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文明の濫觴  作者: 烏木
第8章 紡ぎ織る
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第28話 例会の準備とか

嵐のような大潮騒動はなんとか切り抜けた。


あそこまで混乱したのは、恵さん(お母さん)奈菜さん(ママさん)が臨月間近で、念のために静江さんにはお二人の傍にいてもらっているという調理班の主力を欠いた状態だったところに、これまでの超大漁(スーパー)大潮を超える漁獲があった超々大漁(ウルトラ)大潮だった事が原因。


二日目からは漁獲班も手加減してくれたようで、安藤ちゃんは子供達を簾立に誘って潮干狩りの戦力ダウンを謀ってくれたし、磯班も一部は自分達で牡蠣打ちして貝殻と身を分けてから持ってくるとか交代で調理班への応援も出してくれた。

応援の人達は調理技術かスピードに難があったので魚粉(フィッシュミール)と魚油の製造に振り分けたけど、

他にも製塩班は海水の汲み上げを後回しにしてまで製塩所で鹹水を煮沸して塩漬液の供給をしてくれた。


将司の立てたフラグのとおり、簾立はフィナーレを飾るかの如くの漁獲で、四日間合計でトン単位の魚を魚粉にし、採れた魚油は数十リットルに達している。

併産物の大量の栄養液(魚油を分離した際の水溶液部分)を引き受ける破目になった佐智恵が頭を抱えているけどすまんが頑張ってくれ。


保存食作りも全部が終わったわけではなく、出端屋敷は魚粉乾燥倉庫と化しているし、旭広場や瑞穂会館の前庭には大量の干物が干されているし、燻製小屋(モクモク)では美野里が日夜鯖節や燻製を作り続けている。美野里は漁獲者を煽ったんだから自業自得と思っている。

ただ、もう住人総動員という事はなくなっている。


そして俺は今年最後の例会の準備と三箇月半ぶりの学校に精を出す。


今年最後の例会なので、昨年同様『米俵運び』を行う。

今年はムィウェカパを主催したんだし無くてもいいじゃないかという考えもあるが、安全保障・厚生・米の布教などを理由に続ける事となった。


それで、賞品の米をどれだけ用意するかだが、四トン持っていくことを具申した。

去年の『米俵運び』では三トン用意して二トンぐらいお持ち帰りいただいたのだが、対策を立ててくる筈なので去年と同量だと厳しくなる公算が高い。


お持ち帰りが五割り増しになると三トン。一俵半(九〇キログラム)と一俵(六〇キログラム)が半々で全員完歩なら三トンだから大狂いはないと思う。

この線で考えて四トン持っていって余った米はそのまま川合への開拓援助にすればいいというのが四トンの根拠。


「そんな量で大丈夫か? 絶対トレーニングしてくるぞ」

「それは織り込んでいる。幾ら何でも二倍にはならんだろう」

「……白石さん、去年幾ら供出しましたっけ?」

「準備したのは三トンで、供出したのは二トン弱です」

「美浦の食糧と醸造用と備蓄を除いたら幾ら出せます?」

「七トンですね。これにはキャンプ場、オリノコ、川合の分も含みます」


今日はこの議題だから事前にチェックしていたのか食糧番の白石さんはスラスラ答える。


「あっ、そうそう、オリノコは今年は支援要らないみたいだよ? 要らないどころか『米俵運び』に二俵ほど供出したいって言ってるんだって。こないだ行ったときに黒岩夫婦(いわっちーズ)がそういってた」

