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文明の濫觴  作者: 烏木
第8章 紡ぎ織る
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第15話 キャンプ

梅雨も明け夏真っ盛りの七月十二日。

今いるのは滝野の東にある台地の麓に造った溜池のほとり。


試験湛水(しけんたんすい)で水を溜めているのだが水量が全然足りない。

滝野は美浦やオリノコと違って川から取水するのが大変なので重機を使って突貫で造った溜池ではあるが、この程度の水量では農業用水としては甚だ心許無い。

梅雨の時季はある程度水も溜まったのだが梅雨明け以降は碌すっぽ降水がなく、現在の水深は約七〇センチメートル――小学校のプールの低学年用の浅い方ぐらい――と中々厳しい。できればこの五倍は欲しい。


瀬戸内海式気候を舐めてた。

オリノコや美浦は集水面積が大きいので今ひとつ実感していなかったが、ここまで溜まらないとは思わなかった。

こんなちんけな水量だと賄える田んぼはかなり限られてしまう。

恐らくだが、実用にするにはもっと多くの溜池が必要になる。

播州が全国有数の溜池密集地なのは伊達ではなかった。


「ノリちゃんセンセ、渡っていい?」

「いいけど、怪我しないようにな」

「はーい」


今回は子供たちも夏季林間学校? 子ども会キャンプ? 的なもので滝野にきている。

堰堤の湾曲部に筏を連結したような浮き橋が架けてあり、浮き橋を渡りたくてうずうずしている史朗くんを筆頭にした漆原家と楠本家の子供たち。


浮き橋は船橋ともいい、昔は船や筏、現代では発泡スチロールやドラム缶など水に浮くものを連結して橋にするもの。

頼りないように思うかもしれないが、荷重を構造物と地盤の強度で支えるのではなく浮力で支えるので、川岸や水面下の地盤強度に関係なく架橋でき、浮き(フロート)によっては何十トンもの車両が通ることもできる。例えば陸上自衛隊の九二式浮橋(きゅうにしきふきょう)は重量五〇トン超の九〇式(きゅうまるしき)戦車も渡れる。


もっとも、ここに架けている浮き橋の安定性は非常に悪い。

不安定にするために浮きを両端ではなく中心部分に設置しているのでバランスボードのようにぐらぐらする。

もっともフロート同士は結索しているので橋自体が転覆する事はないだろうし、落水はあるかもしれないけどよっぽど悪ふざけでもしない限り大丈夫だろう。

フィールドアスレチックの浮き橋渡りを思い浮かべてもらえればそう外れてはいないと思う。

でも怖いとは思う。


極めつきは渡った先にはこれから建てる祠があるだけで、更に言えば堰堤の天端を歩いて行くほうがよっぽど早く着くという実用性の無さ。

つまり、こいつは単なる度胸試し用の橋。


史朗くんがお兄ちゃんとして下の子の面倒をみながらみんなでキャイキャイ言いながら浮き橋を渡りはじめる。漆原家と楠本家の現時点での末っ子の江理ちゃんと和広くんも四歳になり、お兄ちゃんお姉ちゃんに懸命についていっている。


あの乳飲み子だった和広くんと江理ちゃんがもう年中さん。子供が大きくなるのは本当にあっという間だな。

ちなみに『現時点での末っ子』というのは近いうちに末っ子でなくなって中間子になる可能性が高いから。お目出度ですって奥様。


「うわぁぁん! かずちゃん、かずちゃん」

「大丈夫? 大丈夫?」


三分の一ぐらいのところで江理ちゃんが座り込んで泣き出したので和広くんが宥めている。


「……怖い。……帰る」

「シロ兄ちゃん、ノブ兄ちゃん、僕も戻る。えっちゃん、こっち」


うーん。年中さんにはまだ早かったか? いや、和広くんは大丈夫みたいだから個人差がある?

それにしても江理ちゃんはお兄ちゃんお姉ちゃんより和広くんを頼りにするのか。

……ちとばかしツーマンセルにしすぎたか?


■■■


今日の晩御飯は串焼き。

キャンプ料理のド定番中のド定番はカレーライスだと思うが、カレーはこの世界では超高級料理なのでプレジデント(将司)の許可が下りなかった。

自分が参加できないイベントでカレーが饗されるのが許せないから不許可にしたとは思いたくはないが大人気無いんじゃね?


上の子三人にカレー以外で準備も調理も片付けも自分たちでやる料理を企画してもらったんだけど、定番のバーベキューが最初に提案され、それが焼き鳥に変化して、最終的には串焼きになった。

バーベキューも焼き鳥も串焼きもあんま変わんない気もするが彼らの中では別物のようだ。


バーベキューも焼き鳥も串焼きも間口の広い料理なのでかなりの部分が重なっていて、食材を串に刺して炙り焼きにするとどの料理にも当て嵌まる。

敢えて違いを言えば、串に刺さないと串焼きじゃないが、他は串に刺してもいいが必ずしも串に刺す必要はないってぐらい?


