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文明の濫觴  作者: 烏木
第2章 開拓を始めましょう
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第1話 開墾の前に

圃場を作って作物を植えるのだが、何を育てるか。極論を言えば何を主食にするかだが、もちろん米一択である。米が作れないなら他の穀類も検討するが、米は反則級の優良作物なので米が作れるなら使わない手は無い。


反則その一『反収と収穫倍率が鬼のように高い』

蒔いた一粒が何粒に増えるかという収穫倍率は小麦の二十~五十倍に対して百四十倍以上。これは二十一世紀の数字だが、米は奈良時代で既に二十五倍あったとか。

対する小麦は十九世紀欧州で五倍ともいわれ、欧州の風土病とも言える戦争は食糧不足も要因の一つだと思う。

反収においても小麦は一反の畑に七~十キログラム蒔いて三百~四百キログラム収穫できるのに対し、同じ面積の水田に田植する苗に必要な種籾は二キログラムで済むにも係わらず収穫量は五百キログラム以上に達する。四分の一程度の種から同等以上というか上回る収穫が期待できるのだ。


反則その二『水田なら連作障害がほとんど無い』

もうこの時点で反則だろう。三圃式だの輪栽式(ノーフォーク農法)だのってのは極論すれば連作障害対策なのだから、それが必要ないなら全部水田にする事だって可能となるし、同一作物を作り続ける事で生産者の熟練度も上がる。

ただでさえ反収や収穫倍率が高いのに耕作面積も広く取れ生産者も熟練しているとなると生産性が段違いになる。


麦も非常に優秀な穀類なのだが米に比べると二枚ぐらい劣る。

麦は稲の育たない寒冷地や乾燥地帯でも育つので米が厳しければ麦を主力に据えるのだが、稲の欠点である「耐候性に劣る」「水を大量に必要とする」をクリアできるならば選択の余地は無い。植生などから米が作れそうなので主力は米にする。

もっとも麦は用途が広い作物なので麦も栽培するけどね。


蕎麦とか薩摩芋とかジャガイモとかもあるけど、これらは基本的には救荒作物の側面が強い。ジャガイモが主食に近い扱いの地域もあるが、それは麦も育て辛いからジャガイモを育てるという感じなのでやっぱり救荒の側面は持っている。


という事で米を作る。

米を作るには水田が必要である。(陸稲とか言わないでくれよ)

なので先ずやらないといけないのが圃場配置計画。

ゲームとかなら田畑や水路を移すとか簡単にできたりするだろうが、現実ではそんな簡単に移せるものではないから、ちゃんと考えて配置しないといけない。

圃場予定地や地勢などを勘案し、奈緒美の助言も貰いつつ配置計画を立てる。


参考にしたのが鴻巣式という明治時代に埼玉県の鴻巣で行われた耕地整理の方法。

鴻巣式の基本的な考え方は、一区画を十間×三十間(=一反)に揃えて全区画が水路と道路に接続できるようにするという物。

例えば五枚の圃場を並べると縦五十間(実際は(あぜ)があるのでもう少し長くなる)横三十間の列ができる。そして、この列を並べて間に用水路と排水路を兼ねた水路を通し両端に道路を通す。そうすると、全ての区画が水路と道路に接続できるようになる。


挿絵(By みてみん)


道路・圃場・水路・圃場・道路・圃場・水路・圃場・道路という順に並べていけば道路や水路の割りに圃場を広くとれ土地効率が大変よろしい。

また、水路が接続しているので湿田の乾田化による水稲収量の向上や二毛作が可能になるなどの効果もある。そして道路と接していて規格化されているので機械化するのに適していた。(機械化は明治よりずっと後の話になるが)


