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文明の濫觴  作者: 烏木
第1章 幕間
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幕間 第2話 楠本夫婦

佐世保から習志野に異動が決まった。習志野は六年振りだ。

そういえば奈菜と出合ったのも習志野時代だったな。

盆の祭りで熱中症で倒れた参加者を救護所まで一緒に搬送したのが初顔合わせで、数日後体調を崩した部下を医務室に連れて行った時に応援に来ていた奈菜と再会したのが馴れ初めと言えるのかな。

着任までの日数に余裕があったので家財道具は別便で送って家族旅行がてら自家用車で移動する事にしたのだが、途中のキャンプ場で厄介事に巻き込まれた。


キャンプ場の隣のサイトに入ってきた若者の中に見た事があるような人物がいた。

初任地の善通寺で出合った敷島中隊長の息子さんに似ている。

中隊長には公私に渡り大変お世話になった。幹部としての心構えや統率方法の示唆をはじめ、美味しいうどん屋情報やご自宅に招かれてご馳走になったりもした。

中隊長には当時中学生の息子さんがいて「そんなもん中学生の息子でもできるぞ」とよく発破をかけていたがその子は化物だった。

二十二歳の現役自衛官が中学生にハイポートとCQCで辛勝だった時は穴があったら入りたくなった。完勝して当り前なのに……

それから自分を鍛えなおしたお陰で習志野や佐世保でやってこれた。


声を掛けてみるか思案していたら轟音が鳴り響き稲妻が降り注ぐという常識じゃ考えられない事態が発生した。

急いで妻子を自家用車に避難させ辺りを窺っていると唐突に嵐は終わったが、これは始まりに過ぎなかった。

周りは全く見覚えのない場所になっていたのだ。


この時の自分の正直な心情は……<異世界転移キター!!>

自分と同じくオタクである奈菜も恐らく似たような心情だったと思う。

状況確認をしよう。

こういう時は先ずはスマホの電源を切って……

「自分は楠本政信三十一歳、陸上自衛隊一等陸尉で現在は異動に伴う休暇中。妻は奈菜二十八歳、元看護陸曹で現在は退職して二児の母。長男は宣幸四歳で幼稚園の年中組で今春からは年長さん。次男は和広十一ヶ月もうすぐ誕生日を迎える。笑い上戸なのかよく口角泡を飛ばして笑っている。キャンプ場で稲妻が降り注いだと思ったら原野だった。これ何て小説?」

「こういう時はほっぺたをつねってみるのが定番」

そう言って奈菜が頬をつねる。

「あれ?痛くない?夢?」

痛いよ。分かり易いボケをありがとう。痛くなるようつねってあげよう。


次のステップとして装備の確認。

イグニッション……エンジンは掛かる。

EMPとかで電子回路がやられてたら拙かったけど大丈夫なようだ。

エンジンを止めて奈菜に目をやる。

「「撤収準備」」

状況がよく分からない時は直ぐに動ける様にしておかないと怖い。

外に出していた物を荷台に積み込み周りを見てみると隣のサイトの若者達に動きあった。どうやら探索組と情報収集組を出すようだ。

奈菜とアイコンタクトして子供達を連れて隣に向かい、奈菜と子供達を隣に預けて探索組に混ぜてもらえるようお願いしてみる。


近くで見て確信した。やっぱり息子さんだな。

当時中学生にしては大柄だったが益々育ったようだ。

「ん?政兄ちゃん?」

「やっぱり文坊だったか」

「ご無沙汰してます。……んと、中学の頃にお世話になった方。師匠の一人」

こっちの方が世話になったのだから師匠とか言われるのはこそばゆい。

「探索に出るのは?」

「早乙女と東山と自分の三人です」

「……道なりに出口方向つまり東側に向かいたいと思いますがどうですか?」

早乙女さんが提案してきたので「よろしいかと」と返し四人で境界線に向かった。


■■■

「なんじゃこりゃぁあ」

早乙女さんに取られてしまった。

さすが異世界。半端無い光景だった。境界線上にあった木や石がすっぱりと切れていて、境界線の向こうは石河原が広がっている。こちら側も平坦とは言えず若干傾いているが向こうは坂と言ってもよく、南側に向かって段差が徐々に高くなっている。そして北側は反対に向こうが低くなっている。


小石を向こうに投げる……普通に飛んで行って転がった。

枝を向こうに差し入れる……何ともない。


「よいしょっ」

早乙女さんが向こうに行った。何て事を!

