第8話 雨なので未来を考える
四月二十二日
今日は雨です。
晴耕雨読ではないが雨の日に野良仕事は危険なので、昨日に引き続き作業はお休みにして、今後の計画について色々話そうという事になった。
現時点での優先度の高い課題を列挙すると
物資調達
水、食料、塩(本当は調味料って言いたいけど)
設備
厨房、衛生設備(風呂、洗濯、便所など)、作業場
その他
周辺調査(地形、地質、生態系他)など
水の確保は絶対に必要なので最重要課題と言っていいだろう。
生活用水だけならともかく田畑の水を汲んでくるのは現実的じゃない。特に水田を作るとなると水が大量に必要になるので用水を引く。
水源は距離は近いが水量が心許ない尾根の麓を流れる西の川にするか、距離はあるが水量が豊富な東の川にするかが話し合われた。
結論としては「最終的には東の川から引くが、日々の暮らしと種籾取りの水田に間に合わせる為、西から引いておいて、その後で東から引く」という事になった。
二度手間にはなるが予行演習のようなものだと思おう。
それと飲料水は煮沸殺菌はするが、一度濾過してからの方が良いという意見もでて濾過器も用意する事にした。今後匠はしばらく桶職人になってもらわないといけないかな?
食料については、当分の間は狩猟、採取、漁獲に力を入れる必要がある。
田畑は秋の収穫までは賑やかし程度の品目や量しか採れないし、秋になっても一年分を賄える量が採れる保証はないというか恐らく無理だと思うので、来年の秋までは狩猟を基本にしてジャガイモと蕎麦が補助で後は野菜類少々といった食生活になるだろう。一年半も持つほどの備蓄は流石にない。
水田があっという間にできる土魔法でもあったらこんな苦労はしない。
今年は種籾取りというのは田植までに用意できる水田の広さと土作りができていないため収量が低い事が要因なので、良田が直ぐできるのだったら半年後の収穫で食べていける様になるし、収穫までの半年を持たす備蓄はある。
まぁ機械開墾しているんだから人力開墾の何十倍という速度でできている。先史時代を基準に考えれば土魔法を使っているようなものかもしれないけど……
採取は現状の道具類で採れる範囲で採るという事にする。
とは言っても通年採れるものでも無い。
もちろん移植や植樹などはするが、収穫できるまでには年単位の時間がかかる。ここらは奈緒美の独壇場だな。
そして野草だのなんだのは美野里が大活躍ってところだな。できるだけ馴染みのある調理法が確立しているものを採ってきて欲しいものだ。
漁獲は今のところ岸釣り中心にする。
舟とか網を作れるようになるまでは効率は無視して製塩の合間に暇つぶしに釣りをして釣れればラッキーという事になった。
海藻や貝類は食料よりも資材としての利用を主目的にする。海藻や貝類はカロリー面ではかなり劣るのよ。資材としては色々使い道があるというか必要というか。
狩猟については基本的には今持っている道具類で頑張る。
丸腰では人間は獲物を獲れないってのは真実に近いので、他に作れそうな道具も検討はする。(作るとは言っていない)
捕まえる手段としては括り罠を使うが、本当は箱罠が欲しいところ。
ただ材料も加工設備もないので今後の課題。
落とし穴については保留。
そうそう掛かるものじゃないというか基本的に避けられてしまう方が多い。
他の罠なら場所を変えられるが落とし穴はそうはいかない。獲物を落とし穴の方に追い立てて冷静さを欠く状態にでもしないとそうそう嵌ってはくれないので勢子が確保できないと効果は薄い。
止めを刺す道具としては、基本的には槍。状況によっては猟銃。
俺らが害獣駆除するときの標準装備だから持っている。
槍といえば、投槍とか銛とかも考えた方がいいのかどうか。
象とか牛とかの大きな動物を狩るなら良い道具だが、それより小さい獲物なら弓矢の方が断然便利が良い。必要になったら考えよう。
オーロックスがいたら狩るよりも飼いならして牛にしたいな。
弓矢は剛史さんが真竹を見つけてくれたので比較的高度な弓が作れる。コンポジットボウやコンパウンドボウは直ぐに作るのは難しいが、単弓であれば何とかなる。
矢については矢竹が育つまでは木の枝などを使用する。矢竹は節間が長いので矢に丁度よく、武家屋敷によく植えられた笹の一種だが、二十一世紀の日本では庭園竹とか盆栽とかに使われる事もあるそうだ。
