第二話:副会長ランスロットの日常
いくらこの物語の舞台が神の存在する世界だといっても、剣の扱いを習うものなどごく少数だ。言い換えれば、わりと上流家庭に生まれた男子以外は剣術を習うことなどない。剣も魔法も神も精霊も存在するがだからと言ってファンタジーにはならない、それがこの世界の原則である。忘れないで頂きたい。
ところが何事にも例外というものがある。その一人がキャメロット学園高等部、生徒会副会長――ランスロット・デュ・ラックだ。
「姉さん……起きろ」
「…………あと5分……」
「あと5分も寝たら遅刻確定なんだよ! いいから起きろ着替えろ朝食あるから!」
「……今日の朝食担当ガラハッドだっけ?」
「姉さんだよ。寝てたから俺が代理しただけで。今度この貸しは返してもらうからな」
キャメロット学園から徒歩約10分の場所にあるアパートの一室。ここに住んでいるのは高校生の男女の姉弟である。が、ラノベとかでよくあるようなトラブルなどびっくりするほど起こらない。しかしまあ姉弟仲は良いので、いつもこんな感じで言い愛もとい言い合いをしながら一日が始まる。
この姉――無理矢理叩き起こされた少女こそが件の副会長・ランスロットだ。なお弟の名前はガラハッドというのだが、また後で彼については詳しく話そう。
ランスロットはしぶしぶベッドから抜け出し、しぶしぶ服を着替える。ただし全て無表情で。
「急ごう、姉さん」
「ん。ちょっと待って」
そう言ってランスロットが背負ったのは、彼女の身長の半分はあろうかという大剣であった。……冒頭に述べた通り、いくらこの世界でも帯剣している一般人などいない。そりゃあちょっと厨二病が入った人ならどうか知らないが、彼女の場合それとも訳が違う。何故ならこの剣――本物だから。本当に斬れるから。
「行ってきます、父さん、母さん」
ランスロットの視線の先にあるのは写真立て。その額に飾られた写真には、幾分か幼い姉弟と、両親と思われる男女が写っていた。
***
「あ、おはようランスロット!」
その声にランスロットが振り返ると、慌てて走って校門に飛び込んだ少年――アーサーの姿。ちなみに現在時刻、始業3分前である。遅刻ギリギリだ。
「おはようアーサー。……今日はずいぶん遅いね」
「昨日遅くまで勉強してたら寝坊してさ……父さんのモーニングコールで目が覚めた」
「家族仲が良さそうで何よりだよ。僕なんかガラハッドに布団剥がれたし、起こしておきながら自分はさっさと走っていったし」
途中でランスロットのあまりのマイペースさに苛立ちが最高潮に達したガラハッドが彼女を置いていっただけなのだが、語弊というものは恐ろしい。まあアーサーはランスロットともガラハッドとも深い関係なので、言われずともその辺の事情も分かっているのだが。
「あ、あはは……まあ、とにかく急ごうよ」
「……そうだね」
二人は小走りで靴箱に行き、二人ともが所属するクラス……2年1組のエリアから各々の位置を探し当てる。そして靴箱を開けた途端、
ドサドサドサッ!!
