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文明の濫觴  作者: 烏木
第7章 三年目
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第5話 交換市

それにしても“既存のルールが問題解決の足枷になるならルールを変えろ”か……分かってはいても普通はできない。倫理や道徳に類するものは特に難しい。


少数の既得権益者のせいで大多数の者が不利益を被っている状況であれば改革者や解放者として多くの支持を得られる事もあるだろう。しかし、道徳分野だと大多数に対して内心の変更を求める事になるので困難さは尋常ではない。


ルール変更が美浦女性陣の総意ではなくSCC女性陣の総意だと言うならまだ理解はできる。

彼女らは目的の為には手段を選ばず“常識? 空気? 何それ美味しいの?”“常識というのは偏見の集合体でしかない”“アビリーンに行くつもりはない”などと言いながら普通なら躊躇うような事でも簡単に乗り越えやがる性格の持ち主揃いなので、彼女らなら突飛な話であっても有り得ると思ってしまう。前例の無い事も“朕の新義は未来の先例なり”とばかりにやる。学祭でのたたら体験とか付属小学校の新田開墾とかも指示した教職員の誰もそこまでやるとは思ってなかった水準でやりやがる。普段は規律担当の雪月花も悪い意味でやるときはやるから常識担当の将司と俺は振り回されつつ世間との整合を図っていたのを思い出す。


ただ、将司に言わせれば俺がブースターらしい。

雪月花も美野里も高校生のころはそんな事は無かったらしく、なまじ俺が内容を理解して疎い分野をフォローするから水を得た魚になっているとか何とか。

俺は取り返しがつく範囲に納める将司がいるから自重がなくなっているんじゃないかと思っている。高校生と大学生だとやれる範囲が違うんだから変わって当り前。

文昭と匠? 基本的には二人ともやらかす側。凝り性って周りを気にしない事があってね……奈緒美と佐智恵は二人の更に上を行くけど。


かなり荒唐無稽な話だが、長い付き合いだから佐智恵が嘘偽りを言っていないのは分かる。少なくとも佐智恵の中では真実なのだろう。

しかし本当に美浦女性陣の総意なのか疑問が尽きない。裏取りもせずには信じられない。それと、もしも事実であったならば、場合によっては青年団の結成も必要かもしれない。

青年団といっても別に結束して女子会に対抗しようなんて全くこれっぽっちも微塵も思っていない。馴染みの無い情勢になるのなら悩み事の共有や解決策の相談といった情報交換の場が要るんじゃないかと思っただけで他意は無い。


とりあえず物騒な話は棚上げしておこう。


それより交換市だ。

オリノコからは葛布と麻糸が出品される。

そして美浦が用意したのは次の通り。


先ずは塩。塩壷入りと竹筒入りを用意している。


次に食料品で保存食として魚貝類や肉の燻製。冷燻しているから結構持つ筈って美野里が言っていた。貝殻目当てに牡蠣や赤貝を大量に採っていて、食べきれない分を保存食化していたので貝の燻製はばら撒いて良い事になっている。斜めに見れば不良在庫処分だな。


最後に鉄製品として斧と鉈と縫い針の三種。


交易品ではないが漆器の絵皿も持って来ている。

稲穂が描かれている掌大の絵皿は各集落に一枚ずつ配る予定。


次回以降は需給状況を見ながら品揃えを変えていく事になるだろう。

ただ、物品のデモンストレーションは要ると思う。特に食料品は試食させるのも大事だろう。後でハツ村長の婿でオリノコ代表のタロさんにデモの段取りを再確認しておこう。来場者の食事と寝床の準備状況も。


それと佐智恵に指摘されて気付いた案内看板は……

通じるかは分からないが矢印で順路を示そう。杭を立てて上部に切り込みを入れて片側を尖らせた板を差し込む。今の手持ちでできるのはこの程度だが無いよりはマシな筈。


■■■

満月(と新月)の日からという事であったから前日にでも来るかと思っていたけど、前日に来たのは南側に位置するミツモコ・コロワケ・サキハル・ヒノサキ・フマサキの五集落だった。残りは旧暦の十五日にあたる満月の日の午後に集団でのご到着であった。経路上のあるホムハルで一泊という事だろう。

だから第一回の交換市は翌日朝に開催となった。


『それでは皆さん始めましょう。一つ目は瓢箪です』


各集落の産品を一つずつ取り上げ、交換しても良いと思うものを手持ちから出してもらい、気に入った所と交換してもらう。


何の工夫もなくやったら全員が一斉に美浦・オリノコ(うち)に来て持っていた物を全て交換する事になりかねない。それでは美浦に贈答品を贈り、美浦の産品を受け取る朝貢貿易のような一対一の物品交換が十回行われるだけになってしまう。


