第1話 山狩り()
オリノコから南望すれば右から森、草原・森となっている平山の北斜面が目に入る。草原と森の境目辺りにチェアリフトがあれば雪が無いスキー場に見えなくも無い。
草原の部分は一昨年の今頃に山火事で焼けた場所。
元々森林だった場所だし火事が起きたのが春先という季節も影響したのか草は比較的早く生え出し、まだ細いし低いが生き残った樹木の萌芽更新や新たに芽吹いた樹木のような物も散見できる。
元の森林と同様の極相林になるまでには長い年月がかかるだろうが、森林っぽくなるのは十数年ぐらいでもいけるかもしれない。
災害や人為的行為などで森林の一部や全部が破壊される事を『(森林の)撹乱』と言うのだが、撹乱を受けた土地が元の森林に再生していく過程を生物学・生態学では遷移と言ったりする。
溶岩流に飲み込まれて火山岩に覆われたとか斜面崩壊で岩盤が剥き出しになるなどその土地に全く生物を含まないところから始まる遷移を一次遷移といって、陸上だとはじめは苔類や地衣類が進出して、状況が許せば一年生植物の草原、多年生植物の草原、低木林、陽樹林と移り変わり最終的には陰樹林という極相まで移り変わる。
次の段階に移るかどうかや次の段階に移るまでの期間は地勢や気候風土、動物も含めた生態系によって左右されるが、順境にあっても陰樹林に至るには百年単位の時間がかかるといわれている。
もっとも地球上でそういう状況というのは稀なので一次遷移が起きるのは珍しく、小笠原諸島の西之島の新島は一次遷移の貴重な観測機会とか。
対して山火事や伐採などが原因の撹乱だと、撹乱後の土地に土壌や有機物があって生物もいる状態からの再生になり、これを二次遷移というのだが、比較的早くに陽樹林が形成される事がありこういった陽樹林を二次林という事もある。
平山の北斜面は土壌はあるし少なくとも植物(埋土種子・地下茎・根などや焼け残った樹木など)はあるので二次遷移にあたる。
そしてオリノコの広場に背負い篭を背に手には布袋やスコップを持った面々が揃う。
今日は奈緒美・美野里両名起案の山狩りが行われる。
山狩りと言っても別に熊や逃亡者を狩るわけではない。
春の山菜採りと焼け跡に先駆的に生えているだろう若木を麓に移植するのが今回の主目的。
“漉油、芹、蕨、独活、薇その他もろもろ。全部ある訳じゃないだろうけど期待はできる”と美野里が気炎を上げれば、奈緒美は奈緒美で“第一目標。タラノキ、山桃、ヌルデ。第二目標。鬼胡桃、烏山椒、松”と捜索目標を指令する。
二次遷移のばあい早期に生長の早い陽樹が進出してくる事が多く、その土地の地勢や気候にもよるが、奈緒美が挙げた樹種の他にも白樺や合歓木、ニセアカシアなどが第一弾として生える事がある。もっとも北米原産で十九世紀に移入されたニセアカシアはここには生えないだろうけど……
このような撹乱地に先駆的に生える樹木は、寒暖や乾燥・湿潤の変化などに耐性があって貧栄養土壌でも育つなど栽培しやすい手間のかからない樹種とも言える。
三〇〇ヘクタール以上に及ぶ幼木選び放題の陽樹の苗床は奈緒美には宝の山に見えるのかもしれない。
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山狩りは一定の成果をあげた。
一通りの春の山菜は結構早くに集まり早々に里に後送していた。
狙っていた樹種も根こそぎなどはせず、どちらかといえば蘖などのように密集している幼木を間引きして間引きした物を里近くに移植すると言った方がより正確だろう。
それと植物を移植したり挿し木を作るのは種によって適した季節が異なるから、時季が合わない物は地図に印をつけておいて適したころにまた採りに行く事になる。
まあ今は採ってきた山菜の天麩羅をせっせと揚げているラモくんを後見している。ラモくんは建築大工研修中のカケさんの息子で同じく研修中のラトくんの弟にあたる推定十八歳ぐらい(但し俺らからみれば中学生ぐらいにしか見えない)の子。