「…………」
「…………」
靴箱の中から大量の手紙が落ちてきた。漫画とかでよくあるアレである。ただし落ちてきたのはアーサーの靴箱からではない……ランスロットの靴箱からである。しかも半分くらいはどう見ても男子のものとは思えない丸文字やファンシーな封筒が見てとれる。
「男子からだけじゃなく女子からもか……バレンタインでもないのに、今日もランスロットは人気だね」
「……いる?」
「はっ?」
「こんなに手紙貰っても正直読むの面倒だし、アーサーいくつかいる?」
「いらないよ!? っていうかそれってすごく失礼なんじゃないかな!?」
「……そうかな……」
「……ランスロットって時々常識抜けてるよね」
そもそも剣を常備してる時点で常識も何もあったもんじゃないと普通の人なら思うのだろうが、中等部の時からランスロットと親しいアーサーにしてみればもう日常なのかもしれない。それに、副会長であるランスロットには結構助けられているし。特に反乱軍から逃げ切るときとか(前話参照)。
そうこう靴箱前で二人が話してる間に、始業のチャイムは鳴り響いた。
***
「……この書類とこの書類のコピー」
「…………」
「あとは去年の体育祭関連のマニュアル」
「……姉さん」
「ついでにお茶。よろしく、ガラハッド」
「よろしくじゃないだろ!? 何で俺にやらせようとするんだよ、自分で行けよ!!」
「だって君生徒会庶務だろ? 庶務って雑用だろ? それに僕は副会長かつ姉だろ? ほら何も問題ない、いってらっしゃい」
「理不尽にも程がある……」
ガラハッドがため息をつくのも無理はないが、これも日常風景だ。姉弟揃って生徒会に入っているラック姉弟の仲は確かに良いのだが、二人とも親しい相手になるほど遠慮がなくなるという性質がある。そして二人とも頑固で折れない。だからこういう言い争いが起こった場合、誰が一番に折れるかというと……
「……これとこれのコピーとマニュアルでいいんだよね? 僕が行ってくるよ」
あろうことか会長のアーサーだったりする。
「あ、アーサーさん!? いいですよ、姉に行かせておけば!」
「そうだよアーサー、ガラハッドに行かせておくから」
「……姉さん……あんたって人は……」
「ちょ、落ち着いて! ただ僕も必要な資料取りに行こうとしてたところだからさ」
この人のよさは長所なのか短所なのか、そろそろ本気で疑わざるを得ない。いや長所には違いないのだろうが。
「じゃあ、行ってくるよ」
「すみません、アーサーさん……」
アーサーはそう言って生徒会室のドアを開け、資料もろもろが置いてある資料室へ行くために廊下へと歩いていった。ガラハッドは申し訳なさそうに、「やっぱり俺が行った方がよかったのか……」とかぶつぶつ呟いているが、ランスロットはそんなことお構い無しである。会長を雑用に使う副会長とは一体何なのだろうか。
と、その時だった。
「見つけたぞアーサー=ペンドラゴン!!」
「うわあああああっ!?」
廊下から男子生徒の叫び声とアーサーの悲鳴が響く。この台詞とアーサーが叫ぶということは、間違いない、反乱軍(という名の以下略)が現れたのである。ガラハッドはすぐに顔を上げたが、その瞬間に既に、ランスロットは超スピードで動き出し廊下に飛び出していた。
ランスロットはあっという間にアーサーたちのいる場所にたどり着き、そして、
「反乱軍なら問答無用でいいだろ?」
「えっいやちょっと待っ」
アーサーの制止も聞かず、背負っていた大剣を鞘から瞬時に抜き、そして――薙いだ。
「これが文字通り、死屍累々ってやつですね……」
「し、死んでないよ? さすがに校内で死人出たりはしないよ?」
「分かってます。でも、毎回毎回アーサーさんを襲う度に返り討ちにされてるのに……というか剣で斬られてるのに、よくまあすぐに復活してリベンジしてきますよね。懲りないなあ」
「峰打ちだから服が切れるだけで済んでるもの。それに、雑魚は何度でも蘇って襲ってくるってのはシ●ッカーの時代からそうだろ?」
「ああ、そうか」
「ガラハッド……そうかじゃないから……二人とも反乱軍の人たちを何だと思ってるの……」
「害虫?」
「ランスロットさん真顔はやめて」
十数人はいた反乱軍を見事な一閃で薙ぎ倒した後、駆けつけてきたガラハッドと共にそんな物騒な会話を穏やかに行うランスロット。アーサーの弱気ツッコミなど何のそのである。っていうか峰打ちなんかあるのか。そのわりと切れ味よさそうな剣に。
「あ……マニュアル……ここまで来たなら生徒会室戻るより資料室の方が近いからいいか、行こう」
「自分で行くのか、姉さん……」
「いや、それよりこの倒れてる反乱軍の人たちを……え、僕一人で保健室に運べって言ってるの?」
「放っとけばいいじゃないか」
「アーサーさんは本当に良い人ですよね」
「えっ……えっ」
こうして気紛れ天然帯剣副会長・ランスロットは、至っていつも通りの一日を過ごしていくのである。そう、至って普通の。彼女にとっては、普通の。