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文明の濫觴  作者: 烏木
第7章 三年目
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第13話 酷道

将司からの突貫依頼があったので船の調子が悪いから道路の完成を急ぐと言って施工方法諸々を変更した。


道路の施工方法だが、元々は地面を掘って突き固めて路床を作り、そこに砕石を入れて転圧して路盤とし、その上に土と砂利を被せて突き固めるというマカダム舗装の簡易版的な施工法を採用していた。


マカダム舗装は現代にも通じる工法で、マカダム舗装の表層をタールでコーティングしてして固めるタールマカダム舗装にいたっては商標の一つのターマックが舗装路の代名詞となったぐらい。舗装路で行うラリー競技をターマック・ラリーというのは知ってる人は知っていると思う。現代のアスファルト舗装はタールマカダムのタールをアスファルトに換えたものと言っても大過ない。


アスファルトやコンクリートでの舗装はどだい無理だけど、恒久的な路床と路盤を作りその上に消耗品としての表面舗装を行うというやり方は耐久性に優れている上に維持管理もし易いし将来的なアップデートもやり易い。


しかし、路盤を作る工程が時間を喰うのでそれを省き、路肩に石を並べて縁石にして、間の路面に土と砂利を突き固めて暫定舗装を施す工法に変えた。オリノコから一キロメートルぐらいが簡易マカダム舗装でそこから先が暫定仮設道路になる。


暫定舗装でもそれなりに時間がかかるから塩化カルシウム(塩カル)撒いて固めようかとも思ったんだけどそれは奈緒美と美結さんに止められた。


野生動物も塩分やミネラルは必要で、草食動物は塩場と呼ばれる塩分やミネラルを摂取できる場所を舐めて補給していたりして、融雪剤として撒かれている塩カルからも摂取しているのだとか。


融雪剤が撒かれている場所と鹿をはじめ野生動物が異様に繁殖している場所はかぶる事が多く、関連性があるので今はやめておけという事。そういえば鹿が線路の鉄を舐めにきて列車に轢かれる事故もあるしコンクリートを舐めるのもいた。


増えたら狩って食えばいいじゃんって気もせんではないが、増えた鹿や猿や猪が田畑を餌場にする危険を言われるとね。


それと、工法を変えると共に道路の幅員も変えている。

現代日本の基準より若干広めの八メートルと五メートルをベースにしているのだが、狭いほうの五メートルにする事でスピードを上げる。要は一車線の区間と二車線の区間が混在する一.五車線的道路整備という事。


広めにしているのは後から道路を拡張しようとすると色々な問題が複雑怪奇に絡みあって滅茶苦茶大変になるからで、それなら“はじめから広めにとってしまえ”という訳だ。


一度広まった規格は後から変えるのは面倒な事が多い。

JRの在来線が標準軌より狭い狭軌なのは、極論するとはじめに敷設した線路が狭軌だったため。後から諸々の問題が生じて標準軌に変えようとしても車両や駅や橋梁、隧道なども変えなくてはならないので変更に膨大な費用がかかる。なので以降も在来線は狭軌で作らざるをえなかった。一方これまでの線路と接続せず、新たに作る半島や新幹線は標準軌にしている。


道路の幅員も似たようなもの。

現代日本には接道義務といって“建築物の敷地は幅員四メートル以上の道路に二メートル以上接していなければならない”という制約があるので多くの道路は四メートル以上の幅員がある。


しかし、昔はもっと狭い道路(たしか大正時代の法令だと幅員二.七メートル以上)でよかったから建築時の規制の道路幅という事が多く、旧市街だと幅員四メートル未満の道も結構ある。


改定された法令の施行前にあった建物は既存不適合といって即座には違反とはならず基本的には取り壊す必要は無くそのまま使えるが、新たに建てる場合は現行の法令に適合させる必要がある。接している道路の幅員を四メートル以上にできない土地だと今ある建物を使い続ける事はできても取り壊して建て直す事は難しい。


偶に“セットバック済み”という土地や家屋が売られているが、これは“接続している道路の幅員は四メートルに満たないが、道路の中心線から二メートルまでを道路とし使えるように後退(セットバック)しているから接道義務を果たしています”という意味。そういう方法があるって事は狭い道路が相当数あるという証拠。


もちろん広けりゃ良いという訳ではないが、基本的には道路も軌道も広いほうが輸送力があって発展に寄与する。


■■■


今日はオリノコから約四キロメートルの岩崎の北側麓まで来ている。

岩崎‐オリノコ区間の工事が終わったのでこれから“通り初め”をするのだ。


“通り初め”は道路などの開通を祝い供用開始を知らせる式典の事。

橋の場合は“渡り初め”というのが一般的であるが、道路や鉄道などでは“開通式”と言われる事が多い。


ただ、東雲組(うち)では“通り初め”だったので“通り初め”という事にした。

“渡り初め”は辞書に載っているが“通り初め”が辞書に載ってない事もあるぐらいマイナーなのは“渡り初め”と違って通りきる事が稀だからだと思っている。

橋の多くは渡りきることも容易だが道路だと何十キロメートルとかになると歩いて通るのは現実的じゃない。実質的に“通り初め”じゃないから開通式とかになっちゃうんだろうなと。


