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文明の濫觴  作者: 烏木
第7章 三年目
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第8話 対価

本来向こうがすべき条件提示もなく、仕方なくこちらが適正と考える提案をしても言を左右にする。あまつさえこちらが嫌がらせをしているとも受け取れる言い草に雪月花がお怒りモードになってしまった。


「ちょっちょっと待ってください! 私たちはあなた方に敵意なんて持っていません。どうしてそうなるのですか」


「何を異な事を……あなた方は我々に“只働きしろ”もしくは“対価を払うに値しない存在”と仰ったのですよ。無償奉仕しないのは意地悪と言うのは、我々を無償奉仕すべき存在だと見ているという事です。だいたい奴隷にだって衣食住の保障なりがあるのですから奴隷以下に見ているという事ですね。あなた方は“お前は奴隷以下の存在だ”と言ってくる者が敵でないとでも思うのですか? 私は明確に敵と認識します」


「そういうつもりはありません」


「では、どういうお積りで見返りの一つも用意できないのですか? お願いであるなら聞く聞かないはお願いされる側の一存だけで決まり、それに異議は唱えられません。そうですね、募金を例に取りましょう。募金をお願いするまでは良いです。しかし、断られたら“意地悪しないでください”などという者がまともな人間に思えますか? よろしいですか、対価もなしに何かを得ようという行為は(たか)りと言います。強請(ゆす)(たか)りの集りです。集りの本当の意味は、脅したりして金品を取り上げる行為の事で、恐喝や強要を指しています。あなた方の行いはそういう事です」


「どうしてそう悪いように取るのですか」


「悪くとっているとは思いません。どうして対価を提示しないのかを考えればそうなります。お聞きしますが、なぜ対価の提示をされないのですか?」

「それは……」

「それに、仰っていた『おくっていただきたい』ですが、これは贈呈の“贈る”なのか、輸送の“送る”なのかもよく分かりませんし……よもや輸送した上で贈呈して欲しいというダブル・ミーニング的な虫のいい要望って事はないですよね」

「それはもちろん……」

「…………」

「…………」

「もちろん、どうなのですか? 贈呈してもらうつもりでした、輸送してもらうつもりでした、輸送した上で贈呈してもらうつもりでした、の三択ですかね。どれですか? お答えいただきたい」

「……“贈呈いただけたらありがたい”です」

「只でもらう積もりだったから対価を何も用意せずに来た。という事でよろしいですね」

「……有り体に言えばそうなります」

「これまでそちらにお伺いした際にお持ちしていましたから誤解されたのかもしれませんし、まあそこまではいいでしょう」


安堵の表情出すな。

“そこまでは許容する”って事は“それ以降は許容できない”って事だぞ。


「しかし、塩は多くの労力を費やして作っている貴重で高い価値のある品なのです。軽々にお譲りできる品ではありません。その事は申し上げたかと思いますが、どうもご理解いただけておられないご様子」

「いや、そういう訳では」

「では、塩は私たちの努力の結晶であるという事はご理解いただけているという事でよろしいですか」

「ええ」


理解できていないならまだしもそれはさすがに駄目だろ。

そう思ったのは俺だけじゃないのだろう、ため息が三つ四つ重なる。


いつも差し入れしてくれるからと軽く考えて自分からお強請(ねだ)りに行くのも正直どうかと思うけど、それが凄く手間隙がかかっていて買うとしたら目の玉が飛び出るぐらい高価な物だったと知ったらどうするのかって話。

知って(なお)もお強請(ねだ)りを続けるのってどう思う?


「高価な物である事を知った上で対価を用意しないという事は、盗む奪う脅し取るといった積極的な害意を抱いているとか、自分達は高価な物を贈られて当たり前でお前達は贈って当たり前の存在だと思っているという事です。どのように言い繕おうとも対価を用意しようとしない時点でそうなのです。対等な存在と見ていたら絶対にできない事ですからね。よろしいですか、私たちはあなた達の保護者でも何でもないのですから、無償で何かをする(いわ)れは一切ありません。それなのに何らの見返りもなく譲るというのは私たちからしたら損害でしかありません。私たちに損害を与えようとする者は私たちの敵というのは至極当然の見解では?」


沈黙が訪れる。杉村さんの「だからぁ無理だってぇ言ったのにぃ……」という呟きが聞き取れるぐらい。


当初からずっと“私はただの道案内です。この人たちがやろうとしている事には一切関与していません。無関係です”ってオーラをバンバン出してたから何かと思ってたんだけど、彼女は彼女で難しい立場に立たされてたって事か。

