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文明の濫觴  作者: 烏木
第7章 三年目
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第10話 発動機

翌朝に朝食を出してお弁当とお土産を持たせてお帰りいただく。

昨晩話し合って決めた彼らに持たすお土産はこんな感じ。


定番の塩・干物・燻製のセット。

綿ぐり機・綿弓・糸車といった紡績道具セットと木綿の原料のコットン・ボール。

それとヤギ乳チーズ(シェーブル・チーズ)と最近作れるようになったマヨネーズ。


最新の調味料シリーズという事でカレー粉も候補に上がったのだが、政信さん(隊長)と将司の二人が“それは勘弁してください”といった感じの実に情けない表情をしていたから除外となった。


全員の分が揃わないときに諦めて貰う順番は将司と俺が同率一位で第三位が雪月花、他のメンバーは四位以下というのがSCC代取勢三人の間にある不文律。

なので将司は普段はほとんど我を出さないのだが、露骨なまでに表情に出ていたので皆が忖度した。


甘い対応に見えるかもしれないが、相手の面子もある程度は立てないと碌な事にならない。一度目なので、せめて向こうで言い訳が立つようにするのは仕方がない。


追い詰めすぎるのはあまりよろしくない。追い詰められた人間は何をしでかすか分からないし、不倶戴天でもないなら余計なリスクを背負うのは如何なものかとも。仮にとことん追い詰めるならば、禍根が残らないよう徹底的に完膚なきまでに叩く覚悟と能力が必要になる。


「よろしいのですか?」

「あなた方も向こうでの面子があるでしょうからね。あとこれは老婆心ですが、なぜ私たちがお伺いする時に色々な品を持参していたのかお分かりになりますか?」

「……いえ」

「自分達の狩場に他人が立ち入るのを喜ぶ者はいません。手土産というのは“私たちはあなた達の縄張りを荒らすつもりはありません” “あなた達の敵ではありません” そういう意思を表し、縄張りに入られた不快感を慰撫するための物です。これは元々住んでおられた方々にも通用しましたし、彼らもそうやっていました。彼らがここに来る際には手土産の一つも用意してきます。招待するので手土産は不要と言っても最低限の礼儀といって持参されました」

「…………」

「“害意は無い”という合図である手土産の一つも持たずに相手の領域に入るというのは敵対行為と取られても文句は言えません。狩場を荒らされるのは死活問題なのですから。今回は知らなかったという事で不問にしますが、今後、他の集落を訪ねる時は手土産をお持ちになられた方がよろしいですわ。怠ると下手すると殺されますよ」

「ご助言、痛み入ります」


留山の向こう側にある留山追分まで匠と美野里がお見送りする。道中恙無く。


■■■


お客さんが帰った二日後に(小桜)でオリノコに向かう予定だったのだが駄目になった。焼玉エンジンが不調で分解整備(オーバーホール)か、場合によっては換装(エンジンスワップ)が必要になったとの事。耐久試験を兼ねていたし、短寿命もある程度は覚悟していたけど一年持たないというのは中々くる物がある。


小桜が使えないので、今回は歩いてオリノコに向かう事になった。

何度か通った道ではあるが、独行は拙いという事で今回は将司がついてきてくれている。


将司の帰りは小桜を回航する文昭に同道する。

オーバーホールやエンジンスワップはオリノコではできない作業なので美浦に回航しないといけない。オリノコから美浦は川くだりだからエンジンが動かなくても何とかなる。


「船の動力は蒸気機関の方が良いんじゃないかって思ってる」


休憩中に将司がそんな事を言い出した。


「川蒸気って河川用の蒸気船があっただろ? 荒唐無稽とは思わないんだが、どう思う?」

「……無しとは言わんが、蒸気機関の実戦(コンバット)証明(プルーフ)が欲しいな。高圧蒸気って結構危ないし空焚きも怖い。先ずは美浦に作って試験操業してからじゃないか?」

「そうなるか……雪月花にもそう言われた」

「蒸気船にするかは焼玉エンジンの問題の深刻さ次第じゃね? 現状のリソースでどちらがより安定した動力源にできるかがポイントかな? そこらは現物見て文昭交えて話した方が実のある話になると思う」