「大丈夫か!?」

「うん。別に何とも無いっていうか……何が?」

……えっと……もう少し慎重に行動した方が良いと思う。


北側の断層(内側が高くなっている側)を一頻り見て戻ってきた。

「こりゃ有り得んわ……境界線で地層の連続性が途切れてる」

「匠、どうだ?」

「ウォータージェットにでも切られたかって位の切断面だな。いやそれ以上か……稲妻で焼き切れたとは考え難い。別の要因だろう。それと境界はほぼ垂直だから完全に安息角を超えている。崩れるのは時間の問題だな。南北の高低差がある所なんかは特に危険だ」

「一旦、義教に連絡を入れるぞ」


交信が終わると南北の二手に別れて崖を撮影しに行く事になり早乙女さんと文坊が内側を通って南に、自分と東山くんは外側を通って北に向かった。

「文……敷島くんとは同期なのかい?」

「そうですね。皆同期です」

「就職とかは決まってるのかい?」

当時中学生だったからそろそろ大学を卒業している頃だった筈だ。

「一人を除いて今春から院です。残り一人は元々六年かかるので進級です」

文坊は転校が多いから成績は今一つだったけど地頭は良かったからなぁ。

それにしても大学院に行くほど勉強熱心だったとは……ちょっと想像が付かない。

「意外に思ってます?文昭のこと」

「……ちょっとね。地頭は良かったけど学校嫌いの気があったから」

「義教ですよ。高校で意気投合したそうで……上手い具合に浮かない様に振舞ってくれますし、素養があれば東雲ブースターも利きます」

「東雲ブースター?」

「私が名付けたんですが、義教は本質や勘所を掴むのが早い上にそれを伝えるのが上手いんですよ。本人はプロでも十分通用する上手なアマチュア位で止まってしまいますが……だからあいつと一緒に習えば効率が格段に上がるんです。それに自分に何が足りて無いかも浮き彫りになるので何をすれば良いのも分かり意欲が湧くので尚更です。なので私は何かを習いに行く時には必ず義教を連れて行きます。……本人には内緒ですよ。知らぬは本人ばかりなりってやつです」

「それは……先生になったら凄い事になりそうだね」

「伝説の教師になるかも知れませんが生徒を選びますので学校では駄目でしょうね……おっとそろそろですかね」


眼前には七階建てのビルぐらいの高さ、目測で二十メートル弱のほぼ垂直の崖。


「いつ崩れても不思議じゃないので撮ったらさっさと戻りましょう」

「でもこれ位の崖ならどこかにある様にも思うんだが」

「これが岩盤ガンだったら大丈夫でしょうけど土なので難しいですね」

「そういう物なのかい?」

「そういう物です。土留めの擁壁で支えないと雨が降ったら崩れても何ら不思議じゃありません。というかあそこから水がでてるでしょ」

下から三分の一ぐらいの所から少し水が流れ出ている。

「恐らくあそこから上が崩落します。四十五……いや三十度ぐらいまで角度を下げないと駄目でしょうね。上半分を奥行き二十メートルばかし下に落とせば安定するからさっさと崩した方が良いですね」

「乱暴だねぇ」

「雪山で雪庇を崩して雪崩を予防するのと同じです」

「なるほど……それじゃぁ戻ろうか」


■■■

奈菜と子供達を迎えに行って荷物を積み直していたら声が聞こえた。


『古き世から新しき世に移りし者たちよ 知り栄え文明を築くがよい』


キタキタキター!!さぁ自分らに何をさせたい。

剣と魔法の世界か?相手は魔王か?ドラゴンか?

『剣も魔法も技術で何とかせよ。魔王もドラゴンもおらぬ』

へ?自分らに何させたいの?

『文明を築くがよい』

カステラ一番……じゃないのは分かる。……インカ文明とかの文明?

『然り』

早乙女さんや東山くんの口振りからすると、ここでは無理じゃないですか?

『ここである必要はない』

つまり自分らはどこでも良いから文化的な生活をして文明を育めば良いと?

『然り』

そもそもここはどこですか?

『厳密には別世界じゃが同じ星と思って良い。七千年ほど遡っている筈だが』

タイムスリップとかパラレルワールド?

『……そういう捉え方で大過ない』

自分らに特殊能力とかあったりします?自分らは文化英雄みたいなものなのでは?

『ヒトが持ちうるものしかヒトは持ちえぬ』

文明人ってひ弱なんだから文明に守られて無いと死んじゃうんでは?病原菌とか生水とかで体調壊して直ぐ死ぬのが落ちじゃない?

文明を築く時間なんて無いと思うけど……

『……ここに居る者にはヒトが持ちうる範囲でそれは考慮しよう』

『では励むが良い』

地形や資源の場所とかは?

………………

へんじがない、ただのしかばねのようだ。

質問タイム終了のお知らせでした。

さてどうしよう。


回答は思った事に対して行われていた様子だから各自で情報は違うんじゃないか?

「奈菜」

「うん」

小声で確認しあう。

「七千年前の地球だと」

「全人口が約五百万人で日本列島で約五万人。多いのか少ないのか分かんない」

「俺も分からん。防疫は多少考慮してくれると」

「記憶は思い出そうとしたら思い出せるって」

「ん?じゃぁ六年前の盆の祭り……」

いかん……これは……

「パパ、ママ、顔が真っ赤だけどどうしたの?」


■■■

「人生何が起きるか分からないとは言ってもこれは極めつけよねぇ」

私、楠本奈菜は()して長くも無い半生を振り返り黄昏ていた。


幼い頃に母を亡くし継母とは険悪とは言わないがあまり懐けなかった。直ぐに再婚した父にも思うところはあり、父と継母に対しては表面を取り繕った家族を演じていたようにも思う。ただ、七歳下の異母弟は凄く可愛くて、思えば私は政也(異母弟)を通してしか家族と繋がっていなかった様に感じる。

