第八話 [第一次決着]
精霊物語 第八話
一度アルヴァスは背の鞘に剣を収めて、それから剣を引き抜き、構えた。
鋭く流麗な動作。
ギャリギャリギャリギャリンッッ・・・・
金属音が大聖堂に反響する。
剣を鞘から引き抜く剣の音も心地いい緊張をもたらす。
その動作を何千、何万回と繰り返してきたのだろう。
演舞を見ているかのような流れる一連の動作がその者の修練のほどを伺わせた。
キイイイイイイイイイ
アルヴァスの鋭い眼光に呼応するかのように、彼の愛剣も光輝いた。その様は古い記録にしめされている、紋章を持つ勇者のようだった。
「・・ッ!!」
ルカは察知した。
アルヴァスが剣を振り下ろし、凄まじい光の斬撃が床を粉砕した。タイルがめくれあがり、無数の瓦礫となって飛び散る。
ズドドドドドドッ!!!!
それをルカは紙一重の横飛びで回避していた。
まともに当たれば体は半分に寸断されていただろう、とルカが目算するほどの威力の精霊術だった。
しかし、司教も掴んだまま回避することは出来なかった。司教はルカの手から逃れ、ぜいぜいと必死に呼吸をしている。
光の斬撃が通ったあとは大理石の床がめくれ、粉砕されていた。
アルファンデリを祀った祭壇の下にルカの倒れた。大精霊たちのステンドグラスがあった。
「まだそんな術が使えたのアルヴァス!」
エルはアルヴァスの底力に驚いていた。しかしエルは知っていた。アルヴァスが逆境に陥れば陥るほど力を発揮することを。
「そんな猪のような考えで物事が解決するものか!」
転がっていた司教が立ち上がり、アルヴァスに怒鳴った。
「貴様が言える立場か!!」
ルカが再び司教を抑えようと飛びかかる。司教さえ抑えてしまえば状況はいくらでも逆転する。
しかし、司教はルカを横目で見て、いやらしく笑った。
「ダール・クルール。」
司教が呪文を唱える。精霊術が発動し、ルカは全身に衝撃が通り抜けたような痛みを受けた。
青白いスペルの回転体が司教の周りを回転し、司教の体を守っているのだ。
精霊術は呪文の詠唱から発動まで時間がかかればかかるほど、詠唱した者が未熟ということになる。
ルカが飛びかかる寸前に呪文を詠唱したにもかかわらず、ルカが司教に触れる前に精霊術が発動した。
呪文の詠唱から発動までの時間の短さがマスタークラスの精霊術師の証である。
司教は精霊術の技巧だけは巧みだった。
「ククク・・・・感謝しているよ・・・お前が特大の精霊術でこやつをなぎ払ってくれて、おかげで私は呪文を唱えることができたよ。あぁ・・・貴様の術・・少しは驚いたよ。その腕なら傭兵くずれにでもなるのがお似合いなんじゃないのかね。」
司教がニヤニヤとした薄気味の悪い顔でアルヴァスを挑発した。
「くっ・・・・」
アルヴァスは歯ぎしりし、頭に完全に血が上っていた。
「衛兵たち!今ぞ!こやつらを捉えよ!」
衛兵たちが一斉にルカ、アルヴァス、エルに飛びかかる。
怒号と喧騒の中ルカは司教を睨んだ。
「精霊の名を悪用した貴様を許さない。全てを知った上で僕は見定める。」
ルカは許せなかった。精霊の名を騙り、それを人間に対してエサにするこの者を。怒りで頭が真っ白になりそうだったがなんとか抑えた。
司教はアルヴァスから
「殺す」
と聞こえた。実際にはアルヴァスは口を開いて言ったわけではなかったが、言語として伝わるほどの雄弁な殺意がそう司教に理解させたのだった。
司教は邪悪な大口を開けて嘲笑った。
「この街を壊滅させようと目論む不信信者共ォ!やってみろォ!」
「・・・・何を言ってるのあいつは?」
衛兵と戦いながらエルは耳を疑った。
「信じらんない!人騙してあんな姿に変えておいて!」
