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文明の濫觴  作者: 烏木
第7章 三年目
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第17話 レザー・アーマー

革鎧(レザー・アーマー)を作ろう!」

「…………」

「レザー・アーマーを作ろう!」


創都(そうと)……増上慢(ぞうじょうまん)を感じさせる元キャンプ場の彼らの自称だが、それを言えば美浦は地形由来とも言えるから除外としても豊葦原瑞穂国はブーメランだな。その創都との通商交渉が一段落した頃、何を思ったのか楠本奈菜(ママ)さんがレザー・アーマーを作ろうと言いに来た。

右手を突き上げたポーズを決められても如何しようも無いんですけど……


「……がんばってください」

「ノリちゃん先生なら作れるよね? 材料もあるよね?」


作れる作れないで言えば作れる。昔、作った事があるし手順も覚えている。

それと材料もある。鞣しまで終わってる革は予備の動力ベルトやパッキン、革靴、革手袋などで使う分を除いても十分にある。


仮に(ワックス)硬化させるとしても蜜蝋の他に砂糖の搾りかすとか漆や漆の近縁種(山漆(ヤマウルシ)山黄櫨(ヤマハゼ))の実などから抽出する方法は確立しているから再生産は可能。

だけど作る気は無い。だって意味無いじゃん。


「材料がもったいない事と使い道に困るという重要事項に目を瞑れません」

「革は有り余ってるでしょ?」

「余ってるのと無駄づかいしていいかは関係ありません。いったい何に使うんですか?」

史朗(しろうお兄ちゃん)宣幸(のぶお兄ちゃん)防具(プロテクター)。しょっちゅうあっちこっち怪我しててママは心配。それとね……あの子達は次代のリーダーにならないといけない。現代文明を知っている最後の世代なんだから。さすがに乳飲み子だった和広(かずくん)達は覚えていないだろうしね。だから食料的にも駆除的にも狩りをしないといけないし、場合によっては自衛……自分じゃなく自分達を護らないといけない立場に成らざるを得ない。だからフォローできる内に色々教えておきたい」

「……分からないでもないですが、最年長の史朗(しろうお兄ちゃん)でも七歳ですよ。まだまだ子供なんですからそんなに急がなくても」

「世代断絶が十二年(一回り)もあるから可哀想だけど背伸びはいる」

「……それが親御さんの教育方針というのでしたら否定はしませんが……正直賛成しかねます。もう少し後でも良いのでは?」

「もちろん最初は形だけ。さすがにいきなり槍持たせて“料理は新鮮な食材を得るところから始まるのです”とかやらないよぉ」


この人、シリアスとコミカルがころころ入れ替わるんだよな。それと“料理云々”は口真似っぽいから何かのセリフのパロディだろうな。


「……ソフト・レザー。例えば革パンとか革ジャンとか、まあ行って革つなぎ(レザー・スーツ)ぐらいまでなら材料的には許容範囲かも知れません」

「ハード・レザーは?」

「子供の筋力・体力だとハード・レザーはキツイと思いますよ。精々急所だけハード・レザーで補強ぐらいが関の山かと」

「そっか……まあ、そだね。分かった。じゃあファイヤー・サポートよろしくねん」

「基本的には賛成していないって事はお忘れなく」


これって根回しとか観測気球とか威力偵察の類だろうな。


■■■


『革』を『柔』らかくすると書いて『(なめ)』し。

『皮』を鞣す事で初めて『革』になるのだが、鞣し作業というのは、そのままだと腐ったり乾燥して縮んだり硬くなる『皮』を耐久性や柔軟性を持つ『革』にする工程の事。

科学的にば“動物繊維(コラーゲン)に鞣剤を反応させて繊維組織を安定化させる”になるのかな?


鞣剤は鞣し業者をタンナーと呼ぶ事から分かるように古来タンニンが使われてきた。

タンニンは単一の物質や薬剤ではなく、現代の定義では“タンパク質やアルカロイドや金属イオンと結合して難溶性の塩を作る植物由来の水溶性化合物の総称”というのが近いと思う。語源的にはタンニンというのは鞣し(タン)に使う薬剤の事なので、元々は“鞣剤”という意味があった。『鞣しにはタンニン(鞣剤)が使われてきた』はまあ当たり前。


タンニンの他にもクロム(薬品名としては塩基性硫酸クロムなど)や明礬(ミョウバン)あたりが鞣剤としてはメジャー所かと思う。産業的にはタンニン鞣しとクロム鞣しが二大巨頭なので明礬鞣しは個人で鞣す人限定かもしれないけど。他にも油とか脳漿(のうしょう)とか唾液とか色々と鞣しに使える物はある。


これらの内、美浦でやっている鞣しはタンニン鞣しと油鞣しの二種類。

クロム鞣しと明礬鞣しは鞣しにかかる時間が短いのだが如何せん薬剤が無い。

仕方が無いから時間は掛かってもある程度の量が確保できて現代まで産業として残っている実績からタンニン鞣しと油鞣しにしている。そしてこの二通りの鞣し方法は伝えていこうと思っている。