暫定仮設舗装は道路工事主任に任命したナセさんに任せていたが、初夏の内にここまで到達できた。作業の出来栄えや進捗はトラッキングしてたけどこの速度はかなり驚異的。平地で樹木もあんまり無く俺らが美浦との交通で歩いたり草刈りして自然歩道的下地が既にあったなどの好条件はあったが人力オンリーで実働二箇月強で完成というのは凄い。


雪月花の挨拶や匠の祝詞的なものの後にオリノコ最高齢のハキさんがいるハのや一家が先頭で、次に工事主任のナセさんがいるヤのや一家、その後は皆が続いて通る。


渡り初めや通り初めではその地域の三世代の家族(三代夫婦)や長老夫婦などが最初に通って橋や道路の長寿を祈念する事が多いのでそれに倣った。


三代夫婦というのは孫が結婚するまで夫婦共に壮健という事。

平均寿命が古希超えの現代日本だと孫の結婚式に夫婦で出席というのはさほど珍しくはないが、親父世代や祖父世代だと割と珍しい光景で下手すると両親のどちらかが故人という事も。平均寿命が四十歳程度だと孫はともかく曾孫(ひまご)の顔を拝めるのはレアな部類になる。


平均寿命四十歳というのはそんなに昔の話ではなく、江戸時代から終戦ぐらいまでは四十歳内外だったという研究もある。祖父世代は若干外れるが曽祖父世代だと“七歳までは神のうち”といって三人に一人ぐらいは七歳を迎えられず、夭逝した兄弟姉妹がいる人も珍しくもないって時代だった。


室町時代以前は言わずもがなで、一説によると平均寿命は十五歳。そして五歳の平均余命が二十数歳って事なので、半分ぐらいは五歳未満で亡くなっているって感じ。ちなみに平均余命二十数歳ってのは現代日本だと還暦ぐらいの平均余命。


結婚時に祖父母と父母が健在という三代夫婦は(まれ)なので目出度い長寿の象徴である。しかし、存在自体が珍しいので地域に渡り初めや通り初めができる三代夫婦が居ない事は往々にしてある。仮に居たとしても渡り初めや通り初めができる健康状態でないといけないので更に候補がいなくなる。三代夫婦が確保できない事も多いのでご長寿夫婦や自治会長夫婦などが役を担う事も。


オリノコに三代夫婦はいないので最長齢を擁する村長一家に務めてもらう。遠慮していたけど“そういうもの”として諦めてくれ。ちなみに美浦だと漆原家が担当になるが、こっちは嬉々としてやってくれる。


■■■


小さい子もいるので一時間強かかってオリノコに到着する。着いたら宴会。


「国道一号線の岩崎・オリノコ区間の開通を祝って乾杯!」

「カンパイ!」

「乾杯!」


宴会に付き物のお酒だが、今春から配給方法が変わった。

去年は美浦住人の二十歳以上の一人に付き一箇月に二升だったのが三升に増量された。それと行事に使う分は別勘定となった。

行事に使う分は各自の取り分からの供出で賄っていたのだが、行事用に取り置きがされていてそこから振舞われる事となった。

俺の取り分の最大の消費先ががが……


ある程度落ち着いてきたところで黒岩さんがぐい呑み片手に話しかけてきた。


「これで一段落ってとこか?」

「まだまだ下拵えの段階です」

「そうなんや」

「ええ。岩崎に資材や機材を置く小屋を建てる為の開通みたいなもんですから」

「山で言ったら何合目?」

「甘めに言って二合目ですかね?」

「はあ……まあええわ、今日は飲みぃや」

「ええ、遠慮なく」


実際のところ大変なのはこれから。

夏の炎天下で工事してぶっ倒れられたら困るので工事は午前だけにするつもり。そして工事が進めば進むほど工事現場への往復に時間がかかり作業量が逓減していく。


作業時間の捻出もあれだけど、峠越えになるので山道を作らねばならない。

山に道路をひくばあい、山肌を削って道路になる水平部分を作るのが基本。何らかの理由で山側が削れない場合は橋を渡す方が楽な事も多い。いわゆる桟道って奴。


山を削ると当然ながら掘り出した土砂石礫が発生する。これを残土と言うのだが、実はこいつの処分が面倒だったりする。そこらにぶん投げとくと下手すると土砂災害を誘発する事もあるので、現代日本では土捨て場(どすてば)と呼ばれる残土処分場に捨てるのが一般的。


