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文明の濫觴  作者: 烏木
第7章 三年目
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第12話 オリノコ事情

何とか獲った三羽の雉を棒にぶら提げて戻ってきたら剛史さんと行き会った。


「おっ、雉か」

「何とか三羽獲れました。剛史さんの方の感触はどうでしたか?」

「目星はあるけど……明日ちょっと付き合ってくれんか? 相談があるんや」

「午後なら構いませんよ」

「ほんなら頼むわ。行くんやろ?」

「ええ。では後ほど」


オリノコでは鳥獣を獲ったときに儀式がある。(ちなみに鳥獣以外のもの、例えば魚などは除外の模様)


集落の外れにある岩に獲物を横たえ、岩の周りを皆で輪踊りしながら仕留めた者に拍手(かしわで)跪礼(きれい)を行うというもの。俺は密かに『獲ったど祭』と呼んでいる。


雉三羽だと一人頭四〇グラムぐらいにしかならないから省略したい気持ちはある。正直なところ『獲ったど祭』は一度に食いきれないぐらいの大猟の時に限定したらとも思う。こういうのは珍しいから良いのであって三日に一度以上の頻度だと流石に……


しかし匠の見立てによると、この儀式を通じて獲物を皆で分け合う共有物に変化させている節があるらしいのでお付き合いはする。皆の物にして皆で分け合って食べるのは全然構わない。

構わないが、焼き鳥串を咥えた奈緒美が“大儀であった”とのたまったときはちょっと殴りたくなった。


■■■


翌日の授業を終えた後に剛史さんと登り窯の候補地の視察を行う。


「ここらの斜面とかあっこらとかが傾斜の具合が丁度ええねん。それに北斜面やから冬場は北風が吹き込むのもグッドやな」

「何連房ぐらいいけそうですか?」

「材料さえあれば二十でも三十でもいけるけど、一間(ひとま)(一つの焼成室)が一間(いっけん)(約一.八メートル)として五間で全長十メートルちょいぐらいのが現実的かな」


使い捨てじゃない限り窯炉を作るには耐火煉瓦が要るので“材料さえあれば”という事になる。


「でだ、相談ってのはは地下水や。浅いとこにあると面倒やけど、よう分からんねん」


鍛冶もそうだが高温にするものに水は禁忌に近い。

水の気化熱の分だけ余計な燃料が必要というのも大きな理由の一つではあるが、高温の場所に水分があると下手すると壊れたり爆発する事もあるので水気は嫌われている。


備長炭は顕著だが炭にいきなり火を付けたら炭が砕けて弾け飛ぶ爆眺(ばくちょう)が起きる事がある。中に閉じ込められていた水が急激に気化膨張するのが主な原因だが、これは小規模なだけで実は火山の水蒸気噴火と同じ水蒸気爆発。この現象が炉で起きると最悪だと炉全体が壊れる。また高温状態の炉に水が触れたり冷気が入ったりして急速に冷やされると熱衝撃で壊れる。


剛史さんの知り合いに色々な不運が重なって水蒸気爆発と熱衝撃による破壊のコンボで窯炉と焼成中の物品を全部駄目にした人がいるとの事。人的被害は軽微だったが、耐火煉瓦も断熱煉瓦も無事な煉瓦を探す方が早いぐらいの惨状だったそうだ。


あと、条件を満たす事は少ないので滅多に起きないが高温の水蒸気が還元されて水素ガスになる事があってこれが爆発すると状況次第だがコンクリート造りでも吹っ飛ぶ。


それに爆発はしなくても水素が金属に吸収されると水素脆化(すいそぜいか)といって金属が脆くなってしまう。水素脆化を利用して金属を粉体にする技術もあるぐらい強力な脆化力(?)を持っている。粉末にした金属は粉末冶金という製法に使われるらしい。


水素と窒素からアンモニアを合成するハーバー・ボッシュ法など水素を使うところは基本的には水素脆化との闘いと佐智恵が言っていた。水素脆化対策の優劣が稼働率や採算を左右するとかなんとか。


「ここらは大丈夫だと思いますよ。念のため何箇所かボーリングして地下水位を確認しましょうか」

「そうしてもらえるとありがたい」

「あっちは五分五分ですね」

「やっぱそうか。そんな気はしてた」

「手が無いわけじゃないですが」

「資源と労力がたーんと要るんやろ」

「です。ここが大丈夫だと仮定して必要な耐火煉瓦の見積もりはお願いしても?」

「えっ? まあしゃあないな。後で検算はしてくれな」

「かしこまりました」


耐火煉瓦の必要量を算出するという事は登り窯の設計をするという事。俺や匠が設計するより良い物ができると思うし、必要な耐火煉瓦を用意するのも剛史さんな訳だから自分で設計した方が納得もできるだろう。