「奈緒美、そういう事は直ぐに情報共有しろ」

「ごめんごめん」

「……それじゃあオリノコを除いて川合の分が一.五トンで、キャンプ場が〇.五トンだから……五トンまでは供出可能という事か」

「一年以内に供出先が増えないという条件が必要ですけど」

「……義教、川合に定住できるようになるのはいつ頃になる?」

「全体となると……早くて春」

「とりあえず今冬は滝野在住だな。それなら川合分の一部も含めて六トンぐらい持って行け。二俵背負う奴が出てくるから二俵掛ける四〇人で五トン弱。最悪に備えよ」


こうして持っていくのは六〇キログラムの俵を八〇俵、三〇キログラムの半俵を四〇俵の六トンと、更に予備として一五キログラムの四半俵を四〇俵という事となった。


「文昭、大量の干物と燻製も持っていくから三往復ぐらい追加になるけど燃料大丈夫か?」

「魚油の補充があったから余裕」


魚油を食用にするには安全面や食味の関係で更に精製しないといけないけど、外燃機関の燃料ならそのまま使えるから全部燃料として使うことになっている。


■■■


長い夏休みがあったのだが、美浦では心配された学習の遅れは無かった。

遅れは無かったのだが、実はそれ自体が問題だった。

考えてみて欲しいのだが、十一月ということは通常なら二学期も半ばを過ぎているのだが、これで遅れていないということがどういう事なのか。


美浦では児童が三人しかいないので、学習指導要領のスケジュールには拘らず、各自の理解度に応じて進めていた。

そして夏休み明けに向けて進捗チェックをしたら、少なくとも小学校二年生の二学期の終わりぐらいまで進んでいて、遅れるどころか進み過ぎでした。

これ、一番遅れている国語での話。

生活(理科と社会)のうち、社会の分野についてはここでは意味が無いものはオミットしているけど、それを織り込んだとしても早い。

進んでいる算数や生活だと四年生や五年生レベルの物も散見される。


例えば、匠が直角を出すのに使う三四五(さしご)をみて図形の合同と相似という五年生から中学校ぐらいに習うものを見出してるんだもの。

そんなの見せられたら“こことあそこ、どっちが広い?”とか“地上絵描いてみる?”とか“必殺! 三平方の定理(ピタゴラスの定理)!”とかやってしまうのは仕方ないよね?


俺は児童生徒が興味を持ったらちょっと先にキラキラを置いていくタイプ。

そういう部分は全部手作りで手間はかかるけど、子供の好奇心の芽を(はぐく)むのに比べたら何も問題はない。


……とりあえず、三年生と四年生の教科書作りを急ごう。

そうすれば国語で時間稼ぎができるし生活が理科と社会に分かれて分量も増えるから……理科や算数・数学はあっちゅうまにぶち抜かれる未来が見えるが、そうなったらそうなったで自然科学沼に引き摺り込んでやる。


自然科学沼は物理沼・化学沼・生物学沼・地学沼・天文学沼などがあって、それぞれの中にも沢山の沼がある。

そしてどの沼も奈落の底よりも深い。

何せ、これまで何千年に渡り何千何万人もの天才が挑み続けてきたにも関わらず一人として沼の底に到達していないのだから。


そうそう、天文については元の知識がある人間の方が混乱している。

星座の形が大きく変わっているわけではないが、季節や見える角度(高さ)が全然違う。

例えば、現代では北極星として有名でラテン語で極を意味するポラリスと名付けられているこぐま座α星はここでは北極星ではないので観測地点の北緯の角度にはいないとか、夏の大三角はここでは春の大三角とか。


地軸が回転運動しているために生じる歳差という物があって、地球からみた太陽と恒星の角度が同じになる時刻は一年で二〇分ぐらい遅くなる。正確には一年あたり二〇分ぐらい遅くなっている事が観測されていてそれを歳差という。その歳差の原因が地軸が回転しているから。


一年で二〇分ぐらいなので一日遅くなるのに七〇年ぐらいかかるから人間の一生のうちでは特定の星がみえる時季が変わるとは思えないぐらいの変化だが、塵も積もればで二十一世紀初頭とこことでは三箇月以上の隔たりがある。