残土などの建設廃材は一昔前は埋め立てに使われる事もあり、神戸のポートアイランドは“山、海へ行く”のキャッチフレーズの通り六甲山地の開発ででた土砂で埋め立て、山と海の両方に用地を作るなんて事が行われていた。


しかし海や谷などの埋め立てできる場所がなくなってきて土捨て場が枯渇しだした現代日本だと数少ない土捨て場への集中とか、安全対策が不十分な土捨て場や不法投棄された残土の崩落や流出などの土砂災害というコンボが起こっている。


ここらはゴミや産業廃棄物(残土も産廃っちゃ産廃だけど)の処理にも共通しているが“自分の目の前から無くなってくれればそれでいい”という“後は野となれ山となれ精神”が安全対策費用も賄えない安価での受け入れ強要を横行させ、結果として受け入れる人が居なくなり土捨て場の枯渇を助長していると思う。施主さんが残土処分費を出してくれないってのが残土を出す側である建設業界の言い分だけど、個人的にはそれでいいのかとは思っていた。思うだけで何かできていた訳じゃないけど……


たいていは掘り出した山側の土を谷側に盛って残土を出にくくするのだが、土留めを施して転圧やらなんやらとなると工期と資材を消費するので地形とかの要因も含めてどういう工法にするのかが決まる。いずれにせよ多かれ少なかれ残土は出る。

今回は残土を運び出せないので色々と不安はあるが山側の土を谷側に盛る方法を採用する。


仮に道路部分を全部山側を削って作るとなると残土の量が半端無い。

路肩や山側の崩落防止処置の余地を含めて幅七メートルぐらいを均すならざっとした計算だが山側はだいたい一五〇センチメートルぐらい掘る事になる。


これ位の高さなら法面が崩落する危険はかなり低いし崩落しても被害は限定的。逆に言えばこれを超えると本格的な法面工事(崩落や落石に対する対策)をしないと危なくなる。


だから全部山側を削る工法自体は成立はする。


問題の残土の量だが、これは掘削面積掛ける道路延長ででる。

道路延長は、勾配五パーセント(斜度三度弱)で道路を引くと峠まで最短でも六〇〇メートルを超える。


断面積は簡易的に直角三角形として五.二五平米(七メートル × 一.五メートル ÷ 2)とすると発生する残土は断面積と道路延長の積で三,一五〇立米以上となるので一〇トンダンプ六三〇台分ぐらいになる。


最小限それも片側だけでこれなんだぜ? 両側あわせるとダンプ一,二六〇台で済めば御の字。これを人力で運び出せると思う?


勾配を大きく取れば道路延長は短くできるし、それに伴い残土も少なくなる。

例えばハイキングコース並みの勾配八.七五パーセント(斜度五度)だと道路延長も残土も半分ぐらいになるし、最上級者向け登山道並みの勾配二〇パーセント(斜度一一度強)なら残土はほとんど発生しないだろう。


だけど、それを連絡路にはしたくない。

ベタ踏み坂と言われる事のある坂道の勾配は六~七パーセント(斜度四度前後)のところが多いがハイキングコースの斜度五度でもそれを超える。徒歩なら斜度五度ぐらいの坂道は構やしないが、車となるとそうもいかない。


いや、現代の自動車なら快適にとはいかなくてもそれぐらい登り下りはできるが、俺が想定しているのは自転車や人力車や畜力車。


車椅子のスロープの上限基準が十二分の一、つまり八.三三パーセント(五度弱)なので、それが瞬間的なら人一人分の重さを腕力で制御できる上限と考えれば良い。一応高低差が十六センチメートル以下なら八分の一(一二.五パーセント:七度強)でもいい事になっているが、車椅子の人に聞くと助走をつけないと自力で登るのは難しいと言っていた。常に全力を出し続けるのは無理があるので、斜度五度以上の坂道は短距離ならともかく平均でこの勾配にするのは躊躇う。


それと道路維持の都合もある。

勾配が五パーセント(斜度三度弱)ぐらいまで小さくなるとほとんどの物の安息角を下回り崩れたり削られたりするリスクがとても小さくなる。土石流も斜度が三度を下回ると土砂と水が分離するとされている。

なので勾配五パーセント以下の道路なら年に一回ぐらいの定期点検と記録的豪雨の後ぐらいに点検と補修をする程度で維持できる可能性が高い。

これらから勾配五パーセントとしている。


麓の方なら土留めの石垣の石材を運ぶのもマシだけど上の方は……

最悪、山側を削って道路の谷側に積み上げてガードレール代わりにしたり九十九折のカーブの外側に山積みにして緊急待避所もどきにするとかして誤魔化すかも。

後々に土砂災害が起きるのは寝覚めが悪いのでグランドカバーとかの打てる手は打つだろうけど。


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