見ていて誤ったところがあったら教えて欲しいんだと。
こういった事は前からちょくちょくあったのだが、近頃は頻発していている。
「天麩羅を選んだか。ノリさんは相変わらず手堅いねぇ」
たいていの山菜は天麩羅で美味しくいただける。もちろん他の調理法の方が美味しくいただける物も多いが、天麩羅にすると不味くて食べられないというのは珍しい。
そういう意味では“とりあえず天麩羅”は無難な選択だろう。
「おお、美野里か。俺は冒険していい局面以外は冒険しない主義なの」
「ある偉人は言いました“人生は冒険です。挑戦しなさい”と。別の偉人はこう言いました“人生は冒険か虚無のどちらか”と」
「思い付きをそのまま実行するのは冒険とは言わん。俺としてはこないだ作った魚肉すき焼きが何を目指した冒険なのか興味があるのですが」
「蒲焼きのタレは出自は魚料理ながら肉料理にも適正がある。ならば肉料理が出自のすき焼きが魚料理に通用する可能性はあった。みんなの受けが芳しくなかったのは残念」
「……俺なら蒲焼きのタレのポテンシャルを信じて野菜にいくけどな」
「それはもう定評があるから挑戦じゃない」
美野里が言うには、カレー万能説、蒲焼きのタレ万能説、メンツユ万能説、揚げ物万能説など様々な万能説があるらしく、こんな物までと思える品も含めて一通り検証がされていて、蒲焼きのタレが合う野菜や調理法は既知なんだと。
冒険的創作料理業界(?)の闇は深く、揚げチョコレートや揚げバターといった“ワケガワカラナイヨ”と言いたくなる代物もあるらしく、その意味不明な食べ物(?)に慄いていると“結構美味いんだよ? 出してるお店もあるし愛好者もついてる”と……嗜好は人それぞれなので否定はしないし、その業界ではご褒美かもしれないけど、俺にはご褒美には思えない。
「取りあえずだ」
「何?」
「この皿あがったから持ってって」
「あいよ」
最初の皿が一杯になり次の皿に移っていたので持って行ってもらう。
◇
二皿目も良い感じになり、タネも衣も尽きた感じ。
作業配分も悪くない。
「エパカヌサキミコ、天麩羅終わる」
揚げ油をわら半紙で濾して油入れに移し終えたラモくんがそう報告してくる。
だが、黙って厨房をみている。
「あっ、片付け」
笑顔で頷く。
綺麗に片付けるまでが調理です。台所がぐちゃぐちゃのままというのは道具が定位置に無いという事。非効率だし、第一、美しくない。
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こじんまりとした宴会か豪華な夕餉か迷う食事の後に奈緒美に地図を要求された。
今日の山狩りでマークした地図を渡したのだが、滝野の地図もご所望との事で滝野の地図も手渡す。
「ねえ、これ書き込んで良い?」
「滝野の方は写しだからOK。今日のは清書がまだだけど……まあ良い」
今日の地図も写しに書き込んだだけだし、書いた内容も奈緒美と美野里の二人が分かれば特に問題はない。
「ありがと。暫らく借りるね」
「移植計画練るのか? あまり気張らず程々にな」
「うん。ねえ、次に滝野に行くのは今週末だっけ?」
「その予定になってる」
「今週の天気って分かる?」
「一七七番に繋がらないから分かりましぇん」
「ん? ああ、なるほど。そだ、美結っち呼んできて」
「へいへい。あんま無体な事すんなよ」
「そんな事しないよぉ」
「前科があるから言ってんだ」
「……あっ、あれの事? あれは反省してます。東雲様」
「ならいい」
同時期に通っていたわけではないが奈緒美と美結さんは高校の先輩後輩にあたるし、美結さんからすると奈緒美は伝説の先輩なので上下関係的な無理が通りやすい。
だから偶に釘を刺すぐらいで丁度良いと思ってる。




