第17話 ホスト
「そういう同期の繋がりも重要なコミュニケーションなんだろう」
「なら仕方ないな」
「紛失して困る物は倉庫に入れて鍵かけて」
若衆を滝野市場に団体宿泊させる是非を諮ると基本的には賛成が多数意見。尤も他に手がない以上は已むを得ないという感がある。
「義教、面倒を掛けるが通しで頼むな」
「ちょっ、前半はともかく九月に入ると学校あんだけど」
駐在は必要なので当初の計画だと八月末で交代だった筈なのに通しってなにさ。それと通しだと俺が既定路線なのはどうなんだ?
「滝野市場に泊めるんだよ、謂わばショートステイのホストファミリー。コミュニケーションどうすんのさ。ノリさんの代わりにヤソくん扱き使う訳にはいかないでしょ?」
「美野里さんの言うとおり。美浦から誰か出すなら東雲さんは必須です。それに学校があるというなら夏休みを瑞穂祭まで延長しては?」
「ユヅの意見に賛成。前から始業式から二、三週で一月半の農繁期休業ってのは疑問だったんだ。専従教諭が難しい以上は七月半ばから十月一杯を休みにした方が良いって」
「いっそさぁ、入学を十一月にしたら?」
「それ良いな。オリノコから呼び寄せて春まで冬季集中講義って感じも」
「漆原さん、楠本さん。保護者として何かありますか?」
「楠本家としては教育してくれているだけで御の字。異存は無い」
「うちも同じく」
「では、そういう事で。義教もそれで良いな?」
だから何で俺を抵抗勢力みたいな扱いにすんだよ。
たぶん、あれこれ政治的な思惑があるんだろうけどさ。
「確認なんだが“今年の瑞穂祭まで学校は休み”と“ムィウェカパ期間の滝野の駐在は俺が中心”の二点は了解した。それと“夏休みは今後とも瑞穂祭まで”というのも含まれるで良いか? ここまでは異論は……まあ無いでいい。だが“学年の開始が十一月”と“冬季合宿的な学校運営”についてまで含むのか?」
「最後は今後の構想案の一つレベル。場所も美浦なのか滝野なのかなど検討の余地はまだまだあると考えている」
年度開始が四月から十一月への変更は未確認だが学校教育の点では大勢に影響はない。
一応、教科書(主に国語、理科、社会科)は学年が四月開始を前提に季節に合わせた構成になっている面もある。
難度もそれに合わせているから単純に順番を替えれば良いというものではないのだが、これ自体は特別大きな問題ではない。
基本的に人口の多い太平洋ベルト地帯がターゲットになっているから亜熱帯の沖縄県や亜寒帯の北海道とは季節や現象が異なるが何とかなっている。
それを言えば、古文と日本史なんて酷いもの。古文は基本的には平安時代が多く、日本史なんて江戸時代以降と鎌倉時代を除けばほぼ近畿史(大部分が奈良、京都、大阪)なんだから関西圏が滅茶苦茶優位。古文や日本史にでてくる地名が普段の生活の中にあって位置関係も分かっているんだからアドバンテージが半端ない。
「了解したが、駐在が一人って事はないよな?」
「もちろんだ。匠、美野里」
「おう」
「どれぐらい獲物がいるかは任せて」
「それと、雪月花、開始と締めを頼んでいいか?」
「構いません」
「あと、締めは佐智恵も頼むな」
「任せて」
滝野市場に泊める事の是非を諮っていたら体制まで決められていた。
うん。そういう物だ。
◇
「次は俺からだが、祠に入れるのできたから確認してくれ」
匠が石像を取り出して台の上に載せる。
「ちょっと……本当に造ったのですか?」
「中々の仕上がりだと自負してる」
「正直、余り気乗りしないのですが」
「言い出しっぺは雪月花だろ」
「それは……」
珍しく雪月花が防戦に回っている。
かなり写実的に彫られている自分の石像にどう反応すべきか分からないといった感じだが、匠がいうように言い出しっぺは雪月花。
