第19話 若者も辛いよ
九月に入り、若衆の開放期間も半ばを過ぎ、徐々にグループ的な感じが形成されつつある。人間は三人いたら派閥ができるらしいから、そう不思議ではないだろう。
地縁でも血縁でもなく共通の目的のために結成されたわけでもない集団がどんな人間模様を描くのか。そしてそれにはどんな社会的・文化的な背景があるのかを匠が興味深げに観察している。
彼らには『伴侶を得る』という共通の目的があるように見えなくも無いが、ある意味では全員がライバルなので、これをもって共通の目的で結成された集団とは言い難い。
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結成されつつあるグループがどのようなものかと言うと、先ず目に付くのは前回の参加者だった二人。
この二人は誰ともつるまず他者とのやり取りも御座成りで、孤高というか一匹狼というか斜に構えてるというか……表現が難しいが、はっきり言って浮いている。
そして前回のムィウェカパで二人の間に何かあったのか、険悪を通り越して双方が相手を“居ない者”として扱っている。
人食い熊の事や集落での扱いなどで何らかの心的外傷を負っていて人間不信に陥っていたり心因性のコミュニケーション障害を患っていてこうなっているのかも知れない。
二人の内、個人的に不幸だと思うのはヒノサキのカグー氏。
彼は火起こし名人のようで、初日に錐揉式で五分ぐらいで火を熾してみせた。これ自体は物凄い技術だと思う。
材を選んで適切に加工された火きり棒、火きり板、火口などを持ち込んでいて、彼が火起こしについてかなり研究・研鑽していたのがよく分かる。
しかし、翌日にハロくんが圧気発火器を使って十秒かからず着火してしまった。
研鑽を重ねた技術が道具によって無意味とされるのは辛い。
不貞腐れたくなるのもよく分かる。
分かるけど、腕より道具。
祖父母か曽祖父母世代だとこれをマスターすれば一生食いっぱぐれないと言われていた和文タイプライターのタイピストだが、平成の世では出番は皆無といっても過言ではない。
昭和の終わりか平成の頭あたりまで日本商工会議所や全国商業高等学校協会に和文タイピストの資格があったけど、裏を返せば少なくとも昭和の終盤では社会に必要な技能とは思われていなかったので廃止されたとみていいだろう。
和文タイプライターに止めを刺した日本語ワードプロセッサー専用機もパソコンのワープロソフトの前に膝を屈している。
火起こしに話をもどすと、個人的には回転摩擦式なら弓錐式とか紐錐式の方が楽だと思うし、回転摩擦式ではなく往復摩擦式の方が楽に早く着火できると思う。
もっとも、自分が火起こしするなら回転式だろうが往復式だろうが摩擦式は面倒だから太陽光着火器とかファイヤーピストンを使うけどね。
ファイヤーピストンは東南アジアで広く使われていた着火具だが、いつから使われていたかは分かっていないし周辺技術も見当たらないある意味ではオーパーツ的存在。ただ、知っていれば作る事自体は大して難しくない。
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次がオリノコの三人を中心にした六人グループ。
このグループが今のところ一番成果を出していて、雉、山鳥、雲雀などの鳥を毎日のように獲っているし、先日は鹿を仕留めてきた。
猟の成果が他と違う要因を挙げるとするとチームワークができている事と矢羽の有無だと思う。
矢羽というのは弓矢の矢の後ろ側についている羽根で、こいつは飾りではなく適切に矢羽が取り付けられていると矢の直進性がよくなり軌道が安定して狙ったところに飛びやすい。
矢羽は反りの向きを揃えた三枚で作るのだが、反りの向きを揃えると矢はライフリングされた銃の弾丸と同じく回転しながら飛翔する。
これは昔から知られており、時計回りに回転するのを“はや”(甲矢・早矢・兄矢)と呼び、反時計回りに回転するのを“おとや”(乙矢・弟矢)と呼ぶそうだ。
そして三枚なのも、二枚だと直進性に難があり、四枚だと空気抵抗が大きい事から三枚になっている。
以前のオリノコの矢に矢羽は無かったので、矢羽の作り方と取り付け方を教えて現代の矢とそう変わらない矢を作らせていたので、ラトくん、ハロくん、ラモくんの三人は矢羽付きの矢を使っている。
これに目を付けて教えて欲しいと言ってきたのが三人いた。
ラトくんが彼らに教えていいか聞いてきたので許可は出した。
矢羽のように知っていればちょっとした工夫に過ぎないものでも、何も無いところからそれを発想できて実現するというのは中々できない。
逆に知っていてもそれを作れる環境(資源・温度・湿度・道具・時間・食糧など)がなければ作れない。
そうそう。ラトくんには彼らに膠の作り方も教えるように言っておこう。
接着剤がないと新たに作れないし修理もできないが、現状で作成できる接着剤は漆か膠ぐらい。そして漆に比べれば膠の方が簡単で使い勝手がいい。
膠は不純物が多いゼラチンなので、極論を言えば煮凝りを低温乾燥させればできる。
それと摂氏五〇から六〇度の温水に溶けるので剥離も難しくはない。
でもね、ラトくんラモくんの兄弟は三人のうちの誰がライさんの婿に相応しいかなど小舅根性丸出しの検討をしないように。
気持ちは分からなくもないが、そんなことより自分の事を考えなさい。
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最後は残りの七人。
人数的には(僅差で)最大ではあるが、何をしているかよく見えない。
食事と睡眠はちゃんとしているし毎日元気に出発しているが、七人で行動しているのではなく、その日その日で組む相手が異なるように見える。
ホムハルから様子を見に来たハテさんに聞いたら“だいたいこんな感じ”みたいな事を言っていたので放っておく。
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全体としては、各自がそれぞれ思い思いに動いている。
ある意味では人生がかかっているのだから悪いことではないと思う。
娘衆にどうアピールするかはちゃんと考えてね。
At Your Own Risk.
