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文明の濫觴  作者: 烏木
第6章 交流を深めましょう
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第21話 開校準備

春になったら小学校を開校する。


これは保護者を含め美浦で確認した事である。

なので、オリノコの水田と溜池の造成を早々に終わらせて、冬の間は基本的に開校に向けて奔走している。


小学校の準備自体はオリノコとの遭遇の前から進めていた。

“読み書き算盤”という言葉があるように、国語と算数は基礎中の基礎なので最低でもそれはできるようにしたい。加えて理科と数学と分野を選ぶが社会科あたりまでの内容は、中学校か高等学校水準まで教えるのが大人の義務だと思っている。十年前後はかかると思うけどあるとなしでは全然違う。

教科書は教育実習時にブックリーダーに放り込んでいた物を書き写して使う予定だったので学習指導要領に準拠したカリキュラムになるし目的は達せられると思っている。


状況が変わったので開校を一年延ばして三人まとめてにしたのだが、オリノコをどうするという新たな課題がでてきている。

美浦は史朗くんたちより年上の者は全員義務教育を修了しているから史朗くん世代と現在赤ちゃん世代の二世代を対象にすれば良いんで少人数なんだけど、オリノコは大人も加わる勢いで大人数になりそうなのだ。


学校教育を行うには机に椅子に黒板にチョークなどの教室的なものと教科書と筆記用具と帳面(ノート)なども必要になる。


教室に類する方は何とかなる。

人数が増えて数がいるようになるのは机と椅子ぐらいだがこれぐらいなら何とでもなるし、人数にあまり左右されない黒板とチョークについての目処は既に立っている。実は美浦では試作品の黒板とチョークが連絡板などで有効活用されている。


黒板は源次郎さんの協力を得て用意できる。お孫さんの勉強のためという事もあってか何か気合が入ったようだ。

木の板に(すす)石粉(いしこ)を混ぜた漆を塗って柿渋で仕上げるという明治時代に国産しだしたころの黒板の製法であれば、今ある原料と技術で近いものは作れる。漆器用の風呂を作っていてよかった。


チョークは硫酸カルシウムを固めて作る。ダストレスチョークは炭酸カルシウムを使っているけど炭カルは用途が多すぎて……

硫酸カルシウムの粉末を焼いて水に溶かして型に填めて乾燥させたらチョークが作れる。まあ、ぶっちゃけ石膏なんだけどね。


その硫酸カルシウムなのだが実はかなりの量が確保できる。どこから採れるかというと海から。


海塩を百キログラム作ると二キログラムぐらいの硫酸カルシウムが回収されている。実際は五キログラムぐらいあるはずなんだけど、行方不明の硫酸カルシウムは枝条架とか灌水槽にこびり付いていると思われる。五十嵐さんが硫酸カルシウムを分離して製塩する方法に改める以前は塩に含まれていた筈なので実は少量ずつ食べていた訳だ。塩が月産二百キログラムぐらいだから硫酸カルシウムは月に四キログラムぐらい採れる。だからチョークに使っても問題はない。


対して人数分必要になるだろう教科書と筆記用具と帳面については大量生産が必要になってしまった。


まず悩んだのが筆記用具。

俺らが普段使っているボールペンやシャーペンはいずれ枯渇するから駄目。不都合な真実に目を逸らして使っているけど、次世代以降の為にも継続的に使用できる書く道具が望ましい。


日本史的に考えれば毛筆と墨。

猪や鹿や兎に狢と獣毛はあるから毛筆は作れる。

墨も(すす)(にかわ)があるから作れるには作れる。


でもね。面倒なんだよね。現代日本だと格式ばった書状とか書道(芸術)でもないとまず使うことが無いし庶民レベルなら筆ペンを使うから(すずり)で墨を()って毛筆で書くなんて学校の習字の授業ぐらいしかやったことが無いなど珍しくも無い。これはどういう事かという凄く非効率で不便な筆記手段という事。


筆ペンも考えたけど密閉とフェルトに難があって棚上げした。試作はしたんだけど実用的ではなかったし子供には使いづらい大きさになってしまった。

ボールペンは実は精密器具なので加工精度的に無理。それにインクの問題もあるから筆ペン以上に無理が有る。

鉛筆も黒鉛が無いので作れない。


仕方が無いから美術のデッサンに使う木炭のような物でも使うかとか考えていたら親父殿(おやじどの)が妙案を出してくれた。

――親父殿ってのは秋川悠輝さんの事で、某農業エッセイ漫画の親父殿を彷彿とさせるキャラなので俺の中では親父殿――


「木炭鉛筆じゃあかんのか? ローテクででける木炭鉛筆ちゅうんがあっての、途上国の教育に使(つこ)うとるで」

「黒鉛の代わりに木炭を使うんですか?」

「いや、木炭を粉にして木粉粘土(もくふんねんど)で練って線香みたいにして乾かすだけや。そんだけで鉛筆の芯の代わりになりよる」

「……詳しい作り方って分かります?」

大学(がっこ)先生(せんせ)がやっとった奴なら分かんで」


どうやら途上国からの農業研修生の絡みもあったようだ。悪名高い農業研修生・外国人技能研修生……親父殿は“うららはちゃんと教えて食わせて給料もあててたぞ。貯金持って帰国してそれを元手に村を再生してヒーローになったって手紙くれる子も何人もおんぞ。農奴扱いしちょる不心得者とごっちゃにせんでくれ”と力説していた。


