第11話 雉も鳴かずば
河川用ポンポン船がエンジンスワップ中なので美浦とオリノコの連絡は徒歩で行っている。次の交換市までには換装を終えて欲しいものだ。
徒歩での移動に限った話ではないが、基本的に独行は駄目という事なので手を開けられる人がついてきてくれている。
今回は剛史さんと政信さんのお父さんコンビで、だいたいは単に同伴者だが今回の剛史さんはオリノコに連房式の登り窯を造れないかの調査を兼ねている。
現在美浦にある窯炉は材料も何も無いときに突貫で造った物なので焼成室が一個しか無く規模も小さく薪の消費量に比して成果物が少ないのが課題になっている。
登り窯は焼成室が連結していて下段の焼成室の余熱が上段の焼成室を暖めるので使用する薪を大幅に削減できる。
薪というか燃料は色々と問題が起きつつある。
恵森の利用については十個に区画を切って年毎に交代して十年で一回りとし、一年の伐採数はその区画内の二割までに制限している。そうすることで樹齢五十年の木材を半永久的に得る事ができる。
そうやっているのだが、家屋や船舶などの木材需要はともかくとして燃料としての薪炭需要が逼迫している。炊事や風呂や暖房といった生活需要はまだなんとかなるが、窯業や製塩や製鉄をはじめとした産業需要ががが……
ここに蒸気機関が加われば恵森の環境収容力に影響が出かねないので、美浦では真面目に登り窯計画が進行していて用地選定や部材見積もりが既に終わっている。
ついでといってはアレだけど、オリノコにも設置して煉瓦などの建材の作製ができないかなどと考えている。
煉瓦は結構欲しいのよ。横井戸や橋の躯体とか塀とか壁とか道路の舗装とか用途は一杯ある。まあ舗装は後回しとしても年単位で店晒しになっている横井戸は何とかしたいんだよね。
その剛史さんだがオリノコに着くや否や“カエさん達に顔見せてくる”とオリノコ派遣班居所への到着の報告をぶっちして集落に向かってしまった。
呆気に取られていたら苦笑いした政信さんに肩を叩かれた。
「自由人やなぁ」
「SCCも大概ですけど、ああまでスイッチが切り替わるのは」
「まあ早いところ荷物降ろそうや」
「かしこまりました」
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カムサキで黒岩さんと吉崎さんに到着を報告すると共に繊維関連工房からの贈り物である大量の布を渡す。
オリノコ派遣班の班長は当初は俺だったのだが、俺が滝野や学校などで留守がちになるので副班長の黒岩さんを班長に、後任の副班長には吉崎さんを充てた。
二人とも喜んで……な事はなく、それ以外の選択肢が無いという諦念で引き受けてくれた。
渡した大量の布ってのは、赤ちゃんを包む“おくるみ”やオムツや手拭いなどで、これから出産ラッシュを迎えるオリノコでは有用だろうと贈られた物。
名に実をつけるという事で、原則としてオリノコの件は二人を通して行っているからこの衛生用布製品も二人から渡す方が良い。
「相変わらず忙しそうやの」
「ええ、幾つか替わってもらえません?」
「はっはっは、おもろい冗談だ」
「いや、マジでアップアップなんすよ」
「一個替わってやったやろ? それに仕事は忙しい奴に頼めってじっちゃが言ってた。忙しい奴はいつまでも関わってられないからとっとと仕上げるってね。忙しい方はより忙しく、そうでない方はそれなりにって事だな」
「早乙女さんが来週は田植えって言ってますから来週は休校って事で」
「了解」
「それとお話があるから顔出して欲しいとも」
「……了解」
「忙しい方はより忙しく……まあさすがにあれやから、こっちでやっつけられるのがあったらやっとくからタスク言ってみ?」
「すまねぇ……恩に着る」
雉も鳴かずば撃たれまい。巻き取ってくれるなら巻き取ってもらえそうなタスクを並べるさ。結局二人に巻き取ってもらったのは活字作り……の準備。
今年の教科書はガリ版印刷で作ったが、ガリ版は基本的には使い捨てなので次世代の時にはまたガリ版の作製からしないといけない。今年度に間に合う印刷方法という事でガリ版だったが、今後を見据えて活版印刷の準備として活字の作製に手を染める。
活字の文字の種類と必要な数を割り出すために二人には小学三年生の教科書のページ毎の文字拾いをお願いした。来年使う二年生でなく再来年使う三年生なのは一年では作りきれないだろうという判断。
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奈緒美が話があると言っていたというので顔を見せたら美結さんを呼んでくるからちょっと待ってといわれた。農林コンビからの話というのは不自然ではないので暫し待ったのだが……