そこから先は完全に乱戦だった。防護精霊術を使用している司教には攻撃が通りにくい上に、衛兵たちが司教の傀儡のように倒しても倒しても立ちふさがり、司教を守った。
一度呪文の詠唱を始めた司教にはもう隙はなかった。次から次へと襲いかかってくる衛兵たち。それらを三人は必死にしのいだ。
ルカとアルヴァスは体術的に劣るエルを庇いながら闘った。
完全武装の衛兵たちと、司教による支援精霊術によってルカたちは苦しめられ、ついには捕まってしまった。
「ふぅぅ・・・ようやく馬鹿共を捕まえたか・・・」
ルカ、アルヴァス、エルの3人はもはやマナがほとんど残っていなかった。ルカは人助けのために。エルとアルヴァスは司教に偽の精霊試験を受けさせられ、すっかりマナを使わされていた。
勝ち目は、無かった。
ルカたちは拘束精霊術で完全に捕縛された。 両の腕を後ろで拘束され、衛兵2人に槍を交差するように突きつけられていた。
アルヴァスは拘束されたあとももがきにもがいた。そのため彼は四人もの兵士に押さえ込まれ、殴られ蹴られ、暴れては、殴られ、蹴られ、暴れていた。
「んー?気分はどうだー?」
暴れるアルヴァスを横に、司教がペチペチとルカの頬を叩く。
ルカも散々殴られていた。
苦しそうではあったが、ルカは司教の目を見て言った。
「貴様はいつもそうなんじゃないか?さっきの闘い貴様は脇から見ているばかりで、自分は一切直接手を下さず衛兵たちに僕らを捕まえさせた。」
「ふうう。元気があるのう。おい!痛め付けろ!」
バチン!とルカの綺麗な顔を衛兵が殴った。
歯が吹き飛んだ。奥のほうから二、三番目の歯の上と下の2本だった。息が荒くなりながらも、鷹眼石の双方は司教を貫いた。
「人をあのようなおぞましい形に変えることも貴様は自分で手を下さない。」
「だっ・・・・・黙れぇ!もっと苦痛を感じさせて、私の偉大さをわからせてやる!」
腹をしつこく何度も蹴られた、大の大人の蹴りがルカの体に打ち込まれる。蹴られる度に肺が機能不全に陥ったようだった。
「はぁはぁ・・・・・」
苦しそうに喘ぐルカ。
司教は何もしていないのに狼狽していた。
「脇からみているばかりで人を弄ぶ。人間が人間にやっちゃいけないことの1つだ。」
「きっ・・・・きっ・・・・・貴様ああああああ!俺の考えはル・ロンドの考えだぞ!俺に歯向かうってことはこの街に歯向かうってことなんだぞぅ!」
司教の権力にものを言わせた言葉だった。ここにいるのは権力を使いこなしたように見えて、権力に振り回される愚かな男だった。
「司教。お前は権力の奴隷だ。」
「殺す!!世の中が貴様を悪であると認定し、貴様は今!ル・ロンドが最悪の造反者だと下した!精霊の主アルファンデリも貴様らに厳罰を下してくれるだろう!」
「テメーの意見を・・・何かに後ろを借りなきゃ言えないのか・・・馬鹿な奴だ」
全身傷だらけのアルヴァスが司教に向かって吐き捨てた。
「アルヴァス!喋っちゃダメ!」
「もう殴るのをやめてよぅ・・・ねぇ衛兵さんたちなんでこんな人に従ってるの?」
懇願の表情で少女は衛兵を見た。衛兵の顔は兜に隠れて見えない。
「・・・・・・この街のためなんだ・・・」
兜の下からくぐもった重苦しい声が漏れた。
「そんなのっておかしいよ・・人をこんな風に変えちゃうのがこの街のためになるわけないよ。」
エルは何かを思い出しているようだった。それはさっきまで人の形をしていた合格者の顔だった。
「ナイフ使いのカマールも、西の村で木こりをしてるジャックも・・・みんな生きてたのに・・・帰りを待ってる人がいたのに!ジャックは奥さんと子供が6人いて、精霊の力が貰えたら・・・子供に・・・・・うう・子供にパパはすごいものを手に入れたぞ。ほんとだぞって言うって嬉しそうに言ってたのに!!!!」