皆悔いのないように。
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何だかんだしているうちに三々五々各集落から父親たち(だと思う)が娘衆を連れて滝野にやってきた。オリノコからもカケさんに連れられたライさんとアケさんに連れられたマイさんが来ている。
今日の月は上弦の月からちょっと満ちたぐらいだから例会までは七日ぐらいあるのだが娘衆は勢ぞろいしていて、ムィウェカパ本番までの期間は娘衆による若衆の見繕いタイムということになる。
ムィウェカパ自体が何度も出れる物ではないし、カップル成立→ご成婚→お持ち帰りまで一気に進む感じなので、お付き合いしてから結婚するかどうかを決められるという物でもなさそうなので娘衆だって人生が懸かっている。
お見合い番組や婚活パーティーや合コンのように一時間や二時間の交流時間でというわけにはいかない。
一本釣りでのムィウェカパなら初対面同士でその日の内にファーストインプレッションで決めるというのもあるそうなのだが、合同でのムィウェカパだと五日間ぐらいの交流期間があると聞いている。
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到着した娘衆は挨拶にくるので、どこの誰かと氏族記号を記帳していたのだが……ちょっとヤバいことに気が付いた。
それは“同じ氏族記号多過ぎ事案”
今回は実質的には四年ぶりの開催となるので、オリノコからもラのや兄弟妹のように兄弟姉妹での参加がそれなりにある。兄弟姉妹は自動的に三つとも同じになるのでそれは致し方ない。
それだけなら別にいいのだが、一番上(自身(母)の氏族)と真ん中(父の出身氏族)のどちらかに同じ印を持つ者が多く、たいていの参加者は上や真ん中に菱形か渦巻か二重丸の何れかを持っていて、何れも持っていない参加者は男女合わせて八人しかいない。しかも八人の内の五人がオリノコの者。
菱形、渦巻き、二重丸は人気血統か多産で生き残りが多く出た者がいたのか、それともホムハルを中心とした交流群の遺伝的多様性が低下しているのかは不明だが、個人的には多様性低下の可能性が捨てきれない。
人間の個体群がある程度の遺伝的多様性を維持したまま持続しつづけられる有効個体数は、アイスランドの初期入植者が約一万人というところからそれぐらいは必要だと思われる。
縄文時代の人口構成は東高西低なので関東や東北なら交流がある個体群の人口が一万人を超えることは可能かもしれないが、現在分かっている範囲の人口密度を考えるにホムハルを中心とした個体群が一万人を超えているとは思えない。
火星移住のシミュレーションをした科学者によると、理想状態で出産がなされて誰と誰が生殖活動するのかまで注意を払って管理したとして七五~九〇組の夫婦がいれば遺伝的多様性は辛うじて許容範囲に収まるらしい。
俺が知る限りではホムハルを中心にした集落群の世帯数は七〇内外だから理想状態でも何れは遺伝的多様性を失ってしまう。
その多様性低下が顕在化しつつある公算が……
まあ、そういった壮大な話はともかくとして、目下の問題は全員がカップル成立となるのが難しいという事。
本式の“氏族記号が三つとも異なる”を守ると数学的に成立組が最大になるよう計算しても五人ずつが、許容限度の“一番下(母の父の氏族)以外が異なる”まで広げても二人ずつが溢れる事になる。
当人の意思を無視して溢れる人数が最小になるように計算した結果でそれなので、その辺りの誘導も何も無しだと……半分成立すれば良い方?
“ここで駄目だったら他所で”が通用するならいいけど……たぶん無いだろうな。
こういうところでも生存競争的なものに晒されるのか。