竹とは違って地下茎もそんなに走らないので奈緒美が垣根にでも使おうかと思って持っていたそうだ。矢以外にも筆とか管とか釣竿とか色々使い道がある。
作るとしても矢尻の素材は、威力をみれば鉄と大差ないので石、骨、角などで作ろうと思う。鉄が大量生産できるなら生産性の関係もあるので鉄鏃だけどね。
農地については今年播種するものを奈緒美に確認する。
当面の間に合わせについては、二十日大根、青首大根、小松菜、ホウレン草、キャベツ、ニンジン、タマネギ、きゅうり、インゲン豆、茄子、蕎麦、ジャガイモ、薩摩芋などキャンプ場に置いてきたものと余り変わらないそうだ。
蕎麦とジャガイモについては春蒔き(夏採り)と夏蒔き(冬採り)の二期作(?)にするとの事なので今年の食の中心はジャガイモかな。
連作障害もあるから輪作はするけど上手いことローテが填まらないので何年もは続けられないと申し訳なさそうに発言していたが、連作障害がほとんどない水田が安定稼動すれば休耕とかも織り交ぜられる様になるさ。
今後の食糧の中心になる穀類については今年は原則として種取になる。
食べるために育てるのではなく、種を増やすために育てるという事だ。
食べるための物はその次の収穫からになる。
米については、米が十七品種で五反。麦については秋の播種時期に決める。
耕地面積の中には種子更新用に少しだけ蒔く品種の分も含めているそうだ。
気候が分からないから品種を取り混ぜて状況を見て次年度をどうするかを決める。
米はある程度の消費分も含めているとの事だが五反だと五人年分ぐらいしか採れない気がする。全員が食べるには二~三町歩(二十~三十反)無いと厳しいんじゃないか?まぁ田植までに用意できる水田は五反ぐらいか。
来年は十町歩以上作付けできるよう新田開発するようにって?
その他雑穀類として豆類、芋類、蕎麦、トウモロコシ等も植えるとの事。
それから食べ物かと言えば疑問はあるが、お役立ち系の栽培もするそうだ。
エゴマ、胡麻、竹糖、藍、和綿、麻などを植える。
エゴマと胡麻は油メインだが食用も可能。藍は染料、竹糖は砂糖、和綿は繊維(種から油も取れるが面倒だからやらない)で、麻は繊維と油が主目的だが種子は栄養が豊富なのでサプリメント的に食べるのもあり。
麻は陶酔成分のTHCの含有率が低い品種(繊維型大麻)の種を何種類か持っているのでそれを植えると言っている。
種の所有は合法だが、どうやって入手したのかとか、何で持っているのかは聞かない方が良いのかな?何れ栽培許可を取るつもりだったかも知れないが実質的にはまず許可は下りないってのが二十一世紀日本の現実だぞ。
日本の在来種は基本的には低THCで中には〇%の物まであるとか、敏感な人が酔う事はあってもラリパッパはできないとか言っているが、そういう問題じゃない。
……こんな物を蜘蛛の糸号に載せていたのかよ。
綿は限界まで作付けする。つまり保険用に取って置く以外の全ての種を播種できる面積を確保する。これは決定事項で揺るがない事実だ。俺は命が惜しい。
使い捨ての紙製品を使っているオムツや生理用品だが、これらを洗って再利用する綿製品に置き換える分も必要だとの事。
ちなみに男性陣は綿製品を供出するようお達しがでた。
結束した女性陣に逆らえる男がいようものか。
一部の肌着は勘弁してもらったけど……
その他にも移植できたらしたい物として桃・栗・柿・葡萄などの果実類とか、楓、天瓜、桑、漆、楠、椿、空木、苧麻などの薬用とか加工原料とか使い道が色々あるものは見つけたら近場で繁殖させたいと言っている。まぁ特に反対する理由はないので見つけたら知らせよう。というか漆と楠と楓は見つけている。
食料確保は大事なので長くなったが、次も劣らず重要な塩
日本は湿潤な気候という事もあり塩イコール海塩だが、世界的に見れば海塩は塩全体の産出量の二十五%程度しか生産されておらず、岩塩が塩という地域の方が多い。しかし駄女神の言が正しいなら岩塩は無いだろう。
無いものねだりをしても仕方が無いので海塩を作る事にする。
イオン交換膜方式が一番効率的なのだが電力はともかくイオン交換膜がない。
逆浸透膜は佐智恵が純水製造用に少量持っているが、製塩に使える量じゃないし効率もよくない。
入浜式や揚浜式の塩田は気候面で可能かも分からないし労力的にやりたくない。
馬鹿の一つ覚えではないが流下式枝条架塩田が実現可能性があって効率が良い方法だとは思う。海水ポンプと動力については考えないといけないけど、作るとしたらこれかな?