木炭鉛筆の作り方なのだが、炭粉と木粉粘土を二対一の割合にして少し水を加えて混ぜ合わせて芯の形に成形し、乾燥させた後に油に漬けてもう一度乾燥させると芯ができるという事だった。

粘土は石粉粘土や紙粘土でもできないことは無いそうなのだが木粉粘土が一番書き味と発色が良いそうだ。普通の粘土だと焼成しないと固まらないので()()()()で作るとはいかなくなる。


炭粉は佐智恵から徴発すれば良い。製鉄用に炭粉を作っているけど鉛筆の量ぐらいならきっと大丈夫。


問題は木粉粘土。木質粘土や木塑粘土とも言われ、大鋸屑(おがくず)や木片などを磨り潰した木の粉末とそれを結着させる糊料でできていて乾くと木のような質感になる。大鋸屑は捨てるほど有るから問題ないが、俺が知ってる木粉粘土の糊料はポリ()ビニル()アルコール()という合成糊によく使われている物質。そしてここにはPVAは無い。

そこで代用品としてデンプン糊とタブ粉を試してみた。


タブ粉というのは(タブ)の樹皮を粉末にしたもので、香料を粘着して線香を作る粘着剤として使われている。

奈緒美が言うには、タブノキはクスノキ科の植物で、楠に劣るという意味でイヌグスとも言われる木で、タブ粉以外にあまり利用価値が無いそうだ。蚊取り線香を作るのに探したら案外見かけるぐらい生えていたとの事でタブ粉はある。


木粉と粘着剤の割合を変えたサンプルを幾つか作って試した結果、炭粉を六、タブ粉を二、木粉を一の割合で混ぜた物が良好であった。ちなみにデンプン糊だけだと、硬すぎて書きづらいという結果に終わった。


それで木炭鉛筆ができた後に気付いたんだけど、これって美術のデッサンとかで使うチャコールペンシル、略してチャコペンだよね? 木炭(チャコール)鉛筆(ペンシル)ってまんま過ぎるのに気付かなかったとは不覚。


■■■

今日も今日とて美浦にてカリカリと鉄筆でロウ紙を削っている。

教科書の量産のため、謄写版印刷に手を染めた。


謄写版というのはガリ版ともいわれる印刷方法で、原紙に孔をあけてそこからインクを出させて印刷する孔版印刷の一種。親父世代だと学校でボールペン原紙にボールペンで文字などを書いて藁半紙に刷るなんて事があったそうだ。昭和の終盤から平成の頭あたりに年賀状印刷などに活躍した家庭用印刷機ともいえる物も孔版印刷の一種。


一冊なら手書きで写本したかも知れないけど三十冊ぐらいは用意しないと拙い事態になったので印刷するしか他なく、諸々検討した結果、謄写版が一番マシだろうという事になった。木版印刷は製版に時間が掛かり過ぎるし活版なんて先ずは活字からだから話にならない。


国語と算数の教科書を一冊ずつ写本するのに一ヶ月以上かかる。まあ低学年の教科書は文字密度が低いからそれぐらいで済むけど三十冊となると二年以上掛かる計算になるので写本は考えるまでもなく却下だ。


「義教……後半のロウ紙六十枚」

「ありがとう佐智恵」

「後どれぐらい要りそう?」

「そうだな……たぶん教科書の分はこれで足りると思う」


小学校一年生の教科書のページ数は国語が三百ページぐらいで算数が百六十ページぐらいある。原紙一枚に四ページ書いたとして国語が七十五枚と算数が四十枚で合わせて百十五枚の原紙が要る。記載内容を厳選しても大して減らないけど国語と算数の二教科ですむ一年生二年生なら百枚あれば足りると思う。


「これ、年々多くなって十年ぐらいは続くんだよね。原版作成にどんだけ掛かるのやら」

「ぐっ! 気付いてはならん事を……察しの良い子は嫌いじゃないが、口に出さない分別は欲しかったぞ」

「メダカに空は飛べましょうか」

「ぐぅ……ロウ原紙はありがとうな。悪いがインクも頼むな」

「松を使うんだから無駄にはしないでね」

「分かってる」


インクは(すす)とテレピン油とエゴマ油から作っている。原理としては油絵具に近く、顔料(煤)を揮発性の油(テレピン油)で流動性を持たせて乾性油(エゴマ油)が固まることで顔料を定着させるという方法をとっている。


揮発性の油は現状では松の精油(エッセンシャルオイル)であるテレピン油ぐらいしか有効な物がないので松を使うしかなく、その分松炭の生産が絞られている。


「教科書作り終わったら、みいちゃん誘って三日ぐらい遊ぼ」

「みいちゃん?? 誰それ?」


佐智恵が“ちゃん付け”で呼ぶのはとても珍しい。

俺の知る限りでは雪月花と美野里と奈緒美と文昭の四人しかいない。匠は偶に“たっくん”と呼ぶことはあるけど他は基本的には“さん付け”で、呼び捨ては俺ぐらい。俺の知らない内に“ちゃん付け”する程に親しんだ人ができた事に吃驚している。


「農閑期なんだからオリノコから呼んでも大丈夫でしょ?」


ん? 美結さんの事か?

美野里がみっちゃんで雪月花がゆっちゃんだから“み”も“ゆ”も使えないから“みい”なのか? しかし、いつの間に……


第6章は今回で終わりです。

例によって幕間を2話挟みます。

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