長さに尺貫法の「間」を入れるのも何なので、二十メートル×五十メートルにするが一区画の面積は一反とほぼ同じ十アールなのでこれを基準に縄張りをする。

五枚並べた列で水路を挟む形にしたら一町歩になるのでこれを縦に四つ、横に四つ並べる。こうすれば合計で十六町歩になる。

水田と畑の割合は、水田が十二町歩、畑が四町歩とした。

必要となる用排水路は四本なので、川から引いてきた水を分配する形態を採る。


ただ、今すぐ四本の水路を作る訳ではなく初年度の五反の水田に必要な一本と出来ればだが畑用の一本の二本を急ぎ作り、後は今年中……できれば秋までに通す辺りが現実的。そもそも川から圃場まで水を引いてくる事の方が先だし。


圃場の方にしても、十六町歩を一気に作る訳ではない。そもそも無理だし。

この第一次圃場配置計画は「来年の春までに整備したい」という努力目標と言ってもいいだろう。なので、可及的速やかに実現しないといけない第一期工事の範囲も決めなくてはならない。


畑の方は水路さえ通せば、耕耘機もあるので何とかなる。

問題は水田。普通に考えれば「五枚作る」になる筈なのに奈緒美が納得しない。

多品種を作付けするから水管理や交雑防止の為、小さい水田が多数必要と主張して譲らない。

将司に調停を頼んだが、基本線は奈緒美の主張が通った。これで俺が酷い目に遭う未来がみえた。このシャーペンと消しゴムを賭けてもいい。


圃場の次は水路の計画。里川から水を引いてくる用水路を作るのだが、流路を決めるには里川のどこに取水口を作るかを決めないといけない。

取水口は圃場より高い位置にないと役に立たないのは分かると思う。

ただ、この辺は結構平坦なので水路延長は下手すると一キロメートル以上要るかも知れない。それぐらい上流にいかないとこの辺より高くならない。

それでも例え一キロメートル以上水路を掘ることになっても水を汲み上げるよりは現実的だし、まだ軽油はあるからバックホーで掘ればいいのでさっさと流路を引く事にする。


■■■

水田作りと水路作りはまたしても班分けして取り掛かる。

水路の方が先にできあがらないと駄目なので水路作りにリソースを割くが、全員で取り掛かるという訳にはいかないので残りは水田作りというのが真相に近い。


初めの難関は取水口を作る所。

ある程度川を堰き止めて分流しないと水は取れないので候補地の選定に始り、井堰の作成、沈砂池や水門などの取水設備の設置とやらなければならない事の多い事多い事。

中州がある場所に井堰を作り、取水設備は木で作って石を載せて沈めるなどの手法を使って作り上げた。コンクリート類の目処が立ったら作り替える事請け合いだが十年ぐらいは持ってくれる筈なのでそれまでに何らかの手段を入手したい。

駄目だったらもう一度木で作り直す?


それでも取水口は色々と学んでいたので、基本的な考え方は分かっているし、建材が限られている事以外は大きな問題はなかった。


問題があったのはやはり水路の方。

実際に水路を掘ってみて、いきなり大川から引かず里川から引いてノウハウを積むのは正解だったと思った。


二十一世紀の日本(もう面倒なので現代日本と言おう)ならコンクリートなどで止水した水路が一般的だけどここにはコンクリートは無い。

昔はどうやって水路から水が漏らないようにしていたかというと、土木の教官曰く基本的には土をつき固めるか、素掘りといって何もしないのだそうだ。


そんなんじゃ水が駄々漏れするんじゃないかって思うでしょ?

そうなんだって。地質によっては水喰土とか呼ばれて全部地面に吸い込まれてしまう事もあって玉川上水のかなしい坂の逸話なんかが好例だそうだ。

水が漏れにくい層を作って漏れるよりも多い水量を流すというのが基本的な考え方で、使っているうちに目が詰まっていって更に漏りにくくなるという訳。

これは自然河川と構造的には同じで川だって地質によっては水が全部漏れてしまって水が無くなってしまう事もある。水無川とか水無瀬川とか呼ばれて普段は水がなくて増水した時だけ川になる所とかもある。


