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文明の濫觴  作者: 烏木
第8章 紡ぎ織る
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第5話 ホムハル訪問

カケさんと共にホムハルに向かう。

ホムハルは加古川左岸のすぐ傍の丘にあって、対岸の少し離れた場所に独立した小山がある。ホムハルがある辺りは滝野ほどではないが瀬になっていて岩の露頭もあって渡ることは無理ではない。というか右岸側に渡るのはここだそうだ。

今は滝野経由だが、以前はオリノコに行くにはここを渡って右岸側を歩いたとカケさんから聞いた。


この辺りは滝野以南と違って低地部・平野部にも多少森林が進出している。

滝野以南は森林は台地とか丘といった小高いところにはあっても低地は草原というか湿地帯というか……

途中の土地がこの時代では暮らしにくいのがオリノコが飛び地的に離れている原因と思われる。


『ここで待っていてください』

『分かった。気をつけて』


先触れに行くので集落への登り口で待つよう言われたので景色を楽しむ。

ふと思ったんだけど、ここって日本のへそ巡りのときに行った“日本へそ公園”からの眺めと似ている。完全に一緒ではなく違いはあるが、雰囲気としては非常に似ている。それなら、ホムハルがある丘は岡之山で、対岸の小山は八日山という事になるのかな?


日本のへそを自称しているところは主だったものだけで六つ以上あり、それぞれの定義で“ここが日本の中心地(へそ)”と言っている。その中で兵庫県西脇市は東経一三五度と北緯三五度の交差地点という事で中心(へそ)と名乗っている。


そんな事を考えていたらカケさんが戻ってきた。ホムハルの準備ができたのでこれから登るとの事。



『ホムハルにようこそ』


集落の手前で両脇に五人ずつ跪いて頭を下げるいわゆる跪礼(きれい)をしていて、正面では老婆っぽい人物が跪礼をしている。

カケさんから正面で跪礼しているのがホムハルのムラサキをしているテウさんだと教えてもらった。


『歓迎に感謝する。私は豊葦原瑞穂(トヨアシハラノミズホ)の美浦の東雲義教。こちらは贈り物』

『歓迎に感謝する。オリノコのカケ。こちらは贈り物』

『ありがとうございます。どうぞこちらへ』


ここらの遣り取り自体は定型の儀礼(プロトコル)ではあるが、集落から出ての出迎えもここまで大仰な出迎えも初めて。


■■■


『美味しい!』

『これがジャガイモ』

『川魚(たぶん鮎?)と違うがこれも美味い』


こういうときは美味い酒と美味い肴があると手っ取り早いので、俺の割り当て分の酒を持ってきている。

それと、以前にジャガイモを食べたいと言っていたと聞いたのでジャガイモも振舞う。ハテさんが作ったという竃があったので調理も楽だった。


真昼間から酒宴というのも慣れた。

個人的には薄暗い中でチビチビ飲む方が好きだが、明かりが無いもしくは貴重な場所だと日が高いうちから飲んでもおかしくはない。


酒が入れば口は軽くなるもので、何となくではあるが事情が見えてきた。


前回のムィウェカパに参加した若衆が事件をおこしたらしく、川向こうの小山から食糧が得られなくなったのがそもそもの発端。

小山に狩場を持っていた家は当然ながら困るし、新しい狩場を見つけないといけないのだが、新しい狩場がホイホイ見つかる訳もなく、他家の狩場を分けてもらうのが現実的な解決策になる。


ホムハルは渡河可能な瀬に隣接した独立峰にあって対岸にも独立峰があり、水源があって食糧が得やすく安全地帯という居住条件の良さがあったので通常の二倍以上の人口を支えられたのだが、食糧庫の一つであった対岸の小山が使えなくなり余裕が全く無くなったといったところか。

もしかしたら滝野交換市が無ければ危うかったのかもしれない。


衣食足りてではないが“とてもじゃないがムィウェカパはできない”がホムハルの総意といった感じで“ムィウェカパを滝野で”というのはムラサキのテウさんの発案との事。


そういう事なら食糧支援をすればホムハルで継続できるのではないかとも思うが、それを匂わせてもできないものはできないと。


■■■


今晩はこのままホムハルに泊めてもらう。

宿泊場所は当然ながら竪穴住居。

オリノコでは最初から最後までテントか掘立柱建物(カムサキ)だったから人生二度目の竪穴住居での宿泊。


竪穴住居に泊まれる宿泊施設があって一度泊まった事があるのだが、正直なところ快適とは言いがたい宿泊施設だった覚えがある。しかし、それは施設の売りというか強みなので文句はないというかある意味では満足したのだが、やっぱり観光用にかなり快適に過ごせるよう工夫をこらしたものだったのが案内された住居に入るとよく分かる。


