第20話 これからのオリノコのために
オリノコ民に作業体験してもらった稲刈りも晩稲を除いて稲架掛けまで終わった。
奈緒美に確認したところ、今年の反収は平均三俵(約一八〇キログラム)と去年より一割ぐらい落ちる見込み。
地力不足、人手不足、そして獣害と鳥害が要因だそうだ。
特に酷かったのが田んぼに入り込んだ猪とスコル一家(ジョン♂、イダテン♂、マリー♀、ドロシー♀、ベス♀と名付けられた子狼も参加したそうだ)が格闘を繰り広げた田んぼで、他にもモグラに畦をやられた田んぼも散々な結果になったとか。去年は面積がしれていたので目も手も行き届いていたが、さすがに十二町歩ともなると万全とはいかなかったとの事。ただ反収が三俵に落ちたと言っても栽培面積が栽培面積なので十分な量の米が採れている。
しかし、奈緒美は更なる新田開発を目論んでいる。これ以上の田んぼは要らないと思うのだが種取り専用の田んぼが欲しいそうだ。
確か米の品種数って五十ぐらいなかったっけ?
一品種六坪として5畝……単に五畝一枚ぐらいならいいんだけど交雑しないようそれぞれ二十メートルぐらい離して造れっていうんだろう?
ビニールハウスとかの近傍でも交雑しない仕組みができるまで諦めろ。
バケツ稲とかどうだ? バケツじゃ小さいなら盥稲とか。
それか奈緒美植物園でやってたように一枚使って市松で植えるとか。
「オリノコに造る田んぼで条件に合いそうなのって無いか?」
「鴻巣式のブロックを三つ並べるつもりだからここと条件は変わらん。まあ、造るのはこれからだから一枚か二枚だったら追加で造れんわけじゃないが……誰が管理するんだ? さすがに技術的に無理があるぞ」
「そこらは考えてるから造ってやってくれんか」
「分かった。善処する」
将司の頼みだ。聞かないという選択肢は無い。
この話はここまでとして俺の方の懸案を聞いてもらう。
「話は変わるが、学校どうする。美浦では必須になるだろうしオリノコもせめて読み書き算盤はできるようにしておきたい」
「腹案はあるか」
「一つはどちらかに設置して全寮制。二つ目は両方に設置する。三つ目は水口あたりに建てて通い。最後は一の変形バージョンだが農閑期の冬に集中講座」
「こっちで考えていたのは二だな。それで担任教諭が一週か二週交代で行き来する。間は副担がフォローする」
「……ん? それ何で副担が要るの? 教師役が二人居るなら各々に持たせればいいじゃん」
「担任になれるのは小学校教諭の教育職員免許状持ってる義教だけだからな。後は中学高校の科目別だし副担が妥当だろう」
「いやその理屈はおかしい。この期に及んで日本国の教員免状なんて何の役に立つってんだ」
「持って無いよりは何倍もマシって物だろ?」
「美浦はいいさ。皆が居れば何とかなるだろう。オリノコはどうする」
「伊達くんと大林さんと交代で来春から奈緒美と文昭をオリノコに派遣する。稲作一年目だ。プロの手は多い方がいい」
「……どこまで進んでる?」
「内々には通ってる。外堀は埋めさせてもらった。マッチ・ベターを求めた結果だ。理解してくれ」
「ぐう」
他にも冬用装備の段取りとか、本田さんらお三人さんの申し送りとか、秋川の親父さんからされた「いつ頃孫が拝めそうか」という俺が知るか的な質問とか、蜂蜜争奪戦などをこなしながら四泊五日の美浦見学会は終わろうとしている。
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色々な有形無形のお土産を抱えてオリノコに向う。
お土産その一、お米
来年の種籾が確保できている分については去年の収穫分は消費しても良いので貰って帰る。籾摺りが終わった玄米の状態なので後は精米すれば白米が食べられる。
籾摺りはいつの間にか水車を使った杵搗き方式からインペラ式に進化していた。
これまでは少量だったからあれだけど、今後は文字通りの主食となるから杵搗きだと処理量が間に合わなくなる懸念があるとかで、合間を見て試作を重ねていた籾摺り機が結実したのだと。文昭が奈緒美植物園にあったインペラ式籾摺り機を分解整備した時の事を思い出しつつ、匠と佐智恵が部品作成とかやってたみたい。
ありがとう & ありがとう
お土産その二、鶏
当初の予定通り卵用種の雌鳥が十二羽。
飼料はオリノコで用意するし、その準備はできている。
卵もありがたいし、有畜農業に移行できるのも嬉しい。
お土産その三、冬用装備
さすがにストーブは鶏用で打ち止めだが火鉢は貰って行く。
お土産その四、蜂蜜
えーっと……かなり少ないけど何とか一瓶確保しました。
美結さんが交渉したんだけど、相手が偉大なる先輩だったので撃沈。蜂蜜酒の原料確保に走った奈緒美には勝てなかったよ。
気にするな。俺も勝てる気はしない。
無形のお土産というのは主に俺への宿題というか……
稲作についてはハツ村長に聞いたところ前向きな意見を聞けた。
水口からオリノコへの船旅は何事も無く終えた。
調査については一度美浦で準備を整えてからという事で小桜は帰っていく。
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オリノコに着いたらお土産の開陳。
ハニーコームはやっぱり受けた。甘い物が嫌いな人っているの?
