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文明の濫觴  作者: 烏木
第7章 三年目
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第21話 大晦日

今日は12月32日の冬至。

まだまだ太陽年と暦の調整が上手く行かず、32日という変な日付にはなっているがもう直ぐ今年が暮れる大晦日の晩。

恒例になった(と言っても三回目だが)“なまはげ”も終わり、瑞穂会館の広間に片付けていた食卓が配置しなおされている。そして厨房では年越し蕎麦の準備がされていてほんのりと蕎麦の香りが漂ってきた。


「そみゃ?」

「うん。お蕎麦」

「そみゃ ちゃい」

「もう直ぐくるからね」

「ひゃ」


さっきまでなまはげに吃驚してしがみ付いて泣いていた有栖ちゃんが蕎麦を所望しておられる。

一歳半だから二語文を話せても不思議は無いが、舌足らずながらもよく出る料理はほぼ言えるなど贔屓目かもしれないが一歳半にしては語彙が豊富だと思う。

もっとも有栖ちゃんに限らず美浦の赤子は総じて言葉が早い傾向が見られる。結構な頻度で誰か彼かがに構われるから言葉が早いんじゃないかという仮説。


それと有栖ちゃんが俺にしがみ付いたのは俺がある意味親代わりになっているから。

母親の栗原さんは産後の肥立ちが悪く有栖ちゃんを産んで半年ぐらいした頃に永眠された。

血統上の父親は亡くなっている確認は取れていないが、特定できるとも生きているとも思えない。

つまり有栖ちゃんには保護者たる血縁者が居ない。

だから有栖ちゃんは“美浦みんなの子供”として育てているのだが一番懐かれた俺が親代わりになっている。


「こちらは何にします?」

「何があります?」

「野菜のかき揚げ蕎麦とたぬきとおろし蕎麦です」


蕎麦と言えば白石さんという訳で、白石さんが注文を取りに回っている。

阪神育ちの白石さんがいう“たぬき”は甘辛く煮た油揚げを乗せた蕎麦で、俺からすると“きつね蕎麦”。

揚げ玉が入った“たぬき”は白石さんの世界では“かけうどん・かけ蕎麦に無料の天かすを乗せた物”でメニューとしては存在しないのだそうだ。だから“たぬき”と言ったら蕎麦しか存在しないので蕎麦を付けずに“たぬき”と言っている。


