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文明の濫觴  作者: 烏木
第8章 紡ぎ織る
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第25話 遷都計画? ……2

「下水処理ですか? 浄化槽や終末処理場と同じく嫌気処理と好気処理をした上で殺菌して川に放流していますが……それが何か?」

「キャンプ場の浄化槽の出口から側溝に酷い臭いの水が流れ出ていて」

「えっ? 浄化槽? えっ?」


なんでそんなの使ってるの? っていうか使えたの? 配管が生きてたから浄化槽まで流れたって事?


しかし定期的に点検整備してないと浄化槽は死んじゃうけど……ああ機能喪失したから酷い臭いの汚水が垂れ流しになってるのか。

たぶん、屎尿処理施設でよく発生するアンモニア、メチルメルカプタン、硫化水素、硫化メチル、二硫化メチルなどの悪臭物質が溜りに溜まって水と一緒にでてきているんだろうな。


浄化槽は種類にもよるが三箇月から四箇月に一回浄化槽管理士に点検を受けて必要な調整や薬剤補充をしてもらい、年に一回(種類によっては半年に一回)沈殿物(汚泥)浮遊物(スカム)(主には油分)の汲み取りをして初めて健全に浄化し続けることができる。

この期間は法定期間なので実害がでるまでには多少の猶予はあるが、それでも最短で四年半、最長だと五年半以上点検整備も汲み取りもされていないというのは長すぎる。


電源を喪失してるのでエアポンプは動いていないだろうから好気処理もできていない筈だから生物化学的酸素要求量(BOD)除去率は良くて五割ぐらいだろうし、溜まり続ける汚泥やスカムは汲み取られていないだろうからどこかが閉塞しても不思議じゃない。

……こっ怖い。


「トイレは流しさえすれば使えたので、便器の貯水タンクに湧き水を誘導して使ってます。あれ? どうかなされましたか?」


絶句してるだけ。五言や七言じゃない方の絶句。

目に見える場所からなくなってくれれば後は誰かがなんとかしてくれるとでも思っているの?


「ええっと……それもう浄化槽としての機能は有していないですね。もしかすると垂れ流しの方が何倍もマシという状況かもしれません。下手すると有毒ガスがトイレや排水口から漏出するかも」


五年近く練成された汚水から水に溶け切れなくなった硫化水素が配管を通って逆流する事は十分有り得ると思う。


「えっ?! どっ、どうしたらいいんでしょうか」

「どうしたもこうしたも……再生を試みるとすると、まずは浄化槽の清掃からですが清掃作業自体が危険です。中は酸欠状態でしょうし、硫化水素などの有毒ガスも充満している筈です。不用意に蓋を開けたら死亡という事も考えられます」

「蓋開けたら死ぬって大袈裟じゃないですか?」

「大袈裟じゃないですよ。下水工事で作業員が酸欠や硫化水素中毒で死亡ってニュース聞いた事ありません?」

「聞いた事はあるけど」

「普通はそういう危険がある場所ではガス濃度を測りながら作業するんですが、予想外の場所で発生していたり、突然噴出したり、いきなりガス濃度が変化することもあってそういう事故が起きるんです。逃げたり助けを呼んだりできなかったのかって思うかもしれませんが、酸素濃度が一〇パーセント以下の空気を一息でも吸うと数秒で人間は動けなくなりますし、一定以上の濃度の硫化水素ガスを吸い込んだら呼吸中枢が麻痺してしまいます。逃げたり助けを呼ぶ(いとま)もなく落ちます」

「数秒ですか? 普通それぐらい息できなくても動けると思うんですが」

「酸素濃度が低い空気って人体から酸素を奪うんです。変声を出すのにヘリウムガスを吸ったら昏倒して後遺障害とか聞いた事ないですか?」

「ああ、なんかアイドルが収録中にとかあった」

「低酸素の空気を吸ったら声すら出せずにバタンというのは本当です。傍からは突然倒れたようにしか見えないので、助けようと慌てて近寄ったらその人も何もできずにバタンです。そういう状況だと酸素ボンベを背負って防護服を身に着けた消防隊に縋るぐらいしか手がないのですが……」

