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文明の濫觴  作者: 烏木
第8章 紡ぎ織る
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第11話 氏族識別

『これが一族で、これが父の一族、これが母の父の一族』

『すると兄弟姉妹は同じ印という事?』

『そう。この三つの印と同じ印がある者はよくない』


ハツ村長から刺青の印のレクチャーを受けている。

印は予想通り女系氏族を表していて、一番上が自分が属する氏族の印で、次が父親の出身氏族、最後が母の父の出身氏族との事。


婚姻相手としては、双方が三つとも異なるのが基本となるが、一つが同じでも生まれてくる子供の印が三種類になる組み合わせになる場合は辛うじて許容範囲らしい。

つまり、同じ氏族間での婚姻と二代続けて同じ氏族から婿取りするのが禁忌(インセスト・タブー)という感じ? 他にも組み合わせがあるかもしれないけど、ぱっと思い付くのはこの二つ。


父の父の氏族は不問なのでここに共通先祖がいる可能性もあるので完全ではないが近親婚を避けるという点では概ね機能はすると思う。


同じ印を持っていても実際は氏族なので七代遡っても共通先祖が居ない可能性はあるけれど、世界史的にみれば同姓婚がタブー視や禁止されている時代や地域はあるから理解はできる。


問題は年回りが釣り合う組み合わせが担保できるぐらい氏族のバリエーションがあるかという事ぐらい。もっとも美浦も美浦の中だけでやっていくと何代かたつとほぼ全員が近親になってしまうので他人事ではないが。


『ムィウェカパだと印がないと駄目では』

『……』


以前聞いたが破傷風と思われる症状で近親を亡くしているのでハツ村長はできれば刺青をさせたくない思いをもっている。

しかし、刺青の記号が近親婚の防止も目的に入っているなら婚活パーティーでは必須になる。


『トヨアシハラノミズホはどうしている』

『一人一人、父が誰で母が誰かを書いて残している』

『書いて?』

『子供が産まれたら書いた紙をムラオサに渡す。ムラオサはそれを保管する。確かめる事があったら読む』

『書いてあれば間違わない』

『そう。それが文字の良いところ』


ちゃんと保管していれば紙の記録は数百年から一千年は保存できると言われている。少なくとも室町時代に書かれた書物は現存しているので四百年以上持つことは確か。


『でも……探す、難しい』

『工夫すれば大丈夫。黒岩さんに聞いたらいい』


動態把握もあって黒岩さんがオリノコの住民帳をつくって管理している。

コンピュータなどがない時代でも戸籍や住民(市民)登録などで管理されていたのだから紙ベースでやってやれないことはない。

戸(家族)単位で管理する戸籍ではなく、個人単位で管理する住民登録に近いやり方だがオリノコでも美浦でも記録をとっている。


氏族管理の面では戸籍の方が優秀で、先祖や末裔を証明するには個人単位での管理より格段に楽に対処できる。住民登録などの個人単位の管理でも出自や血族を調べられると思うかも知れないが、家族単位で管理する戸籍に比べるとはるかに面倒で難しく、容易に先祖や子孫を詳らかにできる戸籍はユダヤ人か否かを簡単に判断できるとちょび髭の総統が羨ましがったとも言われている。


日本の戸籍制度は理論上はある人物の先祖を特定するのは勿論、ある人物の子孫末裔の全てを特定する事も名目と時間さえあれば詳らかにできる。

親が不明や不記載などの例外はあるが、現在の戸籍制度の直系の制度が開始された明治時代までは調べられる事が多いから五代から六代ぐらいは遡れる。もっとも昔の戸籍は開示すると色々問題がでるので、調べる必要があるとお上が認めたらの話。


実は明治時代のある人物の子孫末裔を調査した事例を知っている。

母方のご先祖様に明治時代に国道のために土地を供出した人がいたそうなのだが、平成の世に道路を拡張しようとして地権者の確認をしたところ、そのご先祖様が供出した現在道路の土地の一部が名義変更されておらず土地登記簿上はご先祖様の土地のままになっていたというのがあった。


百年以上前のできごとなので関係者はもちろん全員故人で、当然ながらどうしてこうなったかは全く分からない。しかしこのままにしておく事はできないので事の是非は脇に置いて、お上がご先祖様から土地を購入して土地代を相続人に支払うことで解決を計った。つまりご先祖様の法定相続人(これも全員が故人)の法定相続人の……と辿っていって現在生存している相続人にずっと法定相続割合で相続されてきたものとして地代を支払い名義変更を行ったという訳。祖母がその現在生存している相続人の一人で確か何十分の一ぐらいの取り分で数万円相続した。


祖母は最初この話を聞いたときに詐欺だと思ったそうだが、どうも様子がおかしいと俺にヘルプがかかったのを覚えている。お上の説明のときに系図を見せてもらったのだが、祖母でさえ見たことはおろか聞いたこともない人名がずらずら……

そりゃそうだよね。親しい従兄弟ぐらいならともかく又従兄弟より遠い親戚の動向なんて知らなくても不都合も不思議もない。


正直なところ“こんな系図、覚えるの無理”と思った。

戦争を挟んでいるからか時代がそうだったのかは分からないが再婚や再々婚が山ほどあって、再婚してない組は探さないと見つけられないぐらい再婚が多くて複雑怪奇。しかも見つけた初婚のみの夫婦は、享年が共に老齢(正に偕老同穴)とか命日が同じとか、再婚は無理だろって例しかなかった。


中には順縁婚(ソロレート婚)逆縁婚(レビラト婚)が見受けられたり、略奪婚以外に考えにくい履歴とか婚外子と思われる記載も結構あって……何本か愛憎劇が書けそうな気にさせてくれたけど、冷静に考えれば全部親戚の話。


これだけを聞くと戸籍制度は優秀な制度と思われるかもしれないが、戸(家族)単位で管理する制度を現代でも使用しているのは日本の他には中華人民共和国と中華民国(台湾)ぐらい。


戸(家族)単位管理から個人単位管理に移行したところはあっても、その逆はほとんどない。かつては大韓民国も戸籍を使っていたけど二〇〇七年に廃止され、二〇〇八年以降は個人単位の管理に移行している。


つまり、現代では何らかの不都合がある制度という訳。


その不都合の一つと考えられるのが、門地による身分制度との相性の良さ。“この家は華族だからこの家の家族は華族”といった感じで門地による身分を明確にする事ができる。


他にも耕作地と耕作者を紐付けて、耕作地をその一族に世襲させるなら個人毎に管理するより一族毎、家族毎の管理の方が楽という事もあったと思う。


つまりは近世以前の社会構造だったら適合するけれど、現代社会では何の役に立つのか不明な制度ともいえる。


白石さんから戸籍は止めようという意見もあり、必要性や利便性など諸々を勘案して美浦は住民登録的な個人単位の管理でいくことになった。


『印を紙に書いて残しておくから』

『では呼んで来ます』


ある意味では本題の静江さんからの依頼事項に取り掛かりますか。

たぶんだけど、静江さんは刺青の代わりに服か何かに印を刺繍する事を考えているのだと思う。


短い上に話が進んでいなくてすみません。

本業の方が……ガッデムウィークの対応が……

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