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文明の濫觴  作者: 烏木
第7章 三年目
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第1話 交易拠点建設

春が来た。ここに拉致られてから三度目の春が。

学校が始まったので美浦とオリノコを二週(十日)交代で行き来する生活になっている。四日間授業して一日休み、また四日間授業して移動日というローテ。一週交代だと休日が移動日になり休みが無くなってしまうので二週交代。


小学一年なので授業は午前中だけ。一日ガッツリなんて児童の集中力が持たない。なので、午後は休み……なんて事にはならない。やる事は幾らでもある。

オリノコだと地図作りとか植林の真似事とか道路整備とかがあるし、美浦だと黒浜で砂鉄集めとか木の伐採とか(たが)編みとか……それと……


「あたし、海、行きたい」

「ノリちゃん先生(せんせ)、連れてって」

「うーみー」

「アサリ採るの!」


放課後の学童保育です。

美浦にいるときは二日に一回ぐらいの割合で引率が発生します。合間合間では有栖ちゃんのお世話も加わります。和広ちゃんと江理ちゃんのトイトレとか……

何か一人保育園小学校学童保育といった感じもしないではない。


しかし君たち潮干狩りなんて凄く実用的な事を言うね。遊びなんだから実用性なんて考えなくてもいいのにと思う。


やっぱり玩具(おもちゃ)が必要なんじゃないか?

凧や独楽(こま)面子(めんこ)とかお手玉やカルタやプレイングカード(トランプ)とか用意した方が良い気がしてきた。シャトルとラケット(バドミントン)とかボールとグラブ(キャッチボール)とかも良いかもしんない。

和広ちゃんと江理ちゃんの玩具は積み木やぬいぐるみをはじめ色々取り揃えている。二人の“今はこれで遊びたいルーレット”に応える内に種類が増えてしまったそうだ。


「それじゃあ海に行くか」

「「「わーい」」」

「準備して車に乗ってね」

「「「はーい」」」


熊手と網袋と長靴が入った桶――潮干狩りセット――と子供用軍手とタオルと念のための着替えがが入ったプラボックスを持った三人が荷車に乗り込むと黒浜に向けて出発進行。動力? 私が引っ張りますが何か?


■■■

十集落との交流は、交換市場を新設する事になった。

探索隊が大川の遡上限界を調査したところ、ホムハルの手前八キロメートルぐらいの場所にある滝までが限度だった。


冬の間に連れられて見に行ったのだが、滝と言っても大して落差もなく瀑布というより大規模な瀬といった趣きだった。しかし岩盤の窪みに川が通っているように見えるのでここに運河(迂回路)を掘るのは並大抵の事ではない。通そうとするなら岩盤を掘削する事になるので重機とか発破とかがあれば何とかなるかも知れないけど、現状では労力や資源に見合うメリットはおそらく無い。つまり船舶での遡上できる事実上の限度と考えてよいだろう。


オリノコもそうだが多くの集落はだいたい五~六軒で、縄張り(?)はだいたい半径四キロメートルぐらいまで。要は一時間から一時間半ぐらいで着ける場所までという感じ。しかしホムハルは通常の三倍近い十五軒ぐらいあるため縄張りも広く半径六キロメートルぐらいまであるようだ。


何が言いたいかというと、遡上限界はホムハルの勢力圏内に届かなかったという事。滝がある場所から上流を望むと右手に見える山まではホムハルから出張る事もあるそうだがここまで来る事はまず無いとカケさんが言っていた。


これで交換市場をホムハルに常設させてという目は無くなったので滝近辺に交換市場を設置する事になった。右岸と左岸を比べると左岸の方が若干だが標高が高かったので交換市場は左岸に作る。日本地図で見ると加古川線の滝野駅の近くと思われるので、まんま“滝野”と命名する。現地語に直訳すると“シャアハル”になるのかな?


冬の間に滝野の船着場の造成と交換市場の縄張――建築予定の建物の形に縄を張る――と地業――建物の基礎工事――まではした。上物(うわもの)は匠主導で進めてもらっている。


ちゃんと測量して基本図を作ってから機能配置をしたいものだが、とりあえず拠点を造って後追いで地形把握と機能再配置をするという流れから脱却できない。ここらは鶏が先か卵が先かに近いけど、必要に駆られてなし崩しに進んでいる感が否めない。


“都市計画とは常に二手三手先を読んで行うものだ。それを怠ると都市は無様に広がり(スプロール化し)千年の禍根を残す”とは都市計画概論の塩沢准教授の言だが、それに真っ向から歯向かっているのが気になる。


スプロールというのは“大の字に寝そべる・ぶざまに広がる・のたくる”という感じの意味があり、ぶちのめされて失禁悶絶している様子を表していると思えば決して良い意味で使われる言葉ではない。


都市のスプロール化というのは、都市が無計画・無秩序に拡大すると土地の利用用途や形状が纏まりを持たず道路も基準となる幹線道路が乏しく、多数の袋小路があったり道路自体が複雑に絡み合って街全体がカオスな状態になっていく事を指す。増築を繰り返して迷宮のようになった家屋の都市バージョンと思ってくれればいい。


スプロール化の第一歩は“()()()で必要な物を()()()()()で”という物。そしてその後もその場凌ぎの対症療法的解決策を採り続けると気付いた時には迷宮が出来上がっている。


迷宮街と言えば世田谷の環八通り、環七通り、世田谷通り、甲州街道に囲まれた一帯はスプロール化した街の典型例の一つ。彼の地は“迷路”や“迷宮”の名をほしいままにし、迷い込んだ者は魔法に掛かったかの如く何度も同じ場所に戻され“あの木に見覚えがあります!”とか“これが世田谷マジック!”の声が今日も聞こえるとか聞こえないとか。