「一一九番には繋がらない」

「です。それに救助できても酸素欠乏症で重度障害が残ることもありますし、昏倒したときに打ち所が悪くて……という事も。だからそれなりに準備してからじゃないと危険なんです」

「それなりの準備とは」

「酸素ボンベや防護服があると思います?」

「思いません」

「それと、何とか清掃できたとしても、それで浄化槽が生き返るわけではないのが救われないところでして……」


浄化槽は微生物の力を利用して汚水を浄化しているのだが、浄化に寄与する微生物は非常に繊細なのでこの状況だと生存が期待できない。中でも好気性の微生物はエアレーションされてないので特に厳しい。

だから、浄化槽として再生させるには有用微生物群を再建しないといけない。


「それじゃあ放置?」

「それはそれで怖いですけど、汲み取りした汚泥やスカムをどうするかも考えないといけないですし……直ぐに良案は思い浮かばないですね。移住するならその辺りは最初からちゃんとやっておくほうがいいです」

「そっちは何とかなる?」

「そっちというのは?」

「移住先でちゃんとやる方法」

「そちらも直ぐには無理です」


溜め込むから処理が大変という面もあるから川下三尺(かわしもさんじゃく)でも凌げる気もするが、できれば終末処理場、そうでなくても浄化槽程度の設備があるに越したことはない。


そうなんだけど、美浦やオリノコに終末処理場を造った際は下水管として(漆原)剛史さんに土管の量産をしてもらったのをはじめ全体で取り組んだ成果だから軽々に返事はできない。


■■■


「つまり、食糧が不足気味。そして下水処理が飛んだと……蓋然性は?」

「高い。北氏と村井氏の食糧に対する話に矛盾や不可解な点はないから少なくとも大筋では事実と思う」

「下水処理は?」

「話を聞く限りでは駄目だろう。排水口から臭気が出てるそうなんで、機能喪失は確定でいいと思う。再生も正直しんどい」


お役御免になっていても得た情報は共有しておく必要があるから報告している。


「食糧不足で思い出したんやが、ノリちゃんは最終的にはあそこで百七十人ぐらい暮らせる生産量になるって出してなかったか? 正直、どないやっておもた覚えあんねん」

「親父殿、親父殿。あれはあくまで水田にできそうな土地が十二町歩ぐらい取れそうだったので、その面積に奈緒美と相談して仮定した反収二〇〇キロを掛けて出した数字です。聞くところによると水田は一町歩に満たないそうなんで、仮定した数値と乖離していて当たり前です」

「ノリちゃん理論だと今いるんが三分の一ぐらいやから四町歩要るちゅうことか」

「ええ。もっとも危険なんであそこに造るのは賛成できませんが」

「ノリちゃんが造るとしたらどこになる?」

「横川沿いか辰川沿いのどこか……横川とか川俣あたりがよさげですかね? 通いで開拓するなら鹿追か上の口のどっちかですが、その二択なら上の口かと」


横川や辰川に流入する川は何本もあるので水の手にはあまり困らない。高低差がきっちりあるので美浦より楽に水の確保ができると思う。

ファースト・エクスプロレーションの二泊目の野営地にした河岸段丘っぽい場所なんてキャンプ場から徒歩一日の近さじゃなかったら開拓地にしていたかもしれないぐらい。海が無いとか平地が狭いといったデメリットはあるが、現状でそれが問題になる事はおそらくない。


「まあ、どこに農地を造るかは彼らの存念次第。それより問題は汚水処理だな。義教、匠、何か案あるか?」

「まあ、新しいところに一から設置するというのは美浦でもオリノコでもやったから技術的にはできる。やるにせよやらないにせよ、それが美浦にどれだけの価値があるのかで決めればいい話」