焼き鳥は鳥肉だけと思われるかもしれないが、北海道室蘭や埼玉県東松山、福岡県久留米は豚肉が主流。


元々の用法でいえば、漢字で書く『焼き鳥』と平仮名で書く『やきとり』は違いがあり、『焼き鳥』はあくまで鳥肉を焼いた料理で『やきとり』は鳥肉以外の食材でも大丈夫で、もちろん鳥肉もOKというものだったそうだ。

恐らく客も店主も誰も焼き鳥の漢字と平仮名の原義なんて気にしていないだろうけど。


鶏肉より高い豚肉を鳥として売る『やきとり』は奇異に思えるが、戦中戦前は豚肉の方が安価だったので、実は『やきとん』が安物で『焼き鳥』が上物だった。

なので『やきとり』は一部で羊頭狗肉ならぬ鶏頭豚肉で『やきとん』を『やきとり』と称していた名残らしい。さすがに鳥ではないので平仮名にするのが妥協点とかなんとか。

豚肉と鶏肉の価格が逆転してからは豚肉を使う方は『やきとん』と称することも増えたそうだが……



上の子三人に任せたからには危ないとき以外は手も口も出さずにいようと見守っていたのだが、危な気ないどころかかなり手際が良くて吃驚した。


炭を熾し、具材を下拵えして竹串に串打ちして、炭が良い感じになったところで串を網に並べていく宣幸くんの姿は中々堂に入っている。焼く順番も置く場所も返すタイミングもバッチリ。


ここまでで指摘する部分は無い。

強いて挙げるなら“史朗くんと美恵さんの役割をもう少し増やして”ぐらい。

楠本夫婦がどう思うかはあれだけど、宣幸くんは料理人になる方が当人も周りも幸せになれる気がする。


美恵(みー)ちゃん、シロ(にい)、えっちゃん達用の上がった。串から外して」

「かずちゃん、えっちゃん、あっちゃん、ご飯だよぉ、おいでぇ」

「ノリちゃんセンセ、これ大人用」

「ありがと。でも大人は後でいいよ?」

「段取りあるからお先にどうぞ」

「おっおおう」


お皿をテーブルに置いて引率者もご相伴にあずかる。

うん。美味い。

宣幸くんがちらちら見てたのでサムズアップで応える。


「ビストロ東雲の後継者候補ですね」

「もし料理に進んだら後継者じゃなくて上をいく」

「ほうほう。楠本宣幸は東雲義教の弟子だったではなく、東雲義教は楠本宣幸の師匠だったって奴?」

「師匠じゃなくて最大でも手解きレベル。これはノブ兄ちゃんに限らずみんなに言える事だけど」


美結さんとそんな事を話していたら有栖ちゃんがお呼びとの事で中座して向かう。


「有栖ちゃん、どうした?」

「ノーちゃ、あーん。あーん」

「あーん」

「はい」

「美味しい。ありがとう」

「あーん」

「はい、召し上がれ」

「むふん。みゆちゃ、みゆちゃ、あーん」


そういや、食べさせっこが有栖ちゃんの近頃のマイブームだった。

自分の物を他の人にあげて、その人から何かを貰う。

これを社会性の目覚めととるべきか小さい子の世話の模倣ととるべきか。


何れ思いつくだろうけど、自分が嫌いな食べ物を他人に食べさせる悪知恵は有栖ちゃんにはまだない模様。

俺は経験してないけど、弟妹がいると兄姉は弟妹にあげる風を装って自分の嫌いな食べ物を弟妹に押し付ける事もあるそうだ。

俺の知る限りの話だが、姉が弟に嫌いな物を押し付けて好きな物を奪い取るケースが多くて姉と弟では好物が違うというか姉の嫌いな食べ物が弟の好物という事例が多い印象がある。

これは将司が言っていた“姉に逆らう弟が存在できないのは大宇宙の絶対法則より確かな真理”に通じるものを感じる。もしかするとあの真理は正しいのか? 今度、将司に聞いてみよう。


■■■


「みんな、ちょっとあっち見て」


辺りが暗くなったあたりでそう声を掛ける。

本日最後のイベントがこれからはじまる。


“何?”って感じでみんなが見たところで、ボンという音とともに火の粉が夜空に登っていき、バンという爆音と同時に天空に花が咲いた。

続けざまに六発打ち上げられ、六輪の花が夜空を彩る。


はい。打ち上げ花火です。

子供たちの歓声が嬉しいです。

有栖ちゃんをはじめ吃驚して泣く子がいなかったのも嬉しいです。


日没ごろに佐智恵にフェードアウトして準備してもらっていました。

ドヤ顔で帰ってきた佐智恵は艶々してた。

ぶっつけ本番なのでドキドキしてたけど上手くいってなにより。


あと、これは誰にも言っていないが、今日は有栖ちゃんの二歳の誕生日なので花火は誕生日プレゼントで、花火製作と打ち上げは佐智恵の二十六歳の誕生日プレゼントだったりする。


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