希薄な家族関係が原因ではないとは思うけど、中学に上がる頃にアニメに嵌り、高校からは盆暮れの祭りにバイト代を注ぎ込む立派なヲタク女になっていた。

そして高校卒業後の進路について私は実母と同じ看護師を志望したが両親はあまりいい顔をしなかった。

そこで無料(ただ)どころかお金を貰えて看護師の資格が取れる自衛隊中央病院高等看護学院(今は防衛医科大学校に統合されて閉校してしまった)に入学した。 学生生活は原則として集団生活だったけど、十年以上仮面家族を演じていた私には(深夜アニメが観れない事を除けば)特にストレスなくすごせ、無事看護師資格も取得して二等陸曹に任官された。当時の制度では卒業後に自衛隊を退職(いわゆる任官拒否)をしても特にペナルティは無かったがそのまま自衛隊に所属してお一人様生活を満喫していた。

そしてようやく行けるようになった盆の祭りで運命の出会いを経験する。


少し前に並んでいた大柄な男性が突然へたり込んだ。

咄嗟に駆け寄って声を掛けるが意識が混濁していて呼び掛けに辛うじて眼を開ける程度の重症だった。時節柄、熱中症の疑いが強く、これが熱失神ならまだマシなんだけど熱疲労や増してや熱射病だと命に関わるので早急に治療を行う必要がある。


「スタッフさーん!!急患でーす!!ストレッチャー持ってきてー!!」


大声で救援を求めたところ「自分が運びましょう」とイケメン参上。

あらやだ。格好良い……


中肉中背なので体格的に難しいと思ったんだけど、私に倒れた人と自分の荷物を頼むとイケメンさんは「よっ」という感じで簡単に背負ってしまった。

倒れた人は百キログラムはあろうかというのにふらつく事もなく駆け寄ってきたスタッフに先導されて駆けて行ったので、私も慌てて追い駆けていった。

救護所の医師に「熱射病の疑いあり。JCS(意識レベル)二〇」など必要な申送りを行い、スタッフに簡単な事情説明をしたらお役御免になった。


「まさか一人で担げるとは思いませんでしたよ」

預かっていた荷物をイケメンさんに返しながら素直な感想を述べる。

「自分、鍛えてますから」

「陸自のレンジャー徽章持ちって言われても不思議じゃないぐらい凄いです」

「ははは……光栄です。ところで看護婦さんなんですか?」

「ええ。成りたてのペーペーですけど」

後は軽い世間話をしながら元の場所に帰ってきたらスタッフがちゃんと空けておいてくれていたので名残惜しかったけど、それぞれの列に戻った。

祭りが終わった後で「せめて連絡先ぐらい聞いておけよ」とチキンな自分を責めたが文字通り後の祭りだった。


しかし、再会は意外と早かった。諸般の事情で翌週一週間は習志野の医務室に応援だったのだけど、その時に具合の悪くなった隊員を担いだ彼が飛び込んできた。

……何と言うか恋愛小説の主人公になったような気がした。


暫くして彼と付き合いだし、彼が真駒内へ異動して遠距離恋愛も経験した。

その後、彼との結婚を機に自衛隊を退職した。

自衛官同士の結婚は多いが離婚もまた多い。幹部自衛官は一つの任地に長くても三年しかいない為、双方が自衛官を続けるとほとんど別居状態になってしまう事も要因の一つだろう。また、両親共に自衛官だったら有事の際に子供はどうなるのかなども色々考えた。自衛隊を舞台にした恋愛小説で、高官が若手幹部にその辺りも考えておくべきと諭す(?)シーンがあったけどその通りだと思う。


結婚して直ぐに宣幸を授かり北海道で出産。

去年生まれた和広は九州で出産。

何か笑える。


そして今、私達は山野を切り拓いている。

……どうしてこうなった。


■■■

ここに転移(?)した中に、旦那が新任時にお世話になり尊敬している敷島三佐の息子さんがいた。会ったのは今回がはじめてだったが、旦那がよく彼の話をしていたせいか、何か親戚の子という感じもしたし、すごく良い子だった。彼の仲間も私達に色々気を使ってくれ感謝している。

みんなで協力して家を建て、田畑を作り、と徐々に暮らしが良くなっていく中、もう少し落ち着いたら子供達に勉強の機会を作るとも言われている。


宣幸は漆原さんのお子さんと兄弟のように仲良く遊んでいる。

和広もスクスクと育ち、立てる様になった。

旦那も宣幸も和広も大切な家族だが漆原さんやSCCの皆さんや高校生のお兄ちゃんお姉ちゃんも大きな家族の様に思えてくる。

ある意味では運命共同体なので家族と言っても良いかも知れない。

十八まですごした家族よりよっぽど家族だ。


以前に比べれば不便な事の方が多いが、私は決して不幸せではない。

アニメやマンガや小説の続きが気になるのと、もう新作を入手できない事を除けば……


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