第5話 順番がある
滝野交換市が今年も開始される。
そして今回から川合も参加する。
川合の産品は先月刈り取った葦にしたようだ。
葦を刈るのが重労働みたいな事を言っていたので商品にしたのかな?
ご祝儀相場なのか需要があるのかは不明だがそれなりに引き合いがあって一安心。
売れ残ったら美浦で引き取ることも考えていたが、その心配はなくなった。
それと、ハクバルには改めて物品と言葉で牛の御礼をしておいた。
先に訪れた際に贈った美浦製の毛皮や毛皮製品は好評だったようで一安心。
彼らの鞣し技術は総じて低く革よりも皮に近い感じだからちゃんと鞣した毛皮は喜ばれると思ったので贈答品にしたけど正解だったようだ。
美浦製の鹿の子斑の外套を他集落の者に自慢げに見せ付けているのは如何かとも思うが、そこらは見ぬ振りをしておこう。
それはともかく食糧源の配布を目論んでいたサツマイモは十分な関心を引けた。
川合ではまだ畑の開墾が間に合っていないので、元々サツマイモの袋栽培を計画していた。
袋栽培というのは土嚢袋(あと、ここには無いがポリ製の肥料袋や米袋など)に土を入れて植物を栽培する方法で、雛壇みたいなものを使えば面積あたりの栽培量を増やせるし、肥料などの調整も個別でできるので収量も悪くないなど色々とメリットがあるので美浦でも使用している。
もっとも、袋が使い捨てに近いという欠点もある。
現代日本のUV対策された袋なら三年ぐらいは使えるし、そもそも廃棄物である米袋や肥料袋を使うのであれば栽培後に廃棄してもデメリットとは言えないが、ここでは麻布を縫って作っているから幾らでもという訳にはいかない。
そうは言っても日向に置いておけばほとんど手を掛けなくても育つサツマイモの袋栽培(それと奈緒美に騙されて作った苗床箱を転用した木製プランター栽培)なら畑を開墾するより手間が掛からないのは間違いないので採用した。
もっとも、サツマイモについては他の作物に比べると開墾の手間は少なくできるので袋やプランターだけだと心許無いので川合と滝野にサツマイモ畑は作ってもらう。
作ってもらうといっても経験者じゃなけりゃできるわけがないので、例によって“してみせて、言って聞かせて、させてみる”を滝野で行う。
サツマイモ栽培は水捌けが良い土壌の方がいいので盛り土して畝を作ってそこに植える事になる。
基本的には肥料はあまり必要としないというか窒素分が多いと蔓ボケといって葉っぱだけが茂って肝心の芋が育たないなんて事になる。
しかし、サツマイモは根が肥大したものなので、根肥えのカリウムがあった方が成績は良くなる傾向があるので、カリ分として草木灰(竃の灰)を混ぜ込む。
植え付け前に肥料を施す元肥のばあい、直ぐに植え付けるのは良く無い事が多く、草木灰のばあいは二十日間ほどたってから植え付けるのが定石。
だから今回は植え付けはせず、植え付けは次回の予定。
まあ、そんな感じで作業してたら好奇心を刺激された一人や二人は寄ってく……はい、皆さん興味津々ですね。
では、サツマイモの試食を始めましょう。
まずは干し芋をご賞味ください。
その間に蒸かし芋ができあがるかと。
煮ても焼いても炒めても蒸しても揚げても食べられます。ただ生食はご遠慮ください。
気に入ったなら畝作りをやってみてください。
そんなに難しくはないでしょ?
できましたか?
なら今回帰郷したら日当たりの良い場所にあれぐらい作っておいてくださいね。
灰が無いなら無理しなくていいですからね。
植え方と苗のお渡しは次回です。
お楽しみに。
◇
これで終われれば良かったんだけど、そうは問屋が卸さなかった。
ハクバルのが美浦製の外套を見せびらかすから“うちにも来て”という空気が醸成されてしまった。
昨冬に美浦がハクバルを訪れたのは牛かどうかの確認と牛だったばあいは可能なら馴致なのだが、美浦が訪問を決意した大きな要因は川合にいるハクバル出身者の証言なので、美浦訪問団を誘致したともとれる。
そのため、他の集落出身の川合のメンバーは、出身集落から誘致するよう発破をかけられているし、川合に伝がない集落がそわそわしている。
気持ちは分からなくもないけど待って欲しい。
何れは各集落を訪問するつもりではあるが、同じ訪問するのであれば、できれば双方にとって有意義なものにしたい。
結果として骨折り損の草臥れ儲けで終わってもいいのだが、それでも端っから挨拶だけで終わる計画は立てられない。
現在、美浦では各集落の殖産興業を検討しているが、殖産興業には順序があると思っている。
“服を買いに行く服が無い”じゃないが、前提となるものが無いと実現が困難だったり難度が跳ね上がる事も多いし、中には相互に前提となっている事もある。
例えば、窯炉を作るには耐火煉瓦がいるが、耐火煉瓦を作るには耐火煉瓦の焼成窯つまり窯炉がいるといった感じ。
この辺りは『最初の一つ』を作るのにとても苦労する部分でもあって、先の例だと美浦では最初の耐火煉瓦を得るのに(廃材は再利用したけど)使い捨ての炉を組むなど酷く非効率な手段も駆使していた。鋼鉄製の道具があったので何とかなった面もあって、これが道具から作るなら挫折したかもしれない。
まあ、その『最初の第一歩』を美浦が後押しして殖産興業ができればいいなぁ……と思っている。
各集落に対して殖産興業する事は美浦にも利益がある。
一つは、全ての物品を自作しなくて済むようになるので、浮いた美浦の生産力を他の物品に振り分けることができる事。
集落群トータルでの生産規模・経済規模が大きくなるし、美浦ではより高度な物品や嗜好品の生産ができるようになるので生活レベルの向上が見込める。
もう一つは、各集落の近辺の資源を利用できるようになる事。
美浦近辺というか縄張り(?)内には無いが有用な資源は幾らでもある。
例えばハクバル、コクダイ、ミヌエあたりでは明礬石が産出する可能性がある。
明礬石はミョウバンの原料にできる事もあるので明礬石が得られればミョウバンを入手できるかもしれない。
俺はミョウバンの用途としては革鞣し、茄子の漬物、水澄まし、防臭殺菌あたりなんだけど、染色世界ではアルミ媒染のアルミニウム源としてよく使われるそうだ。
静江さんが喜びそうだからできれば見つかって欲しいものだ。
メリットは他にもあるだろうけどこの二点だけでもやる価値はあると思っている。
しかし、どの順番で産業を立ち上げるのかという問題もあって、例えば集落Aの産品を作るには集落Bの産品がないと辛いなら集落Bから始めないといけない。
美浦ではそのあたりも含めて詰めている最中だから直ぐには無理。
何れはやらねばと考えていた事でも美浦の準備が整う前に誘致合戦になるのは困る。
それと榊原くんが若干怯えているからキラキラした眼で見詰めちゃいや。
次回は鉱物のサンプルを持って来るからそれを見つけたら考えるから。
それとサツマイモ畑ができてないところには苗蔓はあげないから。