「下水処理場は何かの度に呼ばれそうだし、浄化槽の造り方を教えて勝手にやってもらう方が良い気がする。ノリ、確か古いタイプの浄化槽に無動力の奴があったよな」

「最初期の浄化槽の腐敗タンク式がそうだけど浄化能力がなぁ」


汚水を溜めて嫌気処理で有機物を分解すると同時に沈殿物(汚泥)浮遊物(スカム)を分離する。

そうやって分離処理した腐水を放流したり地面に浸透させるのが簡易排水処理装置の腐敗槽(セブティック・タンク)だが、その腐水を空気と接触させて好気処理する機構や塩素などで殺菌する機能を取り付けてたものが浄化槽という事もできる。


その好気処理方法だが、通常はエアポンプで汚水中に空気を送り込んで好気処理するのだが、腐敗タンク式浄化槽は傾斜をつけた水路に流すなどの動力がなくても機能する好気処理を行うのが特徴。


しかし、それ以降の浄化槽はエアポンプでエアレーションする方式を採用している事から分かると思うが、腐敗タンク式浄化槽の好気処理能力は十分ではない。


日本では単独処理浄化槽は二〇〇一年四月に新設が禁止されたが、その二十年近く前の一九八〇年に多くの腐敗タンク式浄化槽が構造基準から除外され、残った型も二〇〇〇年に構造基準から削除されている。

一番古い型というのは一番能力が低い型という事でもある。

美浦の下水処理方法の候補にも挙げなかったのには理由がある。


「人口密集地じゃないんだから多少処理能力が劣ってても大丈夫じゃないか? それに日本でもまだ何万基単位で稼動してた筈」

「二十四万基ぐらい稼動していた」

「年単位で溜め込まなきゃ大きな問題ないだろう」


乱暴だけどそうなんだよな。

そんな暮らしは御免だけど、人口密集地じゃなきゃ掘って埋める式でも自然の分解力が勝るから都度々々処理していればなんとかなる。


「まあ匠の言う通り溜め込んだのが問題だとは思う。で、その問題のキャンプ場の方だけど、今あるトイレを使い続けるなら浄化槽をなんとかしないといけないけど、手をつけると強烈な悪臭はデフォとして場合によっては有毒ガスの流出がありうるから数箇月から下手すりゃ半年一年立ち入り禁止だな。バキュームカーがあれば“ちょっとだけ我慢してくれ”でなんとかなる可能性はあるが」

「一式を新設して浄化槽を廃止する……うーん。ノリ、廃止作業の難度は」

「手をつける時点で一緒」

「放置は?」

「メタンとかの可燃性ガスも発生するだろうし、引火や爆発が怖い。あと使わなくなって水量が減ると陥没の恐れもある」

「八方塞」

「だな。結論としては“新しい土地に新規に造るなら条件次第で案はだせる”、“キャンプ場に人が住み続けながら何とかする策はない”でいいか?」

「おけ」

「という感じ」

「仮に長期間空けていいなら何とかできるか? ……いや、いい。分かった」


“長期間無人にしないで安全に実施する方法が無い”は、裏を返せば“長期間無人にしていいなら方策はある”という事。


「ちょっといいですか?」

「白石さん、どうぞ」

「キャンプ場でトイレが使えなくなるというのはキャンプ場で暮らすアドバンテージを大きく損ないますよね? 美浦に移住したいと考えても不思議じゃないというかそう考えるのが自然だと思うんですが、来る者拒まずという訳にもいかないですよね」

「美浦のスタンスを明らかにしておいた方がいいと」

「そう思います」

「……必要性は認めますが、各自熟考が必要でしょうから後日の議題にしましょう。それでよろしいですか」

「ええ、私はそれで結構です」

「では、皆さんも検討しておいてください。あと、義教は彼らが上の口を開拓する場合の素案を検討するように」

「ちょっ!」

「他に何かありますか? では終わります。お疲れ様でした」


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