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文明の濫觴  作者: 烏木
第8章 紡ぎ織る
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第4話 情報収集

美浦からの返答は前向きに検討という雪月花の意見を支持するものであった。

今のところムィウェカパの情報はホムハルとオリノコからのものしか持っておらず、できるだけ多くの集落から情報収集してムィウェカパの全体像を明らかにしたい。なので、滝野交換市でムィウェカパの情報を収集する。

聞き取り調査に人手がいるだろうと匠を急派してくれたのは大変ありがたい。来てくれてありがとう。


「さっそくで悪いが、早いところだと今日明日に来ても不思議じゃないから、オリノコから事前に聞きたいなら早めにな」

「先入観無しでやりたいからいい。それにオリノコはいつでもできる」

「さよか。任せる」

「そうそう、ベーコンとキャベツはたんまり持ってきた。白石さん(糧食部長)曰く“在庫一掃セール”だとよ」

「……何か在庫一掃セールが頻繁にある気がするが」

「秋川家のグリーンサム振りが半端無い。奈緒美も大概だけど変身前と変身後ぐらい違う」

「逆より何倍も良い。本当は保存を何とかせんとって感じだけど」

「そやな。まあ、がんばって使っておくんなませ。シェフ」

「使い道、考えるの頭痛い」


とりあえず、滝野市場に運び込まれた追加食材をどうするか考えるとするか。


キャベツは煮込めば物凄く嵩が減るので鍋やスープに使うのは大量消費の王道。

鍋の底にベーコンとジャガイモのスライスを敷いて、ざく切りキャベツを鍋一杯入れてチーズを塗して蓋をして弱火で二十分。嵩が半分から三分の一ぐらいまで減って、一人半玉ぐらいはペロリといける。本当は固形ブイヨンとか入れるんだけど無いなら無いで何とかなる。


ただ、鍋やスープはカトラリーや御箸などがないと食べづらいので(オリノコは御箸が使えるので大丈夫だけど)滝野で振舞うには不向き。


もっとも、今晩はヤソくんの好物である“ベーコンとキャベツの炒め物 ――コリアンダーの香りに乗せて――”だけど。


■■■


キャベツのみじん切りに塩を振って水分を抜いて、(ヨモギ)とベーコンのみじん切りと調味料をあわせて餡を作り、それを一次発酵を終えた中華まんの生地で包む。隣では美結さんが茹でたキャベツの葉で角切りベーコンを包んで竹串に刺している。


今晩のご飯は蓬風味ベーコン蒸し饅頭(餃子まん)とベーコンキャベツの串焼き。

両方ともベーコンとキャベツがメインなのは糧食部長の在庫一掃セールのせい。


中華まんと串焼きにしたのは他集落の人たちが到着したから手掴みで食べられるものにする必要があったから。


今年度第一回の滝野市場を明後日に控えた今日の昼過ぎにサキハル、ヒノサキ、フマサキの三集落が滝野に到着した。この三集落はいつもサキハルに集まってから一緒に来ていると聞いている。


今は匠がサキハル、奈緒美がヒノサキ、文昭がフマサキからムィウェカパについて聞き取り調査をしている。


この三集落にミツモコとコロワケを加えた五集落はホムハルに行くには滝野近辺を通るという位置関係なのでいつも直接やってくる。

残りの五集落はホムハルに集合して一緒にやってくるので、おそらく明日の昼か夕方までには全集落が揃う。


「そろそろお湯沸きますよ」

「こっちも終わった」

「炭も熾しておきますね」

「ありがとう」


鍋に蒸篭を載っけて一息つく。


「明日もキャベツずくめなんですかねぇ」

「そうなるな。おつまみ塩キャベツ、くし型切りして焼きキャベツ……」

「焼きソバ……は麺がないですか」

「無いなら作ればいいじゃない。とは言え、食べられるか?」

「手掴みでしたね……はしまきとかどうですか?」

「はしまき? 何それ?」

「へ? はしまきははしまき……ええっと、割り箸にお好み焼きを巻きつけたみたいなのですけど……知りません?」

「ごめん、知らない」

「ううーん……」


「ノリさん、美結っち、後どんぐらいでできる?」

「そうだなぁ、三十分ぐらいかな?」

「あんがと」

「あっ、先輩先輩! はしまきって食べ物分かりますよね」

「はしまき? ……ああ、薄いお好み焼きみたいなのを棒に巻きつけたあれ?」

「ですです。ノリさんが知らないって言うもんで」

「全国区の食べ物じゃないから知らなくても不思議はないよ。私も坂農祭の出店でしか見たことないから」

「えぇー、屋台の定番メニューじゃないですか」

「あの辺りだとそうらしいけど、高校時代はあんま縁日とか出かけなかったから」

「子供のころとかは?」

「……んとね、私、生まれ育ちは関東なの。鳥坂農林高校(さかのう)は女子寮が空いてるって理由で通ってただけ。だから農作物以外はよく分かんない。ごめんね」

「でだ、作り方分かる?」


顔を見合せて黙る二人……知らないなら作れないぞ。


ただ、美浦に戻ったら親父殿か秋川朱音さん(お義母さん)にレシピを知らないか確認しておこう。


キャベツはやろうとすると春に蒔いて夏から秋に収穫する緑が濃い夏秋キャベツ、夏に蒔いて晩秋から冬に収穫する甘味がある冬キャベツ、秋に蒔いて春に収穫する瑞々しい春キャベツと年に三回採れるのでレシピはあればあるだけありがたい。