「お待たせしてごめんねごめんね。それでね、話ってのは欲しい建物があるんだ。ほれ、美結っちもお願いして」
「建ててほしーの。お願いにゃん」
顔を真っ赤にしながら猫っぽい割とあざといポーズをとる美結さん。
「…………」
「…………」
中々の破壊力を秘めているのは認めるが、この状況は看過できない。奈緒美に拳骨をかましてから“こんな事をさせてしまって申し訳ない”と言いながら美結さんに頭を下げる。
「痛い痛い痛い。突然何すんのさ」
「じゃがしぃ! てめぇ、人様の娘さんに何させやがる!」
「だからってグーで殴ることないじゃん!」
「何でこんなことさせたんだ」
「えっ?」
「お前が強要したに決まってんだろが」
「いやぁ……ノリさんが喜ぶかなって」
「ほほぉ……もう一発欲しいってか? 今度は男女平等パンチにしようかぁ?」
「暴力反対、暴力反対、話せば分かる」
「よぉし。ちょっとそこに直れ。美結さんごめんね。ちょっと説教するから」
◇
説教した後に聞き取った要請内容を端的に言えば堆肥を作る場所の建設。バンカーサイロ型堆肥化施設と言って三方が壁になっていて屋根が付いた建物が欲しいんだと。
サイレージを作るバンカーサイロは上部に水や空気を遮断するシートを被せて密閉する。シートを被せるのでバンカーサイロは露天でも問題ないのだが、堆肥の場合は水は遮断した方が良いが空気は遮断すると駄目なので屋根が要るらしい。
これの何が俺に絡むかというと、水を通さない壁や床(特に床)の建材が要るという事。現代ならコンクリートで仕舞いなんだけどここにはポルトランドセメントなんて代物はない。
あと、木材は使えない。堆肥を作るという事は植物の成分を分解するという事なので壁や床の木材も分解されてしまう。樹皮を堆肥化した樹皮堆肥ってのがあるぐらいだからビニールシートなどで保護しておかないと床や壁が朽ちる。
そして水を遮断するという事は水硬性の建材が必要で、現在手持ちの水硬性の建材は三和土ぐらいしかない。
水硬性と気硬性は字義が原因なんだろうけど誤解されやすく間違った使われ方をしている例を結構見かけた。
水硬性というのは水で固まるという意味ではなく固まった後に水に漬けても強度が落ちず硬性を保つという意味。
水を混ぜて固める石膏は、固まった後に水に漬けると著しく強度が低下するので、空気と接触させている(=水に漬けていない)状態なら強度が落ちない気硬性の素材である。実は漆喰も気硬性なので、風雨に晒される場所とか結露するような場所だと定期的に塗りなおしなどのメンテをしないといけない。
「三和土を確保しろって事か……」
「そゆこと」
三和土の材料である消石灰(貝灰・石灰)と苦汁の生産量は三和土の需要に追いついていない。特に消石灰が問題で、干し貝や貝尽くしデーや波打ち際の貝殻拾いなどで貝灰の原料である貝殻を集めているし、ミツモコから石灰の原料の石灰岩を得られているが全然足りていない。
だから重要度や使用量などから工法や着工順の調整をしている。
「多少漏れてもいいじゃん精神で叩き締めるだけとか石造りって手もあるけど」
「私もそう言ったんですけど」
「何か嫌な予感がすんだわ」
「そうか……ならしゃあないな」
将司と奈緒美の二人の予感は無視できないんだ。特に悪い予感は。
「五号防災倉庫と第四以降の醸造所と比べてどうだ」
「…………防災倉庫、堆肥化施設の順」
「分かった。調整しておく」
「お願いするね」
醸造所より優先順位が高いというなら調整は可能だろう。
それで話は終わったと思ったのだが、雑談レベルだが別の話もあるとの事。
「烏って食べられたっけ?」
「食える。ってか奈緒美も食ったことあんだろ」
「えっ? いつ?」
「美野里の誕生日に都内まで遠征して」
「ああ……あん中にあったんだ」
雑食系女子の美野里が“月一回は行かないと精神がささくれ立つ”と言っていたジビエ料理店で彼女の二十歳の誕生祝いをした事がある。
常連の女の子が初めてのお酒を飲むお店に選んだという事もあってマスターが気合を入れて取り揃えてくれた珍しい食材の数々の中にカラスもあった。
美味かった覚えはあるが、あれの再現は骨が折れる。
それと茨城県や長野県の一部の人たちはカラスを食べる文化があると聞いている。
たぶんだけど食べているのは、群れを成す雑食性が強い嘴太烏ではなく、単独行動が多く植物食性の強い嘴細烏なんじゃないかな?
基本的には陸上動物は肉食より草食の方が美味い傾向がある。
「それで何だ? 烏退治でもしようってか?」
「直ぐにどうこうじゃないけど、居るには居るからさ」
「同じ食うなら雉の方が良いと思うぞ。そろそろ煩いぐらい鳴くころだろ?」
◇
何故か予定外の雉狩りをさせられている。
雉も鳴かずば撃たれまい。