第四話 [真紅の瞳]
「常に光がフワフワとゆたっているけど、これは何?」
「ああ、そりゃ微精霊だ。」
ホタルのような色の光が常に街中に舞っていた。
ようやくルカはくしゃみが止まってきた。
空を仰ぐと青滋色とコバルトグリーンの満天の星空がみえる。
星々は無数に空で光を灯している。
この街が常に夜に関わらずぼんやりとした明るさがあるのは、発光樹だけではなく星々と月が明るいからだ。
星の明るさは一等星のそれよりも明るい。
月の明るさにかき消されないほどだ。
月の大きさもルカが知ってる大きさより大きい。手を月に向かってまっすぐ伸ばしてみて、それから手を広げてみたら、手のひらくらいの大きさがあった。
星に混じって青磁色の星雲もちらほらみえる。
船にルカとイスラは乗っていた。
今乗っている船は先ほどの小舟ではなく二十人は乗れるだろうという船だ。
「俺はこれで毎日仕事場まで行ってるんだよ。」
イスラが船の柵に持たれながら言った。
煙突らしき筒から微精霊の煌めきがみえる。ひときわ微精霊が集中しており。船頭は精霊術士なんだろうとルカは思った。
イスラがそのたれ目を大きな家樹の建物に向けた。
「俺は調光職人見習いなんだ。」
ルカの髪に微精霊がついた。
「調光職人?」
「そ。発光樹あるでしょ?あれは俺たち達調光職人が光を絶やさないように調節してるわけ。」
「へぇ············!」
「········って言っても見習いだからね。そんなにたいしたことはできないわ。腕のいい調光職人ならその人が携えた発光樹は一年は光が落ないんだぜ?」
「そうなんだ。」
家樹の淡黄色と柿色の光が水面にゆらゆらと映っている。
船着き場にぶつかるように着いてイスラは平気だったがルカは勢いで床にごろんと転がってしまった。
ウヒヒヒとまたイスラが笑った。
「この舟に乗り慣れてないとそうなるんだよねー」
橋が降ろされ二人は再び木の路面へと戻る。
そこから道なりに進んで、木の階段を降り、広場のように開けた場所まで降りた。他にもみっつかよっつ横幅の大きな階段がありこの広場につながっている。
ルカ・ハンプティ。
どこか顔に幼さが残る顔のような、はたまた老齢の賢者のようでもあるような、見る者によって印象が変わる顔だちだった。
イスラはルカが幼さが残る方の側面をみていた。
「なぁおまえ歳は?」
「確か・・・15歳・・だったと思う」
「なにそれ。曖昧な感じだねぇ」
やはりイスラが思ってたぐらいの年齢だった。
「(でもなんていうかそれにしては旅なれしてる感じが・・・・?)」
「イスラは?」
「俺は20歳だ」
ルカは発光樹の光を見ていた。
「調光職人かぁ・・・・だからこの街の仕組みについてイスラは詳しかったんだね」
「まぁねん」
「(街・・・生まれた街・・・か)」
ルカが生まれた故郷について思い出していた。そんなにあそこを出てから日がたっていないはずなのに思い出していた。
「(僕の街・・・・名前が・・・なんだったっけ・・・あの街の名前)」
「(思い出せないな)」
「さぁてこれが最後で最大のスポットだ。俺もこれはすごいと思うわ」
イスラが見上げている。
ルカも上を見上げそれを見た。
それはとても大きな花のようだった。薄紅梅の桜色の花が水面から生えている。横幅はルカ三人ぶんくらい。
「(縦幅は五ルカぐらいかな)」
「花が咲いてる。」
光る上向きの花だった。
「これは水連の花さ。都市の地下には大規模な上下水道が作られてるからな。それはなにでできてるかっていうとそれは巨大水連の管状の地下の茎なんだよ」
「そんなことが・・・」
「汚水は水連の浄化作用でろ過されてるわけさ。」
「人が制御しているんだね。・・・・ここまで統制してるのは初めてみた」
ルカは巨大水連の花を見上げていた。その瞳には水連の花が写っていた。
黒い宝石のような目のルカ・ハンプティ。
彼は未来を見ているのか。
それともかつて見た地獄を今も見つめているのか・・・・
鐘がなった。
ゴォーンゴォーンゴォーン・・・
その音を聞いてイスラが眉尻をあげた
「むっ。これから精霊試験の公開競技があるな。見たかったんだよね俺。」
「ルカも来る?」
「うん。」
先にイスラ。続いてルカが歩き出した。
ルカは考えていた。
「(精霊になる・・・どんな人が精霊になるんだろう?)」
精霊試験のため人が多くなっているル・ロンドは露店がいつもより多く開かれており、この広場にも結構な数の露店があるが、客はおろか店主までいないしまつだ。
それらをみてイスラは言った
「みんな見に行ってるのねー。まったくみんなそろって。普通商品までほったらかして行くかぁ?普通。」
「 あはは。ル・ロンドは静謐な外観だけどそこにいるのはやっぱり人間ってことなんだねイスラ。」
ルカは妙に得心がいった。
イスラはやや振り返った。
「少し変わってるなぁおまえ」
ブ・・・・ブブ・・・・ブブブブブブ・・・・ブブブブブブブブブブブブ・・・
プツっ
発光樹が点滅している。
プツっ・・・フッと、
発光樹の一本の光が完全に消えた。
ありえないーーーーー
イスラはそう脳裏にそうよぎった。
それが始まりであったかのように間を置かず、発光樹の明るい光が消えていった。
一つ一つの明るさがほぼ同時に暗黒が飲み込んだ。