「しゃ喋るなァ!この街を脅かす極悪人が、何をいうかぁ!」
逆上した兵士がエルに向かって殴った。80kgはある大柄な体躯の男が少女に向かって拳を振り抜く。
しかし、その拳は横から這いずってきたアルヴァスが頭で受けた。
ゴキン。と嫌な音がしてアルヴァスは床に倒れた。
「きゃあああああ!アルヴァス!アルヴァス!」
必死にアルヴァスに追いすがるエル。
「・・・・効くかよ・・・・こんな腐ったやつらの拳が・・・・」
アルヴァスは息絶え絶えだがそれでも口が動いた。
違う衛兵が拳を鳴らした。
「へぇ~えそれじゃあお前の頭思いっきり殴るけど、なんか言うことある?」
「・・・・・オマエ気持ち悪い喋り方だな。ウホウホ何言ってるか聞き取れねーし。その鎧の下にゴリラ魔物が入ってるかと思ったぜ。」
その衛兵はピキっと青筋が入った。衛兵は躊躇いなく思いっきり振りかぶり、アルヴァスの頭を殴るつもりだ。
殴られる瞬間、迫ってくる拳を見ながらアルヴァスは思った。
「(つい挑発しちまった・・・昔っからそうだ・・・オレは気づいたらやっちまってる・・)」
「(ちっ馬鹿みたいに振りかぶりやがって・・・・あ~あ・・こりゃ死んだかな)」
何かがルカの中で膨れあがった。ルカの脳裏にある感情がするっと昇った。
「やめろ!!!!」
ルカが叫んだ。その雄たけびと共にルカの体から闇の光が溢れた。
髪が逆立ち、一陣の風の奔流が通り抜ける。
ルカの体の病魔の黒や地獄の赤がうねうねとうなった。
体全体が黒いマナであるかのような・・・
アルヴァスに殴りかかろうとしていた衛兵が後方に吹っ飛んだ。
その場にいた全員が息を呑む。目が痛いほどのどす黒さを持つ、マナの尾がルカの体から生えているようだった。
[尾]がゆらゆら、うねうねと揺れている。
さっきまでのルカとは違うその別のモノのようなよこしまな力だった。
「何をしたんだこやつは・・・・今・!」
司教がおののいた。
ルカはその場から一歩も動いてなかったのだ。
「呪文の詠唱が無かった・・・・」
「何だ・・・・こいついったい何だんだよ!」
「こいつ・・・・やっぱり悪魔なんだ・・・!ル・ロンドを破壊しにきた悪魔なんだ!」
衛兵と司教、それと導師たちが各々に口走り、ざわめきが広がる。
「ほ・・・・う・・・・」
最初にルカと共に飛び降りてから、様子を見守っていた影がここで初めて口を開いた。
彼女は全くの冷静であったが、何か興味が動いた様子だった。
どうやっても衛兵は彼女の半径三メートル以内に近づけなかった。まるで見えない壁があるかのように跳ね返された。
優れた術師ならばそれがなんなのか見ることができるのだが、彼らには術師の素養がなかった。
目の前で悠然と佇んでいるのに近づくことができない。衛兵は困り果て、立ち往生していた。
最初の戦闘から彼らも謎の女性もルカ達の戦いをずっと見ていた。
彼女はこうつぶやいた。
「もういいよ。ノーム。」
衛兵たちは彼女が独り言を言ってるように見えた。
しかしそれは会話であった。彼女が話しかけた対象は確かに存在した。
それがなんなのか可視することができるのはマスタークラスの術師だけである。
突然、彼女をのまわりの何かがふっと消失した。
突然のことに周りの衛兵はなかなかそれが消えたことに気づかなかった。やがて徐々に気づきだした。
この謎の女性は拘束術をかけられるのに抵抗はしなかった。
ルカ・ハンプティ、アルヴァス・ジークハルト、エル・レラルダと謎の女性。
四人が、地下の牢屋に投獄された。