■■■


美浦とオリノコの小学校だが、カリキュラムは変えてある。

美浦は幸いなことに児童労働させざるをえない事態にはなっていないので、子供は(お手伝いは歓迎だが)労働力にカウントしていないからどんだけ授業してもいいんだが、オリノコでは住人のほぼ全員が授業を受けるので授業時間の分だけ労働力が失われるという欠点がある。


元々からすれば余暇の時間に授業を受けている計算になるし、今はまだ授業が午前中だけなので大きなロスにはならないが、いずれ無視できなくなる。これが一年二年の話ならともかく六年から九年続くともなるとさすがにきつい。

なのでオリノコは授業日数と授業時間を短縮するカリキュラムにしている。


当然の事だが授業時間が短くなるので獲得目標が異なる。

美浦は国語、数学、理科の全部と社会は政経と倫理、それと歴史と地理の一部を高等学校卒業程度を最終目標としているが、オリノコは国語、算数、理科を小学校もしくは義務教育修了程度が目標となっている。


オリノコでは授業と給食が終わった午後は公共工事や農作業に充てている。農作業は主には稲作のレクチャーで、そちらは奈緒美と美結さんの二人にお任せしている。


その午前の授業も二箇月もしたら休止にする。夏休みという訳。

まあ惰性というか習慣というかというのと、暑い盛りに授業なんてやってられるかってのと、授業を終えてから仕事だと炎天下での作業になってしまうってのが理由。まだすごしやすい午前中に仕事を片付けて炎天下の午後はお休みにしたい。


午後に行っている公共工事は現時点では美浦とオリノコを結ぶ道路の敷設。

ナセさんを主任(リーダー)に立てて道路工事を進めていて、舗装作業だけではあるがナセさんに任せて大丈夫になっている。


俺が陣頭指揮を執らないのは、俺が二週交代で美浦とオリノコを行き来しているので俺が居なくても作業ができるようにする為である。

それと道路敷設の技術を彼らのものにする為という意味も含んでいる。


ここらは良い感じで回っているのだが、頭痛の種が無い訳じゃない。

村長のハツさんと派遣班長の黒岩さんが認めているから文句は言わないが、文昭が子供たちに武術を教えている。主に教えているのは棒術なのだが、棒を持った男の子(ダンスィ)は構えて振り回して叩くのが本能じゃないかと思うぐらいなので怪我したりさせたりしないかと冷や冷やしている。


それだけなら“心配している”で済むのだが、(小桜)の修理で文昭が留守にしているから子供たちが俺のところにくる。俺は棒術なんて分からんから“駆けっこ”とか“けんけんぱ”とかの外遊びをさせて誤魔化しているがいつまで持つことやら……


いつまで持つかも頭が痛いが、それ以上に頭が痛い事が起きている。

それは子供たちの走る速さがオリノコの大人にせまる勢いで速くなっているという事。たぶんだけど、俺らのフォームを真似たんだと思う。


昔の人の方が運動能力があって云々の真偽の程は分からないが、仮に正しいとしても記録とは関連しない。というか記録で見るなら現代の方が圧倒的に優れている。


例えば第一回オリンピック(一八九六年)の百メートル走の優勝記録は一二.〇秒だが、国体の男子少年B(中三・高一)の百メートル走の標準記録は一〇秒台、女子も少年A(高二・高三)なら一二.〇〇秒がA標準(クリアした者の上位から出場枠までの人数が出場できる。クリアした者がいない時は標準記録Aより遅い標準記録Bを突破した一名が出場できる)になっている。つまり国体の百メートル走に出場したほぼ全員が第一回オリンピックの優勝者より速いという事。


男子は国体標準記録が一〇秒台ということから分かると思うが、高校生なら陸上部とかでなくても一学年に何人かは一二秒を切れるので一二秒を切れる人は日本全国で何万人もいる。俺も一〇秒台は無理だけど一二秒は切れる。


百年前の世界最高峰は現代だと選手選考にかすりもしない平凡な存在。

これは陸上競技に限った話ではなく競泳も似たようなもの。


速い走り方をすれば速く走れる。

速い泳ぎ方をすれば速く泳げる。


微妙に違う気もするが、技術の無い天才は技術を持つ凡才に劣る。

もっとも技術を身につけた天才は正に鬼に金棒だけど……


背の高さとかも含めて今の子供たちがオリノコの大人の身体能力を上回るのは時間の問題のような気がしてならない。


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