タンニンって現代日本はほぼ輸入に頼っている事から分かると思うけど日本列島の気候風土や生物相だと案外採れない。家内制手工業レベルまでは何とかなるかもしれないけどそれ以上となると厳しい気がする。その点、油鞣しは菜種油と塩を使う白鞣し法ならまだ増産は利く。製品特性や価格などで鞣し方法の棲み分けできれば良いなって思っている。


今、何をしているかと言うと、美浦の一年生三人に革の作業着を誂える事になったので革工房で型紙とチャコペンを手に革を見繕っている。


“隠れて真似事をして大事になるよりは何倍もまし”という意見に賛同が集まったのと“実際にやるかどうかは本人次第だけど三人とも機会は平等にしないと面倒”という事情から三人の革製作業着を作る事になった。


猪革と鹿革のそれぞれにタンニン鞣しと白鞣しがあり四種類の革がある。更に細分するとどの部位の革なのかという事もあるが、今回は大きさと厚さで決める。

試験運用の面も無きにしも非ずなので四種類の革は取り混ぜて選抜して型紙を写す。


一番上の史朗くんは白鞣しの鹿革、二番目の宣幸くんはタンニン鞣しの鹿革、一番小さい美恵ちゃんは白鞣しの猪革を主体とした革ジャンと革パンの型を写したら裁断や縫製などの後工程は繊維関係施設(つむぎ)に任せる。


被服の方はつむぎにまかせるが、保護具の方はこれから見繕う。

胸部に衝撃を受けると心臓震盪(しんぞうしんとう)心室細動(しんしつさいどう)の方が通りがいいか?)を引き起こす事があり、若年であるほど起きやすいとも言われているから胸部保護具は必要だと思うんだ。

保護具は弓道の胸当てっぽい物をハード・レザーで作る予定。


保護具だからそれなりに厚みがないと駄目だろうなどと見繕っていたら別工程をやっていた佐智恵が来た。


「義教、これ、押し型」

「おっ、もうできたのか? 早かったな」

「この程度たっくんに掛かれば」

「匠の仕事かよ」

「鋳造と仕上げは私がやった」

「お疲れ様。ありがとう」


エンボス加工といって凸凹を作って模様などを描く方法があるのだが、この押し型は革に押し付けて凹ますための物。保護具に紋様を入れて胸章代わりにする予定。


「これが美浦、これが漆原家で楠本家はこれ。それとこっちは長男と長女」


組み合わせて個人識別までできるってか? これ、もう紋章じゃね?


「革の選定は終わった?」

「革ジャンと革パンはつむぎに持って行った。後は胸当て」

「そう。これ何かどう? 結構厚手だし」

「それは猪だから駄目。こっちのタンニン鞣しの鹿から」

「何で?」

「昔失敗した事があるけど猪って硬化させにくいんだ。結局鹿で作った」

「映研のアレ?」

「そう」


映研に頼まれて革鎧の衣装を作ったんだが、猪革だとちゃんと硬化せずふにゃふにゃだったんだよね。鹿革の奴はちゃんと硬化してそれっぽい物になった。

猪革の奴は仕方が無いから薄ベニヤに貼り付けてそれっぽくしたんだけど、見てくれはこっちの方が良かったようで主役はそれを使ってた。ちくせう。


「反対してた割りには熱心な事で」

「やるからにはちゃんとしないと命に関わる。そう言えば酢酸鉄と重曹は?」

「ちゃんと持って来てる。足りなかったら言って」

「あんがと」

「じゃあ、頑張って」


酢酸鉄は革を黒染めにするのに使う。

酢酸鉄の鉄イオンがタンニンと反応して黒色になるのを利用している。

この辺りは没食子インクと同じ原理で、実際に必要なのは鉄イオンなので没食子インクのように硫酸鉄とか他の鉄イオンを含む物質なら黒染めできるが、使い易さ・安全性・入手難度などから酢酸鉄を使う。ちなみに重曹は染め終わった後に酢酸を中和するのに使う。


■■■


ミシンも無い手縫いなので革ジャンや革パンの完成にはしばらく掛かる。

それと保護帽(ヘルメット)も時間が掛かる。重すぎると首をやってしまうので軽くて丈夫という難題をクリアしないといけない。現在、薄い鋼鉄製、カゼイン樹脂製、木製などが検討されている。匠と佐智恵、がんがれ。

秋に予定されているお披露目までに間に合わなかったらラグビーとかのヘッドギア的な物になる予定。


俺が担当のハード・レザー製胸当てが一番早く上がるのだが、それならば先住者の体格に合わせた物を幾つか作るよう言われている。

オリノコで試験運用して滝野で広める構想らしい。


弓道の胸当てを真似ているので弓との相性は悪くは無いだろうけど、有用性を体感できるかは疑問。聞いた話だけど、女性は胸があるから胸当てが無いとよろしく無いのだが、男性の場合は正しい射方をすれば弦の軌道に干渉しないので胸当ては初心者用の補助具扱いで大会によっては男性の胸当ては禁止という事もあるらしい。


まあ、作るだけ作ってオリノコに提案まではしよう。

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