独り言が響いたせいで注目を浴びてしまい居心地悪そうにしていたが、意を決したように話し始める。


「交換条件をぉ提示しないとぉ無理ってぇ言ってたのがぁ分ったっしょぉ? せっかくぅ三日ぐらい働けばぁって言ってくれたのにぃ、欲張ってぇケチ付けるからぁ拗れるんですぅ。それとぉ、先回りしてぇ言いますけどぉ、お涙頂戴もぉ通用しませんよぉ。この人たちぃ弱者にはぁ慈悲深くてぇ食べ物とかぁ道具とかぁ種とかぁほいほいくれるぐらいのお人好しですぅ。でもぉそれぇ自立のための援助でぇ、一の援助をぉ延々続けるぐらいならぁ、五の援助一回でぇ自立させた方がぁって面もあるんだなぁって気付いたんですぅ。だからぁ、自立する気が無くってぇ弱いを武器にする人にはぁとぉってもシビアなんですぅ。きっとぉ“物乞いの類”とかぁ鼻で笑われてぇバッサリ切られるのがぁ目に見えてますぅ」


とろい口調がイラッとするけど、内容については同意する。


「色々考えてたんだけどぉ、お渡しできるのってぇ、切り売りじゃないのわぁ労働力ぐらいしかぁ思い付かなくってぇ……でねぇ? 木綿とか麻とかの原料を持って帰ってぇうちらで糸にしますぅ。でぇ、その糸とぉ次の原料やぁお塩とかとぉ交換してもらってってぇ……アリですかぁ?」


「……検討に値します。ただ、現状では杉村さん個人の意見と受け取らざるを得ません」

「それわぁそうですぅ……さっきぃ思いついたばっかりですからぁ」


「……一度、小休止を挟んだ方が互いに建設的なお話ができると愚考いたしますが如何でしょうか」

「……そうですね」

「では、私たちは席を外しますので、この場所をそのままお使いください」


■■■


「しっかし凄い塩対応でしたね。塩だけに」


別室に移ったところで苦笑いを浮べながら五十嵐さんがそう零す。


「ここで甘い対応をすると双方に禍根を残しかねません。それにしても塩の価値の説明は見事でした」

「塩の事ならお任せあれ。もっともあれって作ってる最中につらつら考えてただけですけどね」

「自らの仕事の価値ですから大事な事だと思います」

「ありがとう。まあこれはお任せしてるからアレだけど、交換会のってうちらの役にはあんま立たないものが多いけどね」


まあ、そこらは仕方が無い。先行投資と安全保障費です。

それに対価は貰っていると思っている。


「向こうにしてみれば価値がある物だし、彼らなりに精一杯出してきてる。例えが適切かはわからないけど、誕生日のプレゼントに貧乏な子がそこらに咲いてる花で作った花冠(はなかんむり)をくれたとしたらそれはそれで嬉しくない?」

「ああ……なるへそ。片や金持ってるいい大人が手ぶらだったら腹立つよね」

「そゆこと。そういや雪月花、一年半前は“当面は放置”だったけど、今はどういう評価になってる?」

「“放置で問題ない”で変わりありません。積極的に関わるべき理由がありません」

「そうか? どうせまた切羽詰ってから来て煩わしい事になるんじゃ?」

「ある程度は甘受せざるを得ないでしょうが、距離や状況などから考えるとそれも高が知れています。それを防ぐにはもっと多くのリソースが必要ですから割に合いません。まあ余りにも無体が過ぎるようなら……」

「過ぎるようなら?」


雪月花は心胆を寒からしめるようなアルカイック・スマイルを浮べてこう言った。


「その時は教育してやればよいのです」


その教育って一般的な意味の教育じゃなくて、ミハエル・ヴィットマンの方の教育じゃね?


その後も基本的には雑談に花を咲かせていたのだが、今後の方針確認もしていて、今回は()()()()()()事が確認された。


これが“塩とこれを交換しましょう”といった単なる商談であれば価格交渉を含めて応じる応じないの話はできるが、内容的にそういう次元の話ではない。


なので、今回は予備交渉と位置付けとして何も決めず、種類と量については色々と意見は出たが彼らの面子が立つ程度の土産を持たせて帰らせる。

その後については向こうの出方次第。


何故何も決めないのかというと、彼らが向こうを代表する立場ではないという事に尽きる。

ここで言っている代表は、株式会社の代表取締役の代表と同じく“その人の意思表示を(代表している)集団の意思表示とする”という意味での代表。

例えば“御社に発注したいと思います”と言ったのが代取や(通常は代取であると思われる)社長だったなら、その発言は取引の申し込みとして受け取られ、後で反故にしたら場合によってはキャンセル料の発生などもありうる。しかし、それを言ったのが役無しの従業員だったら……

契約書が代表権を持つ者の名で結ばれるのはそういう事。


彼らが向こうの代表ではないという事は、向こうは合意内容に拘束される謂れはないという事である。だからここで何らかの合意が得られたとしてもその事に何の意味も無い。いや、下手するとこっちはその合意内容に縛られるのだからデメリットでしかない。


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