これは今後を考えるとあまりよろしくない。

他集落からすれば一対一で美浦・オリノコからすると一対多の交換ではなく、どの立場でも一対多で全体として多対多の交換ができるようにしたい。


しかし、これまでの物品交換は原則として贈答だったようで等価交換の概念がないようにも思えるので何らかの誘導が必要になる。


いきなり“彼我の価値に基づいて交換しろ”って言うのは、製図も設計もやったことがなくCADの操作方法も知らない人に“CADで設計図を書け”と言うようなもので、これは要求する方が悪い。


ここは一歩一歩着実に進めていく。この局面で必要なのは自陣奥深くから乾坤一擲でタッチダウンを狙うプレーではなく着実にファーストダウン獲得を積み上げ続ける事。タッチダウンを狙うのはある程度敵陣に食い込んでからでいい。


だから彼らが滝野に到着した際に持ってきた物品の三割から七割ぐらいを受け取って、美浦査定ではあるが礼物を贈っている。当初は“どこにも属さない自由市場”という構想もあって贈答・返礼を無しにしようとも考えたのだが、滝野はオリノコの移民先候補ということから先占権を主張する仕儀となった。それと滝野を整備したのは我々なので気兼ねなく使ってもらうには贈答を受ける方が良いという結論に至った。


交換量の多寡と査定については原則として美浦の需要、オリノコの需要、そして他集落の需要予想に基づいて決めたが、最低保証的な品数と分量は贈っている。つまり各集落は、自集落産品の三~七割といくらかの美浦産品を持っている状態である。


美浦以外で需要があるのか怪しい物品――主に鉱石っぽい物――は、到着時に多めに引き取って礼物も盛っている。俺が予備交渉時に石に反応しすぎたためか二束三文な物から佐智恵がアルカイックスマイルを浮べた物まで色々とあった。


美浦からの礼物も交換に出して良いと言ってあるので多めに受け取った集落が余剰分を交換品に出せば他の集落は美浦と直接交換するよりも良い条件で美浦の産品を手にできる可能性がある。


交換市を繰り返していけば、美浦から直接得るのではなくワンクッション置いて得るなどの戦略を採るところもでるかな? でてくれるといいな。


意外というか納得というか、人気が高かったのが猪の子供(瓜坊)だった。

タロさんに聞いたら、北の方では猪を大きく育てて祭りで屠る風習があるとの事。

――後で匠に聞いたらアイヌのイオマンテ(熊おくり)と北海道には生息していない筈のイノシシの土偶との関連性がどうのこうのと言っていた――

捕まえられなかったのかそんな集落を知っているのか、コクダイとワバルが結構張り込んだので他も釣られたようだ。


そして意外と受けなかったのが鉄斧。石斧との差異が分かり辛かったのかもしれない。タロさんは“鉄斧使うともう石斧は使えないのに”と言ってくれたけど……斧よりスコップの方が良かったかな?


「それよりナイフ。鉈でベーコン切りかねない」

「……やっぱ包丁とか鍋とかの調理用具があった方がいいのかな?」

「包丁はともかく、鍋とかは火をどうするまで含める必要がある」

「そうだな、佐智恵、メモしといて」


他にも色々課題は出てきた。


一つ目は荷物が持ちきれない。

美浦は水運があるし芦原口や水口からならリヤカーもあるから全然問題ないのだが、そうはいかない集落がでてきた。


解決策その一

運搬具を貸し出す。具体的には長持みたいな物。童謡『花いちもんめ』の“箪笥長持どの子が欲しい”の長持。


解決策その二

お預かりする。近場なら残日数の間に何回か往復できるので滝野で保管する。

遠方は次回の交換に使える事にする。これの変形だが、縫い針や塩のように持ち運びしやすくて価値が高い物品に交換して、次回交換時まで美浦の所有にしておく。


解決策その三

お届けサービス。これは近隣に限るが美浦の人材・機材を使ってお届けする。送料無料にはしない。


二つ目が美浦の物品が結構余った。捌けたのは半分ぐらい。

向こうは何十キロメートルの道のりを歩いて運ぶのだから嵩張る物や重量物を持ってくるのは難しい。当然ながら価値は高くできないから市場規模は小さくならざるを得ない。こちらも大盤振る舞いは良しとしても、さすがに施しはできないから余ってしまった。


二つとも(つづ)めて言えば輸送力の問題。

一朝一夕には解決できないがこちらも少しずつでも進めていきたい。


仕事の方が立て込んでまして遅れました。

次話も見通しが立っていません。

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