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文明の濫觴  作者: 烏木
第7章 三年目
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第18話 米の布教

稲刈りも終わり冬の足音が聞こえてくる十一月半ばの滝野。

その大手門の前に四十人が玄米の詰まった米俵を背負って並んでいる。彼らは滝野交換市に参加している各集落の代表で各集落から四名が参加している。


米俵の大きさは四斗入りの正俵(六〇キログラム)が直径五〇センチメートル・長さ七〇センチメートルぐらいで、二斗入りの半俵は直径三五センチメートル・長さ五五センチメートルぐらいある。

身長一五〇センチメートルぐらいしかない彼らだと米俵の存在感が半端ない。

一俵背負っているのが半数で、残り半数は更に半俵も背負っていて玄米だけで九〇キログラムに達している。


『始めてください』


スタートの声に歩き出す一同。

彼らは一俵でさえ体重超え一俵半だと体重の二倍になろうかという重量を背負って滝野の外周を周回する。そして一時間以内に十周できたら背負っていた米俵を貰える事になっている。


仮に二十人が米を主食とするなら一箇月に四俵二四〇キログラムを必要とするから四人全員が成功したら五俵三〇〇キログラムなので一.二五箇月分。それも冬場のそれなので気合が違うようだ。


「それじゃ俺らも行くわ」


四俵(二四〇キログラム)背負った文昭と二俵背負った伊達くん、それと荷物なしの楠本夫婦が進発する。楠本夫婦は救護班の位置付けだが、伊達くんと文昭は遊び感覚に近いんじゃないかな?

周回遅れを量産して心を折らないようにお願いしたい。


四俵も持てるのかというと……昔の写真で五俵背負った小母ちゃんたちってのがあるから決して無理という訳ではないようだ。


この催しだが、何もリクリエーションや意地悪でこんな事をしている訳ではない。


■■■


事の起こりは夏に遡る。今年の五月から始まった滝野交換市だが、交換市の開催頻度と開催時期の見直しを諮った。


主にホムハルの希望を酌んで月二回ぐらいの頻度(満月と新月)で開催していたのだが、美浦はともかくとして他の集落が交換品の確保が追いつかなくなってきた事と、遠隔地は往復の労力・日数が負担になっていたので満月のみのおおよそ月に一回程度に改める事で合意が成った。


次に冬季は開催しない。北の方だと積雪もあるそうなので出歩くのは危険だし、冬だと交換品の確保も儘ならないらしいのでこれも合意が取れた。


正直なところ、交換市は負担になっていたからありがたい。特に通訳を押し付けられ続けた形の俺とヤソくんの負担がぐっと減るのは嬉しい。


問題は美浦とオリノコの都合ではあるが、十月の開催を取り止めにする事。

これは難航したが通させてもらった。だって稲刈りとか脱穀とか忙しいんだもん。


しかし十月休会を通す代償として幾許かの米を供出する事になった。

向こうにしてみれば“俺らが一年間食う分を収穫するから開催は無理”と言われたら“それってどんなの?”ってなるだろ?


■■■


そういう流れだったので九月の交換市で米料理講習会的な物を行った。

調理法が分からない食べ物を貰っても嬉しく無いだろうという事。


滝野市場前の広場の脇にある東屋に石組炉――ただ単に石で囲って焚き火する場所――を組んであるのだが講習会はそこで行う。


滝野市場の土間には竃があるので俺らは普段の調理には竃を使うのだが、竃は他集落の人には馴染みがない設備だし、今日は先住者が普通にできる調理法が主眼なので焚き火で作れる事が要件となるので東屋の石組炉で調理する。


本日の料理は炒り玄米――玄米茶に入っているあいつ――と炒り玄米のお粥の二品。


デモンストレーターはオリノコでよくおやつ代わりに炒り玄米を作っているヤソくんに頼んだ。炒り玄米のレシピは玄米を浸漬してからとか幾つかあるが、比較的簡単なさっと洗った玄米を炒るというレシピでお届けする。


『玄米を洗う。鍋に入れる。火にかける』

『揺する。混ぜる。揺する。混ぜる』

『こうなる。皿に移す。冷ます。終わり』


粗熱が取れたところで試食なのだがあっという間に無くなった。まあ、大して量が無いから余る訳ないんだけどね。


『鍋に炒り玄米を入れる。水も入れる。塩も入れる。火にかける』


次は炒り玄米の素粥。ふやかした炒り玄米的な物だけどそこそこいけるし量も取れる。干物とか野草とか入れて煮ても面白い。


玄米を炊飯するのは結構骨が折れる。特に(燃料)がたくさん必要になる。

真偽の程は知らんけど、江戸時代の都市部の庶民は玄米を炊くほどの量の薪を確保できないから都市部では庶民も白米を食べていたとか何とか。

実際、白米を炊くより玄米を炊く方が多くの(火力)が必要なのは間違いない。

炒り玄米ならそのまま食べられるのだから、お粥にするとしても沸いたらOKともいえる。


別に無理に米を普及させる必要はないのだが、十月の休会の補償的な事なので米のデモンストレーションをしている。


精米や炊飯は先住者には難しいってのもあるけど、湿気と高温と(虫や鼠などの)食害に気をつけていれば玄米なら年単位、炒り玄米でも半年以上は持つのでこのメニューにした。


