“うどん”や“すいとん”といった()()な料理を食べられたのは貴族や豪族などの富裕層だけという時代が長く続いていた。

そう思うと武田信玄の陣中食の“ほうとう”って戦意高揚のための贅沢な食事だった可能性もある。


石臼は食品以外にも顔料とか鉱物とかを粉にするのにも使われていたし普及させるのは悪くないと思う。

石臼自体は新石器時代からあるらしいので鋼鉄製の道具がなくても作れる筈だが、コヤスケや両刃叩きやビシャンや斫り鑿(はつりのみ)といった石工道具があった方が断然作りやすい。


最後のホムハルについては食糧生産を強化しておきたい。

以前訪問した際に思ったけど、高台の南端で比較的水量のある支流が合流しているので上手くすれば水田も可能だと思う。


それと、西の山を越えたあたりには鉄鉱石が採れた筈。

昔は鍛冶屋が多くあって鍛冶屋線という鉄道も通っていた。

何なら鉱山近辺にホムハルから何世帯か出してという手もあろう。


あとは、糸にできるぐらい天蚕が生息しているなら養蚕もありかな?

養蚕に使う桑は中国原産の移入種だからここらにあるとは思わないけど、非常用の代替品である山桑はあっても不思議じゃない。

奈緒美の手透き時間を見計らって探してみるのも良いかもしれない。



食糧生産と産業の両方、それも可能なら複数ずつという多角経営的な殖産興業策にしているのは理由がある。


平成の世では『選択と集中』という言葉が跋扈しているが、個人的にはあれは『分の悪い博打』か『常軌を逸した馬鹿の妄言』だと思っている。

収益性が一番良いものに注力して他を切り捨てるというのは一見分かり易いし『副業を止めて本業に邁進する』というのも『これ一本で頑張ってます』という美談や成功譚との相性も良い。

しかし、美談や成功譚になるというのは稀有な例だからなので、一つの成功例っぽい物の影にどれだけの破綻例があることか。

選択して集中した分野が失敗したら取り返しがつかない。


多角化を止めると相乗効果(シナジー効果)が失われるというのはあるが、俺はそもそもシナジー効果を低評価というか疑問視しているので省くが、俺には『選択と集中』というのはリスクマネジメントの放棄にしか見えない。


投資の格言に『卵を一つの篭に盛るな』というものがある。

全部の卵を一つの篭に入れているとその篭を落としたときに全滅するので、卵は複数の篭に分けて入れておけ、つまりは『資源を集中させず、分散・多角化せよ』という事に他ならない。

人間は遥か未来まで見通せないのだから一点張りはリスクが大き過ぎる。


仮に短期的には成功したように見えても落とし穴があるなんて事も多い。

フィリピンのネグロス島はかつては「砂糖の島」と言われるぐらいサトウキビ栽培一色だった。

砂糖の価格が高かった当時は一番収益が良い砂糖に特化する選択と集中が成功していたと言えなくもない。


しかし、砂糖の国際相場が暴落するとサトウキビ農園は立ち行かなくなり廃業が相次ぎ、街には失業者が溢れ餓死者も大量に発生した。

そして政情不安から内乱状態に移行し、ネグロス島は反政府ゲリラやら富裕地主の私兵やらが跳梁跋扈する修羅の島と化した。

ネグロス島の砂糖危機は一九八五年(つくば科学万博とか親父世代以上の阪神ファンが語り草にしているバックスクリーン三連発の年)の砂糖の国際相場の暴落が引き金なのだが、国際社会はこれを止めることはできなかったし、三十年以上たっても立ち直ったとは言い難い状況にある。


これは農作物だけの話ではなく他の産業でも一緒で、唯一に近い産業が資源の枯渇や需要の減少で立ち行かなくなった地域は枚挙に暇がない。

産業の多様化や産業転換する余力を維持するのは大事なので、それを捨て去る『選択と集中』は破滅への一本道に思える。

更に言えば選択と集中を大学や研究――特に基礎研究――に適用しようとするのは『当たりの宝くじだけ買えばウハウハじゃん』と同レベルの知的水準にしか思えない。


一つに絞って注力した方が手っ取り早いのかもしれないが、俺らはそんな博打のような事はしたくないので時間が掛かってもできるだけ複数の手段を平行的に進めたいと思っている。

現代では斜陽になっているかもしれないが、少なくとも何百年単位で継続していた産業を目指しているのも寿命の短い産業の一発屋は御免だと思っているから。



「取り敢えずは現状の候補を念頭に置きつつも機に臨み変に応じるしかないだろう。義教、できるだけバックアップはするから良しなに頼む」


ですよねぇ……知ってた。


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