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文明の濫觴  作者: 烏木
第7章 三年目
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第6話 交易品の始末

交換市の収支報告を行ったが、単純に考えれば美浦としては大赤字である。

得た物の中でまあまあなのが玉石混交というか僅かな玉と大部分の石という構成のサンプルレベルの量しかない鉱物()で、後は山盛りの団栗とか鞣しの甘い毛皮とか瓜坊などである。


もっとも、碌な物がないのは折り込み済みで、たぶん美浦(ここ)が最先端だからここより良い品が手に入るなんて誰も思っていない。交換市の赤字は交際費とか先行投資といった必要経費的な扱いになっていて、基本的に物品群はオリノコに渡せるだけ渡して余りは何かに使おうという流れになっている。

交易()で入手するまでも無い品であっても『物用いられざる所無し』という事で全く使い道が無いという物はほとんどない。博物館資料とか肥料とか飼料とかも含めてだけど……


純粋に物品として美浦に利益が有りそうな物は鉱物ぐらい。

今回の目玉は銅を含む孔雀石(マラカイト)藍銅鉱(アズライト)が共生した物があり、これは粉末にして顔料として使う事になった。

粉末にするとマラカイトは岩緑青(いわろくしょう)とかマウンテングリーン、アズライトは岩群青(いわぐんじょう)とかマウンテンブルーと呼ばれる顔料になり、これらは古今東西で使われてきた。


銅を抽出しないのは、これらは数が揃って初めて役に立つからで、最低でもトン単位、欲を言えば万トン単位はないと抽出のし甲斐がない。


佐智恵の見立てだと、今回得た分を精錬したら銅が一〇〇ミリグラム(〇.一グラム)ぐらい採れれば大成功レベルで、銅鍋を作ろうとしたら十トンあっても小さめの片手鍋が関の山との事。大型ダンプカー一台分のマラカイトから直径二十センチメートルにも満たない雪平鍋が一個作れるかどうかってあたりに深淵を感じる。


「じゃあ銅鐸(どうたく)ってどんだけ……」との問いに、佐智恵は匠に重さを確認した後「実際は自然銅とかも使ったかもしれないけど、国内最大級の銅鐸(約四十五キログラム)を全部鉱石から作るとしたら、黄銅鉱なら四トンぐらいで済むだろうけど、マラカイトだと何百トンのレベルだと思う。これって二十一世紀の先進国の水準だから古代だとこの何倍も必要だったとしても不思議じゃない」と返し、更に「銅だとまだパーセント(百分率)やパーミル(千分率)でも計算できるけど金はppm(百万分率)が基本だから、漢委奴(かんのわのなの)国王印(こくおういん)って金印(約一〇八グラム)を作るなら比較的良質の金鉱石が四十トン以上は要る」と続けた。


鉄だったら砂鉄の三分の一ぐらいの重量の鋼鉄を得られるから四十五キログラムの鉄を得るのに砂鉄は一四〇キログラムも要らないが、銅は銅鉱石からでも四トンと三十倍近い量が必要という事実は美浦住民の心に『銅は貴金属で、貴金属の貴は伊達じゃない』を刻み付けた。やっぱ銅は銅じゃなきゃ駄目って用途じゃないと使いづらいな。


■■■

団栗の使い道は宿題となったが、それ以外の公的な任務は終えたので一息つけた。

しかし、私的な課題――例の一夫多妻制――はこれから。


誰に聞くかを色々考えて初めに聞いたのは静江さん。

同世代だと口説いてるとか強要していると取られかねないから除外。そうしたら候補は既婚者の四人しかいない。その中で一番当たり障りが少ないと思ったのだ。


しかし、なぜか赤ちゃんを抱いて正座している俺と説教している静江さんの図になってしまった。


有栖ちゃんをあやしている時に“一夫多妻はよろしくないですよね”をオブラートに包んでぶつけてみたのだが「ノリ兄ちゃん、ちょっとそこに直りなさい」と言われてしまった。


「ノリ兄ちゃんは自身の思想信条を排して自分達の状況や立場を客観視なさい」

「滅私奉公しているとまでは言いませんが、それなりに責任を感じて行動しているつもりですが……」

「その事は分かっていますし感謝しています。ですが、今回の話は年頃の男女比の話です」

「女性の方が多いから一夫多妻っていうのは安直に過ぎると思います」

「ふぅ……例えば、男が一人、女が二人しかいない世界があって生きていくのは大丈夫だとします。さて、この状況で男が片方とだけ情を交わすとどうなりますか?」

「……結構怖い事になりそうなんですが」

「そうですね。ですから三人が家族になるのが一番平和的で建設的なのでは?」

「……まあ、そういう状況でなら」

「もう一度、私たちの状況を客観視なさい。どこが違うというのですか? ノリ兄ちゃん、というか若衆には嫁の二人や三人を背負う甲斐性を持ってもらわないと困ります」

「いやいやいや……それとこれとは」

「同じです。娘衆は納得しましたよ。各自が少しずつ(ゆず)る事で平安がもたらされるのです。雪月花さんもなんたらのジレンマのなんたらキンコウのどうのこうのと言ってました」

