第6話 殖産興業案(1)
「という訳で、殖産興業を前倒ししないといけないかもしれない」
「あの眼は怖かったっす」
滝野交換市の報告をしたのだが、美浦の訪問を望む声が高かった。
「そういう事情なら義教を責められんが、正直、食糧生産が軌道に乗ってからにしたかった」
「俺もそうしたかった」
人間は食わないと死ぬから食糧は大事で、食糧が行渡ってから産業を興して交換を促進して生活水準の向上をという計画だった。
それを食糧は現状のまま殖産興業となるとどっちつかずで失敗することもありうる。
まあ、殖産興業は失敗してもいいけど食糧生産は失敗したくない。
それと産業については全部一緒だと交換が成立しないので別々にしないと効果が出難いから個々に検討しないといけない。
これまでのところ、皆の知恵も借りて各集落の殖産興業案を検討したが、これでどうだろうと思える産業が思い浮かぶ集落と全然思い浮かばない集落がでてくる。
古くから現代まで続いている農林業以外の産業があるならそれを当て嵌めればいいのだが、たいていは現代でも「主要産業は農林業です」というところが山ほどある。
これでいけるんじゃないかと思ったのはサキハル群、ミツモコ、コロワケ、それとちょっと不安はあるがワバルの四つ。
サキハル群はサキハルとヒノサキとフマサキの三集落の事。
他の集落は個別だけど、この三つは一つの集落群として扱った方がいいように思う。
なぜかと言うとこの三集落はサキハルを中核とした繋がりがあって滝野にも纏まって行き来しているし日常的に交流もあると聞いている。
思えば集落名も東の原・一つ目の東(一つ目のサキハルの分集落?)・二つ目の東(二つ目のサキハルの分集落?)と関連がありそうな語になっている。
それと、この三集落にはもう一つ特徴があって、それはこの三集落は加古川水系ではなく武庫川水系にあると思われるという事。
分かっている範囲ではあるが、他の集落が基本的には加古川水系の流域近辺にあるが、この三集落は加古川水系の支流の源流を越えて着くそうなので東隣の武庫川水系の流域帯にあると考えられる。
この三集落の殖産興業として考えられるのはフマサキの南にあると思われる温泉だけど、湯治や観光の風習が根付くまでは役に立たない。
しかし希望はあって、陶磁器はどうかと思っている。
日本で中世から現在まで生産が続く代表的な六つの陶磁器の産地を日本六古窯とか単に六古窯と名付けた学者さんがいるが、その六つの産地というのは、愛知県の瀬戸市(瀬戸焼)と常滑市(常滑焼)、福井県の越前町(越前焼、古くは熊谷焼や織田焼(「おだ」ではなく「おた」)と呼ばれていた)、滋賀県の甲賀市(信楽焼)、岡山県の備前市(備前焼)、それと兵庫県の篠山市※(丹波立杭焼)になる。
現代の主要産地の一つである佐賀県の有田町周辺(有田焼とも伊万里焼とも)は近世以降だから古窯には含まれないらしい。
その丹波焼(丹波立杭焼)だが、かつては篠山市を中心に周辺の丹波市、三田市、西脇市あたりでも作られていたのでヒノサキあたりで焼き物に向く土石が採れる可能性が高い。
また、三田市は須恵器に縁のある場所らしく、その話を匠としていたら漆原剛史さんが“古窯の丹波立杭焼が有名だけど、三田市には『三田焼』というそのものずばりの名前の焼き物もあるよ”と教えてくれた。青磁が有名なのだとか。
青磁は摂氏一,二〇〇度という高温で焼成するので耐火煉瓦や相応の技術がないと作るのは難しいだろうけど。
丹波焼は千年近い歴史があるってことは千年ぐらいは続けられる産業だと思うし、温泉と合わせれば将来的には『温泉に浸かってお土産に陶磁器を買って帰る』というビジネスモデルも成立するかもしれない。
ミツモコ
ここは石灰岩が採れるのだがそれだけでは弱すぎる。
日本には山一つまるまる石灰岩という山が幾つもあるので、石灰岩は日本で自給できる数少ない鉱物の一つだが、ミツモコ周辺はそういう場所ではないので埋蔵量に過度の期待はできないし、他の地方との交易が始まると脱落すると思われる。
全山が石灰岩だと露天掘りで幾らでも採れるから競争にならない。
鉱物資源としては近く(?)で琥珀や亜炭が採れる鉱山があったと佐智恵が言っていたので亜炭が採れる可能性がある。
褐炭のサンプルを渡して探してもらっているから見付けてくれればある程度目処が立つ。褐炭と石灰岩は固形燃料の原料なのでブリケットマシンを提供してブリケットを作ってもらうのも手かと考えている。
石灰岩の炭酸カルシウムのままより煆焼して酸化カルシウムにしたり生石灰を水と反応させて水酸化カルシウムにしてからの方が脱硫効率は良いが炭カルでも脱硫できないことはない。