自分達が調理できない素材なんてゴミでしかないしね。

彼らに鍋があるのかって? 炒り玄米なら土鍋でも作れるし、底の深いフライパンというか平底の中華鍋みたいな形状の汎用調理具――“炒め鍋”とかいうらしい――は条件次第だが配って良いと言われているから何とかなる。


米が休会の補償になるかだが、試食用のお粥を食べている一同を見ればその目的は概ね達成できたと思っていいだろう。

“あのゲンマイとかいうのはどれぐらい採れるのか”と聞かれたから“滝野の広さ(だいたい一〇〇メートル四方だから約一町)で五人ぐらいがずっと食べられる”と答えておいた。


美浦やオリノコは奈緒美や秋川家といった農家(プロ)の管理下で集約農業に近い事ができているので順境なら反収二〇〇キログラムは固く一町歩あれば十数人は食べていける。農家の管理外だとどれだけ下がるか分からないけど、仮に半分の反収一〇〇キログラムとすると収穫量は一,〇〇〇キログラムになる。


種籾用に取っておく分の四〇キログラム(一反二キログラム × 十反 × 歩留まり五割)を除いた可食分の九六〇キログラムを年間消費量の一五〇キログラムで割った六.四人が一年間食べていける人数。余裕を見込んで五人あたりが良い線だと思う。


収穫量を多めに言っていて実際は少なかったら大問題だけど、逆なら問題は少ないという判断もある。これは聞かれると思ったから事前に計算もしたし相談もしておいた。


一町歩で五人というのは美浦基準の半分以下、現代基準だと二割以下なので俺らからするとかなり少ないが、彼らからすると滅茶苦茶多いと思う。


同じ人数を狩猟採取で養うには六〇〇倍以上の土地が要ると推測できるので、()()()一町歩で五人も養えるのは彼らの理解を超えている可能性はある。半信半疑どころか一信九疑でも何ら不思議はない。ただ、反収だけなら(ヒエ)も結構良い線をいくらしいので理解できるかもしれない。


■■■


どれぐらいの米を供出するかだが、正直なところ凄く悩んだ。

一人前で一合(一五〇グラム)使うとして二十人なら一食で三キログラム使用する。

三の倍数で一集落あたり三、六、九、一二、一五、一八……“どれにしようかなぁ”何て考えていた。


人はどれぐらいの重さの物を持ち運べるのかは諸説あるが、一つの考え方として体重の何割までという物がある。脚は常日頃自重を支えているのでその余裕率から割り出すという考え方。体脂肪率が極端に高い人や低い人は別として、だいたい体重の二割までなら大きな問題は無い。


子供の健康と健全な成長のため、登下校時の荷物の重さは児童の体重の一割以下を目標として最大でも二割以下に抑えるという指針があるところもあるけど、児童で大丈夫なのだから体重の二割というのは通常の成人であれば特段の訓練もなしに比較的長時間背負っていても問題ない水準と言えるかもしれない。


日本の労働関連法の規制は成人男性は瞬間的ならば五五キログラム以下、常時人力のみの取り扱いなら体重の四割以下(になるように()()()こと)となっている。女性は男性の六割となっているので瞬間的には三三キログラム以下、常用作業だと体重の二割四分までとなる。


まあ、体重の二割までならまず大丈夫で成人男性なら四割までならおそらくいけるという感じかな?


体重の二~四割までなら何とかなるだろうと言っても“できる”と“苦にしない”の間には大きな断絶がある。体重五〇キログラム以上の人が一〇キログラムの米袋を人力で一日で三〇キロメートル運ぶのを想像して欲しい。三〇キロメートル歩く自体がアレだけどそれを除いてもうんざりするだろ?


それと、これらは荷役の必要がない訓練もしていない一般人の話であって、行商の小母ちゃんは(お茶の子さいさいという訳ではないだろうが)四〇キログラムとか背負って売り歩いている。

重量物運搬の訓練をした登山家や専門家である歩荷(ぼっか)強力・剛力(ごうりき)などは体重超えはおろか下手したら一〇〇キログラム超えの荷物を背負って山を行ける。


問題は彼らが運搬人(ポーター)なのか一般人なのか。

一般人なら体重の二~四割――約九~一八キログラム――程度にとどめる方が良いと思う。個人的には一集落から三人来ているなら一人頭六キログラムで一八キログラムあたりが適切だと考えていた。


だけど、希望を聞いたところ体重超えの一人一俵持って帰れるなんて言い出すんだもの。貴様ら欲張り過ぎだ。


希望の量を持って一時間以内に滝野の外周を十周したらあげる。

例えあげても集落に持ち帰れないなら意味が無いから持って帰れる証明をしてもらっている。俺は一人一俵の六〇キログラムでも多すぎると思うんだけど、彼らがやれると言う以上はやらせてみるしかない。


滝野の外周を十周すると四キロメートルをちょっと超える程度だから一時間で十周は平均時速四キロメートル以上を一時間維持できるという事なので、持ち帰れる証明となる。


まあ、失敗しても今回は半俵ぐらい持って帰ってもらって残りは春にでも持って帰ってもらうつもりではある。


美浦が放出する米は五〇俵で、今年の食米の収穫は三〇〇俵ぐらいと言っていたから六分の一(一割七分)に相当する。飼料米や酒米も含めると一割ぐらい。

それなりの量ではあるが出せない量じゃない。


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