「海老天は無しか」

「ちょっと時化(しけ)てましたからね」


このところ海が荒れていたので海老をはじめ魚介類の水揚げが少なく、更に数少ない魚介類は御節に回っているそうだ。だから今年は定番の海老天蕎麦は無しと……


「有栖ちゃん、熱いの? 冷たいの? どっちにする?」

「ちゃーたいの」

「たぬきとおろしを一つずつ。あっお揚げさんは刻んでもらえる?」

「いいですよ」


胡坐をかいてる俺に背をあずける形で座らせてよだれかけを着ける。

よだれかけを着けられるとご飯になると分かってるのか食卓をペシペシして“ご飯まだぁ?”状態に移行する有栖ちゃん。

適当に機嫌を取りつつ待つこと暫し、蕎麦が運ばれてくる。


「いただきます」

「いたあぁます」

「はい。召し上がれ」

「ひゃ」


まだまだ(つたな)いが箸を使っておろし蕎麦を食べてご満悦の有栖ちゃん。


「ありぇ ちゃい」


油揚げを欲しがったので短冊切りにされた油揚げを二、三枚箸で摘んで吹いて冷ましておろし蕎麦の器に乗せてあげる。


「熱いからふぅふぅしようね」

「ふぅ ふぅ」


息は吹けてないけどふぅふぅ言ってて可愛い。

大根おろしが箸で掴めなくて我慢できず手掴みで食べるのも可愛い。

一歳半の赤ん坊が自分で食べているんだから看ているこっちも大忙しだが、上手くいった時にこっちを見上げてドヤ顔っぽい笑顔を見せられると多少は癒される。

有栖ちゃんがある程度食べて満足したところでごちそうさまをして歯磨き。


「ノリちゃんお疲れ。後替わる」

「おお、佐智恵(さっちゃん)ありがとう。有栖ちゃん、さっちゃんとぐちゅぐちゅぺしてねんねしようね」

「ねんね?」

御襁褓(おむつ)は大丈夫?」

「んー……大丈夫だな」

「了解。さ、有栖ちゃん、だっこ!」

「だっこ!」


早めに食べ終えた佐智恵が子守を替わってくれたのでやっとこさ年越し蕎麦にありつける。

すっかり伸びた蕎麦をすすり、有栖ちゃんの食べ残し(一歳半が一人前を完食なんて無理)も掻っ込む。


「ノリちゃんはもうすっかりお母さんだよね」

「そうそう、食べ残しも躊躇無く食べるし一人前のおっ母さんだね」

「ハハハハハ」


多少の自覚はあるがマザーズの折り紙付きには乾いた笑いしかでてこない。


「ここまでくると鰹節が欲しいんやが……なあなあ一平ちゃん、鰹にチャレンジせんの?」

「無茶言わんでください。最低でも紀伊水道まで出ないと獲れないですよ」

「ほうなんか?」

「ええ。外洋性なんで」


少し離れた席で親父殿が安藤くんに絡んでいるけど、鰹は淡路島迂回して紀伊水道か豊予(ほうよ)海峡を越えて豊後水道にでも出ないと難しいと思う。


「鰹も鮪も縄文時代から食うとったらしいやんか。縄文人が獲れとんのにうららが獲れん理屈がわからん」

「伊豆半島とか房総半島とかの話じゃないですか? 匠さん! 縄文時代の貝塚から鰹の骨って出てましたっけ?」

「何? 鰹? ああ、太平洋沿岸だと結構でてる。海水温が高かったのか北海道や青森でも出てる」

「鰹って瀬戸内海で獲れると思います?」

「……よく分からんが無理じゃね?」

「ですよね。鯖節で我慢してください」

「むむむ……まだや、まだ分からん。ノリちゃん、ちょぉこっち()ね」


「話は聞こえてましたけど鰹は三番船以降じゃないと厳しいです」

「春風じゃ駄目なんか? 淡路島も小豆島も四国も確認したんやろ?」

「一隻だと怖いですし、雪風だとさすがに外洋は……三番船が稼動するまで待ってください。鰹節や昆布が欲しいのはみんな同じなんですから」

「……おろし蕎麦(これ)に削り節を散らしたらほぼ完璧な郷土料理になんねん。まあ蕎麦粉の挽き方とか繋ぎとかに注文あっけどそれはでけっから」

「またカツ丼作りますから」

「……分かった。せやけどあのカツ丼、よう知っとったな」

「強烈にプッシュされて物産展のイートインで食べた事が……あまりに美味(うま)かったんでキッチンガン見して調理法覚えました」


「ノリちゃん、有栖ちゃん寝かしつけてくる」

「ありがとう、よろしく。有栖ちゃん、おやすみなさい」


佐智恵の寝かしつけの方法は正直どうよとも思うけど効果は抜群だったりする。

手法としては子守唄になるのだろうが、化学の語呂合わせ――原子番号順の“水兵リーベ僕の船”とかそういう奴――とか九九とかを延々唱え続けるというもの。

“人間は意味の分からない言葉を聴いていると寝る。それは赤ちゃんでも一緒。意味とストーリーがある子守唄より語呂合わせの方が寝かしつけに向いている”というのが言い分で改める気は無いそうだ。


頭の痛い事に、雪月花がそれならとフィンランドの諺をフィンランド語で語り続ける方法を採用しだした。美浦でフィンランド語の簡単な会話ができるのはSCC代取の三名。雪月花のご母堂と話すために将司がフィンランド語を習い始め、それに俺が巻き込まれた。有栖ちゃんが四人目になるかは神のみぞ知る。


暫らく雑談した後で火の始末をしてお開きに。


「よいお年を」

「よいお年を」


もう三年が暮れ、四年の足音が聞こえてくる。


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