後で少し話がある旨を告げられているので、待っている間にカケさんから話を聴いたのだが、川向こうの小山が駄目だとしたらかなり厳しいらしい。


あの小山は栗やドングリがなる木がたくさんあって、栗やドングリを埋める植林的な事もしていた重要な食糧源で、その分を他の場所から得ようとすると労力は倍では済まないし、労力をかけたからといって得られる保証はないらしい。

食糧庫の一つではなくメイン食糧庫だったという事か。


『エパカヌサキミコ、よろしいですか』


俺が頷いたのを見てカケさんが『どうぞ』と返事をする。

何か尊大な気がするけど、そういう風にするよう雪月花に念押しされたしカケさんもそうさせて欲しいと……


入ってきたのはムラサキのテウさんと次期ムラサキのテミさん母子、それと(仮称)ドングリ山に権利を持っていた三世帯の家長とハテさんの六人。


話の内容は大きく分けると二つ。

一つはドングリ山(仮)の代わりに色々なところに栗を埋めたが育たなくて困っている。


オリノコでは栗の植林は成功していたのでホムハルでできないのは不思議に思うが、話を聞くとドングリ山(仮)だと埋めれば育ったそうで、後から確認したがオリノコも元々栗が生えていたところに栗の実を埋めたという事らしい。


栗については明朝にどこに埋めたかを見せてもらうが、駄目だった理由は既に発芽能力を喪失した物を埋めたか陽が当たらない場所に埋めたかのどちらかの公算が高い。

栗は陽樹といって日光が当たる場所で育ちやすい樹種なので、鬱蒼とした森の中では育ちが良くない。

奈緒美とか親父殿ならもっと的確な答えが出せるだろうけど、やるだけやってみて駄目だったら持ち帰って二人に相談だな。


そしてもう一つがドングリ山(仮)が使えなくなった真相。

こちらが大事(おおごと)だった。


端的に言えば危険な熊が棲みついてしまったから。

熊が棲みついたではなく“危険な”熊。


一昨年の秋のムィウェカパにおいて、ドングリ山(仮)で各集落から来た若衆が熊と出会った。


若衆が穏便に撤退していればまだマシだったかもしれないが、いいところを見せようとしたのか突っかかった者達がいて熊に手傷を負わせてしまった。


熊を倒せたのなら良かったのだけど、右目を傷付けられて怒り狂った熊の反撃を受けて襲撃は失敗し散り散りに逃げ出す破目になり、命からがら逃げ遂せた者もいたが、襲撃した若衆の内の三人が帰らぬ人となった。


報せを聞いて完全武装した大人達が向かったが、咆哮をあげて威嚇する熊の剣幕に全く近付けず、遺体を運ぶ熊を遠目に確認するのが精一杯だったとの事。

そしてその熊はそれ以降もドングリ山(仮)に棲み続けているとの事。


ドングリ山(仮)は立入禁止にし、その年のムィウェカパは中止となった。


熊に限らず手負いと子連れは死に物狂いになるので基本的にはお触り禁止案件。

手を出すときは殺るか殺られるかの覚悟をしてから。


そして人間を食べた熊は人間を餌と認識して積極的に人間を襲うようになりやすいので、現代日本だとそういう熊は後で放獣する捕獲ではなく捕殺対象になり、警察や鳥獣被害対策実施隊が協力しながら仕留める。


遺体を運んだということは恐らくは食べ物とみているということ。つまり人食いはほぼ間違いない。つまりはデンジャラスベアー。

そして傷付けられた右目が不治だったら手負いが加わりスーパーデンジャラスベアー。

もしその熊が雌でこの春に出産していたら……人食い、手負い、子連れという三大危険要因を兼ね備えたウルトラデンジャラスベアーがドングリ山(仮)を根城にしているという事。


食糧に固執しやすい熊の性質から考えるにホムハルの食を支えていた食べ物が豊富なドングリ山(仮)は手放さないだろう。

例え人食い、手負い、子連れでなくても厄介事なのは間違いない。


事件以降、ドングリ山(仮)を立入禁止にした処置は正しい。

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