ここにはコンクリートなどは無いので水路の底は放っておくかつき固めるかのどちらかにした。試験導水したらそれほど喰われなかったからこれで良しとする。


水底は何とかなったのだが、擁壁が水流で抉り取られるのには閉口した。

法面の角度を工夫したり、水路幅を広げたり、石を敷いたり、竹籠に石を詰めたものを置いたりと色々な工夫を凝らしながら何とか出端屋敷の傍まで水を引いてきて、貯水池というと大げさだが池を堀って引き込む事に成功した。


命名「堀溜池」は南北三メートル東西五メートルぐらいで水深は一メートル程度の堀池。

池の底が地面より下なので貯水についてはあまり期待できないが、沈殿池と大き目の分水枡とでも思っている。

池の底と壁は、つき固めた土の上に粘土を貼り付けて石畳や石垣を組むという現状できる最大の手間をかけた。これは一度水を張ったら修繕するのがすごく面倒な事になるのでここだけは手を掛けさせてもらった。

洪水吐ではないが使わなかった分の水を逃がすオーバーフローを里川まで素掘りした放水路(命名「里帰川」)につないでいる。


そして水路作りで一番頭を悩ませたのが用排水路の擁壁。

畦が崩れると全てが台無しになってしまうのでちゃんと護岸をしないといけないのだが、コンクリートも漆喰(しっくい)三和土(たたき)も何も無いので、最後の手段として矢板で擁壁を作った。大量に木板を使うが止むを得ない。


矢板と言うのは杭を打って水路と壁の間に板を填める奴だ。H鋼で鋼板やコンクリート板を留めているのは見たことあるんじゃないかな?

木の杭と木板の物も見たことがある人もいるかも知れない。一部ではまだ現役だったと思うし俺らの親世代か祖父世代なら一般的な方法だったと思う。

定期的にメンテナンスというか交換しないといけないがこっちも十年ぐらいは持つと思うので、それまでに護岸できるようがんばろう。

漆喰か三和土が一番近いかな?

そうそう大阪の食い倒れの謂れの一説に「川や濠が多くて橋や擁壁の杭の代金がかさむから杭倒れ」というのがある。それぐらい金食い虫だったのだろう。


用排水路での苦労はもう一つあった、それは水田と水路の間の水位差の関係だ。

奈緒美に「引水より排水の方が重要」とアドバイス(要請)され、水路の深さや枡の形状など色々と考えなければならない事が多かった。


水を張るのは多少ゆっくりであっても取り戻せるが、水を抜くときに遅々として抜けないのは宜しく無いそうで、水抜けが悪い圃場は暗渠といって地中に排水の為の管を埋める事もあるらしい。

俺は暗渠と言われると川や水路を地下に埋設したり、蓋をして地上部を使えるようにしたものを思い浮かべてしまう。道路にあるマンホールは大抵が暗渠への通用口と思ってくれていい。あぁ排水路を埋める訳だから暗渠でいいのか。

ちなみに川や水路が露出しているのは明渠とか開渠とも言う。


水は低きに流れるので引水時は田んぼの水面より高い位置に水路の水面が無いとポンプや水車などの揚水装置で入れなければならなくなるし、揚水する高さが高いほど労力は必要になる。水路の方が高いなら重力にしたがって自然に入っていくのでその方が楽だ。

しかし排水時は逆に水路の水面は田んぼの土よりも低い位置に無いと水は抜けていかない。こっちはポンプを使って排水なんてできないので排水路は絶対に田んぼの土より低い位置、できれば作土層より低い位置に設置しなければならない。


それを両立するには、引水時に水面を上げる仕組み(まぁ板を差し込んで堰き止めるのだが)や排水時に土は流出せず水だけがでていく仕組み(落口枡とかいうらしい)が必要で、こういった装置が水田の枚数分必要になる。


取排水装置()は誰が作るのかな?どうせ匠と俺でしょ?

水路を挟んでいる田んぼは一つの枡を兼用させるとしても必要な数は十一個。

普通に考えれば二十枚なんだから十個と思うでしょ?お向かいさんがいない田んぼが一組あるのよ。一反を五枚なら三個で済むのに十一個。四倍近い数を作らないといけない。酷い目その一だ。


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