当面は直接法(直煮)もしくは玉藻があったら藻塩かな。天日塩は期待しない。
続いては設備面の話だ。
厨房は竃と調理台は作る。
議題は流し台をどうするかだが「間に合わせ含めて作成」という意見が大勢を占めたので作る事にした。「匠乙」とか思っていたら俺が作る羽目になった。箍を編んだら流し台と木樋か竹菅で排水路を作れってさ。
排水路は楽だし早いから竹菅にするよ。竹を割って節をぬいて元に戻せばいいだけだし、短いならそもそも割る必要も無いしね。
流し台を今ある資源で作ろうと思ったら丸太を刳り抜くか、木組して作るしかないけど、木組だと絶対に水漏れする自信があるぞ。
土間だから多少漏ってもいいって考えるか。……うん。そうしよう。
流し台や排水路は何とかするにしても問題は排水先。
汚水ほどではないがそこらに捨てる訳にはいかないから暗渠掘って下水へ?
駄目だな。下水路の材料が無い。当面は放水路(用水路の余剰水を川に戻す水路)を作ってそこに捨てるのが現実的かな?
次は洗濯。設備として一番楽なのは洗濯板だがこの案が通るとは思ってない。
そりゃ今の擦り洗いよりはマシだけどさぁ……
全自動洗濯機は無理でも、手回し式なり何なりの洗濯機を作らないと納得してもらえないだろう。回転力があれば洗濯できる装置なら将来的には水車動力と繋げられる。それとここにも排水問題がある。
洗濯に付き物の洗剤をどうするか。
当面は手持ちの洗剤や石鹸を使うが、使い切った後は石鹸を作る事になる。
木灰から苛性カリ、海水を電気分解して苛性ソーダ……アンモニアがあれば重曹やソーダ灰が作れる筈だけど……どれも決め手に欠ける。天然ソーダがあれば良いんだけど望み薄かな?どうしようかね。
お次は便所。弁天号の一つだけでは全然足りていないし、いつまでも使い続ける訳にもいかないので作る必要があるのだが方法としては三つ考えられる。
一つ目は「汲み取り式便所」いわゆるボットン便所で、作るだけなら一番簡単だ。
下水道や浄化槽の普及などで急速に廃れた感があるが、日本では二十世紀後半まで主流の方法だから俺らの親世代だとギリギリ現役だったんじゃないかな?ただねぇ……俺らには……うん、それ無理。
そこで二つ目の「バイオトイレ」山小屋とかの水道が整備されていない場所に設置されてきている奴だ。南極基地でも使っていたんじゃないかな?極論を言えば「ボットン便所の汲み取り槽の中でコンポストを作ってしまえ」というもの。おが屑とかが敷いてあるのでボットン便所と違いお釣りは来ない。
方法はいくつかあるけれど現状で製作可能な方法もあったと思う。
水分過多は禁物なので糞尿は分離するのが望ましい事やトイレットペーパーの使用が難しいなどの難点もある。
三つ目は作る手間や難易度は高いが二十一世紀の人類の到達点である「水洗トイレ」
浄化槽とか終末処理場のような浄化設備も作らないといけないし、便器の作成も他の方式とは比較にならない難しさがある。
最終的には水洗トイレと下水道を目指すにしても当面はバイオトイレが現実的。
バイオトイレだと温度が上がらないケースもあるから上がらなかったら衛生面を考慮してコンポストは燃料にする。燃料にするなら副次効果としてトレペを混ぜても大きな問題にはならないってのもあるから燃料という手もある。
浸透式とか垂れ流し式は衛生面から恒久施設としては除外した。
トレペ……こいつも作る必要があるね。絶対必要だよね。藁とかでって……うん、それ無理だから。
衛生施設の最後は風呂。弁天号のシャワーで済ますにも限界がある。
風呂桶については材料などを考えると木桶風呂が適当だろうけど大きさはどうしようかね?