鶏さんは鶏小屋へ放つ。
鼬とかに食われない為に密閉鶏舎にしている。冬場の暖房効率的にもそうしないと厳しい。放牧というか鶏舎の外に出すのは人が居るときだけにしようと思っている。
落ち着いたら蕎麦とサツマイモの収穫が待っている。
サツマイモの土地効率はかなり高くて、一年間に生産できるカロリーで言えば粗放農業だとサトウキビ、ジャガイモに次いで第三位で、集約農業では米とトウモロコシに逆転されるけど堂々の第五位に位置する。カロリーだけでいえば、粗放・集約とも小麦に完全に勝っている。
しかし、サトウキビとサツマイモはどちらも主食としての地位についた事がほとんどない作物なのは両者ともカロリー(糖質)はあってもタンパク質が決定的に足りていないのが要因と思われる。まあ、サツマイモは無理すれば主食になれる余地はあるけど、砂糖が主食ってのは無理が有り過ぎる。
そうは言ってもオリノコにとっては栗に代わる冬の食糧として大事。栗よりうまい十三里ってね。
足りないタンパク質は卵から採れば良い。
卵のアミノ酸スコアは一〇〇で、必須アミノ酸を十二分に含んでいる。
他にもビタミン類を含め、生きていく為に必要な栄養素がふんだんに有り“命の缶詰”と呼ぶ人もいる。
今冬はサツマイモとジャガイモを主なカロリー源としてタンパク源は卵と漁獲、そして狩猟という体制でたぶん乗り切れる。そして一年踏ん張れたら米が採れてかなり安定する筈。農業神()の手腕に期待する。
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「エパカヌサキミコ、蕎麦はこれでいいですか」
エパカヌサキミコというのは俺の事。なぜかそう呼ばれている。
オリノコ派遣班は男はミコで女はミメが最後に付く。たぶん、ミが接頭語でコが男でメが女なんだと思う。エパカヌサキはよく分からないが先生とか師匠みたいな感じなのかな?
「うん。それでいい。それじゃあ蕎麦粉にしよう」
今日は新蕎麦を賞味する予定。
何度か蕎麦打ちはやって見せたしさせてみたから今はもう後ろで見てるだけ。口を出すこともほとんど無い。
「蕎麦はもう大丈夫だね」
曲りなりに蕎麦になっているので後は自分で研鑽してくれ。
◇
台風シーズンも終わりそうだしそろそろ新田と溜池造りに本腰を入れてもいい頃合だな。調査隊の動きは気にはなるけど先ずはオリノコが自立できるようにするのが先決と思ってる。
「美結さん、腐葉土の見通しはどう?」
「大丈夫です。先輩から頼まれてる量は何とか確保できそうです」
「……余裕はどれぐらいある?」
「いや、そんなに余裕は無いですけど」
「たぶん、奈緒美が言った数字って水田の分だけだと思うよ。二割増しぐらいにしといた方が良いと思う」
「えっ? そうなんですか?」
「五年もあいつの我が儘に付き合っているからね。それにあったらあったで使う物だしさ。それと鶏糞肥料も多少は作っといた方が良いんじゃないかな」
「うわぁ……扱き使いますね」
「使えるものは有効活用って聞いたことない? 何でも屋には何でもさせないととかも」
「ああ……」
「俺も美結さんも奈緒美から見たら何でも屋なのよ。諦めて。人間、時には諦める事も必要だよ。来年の今頃、笑ってられるように」
「鬼が笑いますよ」
「違いねぇ」
「「ハハハハ……ハァ」」
「……頑張ろ」
「ええ……」
何かね、案件を三つ片付ける毎に新たに四つ降ってくる気がしてる。