熱源はたいていの産業で必要になるから有ると無いとでは全然違ってくる。
ただ、炭鉱を見つけられなかったら成り立たないので考えた案は金物の町。
場所的には三木市のあたりになるのだが、三木市周辺は播州三木打刃物が伝統的工芸品に指定されているぐらい古くから金属加工の町であった。
一説には五世紀に渡来人から鍛冶技術が伝わったのが起源と言われているので、もしそうなら一五〇〇年以上の歴史があることになる。三木合戦(三木の干殺し:一五七八年から一五八〇年)の頃には金物の町として成立していたと思われるから、少なくとも五百年近い歴史はある。
三木合戦の戦災からの復興で大工が集まり建設建築の道具が多数作られ発展し現代でも上質の大工道具や左官道具が作られている。俺や匠の道具箱の中には三木で製造されたものもある。
コロワケ
佐智恵によるとロウ石鉱山と銅鉱山が近くにある筈との事。ロウ石は露天掘りだった筈とのことだし、見つかる可能性はかなり高い。
耐火煉瓦の材料のロウ石があるなら、コロワケに耐火煉瓦の製法を転移して耐火煉瓦を製造してもらう。
後は適した土が入手できるなら普通の煉瓦の製造もしてもらえれば色々捗る。
オリノコでも煉瓦生産はするけど、現状では幾ら有っても構わないぐらい美浦では需要がある。橋梁とか道路とか隧道とか……
燃料の問題もあるから軽々には決められないけどミツモコでブリケットが作れるようになるのなら断然ありだと思う。
鉱山のもう一つの銅については、発見できたとしても銅の精錬は色々大変だから時期尚早ではないかという佐智恵のアドバイスがあった。
銅鉱石は基本的に硫化物(硫化物でない銅鉱石もあるが産業的に成立する物のほとんどが硫化物)なので環境対策をしておかないと色々拙い事になりかねない。
日本で有名なのは足尾銅山鉱毒事件だろうが、銅山による公害が古今東西でみられる。
その原因として硫化物以外の銅鉱石の採算性が悪いので硫化物から精製するのだが、副産物というか廃棄物に亜硫酸ガスなどの硫黄酸化物や硫化水素のような毒性が高い物質が発生してしまう。
そして銅の価値が高いことが環境を犠牲にしてでも採掘・精錬してしまう動機になっている。
儲かるなら環境対策にコストをかければいいのにとは思うが、環境対策をする技術がなければコストをかけようがない。
コロワケで環境対策の基盤から構築となるとさすがに無理、というか美浦でもかなり厳しいらしい。
凄く効率が悪い方法なら環境負荷を抑えた精錬ができなくもないが現状ではお勧めしかねると佐智恵が言っていた。
精錬方法を聞いた春馬くんが「雨垂れ石を穿つみたいな方法ですもんね。ウォータージェットでも無いとやってらんない」って言っていたから本当にお勧めしかねる方法のようだ。
それと採算がとれる典型的な銅鉱石の黄銅鉱はかなり地面を掘らないといけないそうだ。
銅の鉱脈は地表に近いところでは黄銅鉱が風化して孔雀石や藍銅鉱といった銅の炭酸塩の形になる事が多いので比較的表層で黄銅鉱が採れる可能性は低いらしい。
だから仮に見つけたとしても現実に採れるのは孔雀石や藍銅鉱と考えた方が良いそうだ。
まあ孔雀石や藍銅鉱は顔料になるので顔料として採取してもらうというのはありかもしれない。
どっちの鉱山も見つけられなかったらの話だが、飼料をどうするのかって問題はあるが、猪の飼育を本格化して豚にするってのはありだと思う。
人為選抜を何十世代と繰り返さないといけないので、仮に家畜化に五十世代かかるなら最短でも百年近くかかる。
ある意味ではとても気が長い計画ではある。
ワバル
いつだったかワバルの産品に著名な生薬である当帰の種子があったことだし薬草園として使えないかと考えている。
美浦より北方にあるし標高も高そうな感じだから多少は涼しいと思われるので、美浦では暑くて育てにくい薬草もワバルなら多少は楽に栽培できそうな気がする。
栽培するだけでなく調合というか製薬まで……ここらは雪月花に技術転移をしてもらう。
他にも調味料や染料など大量に必要なわけではないがあると凄く便利な物を栽培してもらう……どうだろうか。
今でも製薬っぽい事はしているので成功確率はそれなりにあると思っているが、ワバル特産のセカンドプランは思い付いていない。
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物語中の登場人物が転移した当時は篠山市だったのですが、令和への改元日である令和元年五月一日に丹波篠山市に名称変更したので現在は丹波篠山市です。
作中でどちらの表記にするか迷いましたが、登場人物が知っている筈のない事なので作中では篠山市にしました。