毒林檎の蜜と黒猫
私に差し出されたのは真っ赤な林檎。甘い甘い蜜をたくさん含んだ林檎。
林檎をくれた黒猫は言った。
「その林檎を食べるかどうかは君次第だ」
「・・・」
真っ暗な森で唐突に現れた黒猫に差し出された林檎、それはとても美味しそうだったが何故だろうか、林檎の赤さが不気味だった。
黒猫は退屈そうにあくびをした。
「早く食べてよ優柔不断な小娘だな」
「・・・うるさいなぁ、決めるのは私なんでしょ?だったら黙っててよ」
「言うね~」
黒猫はからかう。その笑い方は大嫌いだった。思い出したくもない誰かを思い出してしまいそうだ。
林檎を見つめる、持っている手は甘い蜜でべとべとだ。
匂いを嗅ぐと理性が飛びそうになった、何もかも忘れて、何も考えることなくこの林檎を食べたい。
欲は心を支配する。
「ねえ」
「何だ?」
退屈そうにしていた黒猫を呼んだ。
「これは、この林檎は美味しいの?」
「まあ、人それぞれだね」
「ふーん」
尚更食べたくなってきた。
一口、齧ってみた。
甘くて美味しかった、蜜が口の中に広がっていく、今までも林檎はたくさん食べてきたと思う。その中でも格別に美味しかった。
味わっていると黒猫の小さく抑えた笑い声が聞こえてきた。
「食べた、食べちゃったね!」
「なんで笑うの?」
黒猫は私の問に答えない、ただ金色に光る目で私を見て笑っていた。嫌な予感が胸をよぎる。
なんなんだろう、心がざわつく嫌な感じ。黒猫の鋭い、攻撃的な目。私は過去にこんな目を誰かに向けられたことがある。
真っ暗な森に風が舞う。誰かの笑い声にも泣き声にも聞こえるような風の音、ああ、確かに聞いたことがある、何だか頭が痛くなってきた。
「聞こえないふり?得意だよね」
嘲笑うかのように黒猫が言った。林檎が私の手から落下した、手が震えて拾おうにも拾えない。
「お前は逃げたんだ、目を背けたんだ」
「ち、違う・・・」
「私は他の人とは違うって?何も変わらねえよ」
胸が苦しい、喉衙焼けるように熱い。
黒猫は苦しむ私を助けるどころか、にんまりと笑って愉快そうに見ていた。
「俺はお前みたいな奴が一番嫌いなんだ、お前みたいな、見て見ぬ振りして、自分の番になったら泣いて喚く奴!」
黒猫が段々と人の姿になっていく、私はそれを地面から見上げた。
見覚えのある顔だった。同じ学校の同じクラスメイト。
私が見捨てた少女。私の友達だった人。そしてもうこの世にいないはずの人。私は藁にもすがる思いで彼女に手を伸ばした。
「助けて欲しいの?嫌だね、絶対嫌だね!助けてなんてやるものか、あんたは私の何倍も苦しんで苦しんで死ねばいいんだ!」
違う、助けてほしいんじゃない。私はただ、伝えたかったことがあったのだ。それでも確実に近づいている死への恐怖からか涙が溢れて止まらない、喉が震えて声が出せない。
私は走馬灯のようなものを見ていた。彼女との楽しかった日々とそれを上回る裏切りの日々、彼女が助けを求めてきた時、私はその手を無情にも払い除けてしまった。
このまま私は死んじゃうのかな、でも死ぬその前に言いたいことがあった。私は最後の力を振り絞った。
「ご、めんね・・・」
君にちゃんと伝わったかな。
たぶん私は地獄に落ちるだろう。私は地獄で君の言った通り何倍も苦しんで苦しみまくるよ。
それが君の望みならば。
薄れゆく意識の中最後に見たのはこわばった顔の君だった。