「尤もだな。ところで道路工事の方だが急げないか? 早めに日和号か弁天号で行き来できるようにしたい」

「これから向う岩崎(オリノコ川と大川の合流部付近の尾根)が難所かな? もっとも多目的動力装置でってんなら直ぐにでも通れるようにできると思うけど……」


多目的動力装置は勾配一〇〇パーセント(四十五度)という見た目崖でも上り下りできるから極端な事を言えば一直線に道を作ればそれでいける。

しかし、それだと日和号や弁天号など普通の自動車は通れない。普通の自動車は勾配十数パーセント(八度ぐらい)が限界に近い。


現代日本の道路は法令で最高速度(速度制限)や道路の規格によって最大勾配が細かく決められている。その中でもっとも急なのが十二パーセント(七度弱)で、この時の設計速度(最高速度)は時速二〇キロメートル。法定速度の時速六〇キロメートルが設計速度だと許される勾配は八パーセント(約四.五度)ぐらい。


直線ではなく九十九折(つづらおり)になるから何倍もの長さになる。当然工期も何倍にもなる。


将司の顔色を伺うと……駄目だな。普通車が通れないといけないらしい。


「……重機(モグちゃん号)使っていいなら多少は早められる」


継続的に工事を用意するのも目的の一つだし、いつまでも使える訳じゃないから除外していた札を切る。


「岩崎の区間をやるのに必要なリソースを検討してくれ。それじゃ、ぼちぼち行くとしましょうか」

「ああ、分かった」


うん。険が取れてる。

きっと、今のペースだと間に合わなくて突貫でやれば間に合うタイミングで美浦とオリノコの間を普通車が通れないと拙い事態が起きるのだろう。


■■■


その日の晩にオリノコで文昭を交えて蒸気機関について話し合いを持ち、蒸気機関を試作する方向で諮る事となった。


いくら焼玉エンジンがガソリンエンジンやディーゼルエンジンより要求精度が低いとはいえ、やはり素材と加工精度と潤滑油の壁が高く、現状では半年から一年ぐらいで使い捨てという感じにならざるをえないのが耐久試験で分かった。


もっとも、小桜はエンジン・スワップする。交換した焼玉エンジンが壊れるまでに蒸気機関を何とかしようという事。


十九世紀末開発の焼玉エンジンから十八世紀後半開発の蒸気(スチーム)エンジンというのは何か負けたような気がするけど、我々はまだその域に達していないという事実を受け入れよう。


蒸気機関はそもそもパワー・ウェイト・レシオが悪いのにダウンサイジングすると極端に効率が落ちるとか、使用する水にも注文があるなどの欠点はあるが、構造自体は他のエンジンに比べると単純だから、作れる作れないで言えば作れる。


それと蒸気機関は低回転時のトルクが高いというか静止状態からでも始動できるのが特徴としてある。

ガソリンエンジンなどの内燃機関は圧縮してから膨張させてパワーを得るのでエンジン起動時はセルモーターなどの外部の力が必要だし、停車中はクラッチやトルコンなどでエンジンと動輪の間の伝達を切らないとエンストしてしまう。その点、蒸気機関は蒸気の圧力でピストンを押すだけなので外部動力は必要ない。

蒸気機関車が発車する時にピストンあたりからもうもうと蒸気というか湯気が上がるのは大量の蒸気で強力にピストンを押して始動しているからと言われれば納得できるだろう。


それがどういう意味を持っているかというと、変速機が不要になるので面倒なクラッチやギアボックスなどの部品が省けて作成難度の低下と耐久性に寄与するという事。



試作する蒸気機関の案として可搬式蒸気機関を持ってきた文昭に対して“いきなり蒸気機関車(SL)かよ”と突っ込んだ将司と俺は責められないと思う。だけど、可搬式蒸気機関とSLは別物との事。


可搬式というのは、建物などに据え付けられている“定置式”に対しての言葉で、蒸気機関に車輪などをつけて移動する事が可能(ポータブル)という意味なのだと。SLや蒸気自動車などの蒸気機関の出力で自走する物の先祖というか前段階の物だそうだ。


船に載せるのを目標とするなら動かせる大きさと重さのエンジンにすべきという意見は一理有るが、そういう蒸気機関の需要が美浦にどれだけあるかってのは心配ではある。


まあ、そこらは任せた。

小学校二つに保育園、学童保育、職業訓練校、道路敷設、滝野の交換市、それと下手すりゃキャンプ場関連……俺はもう一杯々々です。

仮に“援助を”と言われても“吾に余剰戦力なし”と返答するしかない。


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