こういった状態は防災やインフラ整備に課題を残すのだが、一度スプロール化した街はその状態を解消するのは難しく、大災害や戦災などで街ごと壊滅するなどがないとまず解消できない。いや、復興が無秩序に行われたらカオス度合いに拍車が掛かる事もある。


■■■

ともあれ、明日は滝野市場の棟上げの日。

今日の授業が終わったら美浦からのメンバーは滝野に移動して一泊する。木材の細工は冬の間に匠と文昭が泊りがけでやってきたから滝野に野営できる場所はある。小桜はオリノコに回して明日朝にオリノコから応援(男手)を連れてくる手筈になっている。


美浦からは秋川悠輝さん(親父殿)漆原剛史さん(旦那さん)、榊原くん、伊達くん、安藤くん、春馬くん、匠、美野里、雪月花の九名。オリノコからは男衆が七名と美結さんを予定していて総勢十九名になる。文昭と俺は所属不定でデフォという事で。


滝野の船着場に着いて小桜を係留したら坂を上って野営地に案内する。この野営地は匠と文昭と俺の三人以外は初めて見る事になるのだがみんな目が点になっている。俺も初めて見た時は目が点になったので気持ちは分かる。ただ、再起動した雪月花が目を三角にしている。ヤバイ。


「あっあっ……あなた達! これは何ですか!」

「野営地ですけど、何か?」


おい匠! 雪月花を刺激すんな!


「だーれーがー……誰が! 誰が陣城を造れなどと言いましたか!」


目の前にあるのは高さ一メートルぐらいで左右に五十メートルぐらい伸びている土塁。その手前には壕が掘られているので壕底から(ひらみ)(土塁の頂上の平らな部分)までの高低差は二メートル近くになる。これを見れば誰だって砦だと思うよね。


目の前に城というか要塞を見せられたら冷静になれないのは分かる。

でも言い訳はさせて欲しい。

俺は建物の縄張はした。地業もした。野営するのに不安があるから壕と土塁を造っていい場所を聞かれたから縄張した場所から五メートル以上離れていたら構わないとも言った。五メートル四方ぐらいのこぢんまりとした物になると思ったんだよ。普通ならそう思うよな。気が付いた時には予定地全体を大きく取り囲むように百メートル四方ぐらいの壕と土塁が築かれていたんだ。


何がそうさせたのかは定かではないが、おそらくだが文昭が暇に(かこつ)けて築いたんだと思う。


壕を掘った土を掻き揚げ(かきあげ)て土塁を造る“掻揚の城”と同じ造り方で造られている。秀吉が城攻めでよく造った付城(陣城)も安価で素早く造れる事から掻揚が多用された。恒常的な城でも石垣は金も資源も労力も時間も掛かるから天守閣や本丸や城門近辺は石垣でも二の丸や三の丸は掻揚という事もある。


現代の軍隊でも一時的な拠点を構築する場合は似たような造り方をしている事もあり野戦築城とか言われている。比較的大規模な物は重機を使う事が多いけど小規模なら人力で掘る事もある。美浦(うち)の穴掘り三人衆――楠本夫婦と文昭――の掘り方が上手いのは訓練でたくさん掘ったって事に尽きる。もしかすると文昭の暴走はそこらも影響したのかもしれない。


「はぁはぁ……まあ、今は野営準備をしましょう。お三人さん、後でお話がありますので。よろしいですね」

「ひゃい」「ヘーイ」「了解」


返事は俺、匠、文昭の順。背筋が凍って声が裏返ってしまったが勘弁して欲しい。


文昭(主犯)が夜までにオリノコに着く必要があり説教会は早々にお開きになったが、雪月花のお話の要点は“やるなら一言ぐらい言え”と“お前ら頑張り過ぎだ”の二点。これは主に匠と文昭に向け。そして俺には“自重の二文字を忘れがちな二人の手綱をちゃんと握っておけ”という事だった。


「ところで、あの土塁はどれぐらい持つのかしら」

「文昭、掘った土を積み上げただけか?」

「いや、基礎の余りや河原からとってきた砂利を混ぜ込んで転圧しながら積み上げた」

「……それなら大災害にでも遭わない限りそれなりに持つと思う。メンテしてればずっと持つんじゃないかな?」


ただ土を積み上げただけなら簡単に崩れたり陥没したりするが、砂利という骨材を混ぜて突き固めているなら数百年以上のオーダーで残るかもしれない。砂利を混ぜた土を敲き締めた層と粘土を混ぜた土を敲き締めた層を交互に積み重ねて造られた古墳が現存している事からも蓋然性は高いと思う。


「そうですか……ならもう使うしかないですね。補強案はお任せしても?」

「腹巻と芝生辺りかな……」


下の方を固定するのを“腹巻”上の方を固定するのを“鉢巻”と言ったりする。今回は下の方だけ石垣を組んで固定する意味で言っている。

それと芝生を植えると根が網目状に広がって強度が増すので突き固めただけだと四十五度ぐらいが限度だけど芝生で覆えば六十度ぐらいまでいけたりする。それに風雨の浸食からも守られる。


「樹木とか植えられないかしら」

「消極的反対かな? もし植えるのならもっと広く……(ひらみ)は十から十五メートルぐらい無いと怖い」

「堤防みたいな構造なんでしょ? 堤防に桜並木とかよくあるじゃない。それはどうなの?」

「ああ、あれね。花見で人が歩いて踏み固められるからって江戸時代ごろに広まった手法だったと思うけど防災上は止めて欲しいんだよね。根っ子が堤の強度を落とすし倒れると堤ごとぶっ壊して被害を増大させるし……まあ何かを植えるとしても奈緒美の意見も聞いた方が良いとは思うけど」

「そうね。確かに道理だわ。聞いておいてください」

「承りました」


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