だから元の知識があると、その知識と現実の星空との間に不整合が起きて混乱してしまう。

特に見える星で季節を計っていた親父殿や奈緒美の混乱具合は中々酷かった。


将司は上手く補正に成功したみたいだが俺はまだ怪しい。

たぶん、教科書などで二十一世紀の星空とここの星空を行ったり来たりしているから偶にごっちゃになるのが原因だと思う。


その点では満天の星空を見上げて“星が綺麗!”で済む人の方が幸せかもしれない。


■■■


大潮騒動以降広場を占拠して干していた大量の魚達だが、実は四六時中干しているわけではなく、日中には干していなかったりする。

お日様がやや傾きだしてから広場に干して翌朝のまだ日が高くなる前に取り込むという工程を採っている。


その理由は、天日干しの方が美味しいから。

天日干ししない理由が天日干しの方が美味しいというのは訳が分からないかもしれないが、美浦で作っているのは保存食としての干物であって、要冷蔵の生鮮食品に近い干物ではないからそうなる。


天日干しの方が機械乾燥に比べて身がソフトでジューシーで美味しいとの評価もあるが、これは表面は乾いても中が乾いていないという事でもあるので、直ぐ食べるならともかく保存食としては厳しい。


ここでは数箇月単位以上の期間を常温保存できるか否かはとっても大事。

乾物と干物はどちらも『かんぶつ』とも読めるが、干物は『ひもの』と読むのが一般的だと思う。

この乾物と干物の違いだが、元々の定義でいえば昆布や海苔や切り干し大根などの植物性の乾燥品が乾物で、動物性の特に魚類の乾燥品が干物。

ただ現代の捉え方だと、常温保存できるまで水分を抜いているのが乾物で、食味向上などを目的に適度に水分を抜いているけど常温保存はできない物が干物という感もある。


個人的には前者はしっくりくるけど後者はしっくりこない。

何がしっくりこないのか分からない諸兄には『常温保存できるフリーズドライを乾物と呼ぶのか?』という問いを発しよう。


まあ、しっくりこない方の捉え方だと美浦で作っているのは乾物であって干物ではないという事。


その干物だが、一人で今日も夕方から干す分ともう干さなくていい分を仕分けをしている。

当初は数人掛かりで選別をしていたのだが、芯まで乾燥がすすんで長期保存できる物が多くなっていてだいぶ数が減った。

それと干し始めのころは大車輪で処理していたから魚種や大きさや製法といった種類がごちゃまぜになっている干し網も多かったが日々整理することでそれも解消されているから一人で十分な作業量に落ち着いた。


そろそろ今日の選別作業も終わろうかというときに有栖ちゃんがやってきた。


「ノーちゃ、ノーちゃ、エイヒレ!」

「そうだね。美味しくなるといいね」

「……まだ美味しくない?」

「うん。もうちょっと乾かさないと美味しくならない」

「そっか……残念」

「つまみ食いは駄目だぞ」

「……そ、そんなことしないよ」

「そうか。じゃあ、有栖ちゃんにはこの干し蛸がちゃんとできているか味見をお願いしようかな?」

「わーい! ノーちゃ、好き」


まだ有栖ちゃんの乾き物ブームは終わっていない模様。


「それ、なに?」

「これ? これは滝野に持っていく分を入れる箱」

「たきの?」

「お船で行くとこ」

「……ここに絵がある人がいる?」

「そう。ノリちゃんはまた滝野に行くから纏めてるんだよ」

「サッちゃは? ミユちゃは?」

「サッちゃんと美結ちゃんは行かないよ。お留守番」

「じゃあ、有栖もお留守番」

「うん。お留守番よろしくね」

「ん」

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― 新着の感想 ―
[一言]  魚油は灯明用かと思ってましたが、動力用でしたか。 天日干し、魚醤干しとかみりん干しとか始めるには手数が足りなさそうですね。  学習進捗・・・図書館があったら・・・kin○leに余裕は・・・…
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