前編
A「バビロニアって知ってる?」
B「えーと、孵化直前のアヒルの卵を茹でた料理、でしたっけ。」
A「そりゃホビロン。そうじゃなくて。」
B「いや知ってますよ。昔の国ですよね。メソポタミア、ティグリス、ユーフラテス。」
制服姿の少女ふたりが、化学室の片隅で話している。
外からは吹奏楽部の練習の音や運動部の掛け声が聞こえる。
話を始めたほうの少女は、断熱保温カップのブラックコーヒーをひとくち飲み、ちょっと考えてから話を続けた。
A「さっき数学で、バビロニア人はどうやって平方根を求めていたかっていう話を聞いたんだけど。」
B「電卓なしで?」
A「うん。例えば ルート3 の値は知ってる?」
B「ええ、人並みに。」
A「そう、人並みに奢れや ね。」
彼女は電子教科書を開き、空白のノートページを作成した。
画面上のキーボードで数字を打ち込む。
A「バビロニアの平方根っていうのは、こんな式を使うんだ。√a を求めるには…」
爪の先を使って数式を書き込む。
A「適当な初期値 x0 から始めて、この式で次々に x1, x2, x3 … と求めていくんだ。するとだんだん正解に近づいていく。」
B「んーと。現在の値 xn と、 a を xn で割ったものを足して、それを半分にする。これで本当に平方根が求まるんですか?」
A「あたしも最初は信じられなかったよ。まあ実際にやってみ。まず勘で初期値 x0 を決めるんだ。とりあえず、なんか整数で。」
B「1の2乗が 1、2の2乗が 4 だから、じゃあ 2 にします。」
A「初期値は x0 = 2 ね。√3を求めるから a = 3 で、最初の計算は…」
B「x1 は 1.75 ですね。」
A「同じ方法で、x1 から x2 を、x2 から x3 を求める。」
B「ちょっと面倒ですね。電卓使ってもいいですか?」
A「いいよ、もちろん√ボタンは使わずに。」
B「あ、x3 でもう出ましたね、人並みにおごれや。へー、すごいですねバビロニア人、どうやったらこんな方法思いついたんだろ。」
A「そう、どうやって思いついたのか。それが問題なんだ。」