滝野の溜池に造る予定の祠に納める御神体的な物、つまりはムィウェカパでの縁結びの神様的な物をどうしようかという話の中で、酒に酔った雪月花が“造るのは無理だろうけど自分の石像でいいじゃないか”的な事を曰った。
雪月花は人力で石像を彫るとなるとかなり粗い像になると思っていたのかもしれないが、それは認識不足と言わざるをえない。
御影石でも鋼鉄なら削れるんだから精巧さは技術とどれだけ手間暇かけたかで決まる。長期間かけていいのなら木で翡翠に穴を開けることもできる。
時間をかけられないにしても石彫用の彫刻刀や鑢でゴリゴリ削れるモース硬度が一の滑石などの岩石も当然ある。美浦で耐火レンガの原料にしているロウ石もそのひとつ。
同じく酔っ払っていた匠が“造るのは無理だろうけど”を挑発と受け取り、意地になって彫った白っぽい二十センチメートルほどの石像は雪月花を知る者がみたら雪月花だと分かるレベルの逸品。
「雪月花、諦めろ」
「将司は当事者じゃないからそんな事が言えるのよ。第一、酔っ払いの戯言を真に受ける方がおかしいのです」
「酔っ払いの言動はその人の願望。いつも言っているよな。酒のせいにするな」
“酒が人間をダメにするんじゃない。人間はもともとダメだということを教えてくれるものだ”という名(謎)言があるが、酔っ払うと理性の箍が外れて隠していた本性が露わになって言動に表れる。
将司が言うには、このとき注意しないといけないのが、酔って言った内容が真という訳ではなく、言動の動機こそが本性・願望だそうだ。
酔っ払いが“愛してる”と口説いていても、本心から愛しているかは分からない。単にやりたいという欲望を実現するための手段であることも往々にしてあるとかなんとか。
まあ、酔うと性根が露になるというのは分からなくもない。
酔っ払った匠は作れないだろうと言われると意地でも作ろうとする。
美野里も食えないだろうと言われると意地でも食おうとする。
二人とも普段から負けず嫌いだけど、酔うとそれが加速する。
しかも性質の悪い事にこの二人は、酒の席の話なのに(酒の席だからか?)酔いが醒めても根に持って意趣返ししようとするんだよね。
その点では奈緒美と文昭は本当に綺麗に飲む。
俺はその理由を二人の欲望が酒を飲むなので全く振れないからだと推理している。
理由はどうであれ、綺麗に飲むこの二人は酒の席では最も頼りになる味方。
将司も本人が思うほど酒癖が良いわけではない。
「うう……東山さんごめんなさい。でも二〇〇パーセントぐらい美化してません?」
「そんな積もりはない。でだ、こっちが将司の石像」
雪月花像と同じぐらいの大きさの黒っぽい石像を取り出して隣に並べる匠と目が点になっている将司。
「“俺のは無いのかよぉ!”って叫んでたよね? ちゃんとご用意いたしましたよ、しゃ・ちょ・う」
「マサ、諦めなさい。ものの見事にブーメランが突き刺さっているから」
「……そうだな。それにしてもよく彫れたな」
「両方とも溶結凝灰岩だから彫るのは難しくなかった。大変だったのは肌理と形と色味が良いのを探す方」
凝灰岩というのは火山噴出物が堆積して固まった岩石で、溶結凝灰岩は火砕流などが自身の持つ熱などで融解してから冷えて固まったもの。
凝灰岩は風化しやすく河川などの浸食を受けやすいのだが、溶結凝灰岩は昔は溶岩が固まった火山岩と考えられていたぐらいで溶結度が高いものほど侵食を受けにくく、溶結度が低い部分が侵食され高い所が残って北海道の層雲峡や沼田の吹割の滝のような地形を作ることもある。
特殊な岩に思われるかもしれないが、実はこの辺りでは溶結凝灰岩は極ありふれた岩石の一つだったりする。
そうは言ってもこの辺りだとやや黄色味を帯びた白色系の物が多いのでよく暗色のものを見つけられたものだとは思う。
「それじゃあ、次は……」
受け入れ側はホスト側でやる事や決める事が色々あるのだよ。