さっきまでと世界がまったく変わってしまったかのようにイスラは感じた。
あたりにはルカとイスラの2人しかいない静けさは極まっている。
「(消えるはずがない光が消えた。)」
「(なぜ・・・・?なぜ・・・?)」
「(どうして消える?)」
ルカも異変を感じていた。
「(微精霊たちの様子がおかしい・・・?)」
あたりは突然夜のとばりに包まれた。
誰もここで起こっている異常に気がつく人はいない。みんな精霊試験の公開競技に釘付けだからだ。
「ル・・ルカ・・」
イスラは困惑しルカに近づいた。若干怯えていた。
よほどのことがない限り発光樹は消えない。調光職人見習いであるイスラにはそれがよく分かっていたからだ。
そして二人は見た。その闇の中心に、人影が音もなく舞い降りるのを。
そこは街中を流れる川の上だったが
おかしい。
その人影はいつまでたっても水の中に没する気配がない。
微精霊がその人影に急激に集まるのを、精霊術士であるルカは感じた。
ルカは今まで感じたことの無い危機感に襲われた。あれは・・・・・危険だ。
畏怖の対象であることがルカには分かった。
おそらくあれは、人間じゃない。
人影を中心にして水面にはほのかに光る円が生じている。
さらにその光る円はひとつに留まらず、水面に次々と現れ、光る円は連続してつづいた。
そして人影が動いた。
そんな・・・・・・まさか・・
ルカは愕然し困惑した。
あの光る円は魔法陣だ。
ルカは見覚えがありそれだけはなにか分かった。
幻獣列車が魔法陣の上を通るところを見ていたからだ。
魔法陣は誰がどうやって作ったのか不明で、どうやっても壊すことはできない。
不可領域なのだ。
おそらく精霊術で作られているであろうことだけ推測されている。
ルカは気づいた。
あの陣は幻獣列車の魔法陣と模様が違う。
おそらく幻獣列車のものより簡単仕組みなんだろうと思ったが、それでも、ルカが三百人いてもあれ一つ作れる気はしなかった。
「(それをあの人影がつくっているのかもしれないけど・・・・あんなにいくつもつくるなんて・・・!)」
その人影は魔法陣が放つ光に下から照らされて、ルカたちは徐々に全体が把握出来てきた
それは人間のようだった。もっと言うならば女性のようだった。
彫りの深い端整な顔立ち。
柘榴石のような真紅の瞳。
腰まで達する波打った長い髪。
白磁を思わせる滑らかな肌。
それを視認した途端、恐怖感が跳ね上がった。逃げなければならない・・・・!逃げなければならない・・・・!見つかってしまうまえに。いや・・・・もうすでに気づかれているかもしれない・・・・。
そう思うがルカ足はうごなかった。まるで・・・自分の足ではないようだった。感覚が無かった。
ルカとイスラはまったく動けなかった。
目の前にあるのは人知が及ぶところではない。
しかし、ルカ・ハンプティは、
自分の故郷の名前を思い出せない。
自分の年齢に確信が持てない。
あの女性に対する恐怖感。
全てがつながっているような気がした。
ルカは決めた。
力強く歩き出すと、意思とともに柵を飛び越え、魔法陣の上に飛び乗った。
「お・・・・おい!?ルカ!?」
イスラは面食らった。あんな得体のしれないものに近づかない方がいい・・・
しかし、ルカが近づいて行った。ルカが危ないかもしれない。
「~~~~~ッ!」
イスラは走って横の水面まで行ける道まで降り、意を決して魔法陣に乗って、ルカの元へ行こうとした。
女性の進む先には、川岸に立つ大きな建物があった。
光の橋はその建物の真下にある護岸部分へと続いていた。そこには地下水路の排水溝が口を開けている箇所で、水が川へと流れ出していたが、見るからに頑丈そうな鉄格子がはまっていた。
女性は鉄格子の前まで行き、立ち止まると、目を閉じた。
あたりは音が消えたように静かだった。
彼女の髪がゆらりと揺れたかと思うと、空気が収束していき、否、それが微精霊たちであることがルカには分かった。
その女性の前で炎が勢い良く轟!と迸った。
灼熱の光の前で物理法則をむししたように、ことなげなく立つ彼女の背中が見え、その直後突風がルカを襲った。
ルカはその激しい熱風に持ちこたえたが、髪ははためき、服は持ち主に抗議するかのように後ろへと飛ばされかけていたが、ルカは全身で堪えた。
それよりもっと後方にいるイスラでさえ突風と閃光に足をとられた。
灼熱の炎に鉄格子は包まれ、鉄の棒が飴のようにねじ曲がった。
そして火の勢いは徐々に収まってゆき・・・・
火が完全に消えるころには、人が通れるほどの隙間が出来ていた。
再び静寂に戻りルカはその背中に話しかけた。
「君は・・・誰?」
女性は振り返ったが、いきなり現れたルカを見ても驚くことはなかった。まったくごく普通にルカを見たのだった。
腰まである鳶色の、くせのある長髪が、なびいた。
端整な顔立ち。宝石のような瞳。
真紅の双方がルカを見据える。
無駄のない挙作はそれだけで美しい。
下から魔法陣の光に照らされている。
ルカは動かず相手の応答を待った。
目の前のモノもなんら動くことは無かった。
言葉も発しなかった。
ただ、
首をやや傾げ、
穏やかな表情で人差し指を口に当ててみせた。
夜聖都市ル・ロンドで、ルカと謎の女性は、たゆたう水面の上の、光る魔法陣の上で向かいあった。
これがこの二人の初めての出会いだった。