「囚人のジレンマのナッシュ均衡とパレート最適ですか?」


“囚人のジレンマ”というのはゲーム理論という学問における有名な題材の一つ。

個人としては協調的に振舞うよりも利己的に振舞う方が利得が高いのだが、全体で観ると全員が協調的に振舞うのが最も利得の総計が高くなるという物。


利己的な者が一の利得を得るために協調的な者の三の利得を損ねるというある意味では“正直者が馬鹿を見る”を地で行くようなもので、各自が自分の最適を求めて利己的に振舞った結果(ナッシュ均衡)全体の利得が損なわれ、全体の利得を最高にする(パレート最適)には個々の利得を犠牲にしなければならないというモデルだ。


現実の社会問題にも結構当てはめられる局面があって、どのような制約を加えるとナッシュ均衡を満たしながらパレート効率性を上げられるかという事を検討するツールでもある。


「そうそう。確かそんな感じの。すぐ出てくるって事は、言わんとする事は分かりますね。せっかく娘衆の落しどころをまとめたのですから頼みましたよ」


何だろう、この援軍と思って近付いたら敵の主力だったでござる感。


「しーちゃん、話は終わったかい? ほんならノリ兄ちゃん、一局指そうや」


この後、源次郎さんに将棋でボコボコにされた。

今日は厄日だ。


■■■

オリノコで団栗の使い道を専門家(奈緒美)に相談だ。

奈緒美に大きさも色も形もとりどりの団栗の山を見てもらう。


「これらの樹種って分かる?」

「おおよその属レベルなら分かるけど(しゅ)まではさすがに無理」

「そうか」

「で、これをどうしろと?」

「始末に困ってるから使ってくれるなら助かる」


オリノコで食べるかもと思って粉末にして灰汁抜きしたドングリパウダーを作ってはみたものの、その評判は大人からは遠慮がちに“不味くはないんだけど……”で、子供は正直なのかハッキリと“芋の方が良い。米はもっと良い”と明言した。

団栗に手間隙掛けてまで食べたいと思わせる物は無いようだ。団栗より手間隙が掛かる栃の実が栃餅とかで残ってるのに対して団栗食が現代に残らなかったのはそういう事なのだろう。なので、有用な使い道を模索している。


「私も使い道無いんだけど」

「苗木とかに使えないかって思ったんだけど」

「ノリさんがどう思ってるかは知らないけど、基本的に木の実って時季を外すと発芽しないんだよ。そんなにポンポン発芽して育ったらどんだけ増えるか恐ろしいって。それに団栗は見かけによらず乾燥に弱いから、落ちて数日以内に土に埋められないとまず死ぬし。たぶんここにあるのは一個も発芽しないよ」

「そうなのか……植林できるかもって思ったけど甘かったか。向こうの準主食だから思い切っているのが分かるだけに無下にはできなくてさ」

「仕方ないよ。食べてしまうか鶏か瓜坊の餌」


食べるのは頓挫しているから飼料しかないとなると……団栗を主食にさせたイベリコ豚的なものを試そうか。


「それと後ね、苗木はある程度確保してるから大丈夫だよん」

「いつの間に」

「有用な樹種は実生や挿し木で一年目から毎年せっせと育ててるからさ。ノリさんだって檜の挿し木作ってんじゃん。あたしがしてないとでも?」

「いや、やってるのは知ってるけど数が問題だと思ってたから」

「木は博打の要素が高いからメガ盛りで作ってたんだけど、なんかスクスク育っててさ……目の届かないところに移植して鹿にやられるのも業腹だけど過密植もどうよって感じだったから滝野の分もあるんだこれが。樹種ごとに移植適期があるから時季が来たらお願いするよ。そうそう、真竹をそろそろ移植したいんで移植用の地下茎を取る段取りをしといて欲しいんだ」

「……やり方と注意点を教えてくれ。潰し方は知ってるけど増やし方は知らんから」

「そうなん?」

「竹薮の下は掘るなって格言があるぐらい土木にとって竹は鬼門なんだよ」


管理されていればまだしも、管理されていない竹薮は厄介者でしかない。管理できないなら枯死させておいて欲しいとまで思ってしまう。同じ管理されていないにしても樹林の方が竹林の何倍もマシと。枯死させて粘土団子でも撒いといてくれたらありがたいんだけど、それができるぐらいなら管理するか。


潰し方はケース・バイ・ケースだけど平地なら伐り倒して重機で掘り返すのが手っ取り早い。傾斜地などで重機が入れない場所だと東雲組(うち)では除草剤を根気よく使って枯らしていた。


奈緒美から冬季に一メートルぐらいのところを切って葉を残さなければ一年か二年で根まで枯れるって聞いたときは即行で兄貴に知らせたね。低い位置で切られたら地下茎からの水や養分の供給がカットされて上が枯れるだけなんだけど、一メートルあったら切られた事が認識できずに水や養分を垂れ流し続けて全体が枯死するという感じらしい。


これは兄貴夫婦と親父に凄く感謝された。除草剤は農薬管理指導士資格(都道府県単位での認定で、クソな事に原則として認定された都道府県内でしか効力がない)とか作業者の健康面とか購入や保管のコストとか施工地の近隣関係とか色々面倒だったんだわ。


「一番外の(かん)の根元を掘って外に向かってる地下茎を取ってくれればいい。筍になる部分があればたぶんいける。注意点としては根はできるだけ確保するのと乾燥に弱いから水を切らさないの二点かな」

「移動中も苗箱とかで保水しないととか?」

「んー……そうだね。あった方がいいね」


団栗を押し付けようとしたら仕事を言いつけられた。どこで間違った?


団栗は鶏と瓜坊の餌になった。瓜坊にははじめは砕いてその後はそのまま、鶏には灰汁抜きしたドングリパウダーで。


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