■■■


今年度の第一回滝野市場は無事開催できた。


各集落からはショバ代ではないが贈答品を贈られるので、礼物(れいもつ)として木簡を渡す。何枚渡すかは建て前としては贈答品次第ということにしている。


建築端材を定型にカットして焼印を押した簡単な物ではあるがこの木簡は交換促進のための貨幣的な役割を期待して前年の後半あたりから導入している。


初めの数回で物々交換の手間の大変さを実感して一度塩に替えてから交換する手法をノーヒントで思いついた者がおり、それを更に簡略化した塩と交換を保証した木簡、つまりは市場開設時に雪月花が起案した塩本位制的貨幣案に行き着いた形。


贈答品は石が多い玉石混交ではあるが中にはキラリと光る物もあり、今回のピカイチはワバル(傷薬があるよ的な事を言っていた集落)が持ち込んだ植物の種で、雪月花が大変喜んでいた。雪月花と奈緒美で確認したところ、当帰(とうき)の種と思われる物が混じっているとの事で、ワバルに木簡を十枚追加するよう言われた。


事前調整があったのかどうかは知らないが、他集落向けの産品はかぶりも少ない。

貨幣効果なのか産品かぶりの少なさのお陰なのか集落間交換も盛況といっていいので成功と思っていいだろう。


ただ、事件とまではいかないがヤソくんが疲れ果てている。

昨秋に譲ったお米はかなり効いたようで、デモンストレーターをやったヤソくんは『うちの婿に』『いやうちだ』と引っ張り蛸だった。

まだ六歳か七歳のヤソくんだが、成長期に十分食べられて運動もしていれば二年もすれば見違えるぐらい身体が大きくなる。

俺らからすると年相応だけど、彼ら視点ではプレティーンかローティーンぐらいの準成人以上に見えるようだ。


『疲れた』

『お疲れ様』

『鯵焼いていい?』

『焼いてあげるから好きなだけ食べていいぞ』

『ありがと』


通訳が足りないのは仕方が無いが、低学年の小学生を働かせていて申し訳ない。


ヤソくんの(ねぎら)いが終わったらホムハルのハテさんとエクさん(テミさんの配偶者)と“ムィウェカパ”について再確認しておこう。


今のところ、今年の開催場所が滝野になるかもしれないという情報はホムハルと美浦しか知らない筈だから、仮に滝野で開催するとしたらいつ情報公開するのかなども詰めておかないといけない。

ただ、これまでのホムハルの遣り口から考えると既に他集落に根回しはしていそうだけど。


■■■


滝野市場の広間の卓袱台に置いたオイルランプを囲って車座になる。

オイルランプといっても食用油の廃油なので臭いがするし明るさもナツメ球(豆球・豆電球)ぐらいで無いよりはマシ程度。今晩は満月で雲も少ないので障子越しの月明かりの方が明るいぐらい。

灯火の明るさは火力だそうで、行灯の燃料油が魚油や鯨油から石油(灯油)に変わったのはそれが要因らしい。


それはさて置き、“ムィウェカパ”についての調査状況を共有化する。


各集落から聞き取った内容を纏めると次のようになる。


“ムィウェカパ”は丘に集うという意味ではあるが、川原や野原や森の中のギャップ(森の中でぽっかり空いた場所)で行われる事もあるなど丘に限る訳ではないらしい。

言葉は残っていても実態は異なるという事はある。電子レンジの調理終了の音が“チーン”という機種は今やほとんどないのに“レンジでチンする”とか、下駄はなくても下駄箱とか。


見所のある若者を娘の婿にといった一本釣りもあるようで、そういうときは双方から見える山で顔合わせというかお見合いみたいな事をするそうなので、語源はこっちなのかもしれない。

今日、ヤソくんが疲れ果てていた要因だな。


他にも男が貢物を差し出して女が受け取ればカップル成立ご成婚との事。

貢物は自集落から持ってくるのかと思ったのだが、直前に開催場所の近辺で狩猟採取するのが主流とか。

結婚したら婿入りするのだからホームで幾らブイブイいわせててもアウェーでからっきしだと婿入り先で難儀するからという事なのかな?


そのため若衆が一箇月ぐらい前から来て狩猟採取に勤しむらしく、その待機期間というか準備期間の掛かりは開催場所が受け持つらしい。


「おそらく、二年に一度ぐらいのペースの原因はこれですね」

「ある程度は持って来るにしても一箇月分の食糧は持って来れないだろうし、狩場も荒らされるわけだ。普通に考えりゃ慈善事業だな」

「東山さんの仰るとおり一種の慈善事業とも言えますが、ノブレス・オブリージュ的な社会的責任でもあるのでしょう。東雲さん、ちょっと探りを入れて欲しい事があります」

「何だ?」

「申し入れしてきたのはホムハルの次期ムラサキとの事でしたが、それは当代のムラサキの意思と一致しているのでしょうか。またホムハルの住人はどう思っているのか」

「……ムィウェカパを主催する事で持っている筈の他集落への影響力とか面子とかをどう思っているか。例えば、惜しいと思っている、そんな物は無く単に面倒事と思っているとか。そういう感じ?」

「ええ、それでお願いします。顔を立てる必要があるのか無いのかで全然違いますからね」

「期限は?」

「次回の交換市までにできる範囲で。それで以後どうするか決めましょう」

「分かった」


自分でもやるけどホムハル出身のカケさんにご協力願おう。

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