それと沸かし方は焼却炉などの煙突を風呂の中に通す鉄砲風呂の亜流で作るのが手っ取り早いか?だけどあんまり効率よくないからなぁ……
五右衛門風呂(長州風呂)は鉄を使いすぎるし材料がない。
循環風呂釜は簡易ボイラーと言ってもいいのが難点か……
風呂つながりで、源次郎さんが漆があるんだから漆器を乾かす風呂が欲しいとの事。漆は乾かすのに高温多湿状態が必要で、温度が摂氏二十四~二十八度、湿度が七十~八十五%あたりを保たないと固まらないのだそうだ。そういう環境にした部屋を「風呂」と言うらしい。
うまくすれば漆器でご飯が食えるのか?贅沢だなぁ。
その他の作業場や施設関係の希望を聞くと、佐智恵が離れた場所に工房が欲しいと言ったのを皮切りに、匠が木工所、奈緒美が味噌、醤油、酢、味醂、酒などの発酵蔵と基幹となる麹室(酒を一番に言わなかったのは褒めてやる)、美野里が燻製室、剛史さんは順々にステップアップしていき最終的には陶磁器が焼ける窯炉、それを聞いたら耐火煉瓦が作れるようになったら鍛冶場が要るとか出てくる出てくる。
皆に少し明日への希望がでてきた気がする。
ロードマップを作るのは将司と雪月花だろうけど少しは手伝うよ
後は奈緒美が観測所の必要性を力説していた。
気温、湿度、降水量、日照時間などの記録は栽培に重要だというのは理解できる。
奈緒美は農業指導員がコピーを欲しがるぐらい詳細な記録を取っていたのだから初めての土地で手探りの期間を少しでも短くしたいのだろう。
そう言ったら奈緒美に「農業なめるな!一生手探りだ!」と怒られてしまった。
栽培記録は闇夜の蝋燭のようなもので、あれば万全という類の物では無く、無いと途方にくれる類の物だと……
将司は天測して緯度の絞込みや年代推定をしたいと言っていた。
俺が提案したのは、周辺調査をして地形や地質、植生などを地図にする事。
国土基本図ではないが、行き当たりばったりで土木をしていたら痛い目に遭う。
それとね、名称を設定しようという事。
地形とか建物とかに名前が無いと色々不便でしょ?
紆余曲折はあったが、名称は決まった。
ここの地名は「美浦」美浦集落とか美浦村とか美浦の里とかになるのかな?
仮屋は「出端屋敷」まぁ次の家屋が建つまでは「屋敷」
屋敷前の広場は「旭広場」もちろん別の広場ができるまでは「広場」
西の川は「里川」
東の川は「大川」
円弧状の海岸は「弓浜」
弓浜と大川の間の海岸は「黒浜」
大川までの間の平原は「永原」
北の山は「平山」
平山までの森は「恵森」
西の尾根は「留山」
留山の先端の岬は「御八津岬」
留山の向こうの氾濫原は「千丈河原」
留山の向こうの海岸は「千尋浜」
千丈河原を流れる川は「辰川」
辰川が山間から千丈河原に出てくる所は「辰口」
などなど
由来とか意味とかそういうのは聞かないでくれ。よく分からない物が多いんだ。
方針も決めたことだし、俺たちの闘いはこれからだ!
第1章は安地と言うか拠点を作るまでです。
打ち切りじゃありません()